第31話「見上げる小春」
2017年7月1日
午前8時35分
息を切らし全力で走る、とにかく走る。
千島から逃げているのでは無く、小春を追いかけていると自分に言い聞かせて、全力で学校への道を潤はひたすら走った。
校庭が見えて来ると、そこには始業まで外で遊んでいる中学生の男子が3人いた、狭い学園内なので当然知り合いだ。
「小春はもう来た?」
息を切らしながら聞くと、3人のうちの1人が、
「新田ならまだ来てませんよ」
と、答えてくる。
「……来てない?」
「ハイ、俺達15分くらいからここで遊んでいるけど、通ってないですよ」
意外そうな表情を潤が見せると、その男子は木造校舎に付けられた時計の方向を見ながら頷く。
「わかった、ありがとうな!」
男子に手を挙げ、潤は再びUターンして、走り始めた。
「小春……家に帰ったかも知れない!」
しばらく走り、通学路を少し引き返すと、小さな横道に逸れる。
人が2人やっと並んで歩けるような上り坂。
舗装どころか整地もきちんとされていないし、道の両側は草が生え放題の道を激しく息を切らしながら駆け上がると、山道の脇に僅かな平地があり、そこには小さな野菜畑があった。
「……」
かなり丁寧に手入れされている野菜畑。
実はここは小春の作っている野菜畑である、ここまで来れば小春の家は近い。
「……よし」
潤は十数秒だけ息を整えると、再び山道を駆け上がり出した。
再び走り始めて数十秒。
「小春っ!」
山道を歩く後ろ姿に潤は叫んだ。
「……!!」
こんな山道で見間違いはしない、小春である。
猫の髪留めをしたセミロングの制服姿の少女は驚いた表情で振り返った。
「……ハァ、ハァ、こ……小春っ!」
膝に手をつき、息が上がった潤。
「……潤、何で?」
驚きの表情のままで声を上げる小春。
「ハァ、ハァ、は、話を聞いてくれ……お、俺は」
息を整える事なく話始める潤だが、
「じ、潤なんか知るか!」 と、小春は山道を走り出そうとする。
「こ、小春っ!」
走り続けてかなり経つ、これ以上は走れないし、走ったとしても今の状態で運動神経の良い小春に逃げられたら、とても追いつけはしない。
潤は踵を返した小春の腕を後ろから掴んだ。
ここで行かれてはと思ったのか、引っ張り方が少し強かった。
「ちょ、ちょっと!」
小春は潤の予想以上にバランスを崩し、道に倒れ込みそうになる。
「こ、小春っ!」
倒すまいと小春の身体を引き寄せる潤。
しかし、支える事は出来ず、潤は小春を抱えたまま草の繁る道端に一緒になって倒れ込んでしまう。
「イタッ!」
押し倒す形になり、声を上げる小春。
「ご、ごめんっ!」
潤はあわてふためく。
小春の身体全体の柔らかな感触。
小さな身体付きの割に成長した胸の確かな膨らみが支えようとした潤の右手の中にあった。
「じ、潤っ、手が胸を触ってる……離して」
「……えっ?」
小さな声を出す小春。
普段の彼女から想像がつかないような弱々しい声に潤は驚いてしまう。
普段なら怒鳴られて、アッパーカットかボディーブローをくれてくるのが普段の小春なのだろうが、やはり嫌な思い出に弱気な部分を引き出されているのかも知れない。
「……わ、悪い!」
それはともあれ、この右手は離さなければいけないのは当然で、潤はバッと手を離した。
「……」
「……」
少し間を置いてしまう。 依然として潤は小春を押し倒したままだ。
「あの……頼むから……聞いてくれ、小春」
そう小春を見つめると、
「……」
無言ながら小春はコクリと頷く。
「……でも、このままじゃあ……」
押し倒されたままの小春は真っ赤になり、顔をそむけたが、
「ダメ、今、小春に逃げられたら俺は追いつけないからな」
首を振って潤は笑う。
もちろん、女の子を押し倒したまま話をするなんて状態は潤にとっても経験が無い行為だし、小春も恥ずかしいだろうが、逃げられたくないのが正直な気持ちである。
「わかった……いいよ、逃げないから話をして」
小春は押し倒されたまま、潤を見上げてきた。
「……ああ、分かった……このまま話させてもらうぜ、聞いてくれよ」
どこかで虫が鳴く声が聞こえる。
見上げてくる小春の少女の顔は魅力的だった、いつか小春に覚えた何かの拍子で間違えを起こしかねない感情が再び沸き上がってきてしまい、思わず潤はその気持ちを理性で押さえ、生唾と一緒にゴクリと飲み込む。
それにこの態勢で話を聞いてくれる小春を裏切る行為は出来ない。
「……早く、聞いて納得いくなら早く聞きたい」
小春に急かされると、
「ああ、じゃあ……話すぜ、何だか最近……千島がおかしいんだ」
と、切り出した。
第32話に続く
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