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第21話「疑惑」
2017年6月30日
午後12時25分



 4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「あ……じゃあ、ここまでですね、渡会さんと間宮君はこのプリントの問題を明日までに解いておいて下さいね」
 エスティン先生は教科書をパタンと閉じて、2人に自作問題の書かれたプリントを配ってくる。
「うえ……」
 プリントを受け取りながら、妙な声を出す千島。
「うえ、じゃありません! きちんとやってくるんですよ、そうしないと明日の授業が上手く進みませんからね」
 エスティンはため息をつき、千島に注意した。



 エスティンの授業には宿題が多めなのが特徴である、次の授業で答え合わせをしながら生徒に教えるべきポイントを探る。
 やり方は学校の教師というよりは進学塾の講師のような感じだが、1人で同じ時間に複数のクラスを持つにはこういうやり方があうのだろう。
 何人もいるクラスなら別だが、たった2人のクラスでは宿題をやってこない訳にはいかない。
「チーは家に帰れば、炊事洗濯に家事が待ってるんですよぉ!」
 足をパタパタさせる千島だが、
「それは一年生の要ちゃんも同じ事です、頑張ってください」
 エスティンは全く取り合わず、教室を出ていく。



「ううっ、キャリアウーマン的な冷たさだ……」
 千島は机に顔をついた。
「……千島はキャリアウーマンになりたいんじゃないのかよ?」
 宿題はそんな量ではないのだが、潤と違い千島は一人暮らしで家事もやっているのだから辛いのだろう。
「……やめた、仕事にシビアなニューヨーカーはチーには無理なんだ」
 目をつぶり答える千島。
 その表情には潤を問い詰めた雰囲気は無くなっている。
 そこに、
「なぁに、チーを虐めてんだよセクハラ野郎」
 小春がバックを持って現れる。



「ああ、小春か……そういえば昼だな、別に虐めていた訳じゃないよ、キャリアウーマンでニューヨーカーを目指した神洋島民の夢が破れただけだよ」
 机に顔をつく千島を見て説明する潤。
「なんだそりゃ?」
 小春は顔をしかめ、空いた椅子を潤の机に付けてから、
「ほらっ、これはご褒美だよ」
 と、弁当箱を一つ置いた。
「ああ、悪いな……って、オレは今日、弁当持ってきてるぞ! 作ってくれるなら、言えばいいだろ?」
 潤が声を上げると、小春は意外そうな顔を浮かべ、
「えっ? 言わなかったっけ?」
 と、赤面する。


 もちろん、小春の言っているお礼とは朝の件なのだろう、しかし前もって聞いていなかった潤は当然、自宅から母親の作ったお弁当を持ってきていた。
「お前はご褒美とは言ったが、ご褒美が弁当とは俺は聞いてないぞ!」
 小春はシマッタ、という表情を見せ、
「……言わなかったっけ? そういえば言わなかったような気がする」
 と、俯く。
「な、言わなかったろ? 聞いてないよ」
「……うん」
 潤の言葉に意外と素直に頷く小春。
 自分のミスに気付いたのか、小春はいつもの様子に似合わずシュンとした顔を見せたので、
「まぁ、自分の奴は食べなくてもいいか」
 と、順は頭を掻いた。



 しかし、小春は、
「いいよ……私が言わなかったんだし……食べなかったら親が心配するじゃんかよ」
 と、弁当を下げる。
「いや、待てよ」
「いいよ、また作ってくるから」
 潤が声をかけるが、小春は弁当をバックにしまってしまう。
「お……おい、小春」
 思わず隣の席の千島に助けを求めるが、千島は一足早く弁当を広げて、パクパクと食べている。
 何事にも好奇心旺盛な千島にしては珍しい。
「……わかった、じゃあ明日頼むぜ、小春」
 小春が弁当を下げてしまった以上、自分の物を食べるしかないので、潤は自分の弁当の入っているバックを教室の後ろのロッカーから出す。



「ん……?」
 潤は眉をしかめた、ロッカーに入っていた潤のバックはファスナーが開いていたのである。
 そして……その中にある筈の……弁当が無かった。
「おかしいな……確かに入れた筈なのに」
 潤が振り返ると、まるでハムスターの様に頬を膨らませた千島と目が合う。
 何だか嫌な予感がし、更に視線を落とすと、千島の前にあるのは潤の良く見知った弁当箱。
「……千島?」
 恐る恐る話しかける潤、千島はしばらく咀嚼して、ゴクリと飲み込んでから、
「まさかとは思うけど、潤君が小春ちゃんの朝に市場に行ったお礼を無為にはしないよね? 千島はすこ〜しだけ、その手伝いをしたんだよ」
 と、ニッコリ笑った。



「……千島」
 思わず小春と潤は声を合わせてしまっていた。



 やがて要と琴乃もやってきて昼食が始まる、5人の弁当を並べるには2人の机では狭いし椅子もないので、教室の隅にある余っている机と椅子を使う。
 いつもの事なので手際も良い。
「あら、潤君のお弁当はいつもと違うね」
 弁当箱を見た琴乃が聞いてくる。
「ああ、実はこれは褒美の弁当なんです」
 潤が答えると、要が、
「今朝のあれの事ね……小春も潤を使うくらいの事で律義に礼なんて」
 と、小春に視線を向ける。
「ひでぇな、もし要の手伝いがあったら考えさせてもらうからな」
 眉をしかめる潤。
 小春の方は、
「いや……まぁ、結構重い荷物を持ってもらったし、何軒か回ってももらったからね、自分の弁当のついでもあるし……」
 そう頬を掻きながら少し恥ずかしそうに言った。



「つまり今朝、潤君が小春ちゃんの手伝いをしたお礼なのね? 偉いわね〜、潤君……ご褒美なんて言われたから一体何をしちゃったのか、私、心配になっちゃったわよ、多分、ご近所さんの代わりに市場に買い物に行ってあげる手伝いをしたのよね?」
 小春と要のやり取りで潤のご褒美を理解した琴乃が笑顔で潤の頭を撫でる。
 どうやら小春の近所の老人へのボランティア的な行動は琴乃も知っている様子だ。
「は、はい……でも、琴乃先輩が俺を撫でる必要は無いですよ」
 潤は赤面してしまう。
「いいの、潤君がいい事したんだから褒めてあげるのよ、今度は私の用事も聞いてくれるかな?」
 琴乃は神洋島の猛暑にもかかわらず潤を抱きしめようとするが、
「あ〜、もうダメ! 潤君が暑そうだよ」
 千島がサッと手を出して潤を護る。



「こら、チー! 私と潤君の事を邪魔しない!」
「琴乃ちゃんは少し調子にのってるね、潤君といつも一緒の教室にいるのは千島だよ?」
 千島と琴乃が見合い、それを見た要が、
「……まったく」
 と、呆れて、小春はそれを見て笑っている。



 潤も小春の作った弁当を食べながら、その様子に苦笑していた。
 楽しい空間だ。
 しかしながら、潤の心の奥底では、1人の少女を警戒し始めているかも知れない自分がいる事を否定できずにいた。
 小春の作ってくれたタマゴ焼きを口に運びながら、潤は千島に視線を向ける。



『……千島はどうやって俺と聖さんが会ったのを知ったんだ? それに考えてみれば……海に行った時、なんで漂流した俺をすぐに見つけられたんだよ?』



 気にしすぎかもしれない、しかし今の潤はそれで片付けてしまう気にはまったくなれなかった。



     第22話に続く


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