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第32話「抱擁」
2017年7月1日
午前8時52分



「千島が……?」
 眉をしかめる小春。
「ああ……何だか最近、千島に見られている気がするんだよ」
 潤が頷く。
「例えば?」
「そうだな……小春には言っておくけど、俺は昨日の夜に琴乃先輩に誘われて、夕食を御馳走になったんだけどさ……」
 昨日の事は要がいたのだから、隠す必要もないと考え、その話から切り出す。
「……うん、まぁ突っ込み所は後にする」
 即座に押し倒された状態からでも、アッパーカットがあるかと思ったが、今は話を聞く方に気を向けてくれたようだ。
「……そこに偶然、要が来て、すったもんだで結局は3人で琴乃先輩の作った夕食を食べたんだ」
「……うん」
「でも、今日の朝には、居なかった筈の千島は、その事を知ってたんだぜ……話した内容も」
 潤は小春を見据えた。



「……何処で食べた?」
 小春は目を細め、すぐに質問をぶつけてくる。
「お前も知ってる店、ほら、この間みんなで泳ぎに行った帰りによった琴乃先輩の家でやる鉄板焼きの店だよ……あそこは太宰地区だ、千島やお前の家のある酒勾地区とは別地区だから偶然、見られたというのはおかしいだろ?」
 潤の返事に、
「あそこか……」
 と、小春は何かを思い出す様に目をつぶる。
「…………」
 普段は中学生の癖に小学生に見えるという見かけの小春であるが、きちんと見れば歳相応の少女である、潤は目をつぶったまま何やら考えている様子の顔を見つめてしまう。


『カワイイな』


 正直な感想だ。
 ここ数日で気付かされた童顔で男勝りな妹分の少女らしい可愛いらしさ。
 思春期の男子である潤にはかなりの刺激だ。
「他には? まさかたった一回で千島をおかしいと思った訳でもないよな?」
 小春が目を開けた。
「ああ……他にもある人に誘われて食事に行った時も千島は知っていたし……」
「他にも?……誰と行ったんだよ?」
 潤の返事に少し声を低くして睨む小春。
「いや、ほら、知ってるだろ? オカルト本の取材に来ている柳本聖さん……あの人がネタの提供のかわりに食事を奢ってくれたんだよ、そんな高い物じゃなくてオムライスだぞ」
「なんだ、聖さんか」
 潤の答えに小春は息をつく。



 自分の話に耳を傾けてくれる小春に、聖との昼食の際に話した内容をぼかすのは心苦しいが、血だらけの男の事を今、話すのは何か聖に対しての気遣いから躊躇われた。
 それに潤自身が聖に意思確認を受けた時、聖と男の関係をはっきりと聞く事を拒否してしまっていたので、きちんとした内容を話せないという事もある。


「……なんだ、ってどういう事?」
 小春の反応に潤は首を傾げた。
「聖さんはちょくちょく神洋島に内地から来ているからね、結構島内でも知られてるんじゃないかな? 色々と島の事に興味がありそうだしね、美人だし内地からの人は垢抜けているから嫌でも目立つよ……私もたまに内地の事を聞いたり、島の事を話したりしているよ」
 小春は口元を緩める。
 その表情からは聖に対しての嫌悪感みたいな物は一切感じない。
「そうか、聖さん自身もみんなを知ってるって言っていたよ、でも実は今日、千島は聖さんに殴りかかったんだぞ」
「えっ? 千島が殴りかかった?」
 神妙な顔つきで告げると、小春は驚く。



「ああ……少し聖さんの行動にも問題があったけど、終始、千島は聖さんをまるで敵視するような態度だったんだ」
「……確かにチーは聖さんを余所の人が神洋島を嗅ぎ回っている様で気持ちが悪い、とか言って毛嫌いしている感じだったけど」
 何かを思い出す様に答える小春。
 千島が人に殴りかかるというのは、小春にもやはり意外なのだろう。
 グループでの千島の位置取りは少し天然ボケのある温厚な娘だ、潤自身も自分が見ていなければ、とても信じられない。
「何だか、千島に俺の行動が見透かされている様な気がして……前に偶然、聞いた千里眼の事を思い出したんだよ」
「…………」
 潤の口から出た千里眼という単語に小春は少し顔を背けた。



「千里眼なんて悪い噂だって事はわかってるんだ、正直に話せば、千里眼の事が気にかかって琴乃先輩や要にまで聞いたんだ、小春を怒らせるのも当然だよ」 
 顔を伏せる潤。
「……潤」
 小春はポツリと名前を呼んできた。
 その見上げる瞳には、深い憂いが確かにあった。



 こちらの強引さもあるが、話を聞いてくれた小春に対して、落ち着き始め、余裕も出ていた自分が急に恥ずかしくなってくる。
 その瞳の憂いは普段の小春からは想像のつかない物だった。
 小春にとって千里眼少女という単語は、それほど思い出したくもない物に違いないのだ。
 確かに小春自身が招いた部分がある事柄であるだろう、しかし、もう終わったそれを掘り起こして当人を傷つけるのは許される事で断じてないのである。



「悪い! 千里眼の事を聞き回ったのは確かだけど……小春の事や俺を見透かすような千島が気になって仕方なかったんだ! でも俺は小春をこんなに悲しませて……最低だ!」
 潤は思わず叫ぶ。
 よく考えて見れば、自分は千島に対する何かの不安から、そしてグループの仲間の小春の事ならば、と気にかかったと小春に説明する為、ここまで息を切らし走って来て、あまつさえ小春を押し倒して話を聞かせているのだが、これが何の免罪符になるのだろう?
 結局は小春の思い出したくもない嫌な過去を現在に引っ張り出し、目の前の少女を泣かせているだけではないか。



「お前に話を聞いてほしくて追いかけて来たけど、俺にはそんな資格なんて無かったんだ……ごめん、ごめんな」
 潤は立ち上がろうとする。
 自分の不安を盾に仲間の嫌な過去を掘り返した事に気付き、瞳には涙が浮かんできた。
 しかし、潤の首に手が回り、グイと小春に抱きしめられたのである。
「こ……小春?」
 驚く潤。
 抱きしめられた今、小春の表情は見えない。
「私も今日の千島はおかしいと思う、いつもの千島なら私に潤から千里眼について聞かれたなんて告げる訳が無いからな、聖さんに殴りかかったという話も信じるよ」
 小春の声は落ち着きがあった。
「……小春」
「千島が何だかおかしいなら原因があるに違いない、私だって千島が変なら仲間の事だから気にもなる、潤に協力するよ」
「え?!」
 あまりにも意外な小春の言葉に潤は思わず、声を上げてしまう。
「だ・か・ら・協力して千島がおかしい原因を見つけて元に戻そう、って言ってんだよ!」
 グイと顔を両手でつかまれ、小春に見据えられる。



「いいのかよ?」
 そう聞いた潤に小春は軽くウインクして、
「千島が千里眼を使ったかどうかは実際に使った私が調べるのが一番わかるんじゃないのかよ?」
 と、答え、
「別に潤が私の協力なんていらねぇって、言うのなら止めとくよ」
 すっかりいつもの小春モードに戻った様で少しだけ意地悪で男勝りな笑いを浮かべている。
「い、いや、願ったり、叶ったりだ」 
 対して潤は首を大きくブンブンと横に振るしか反応のしようが無かったのであった。



     第33話に続く


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