第28話「睨む瞳」
2017年7月1日
午前8時11分
「潤君、どうかしたの」
登校の途中、白いセーラー服を着た黒髪のショートボブカットの少女が覗き込んでくる。
「あ……いや、別に、今日はみんなが合流してこないよな〜、とか思っていただけだよ」
千島と目を合わせずに答える潤。
今朝は千島は潤の家まで迎えに来た、千島の家からならば直接学校に行った方がはるかに早いのだが、千島はいちいち遠回りをして、潤を迎えに来たのだ。
理由を聞いた事はあった、その問いに千島は一緒に登校したいから、と笑顔で答えた。
酒勾地区にある学校への距離は同地区に家がある千島や小春が一番近く、次に太宰地区の潤と琴乃、海岸沿いに家のある要はもっとも学校へは遠い。
しかし、千島はその日の気分で琴乃や要にも朝の迎えに行っていた。
そして、道中でいつの間にかグループの面子が合流していくのが、いつもの朝であるのだ。
なんだかんだで小春にしても、直接は学校に行かずに引き返して合流してくるのだから、馬鹿な冗談を話しながら歩く時間をみんながそれなりに楽しみにしているのだろう。
だが、今日に限っては登校途中では要や小春、そして琴乃には会わない。
時間がズレているのだろうか?
「千島が潤君を迎えに行ったのが早過ぎたかもしれないな〜」
千島が笑う。
言われれば、千島は今日は少しだけ早く来た。
毎日、千島が迎えには来ないので特に気にしなかったがそう言われれば、4〜5分早かった。
「待とうか?」
潤から声をかけると千島は少し考えてから、
「ん〜どうだろ? 少し歩くペース落とさない? それで追い付いてくれるよ、要ちゃんとか待っていたら気を使いそうだしね」
と、答えた。
「そうだな」
潤は頷くと、歩くペースを落とす。
「ああ、そうだ! 千島……この間、悩んでいた琴乃先輩の家の名前だけど、俺はわかっちゃったよ」
「ええっ! あのステーキを頂いたお店の名前を?」
ニッコリ笑いながら告げると、千島は大袈裟に驚いて見せる。
「もう一回考えてみなよ、千島は何だと思う?」
潤が笑うと、千島は頭に人差し指を当て、
「え〜? う〜、よし、もう一度頑張ってみるね」
と、歩きながら目をつぶり考え始めた。
「オイ、オイ、目をつぶって歩いたりして! 転んだりするなよ」
「平気! 平気! う〜ん、えっとぉ〜」
注意した潤に千島は調子よく答えるが、わずかに歩いただけで舗装されていない道の端の石に躓いてバランスを崩す。
「千島っ」
バックを投げたし、千島を倒れない様に抱きかかえる潤。
「アハハ……ごめん、ごめん、ありがと!」
そう言ってウインクしてくる千島の身体は何だか柔らかみがあり、凄く軽かった。
抱きかかえられながら、千島は、
「潤君……思い出せたかも知れない! 店の名前……確かヨーロッパかどこかの都市名がついていたような気がする!」
と、のんきな笑顔を見せてくる。
「ブーッ! ハズレだよ、ほら、早く立てよ」
「ぶ〜! そうなの? 千島思い出したハズなのに! 潤君が勘違いしてるんじゃないのかな?」
千島は口を尖らせて、文句を言う。
「ハイ、ハイ……違うよ、しばらく考えてな」
しかし、潤は軽く流しながら千島を立たせた。
「ありがと! う〜ん、思い違いかなぁ〜、チーの記憶力にも遂に衰えが……」
千島は潤に礼を言い、腕を組んで再び歩き出す。
「なぁ……千島」
歩き出した後ろ姿に声をかける。
「なぁに?」
まだ付いてもいない店の名前を考え込んでいるのか、千島は腕を組みながら振り返らずに返事した。
「千島さぁ、千里眼少女って知らないか?」
思い切った質問のつもりだった。
「……」
組んでいた腕を解き、だらんと降ろすと、千島はゆっくりと振り返る。
「……!!」
思わず息を呑んだ。
想像を超えた千島の冷たい目線。
先ほど腕に抱いていた少女の面影は消え失せ、丸で何か……そう、言わば敵対する者を見るような瞳が潤を捉えた。
「潤君さぁ……」
ゆっくりとした口調と言うより、何だか面倒臭そうな印象も受ける喋り方で千島は口を開く。
「……」
潤は何も答えなかった、否、答えられない。
「あのねぇ、都会から来たばかりで色々と興味を持つかも知れないけどね……」
そこで潤を捉えていた瞳は更に鋭さを増す。
「この島で変わった事に興味を持つときっとロクな事にならない」
そう告げると、千島はゆっくり潤に歩み寄る。
「……」
呆然と立ち尽くす潤。
殺気すら感じる千島の視線に、その場を逃げ出してしまいたくもなる。
「……いいね? 血まみれの男の事も……龍神のあぎとの事も千里眼少女の事も全部忘れようね、そうしたら私が……」
優しい声だ。
そして殺気立った瞳ではなく、優しい少女の瞳。
「千島……?」
「潤君……いい? 全部忘れてくれたら私……」
そう千島が耳元で囁いた時である、突然に軽いトーンの声が二人に向かってかけられたのだ。
「ヤッホー、渡会さんに間宮君!」
「……!!」
潤と千島が振り返った先には、タンクトップにショートパンツ姿をした女性が立っていた。
「……聖さん!」
びっくりして声を上げる潤。
一瞬、横目で千島の表情を伺うと、再び殺気立った瞳を今度は聖に向かってぶつけた様に見えた。
第29話に続く
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