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第19話「呟き」
2017年6月30日
午前9時4分


「チェレブリタ?」
 潤がわざとではないが、千島の質問に対して、聞き慣れない単語の方に反応してしまった。
「……ああ、知らなかった? それとも……もしかしてごまかそうだなんて考えてないよね?」
 千島は顔の鼻辺りから下を林間学校のプリントで隠したまま言う。
 別段、強く問い詰める口調でもないが、その声はいつもの千島よりも低い。
 その瞳も笑っているというより、やはり嘲笑しているように潤には見えてしまう。
「チェレブリタ……あのお店の名前だよ、卵料理が美味しいんだ……」
 そう言った千島に、
「……ああ、そうなんだ? あのお店はそういう名前だったんだ? 俺は気にしてなかったな、でも千島の今言った通りに卵料理が絶品だったよ」
 後ろ頭を掻きながら潤は笑って見せた。
 何かいきなりの詰問と千島の態度に戸惑う自分に潤は気がついている、詰問されるより会話がしたいのが本音の苦笑い。



「でも卵料理なら小春の料理も負けてないな、もちろん食べるのは弁当のだからとろーり半熟ではないにしても卵焼きなんかは絶品だよな? あいつは口は悪いけど料理は上手い」
 多少、強引だが、話を小春の料理に振る。
 何となくだが、千島と聖についての話題をするのが、躊躇われた。
「……そうだね、卵料理が上手い人はそれだけで料理のレパートリーが一斉に増えるからね、チーも卵焼きとかオムレツとか小春ちゃん並にマスターしたい、いつかはちゃんとお嫁さん修業する」
 千島はウンウンと頷き、話に乗ってくる。
「気にするなよ、千島も十分に料理できてるよ、だいたい花嫁修業って料理だけじゃないだろ?」
「そうだけどね、洗濯や掃除は毎日いい加減にしないように気をつけてやっていれば、そんなに将来の旦那さんに目につかないけど、毎日食べさせる料理だけはそうはいかないよぉ」
 潤の言葉に千島はプリントで顔を隠す仕草を止めて、笑って首を振った。



「そんなものかな?」
 そう答えながら潤が首を傾げると、
「都会では違うかも知れないけど、神洋島ではやっぱり料理が上手くないと、安く手に入る食材は生のお魚に豚さん、そして採れたて野菜だからね!」
 頷く千島。
「そうかもな……考えて見れば太宰地区だって、都会の街ほどに何処を向いても安い惣菜を売ってるスーパーや食べ物屋があるわけじゃないしな、家計的な物もあるか」
 正直を言えば、千島の言った家計的な問題は潤にはあまり実感がない、しかし千島や小春、要といった一人暮しの女の子が家計に余裕がある様子には今まで見えなかった。
「それが主な理由かも、少ない食費で美味しい料理を作る! それは神洋島だけじゃなく、それは共通のいい嫁さんの条件だね」
 千島は笑顔を浮かべる。



 いつもと変わらない千島の笑顔、それに潤は安心感を持った。



「まぁ、家計度外視と言えば、この間の琴乃先輩の連れていってくれた、あの鉄板焼きの店は値段聞かなかったけど、高いんだろうな〜」
 潤はため息をついて、机に頬杖をつく。
「そうだよね〜、本土から上等な牛肉を船の冷凍庫で熟成させながら輸送だもんね、あれ? そういえばチーはこの間に琴乃ちゃんが連れていってくれた店の名前をすっかり失念してる感じだよ!」
「……あれ、でも俺も店の名前思い出せないな? ええと、何だっけな」
 言われて潤も奢られた店の名前を覚えていない事に気がついた、もしかしたら店名自体を目にもしていないかも知れない。
「ん〜、ダメだ、美味しいお肉を食べた事しか思い出せなくなった」
 千島は自分の机にぺたんと額を付ける。



「滅多に口に入らない高級牛肉を食べさせて貰ったのに店の名前も覚えていないのは失礼に値するよ〜、早く思い出さないと」
 そのままの態勢で悩み出す千島。
「アハハ、千島は真面目な奴だな、美味しいお肉の味は覚えてるんだろ? 料理店にしてみたら、店名より味なんて覚えてないと言われた方がショックだろ、そんなに気にするなよ」
 苦笑いしながら、潤は我ながら多少、無理な持論を披露する。
「そうかな〜?」
 顔を机に付けたまま、千島は潤を見上げてきた。
 隣り合わせた机。
 普段から可愛いと口には出さないが思っている、たった1人の同級生。
 そんな千島の何気ない仕草に潤はドキリとしてしまった。



「きっとそうだよ、料理人は店名じゃなく、自分の作った味を知ってもらいたいのが普通だろ?」
 赤面してしまいそうな自分を抑えて答えると、
「深いね! でも言われてみればチーも納得」
 千島は頷いてから、再び額を付ける様に顔を向け直す。
 そして……そこでポツリと一言、呟いた。



「……え?」
 思わず思考が停止してしまう潤。
 その呟きは小さく、隣のクラスで授業をしているエスティンの声や神洋島の夏を騒がせる蝉の泣き声に混じりハッキリと聞こえた訳ではない。
 暑苦しいくらいの教室の中、悪寒が走る。
 断言は出来ない、聞き間違いの可能性もあるが、潤の耳には千島が低くこう呟いた様に潤は聞こえた。





「ゴマカシヤガッテ」





     第20話に続く


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