第23話「一触即発?」
2017年6月30日
午後7時20分
「失礼しま〜す」
潤が覗き込む様にドアを開ける、元々がカウンターのみで広い店では無い。
「潤君、待っていたよ……さぁ、座って」
エプロン姿の琴乃が、カウンターの向こう側で笑顔を浮かべていた。
「あ……琴乃先輩、こんばんは……あの楠木シェフはどちらに?」
「うん、今日は裏に下がってもらってるの」
潤の質問に琴乃は苦笑いを浮かべながら答え、
「と、とにかく座ってもらえるかな?」
と、席を勧めてくる。
「え……はい……」
言われた通りに客席に座る潤。
「あのね……今日はね、潤君に夕ご飯を作ってあげたいの」
琴乃は真面目な表情で顔を上げ潤を見つめてきた。
「ああ、そうなんですか? ありがとうございます、いただきます」
いつもと様子の違う真剣な琴乃に、少し潤は圧され気味である。
「……じゃあ、始めるからね、少しの間待っていてね、きっと美味しい物を作るからね!」
エプロン姿の琴乃は気合いを入れ、軽く自分の両方の頬を叩く。
「わ、わかりました……待ってます」
潤は少し困惑はしたが、当然悪い気はせず、琴乃が作る料理を大人しく待つ事にした。
「まず見て! この間も食べたと思うけど……最高級の牛肉、本土の神戸牛、霜降りなんだよ」
琴乃は牛肉のブロックを見せてくる、見事に霜降りの入った高そうな肉だ。
「凄いですね、それを料理してくれるんですか?」
潤が声を上げると、
「うん、潤君はステーキとかそういう肉料理が好きそうだから……あとね、後で市場から昼間採れた海の物がもうすぐ届く予定だから、届いたら料理してあげるからね、採れたての美味しい物が届くといいね」
少し慣れない手つきで包丁を扱い、肉を切っていく琴乃。
そんな琴乃に潤は、
「楽しみですね、もちろん肉料理は大好きだし、琴乃先輩が僕に料理を作ってくれるのも初めてだからすごく嬉しい」
と、笑う。
正直な気持ちだ。
普段から琴乃はグループのみんなに食事を奢ったりはしていたが、自ら料理した物をふるまう事は少なくとも潤の記憶にはない、料理自慢の小春やなんでもそつなくこなす千島、そして小春に料理は敵わないが家事は得意な要。
三人は一人暮らしという事もあって、普段から学校に弁当を持ち寄り、腕を披露しているが、琴乃は家の使用人が作った弁当を持ってきていたので、料理の腕前はわからなかったが、今の包丁捌きを見ると料理の腕は三人には一歩譲る様だ。
でもそんな事は関係なかった、唐突な申し出で驚いたが、琴乃が自分の為に料理をしてくれているのだ、嬉しくない訳がない。
「ほら凄い霜降りだね、口に入れたら脂がとろけそうだよ」
琴乃は少々苦戦しながら、無難な形にステーキを切り分け、潤に笑顔を見せてくる。
「焼き加減は琴乃先輩に任せますよ」
笑顔を返す潤。
焼き加減を琴乃が調整出来るかどうかは別にして、どんな焼き加減のステーキが出てきても文句など言うつもりは毛頭ない。
「他にも焼き椎茸やガーリックライスも用意するからね」
潤の笑顔に嬉しそうに琴乃は肩をすくめる。
年上だが、可愛い仕草に少しドキリとしてしまう。
「じゃあ、お肉を焼くからね〜!」
琴乃は目の前の鉄板に、刷毛で脂を塗る。
大きな鉄板に軽く脂が焦げる音がたち、白い煙が一瞬上がった、何もまだ焼いていないのに食欲が沸いてくる光景だ。
「もう、良いかな」
少しだけ緊張した面持ちで、琴乃が肉を両手で大切そうに持ち、鉄板の上に置こうとした時だ……店の入口のドアが開き、
「こんばんは〜、注文の品を届けに来ました」
と、見知った少女が発泡スチロールの箱を持って現れたのである。
短めのツインテール。
気の強さを感じさせるような少しつりあがった瞳。
