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第27話「手を振る要」
2017年6月30日
午後9時12分



「チーが千里眼なんて聞いた事も無いわ……まさか潤、そんな噂を聞いたとか言わないわよね?」
 要のキツイ視線が潤を捉える。
「イヤイヤイヤ、聞いた事なんてない……違う違う、何だか最近、千島が凄く勘がいいもんだから、試しに聞いてみただけ」
 年上にも容赦無い要に、潤は手を振る。
「チーはもともと勘の良い女の子だからね、意外と洞察力とか推理力があるというかね……それを勘違いしちゃったとか?」
 琴乃は微笑んだ。
 仲間の噂にナーバスになっている要とは態度は対称的であるが、琴乃の言葉にはキッチリ否定が伺える。



「そうなんですか、ちょっと俺の考えすぎかな?」
 潤は後ろ頭を掻いた。
 要は頬杖をついて、
「まったく、だいたい千島にそんな不思議な力があれば、真っ先にここに駆け込んで来るに違いないじゃないの、チーも食べたい……ってね」
 と、半分呆れ声だ。
「まぁ、考えればそうなるよな……悪かったな忘れてくれればいいや」
 潤は肩を竦めると、ようやくテーブルの上のアイスクリームを食べ始めた。



 その十数分後、店の前に黒い車が停まる。
「じゃあ、よろしくお願いします」
 いつもの運転手に琴乃が声をかけた。
「かしこまりました、お嬢様……では、また後ほど来ますので」
 初老の運転手は丁寧に琴乃に頭を下げてから、
「お二人共、どうぞ」
 と、要と潤に向かって、後部座席のドアを開ける。
「何から何まで悪いわ、琴乃姉……やっぱり潤の家まで行くのに遠回りになるし私は歩いて……」
 要が遠慮するが、
「駄目よ! いくら平和な神洋島でも何があるかわからないんだからね、ましてや要ちゃんは可愛いんだから!」
 琴乃は首を振り、背中を押して、要を車の中に押し入れてしまう。
「ごちそうさまでした、とても美味しかったです」
 琴乃に頭を下げて、要に続き車に乗り込む潤。
「また明日ね」
 ドアを自ら閉めながら、琴乃はニッコリ微笑んだ。



「悪い事したわね」
 走り出した車の中で要は外を眺めながら呟く。
「何の事だよ?」
「……折角の二人っきりの所を邪魔したでしょ」
 潤の問いに要は外を向いたままで答えた。
「気にするなよ、そりゃ残念かと聞かれたら残念なんだけどな……よく考えればみんなに黙っていたのは良くなかったと思うし、みんなで食べていた方が今の俺には楽しいな、先輩は怒るかも知れないけど」
「……潤」
 振り向く要。
「だからさ、俺はお前が来たのを怒ってない、要が来たなら来たなりで、別の楽しみがあったよ」
 潤の言葉に顔を上げ、
「まぁ……潤なんかに琴乃姉さんはもったいなさ過ぎるわよ……でも、今の言葉で少し気が楽になったかも知れない、琴乃姉さんには明日謝るけどね、ありがとう……」
 要は口元に優しい笑みを浮かべた。



「……ああ、まぁ先輩には一言謝るといいかもな」
 頬を掻きながら、要から目を逸らす潤。
 理由は思わず赤面してしまったからだ、普段、見せない要の笑顔はハッキリ言って可愛かったのである。



 数分も走れば、海沿いの要の家に着く。
 一階がシャッターのついた倉庫、二階が二部屋だけの木造の家が車のヘッドライトに照らされた。
 ゆったりとしたスピードで走っていた車は要の家の前で停まるかと思っていたが、何も無いように家を通り過ぎようとしたのだ。
「すいません! ウチは今はここですっ」
 要がハッとしたように運転席に告げる。
 すると、初老の運転手も何かに気付き、
「ああっ、申し訳ありません! 止まります」
 と、ブレーキをかけた。
「……っと!」
 ブレーキに潤と要はわずかに前のめりにはなったが、スピード自体が出ていなかったので前部座席に頭を打つような事は無い。



「申し訳ありません、大丈夫ですか?」
「いえ、何もありません……送ってくれてありがとうございました」
 心配そうに振り返って来た運転手に要はペコリと頭を下げて、ドアを開けて車を降りる。
「じゃあな、要」
 潤が声をかけると、
「ええ、また明日」
 要はそう言ってうなずいてドアを閉めた。
 再び走り出す車の中から潤が軽く手を振ると、小さく手を振り返してくる要の姿が薄暗い電柱の明かりに照らされながら、ゆっくり遠くなってゆく。



「間宮様も申し訳ありませんでした」
 初老の運転手は潤に丁寧に謝る。
「あ、いえ平気です! 全く何処も打ったりしてないですから気にしないで下さい」
 と、潤は首を振って、
「……要は今はウチはここです、みたいな事を言いましたよね? 例えば、前は別の場所に住んでいて運転手さんがそちらの場所を覚えていて、今の家を通り過ぎてしまった様に思えたんですけど」
 そう運転手に切り出す。
 すると、初老の運転手はわずかに声のトーンを落として、
「いや、恥ずかしい限りですよ……私はまだ要さんは岸川邸のお嬢さんというイメージがありまして」
 と、苦笑した。



「岸川邸のお嬢さん?」
 潤は声を上げる。
 要がお嬢さん?
 潤のイメージにはそういった部分は無い。
 どちらかといえば経済的には楽ではなさそうなイメージだ。
 両親が亡くなったのが影響しているのだろうか。
「まぁ、人には様々な事情がありますからね……余計な事を話しました、運転に集中します、間宮様の家まで通り過ぎたら私は怒られてしまいます」
 運転手は笑った。
 どうやら、これ以上の事情は聞かれたくなさそうである。



「アハハ、お願いします、まだ不慣れで降ろされた場所によっては家に帰れませんから」
 愛想笑いを浮かべ、潤は柔らかい後部座席に身を預けた。



『……この何日は千島といい、小春、要と色々と知らなかった面が見えてきたな……人には様々な事情があります、か……』



 そんな事を思い、潤はボンヤリと暗い外の景色を眺めた。




     第28話に続く


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