要が白いTシャツにショートパンツにサンダルというラフな格好でそこに立っていた。
「か、要ちゃん……ああ、そうだった、このお店の魚とかの仕入れは要ちゃんからだっけ……」
呆然とした様に呟く琴乃、この様子を見れば、彼女にとって要の登場は予想外なのは見ただけでわかる。
当の要は一瞬、意外そうな表情を浮かべながら、仕入れの海産物の入っているであろう発泡スチロールを持って立ち尽くしていたが、すぐにその強気そうな瞳を細め、
「どういう事?」
と、琴乃ではなく、潤を睨んで来たのだ。
「え? これは……」
まさか自分に要が聞いてくるとは思わなかったので、潤が詰まると、
「とりあえず……これは注文の品、琴乃姉、店の人がいないなら中身を確認して伝票にサインして」
少し強い口調と目つきを琴乃に向ける。
「……え、ええ」
突然の要の登場、そしてその態度に琴乃は気圧された様子で発泡スチロールを受け取り、中身を見ながら伝票と確認を始めた。
「さてと……」
要は潤に向かって振り返り、
「相変わらず女性に人気があるようで?」
と、再び睨んでくる。
「か……か、要には関係ないだろ?」
「え〜、関係ないわよ、でも、もう夜だしね……店に二人っきりは良くないと思って注意してるのよ」
少し俯き加減に反論した潤に、要は腰に手を当てながら言った。
「いや、あの……それは奥に楠木シェフが居るよ」
琴乃が答えるが、要は口元に少し笑みを浮かべ、
「ああ……そう? 私は一旦は裏の勝手口に回ってノックしたんだけどね、聞こえなかったのかしら」
と、少しわざとらしく顎に手を当てた。
「……ああ、それは〜」
戸惑いを見せる琴乃。
これには潤も少し驚いた、自分にも琴乃は楠木シェフは裏に下がっていると言っていたからだ。
「じゃあ琴乃姉、仕入れチェックはやっぱり店の人にしてもらいたいから、裏から楠木シェフ呼んでくれないかしら?」
そう言われてしまい、琴乃は何も言い返せなくなってしまう。
やはり楠木シェフはいないのだ。
その理由はいくら鈍い潤にもわかる、琴乃は自分と二人っきりで居たかったからであろう。
潤に奥に居ると言ったのは、初めて二人っきりで会う事を変に意識させないような配慮とも考えられる。
店の調理器具で料理している以上、楠木シェフが不在なのは何かと問題なのだろうが、神洋島でそんな事をとやかく弓永琴乃に言える人間なんて……そうはいない。
「二人っきりでデートしようが別に私は構わないけどね、未成年なんだから付き合い方は考えた方が良いと思うけどね……潤」
要がため息をつく。
「ああ……言われればそうだったね、これからは気をつけるよ」
おそらく要が怒っているのは額面通りでなく、グループの仲間達に隠す様にして琴乃と会った事なのだろう、たしかに琴乃は魅力的で二人っきりで会う関係になれれば素直に嬉しい、でも要を見た瞬間にグループに何も言わずに会ったという後ろめたい感情が沸き上がって来たのも確かだ。
潤が頭を下げようとした時である、
「あのね、要ちゃん……みんなに何も言わずに潤君と2人で会ったのは悪いと思うけどね……」
今まで突然の要の登場で押されていた様子の琴乃が口を結んで要を睨み据えたのだ。
「思うけど……何?」
要は腰に手を当てたまま、二つ年上の琴乃の視線に鋭い視線を返した。
普段は仲の良いグループたが、いきなりの一触即発の状態である。
まさに急展開。
困惑しながらも、潤は要と琴乃の二人に声をかけようとしたが、睨み合う二人にはまるで潤が視界に入っていない様であった。
第24話に続く
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