ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第18話「半分隠す」
2017年6月30日
午前7時49分


 小春の指先が潤の頬に軽く触れた。
「こ……こは……」
 声が上擦る潤。
 小春は潤をジッと見つめて、
「お願い、潤……その話だけは……無視してっ!」
 と、ワッと泣き出し、顔を両手で覆い、その場に座り込んでしまった。
「こ……小春!」
 バスタオル姿の小春に潤も座り込み、顔色を覗き込むが、泣いている様子の小春の顔は見えない。
 潤は動揺する。
 ほんの2時間前まで男勝りの口調、そして底抜けに明るい素振りで朝市で値引きをしまくっていた小春とは同一人物とは思えなかった。
 目の前で泣きじゃくる小春はまさに傷ついた歳相応の女の子だ。



「こ……小春、あ……の平気だからさ」
 そう声をかけ、潤が小春を立たせようと肩に手を置いた時。
 まさに予想外の事態が起こったのだ。



「小春ちゃん、学校行こう!」
 と、千島の聞き慣れた声が響き、突然に玄関の引き戸が開いたのである。
「……!!」
 潤と小春が振り返ると……そこには制服姿の千島が立っていた。
 しゃがみ込むバスタオル一枚の小春の肩に手を置いている状態。
 そして、驚きながら千島をみる小春の頬には涙が伝っている。
 ……これはマズイとしか言いようの無い。
「なんで、なんで? 潤君が……バスタオルだけの小春ちゃんに?…………あ、ああう、あう? う」
 と、訳の解らない言葉を発しながら、千島はフリーズしている。
 しかし、数秒もすると、まるで新しいエネルギーを得て復活したロボットの様にカッ! と目を見開着ながら叫ぶ。
「潤君のバカ〜!」



 もちろん、それは叫びだけではない!
 玄関から靴のまま猛ダッシュで居間に駆け上がら……ない。
 まずはきちんと靴を脱いでから、さらにそれを並べ直す、女の子らしい気配りを見せる千島。
「……」
「……」
 思わず、小春と潤はそれを見てしまう。
 そして、千島は2人の前におもむろに歩いてくると、コホンと一つ咳ばらいをして、
「潤君のバカ〜!」
 と、再び叫びながら、黒い学校指定鞄を潤の脳天に振り下ろす。
 座り込んだ小春に合わせて膝を折ってしゃがんだ状態の潤は、まるで断頭台の刃の様に振り下ろされた鞄をかわす事は出来ない。


「うぐおぁ!」


 潤がその場に呆気なく潰される。
「ち、ちょっとチー! な、何してんだ? はやとちりだ、止めろ!」
 慌てて見上げて止める小春だが、
「はやとちり? じゃあ、小春ちゃんが誘惑したとかいうオチ?」
 小春を睨みながら振り返る千島、何だか止まりそうにない。
「違うって! 小春はそんなんじゃない」
「じゃあ、やっぱり潤君が小春ちゃんを! 変態、変態、大変態!」
「止まれっ、千島〜」
 潤と小春は声を揃えて必死に叫ぶ。
 その様はまるで荒れた海の神を沈める漁民たちの様でもあった。



 そんな千島をとりあえず小春が、風呂場に突然に出た鼠に驚き飛び出してきたと説明をし、落ち着かせ、小春が着替え家を出た時にはすでに時刻はすでに8時15分をまわり、それまでに潤は4回脳天に鞄を振り下ろされていたのである。



2017年6月30日
午前8時32分


「お年寄りの方への配達を手伝ったのかぁ……もっと早く潤君が説明してくれたらよかったんだよぉ」
 潤としては見たくもない学校鞄を後ろ手に両手で持ちながら歩く千島。
「俺か? 俺がいけなかったのか? はたして俺だけの過ちだったのか?」
 潤は切実に訴えるが、
「だいたい考えてもみなよチー、私が潤に襲われて大人しくうずくまるタマかよ、逆襲してやるよ」
 と、先程までの泣き顔など一切に感じさせないで千島に告げる小春。
「そうだね……でも潤君、叩いてごめんね」
 小春に微笑み返してから、潤に向かい千島は素直に謝る。
「ああ、まぁ気にしなくていいよ、英単語がいくつか抜けたからテストで先生の隙をついて見せてくれればいいよ」
 潤は笑顔を見せた。
 これ以上、千島にこの件について突っ込まれる位なら、痛かったが我慢も出来るという物だ。



 学校に着くと小春と別れて、二年生の教室に千島と入る。
「お早う!」
 いつもの様に千島が無人の教室に挨拶した、前に理由を聞いた時は潤が来るまでは1人だったから、何となくしていたと言うのだが、琴乃先輩の話を聞き、実は千島が一つ上の学年から、両親を失う事故での怪我の治療とリハビリの為、留年した事を潤はもう知っている。
 長い治療とリハビリの末のクラスメートのいない教室は千島に何を感じさせただろう。



 楽しい感情では無い事は、容易にわかる。
 そんな気分を払拭する為に千島は無人の教室に挨拶をしているのではないのだろうか?
 そう潤は感じながら潤の机にピタリと付けた自分の机の椅子に座り、教科書を鞄から机の中に入れていく千島を見た。


 8時50分になると、琴乃達のいる三年生のクラスからエスティン先生の始業の挨拶と連絡事項を伝える声が聞こえ、すぐに千島と潤の教室にもエスティンが入ってくる。
「お早うごさいます」
 潤と千島が立ち上がり、朝の挨拶をすると、
「お早うごさいます」
 エスティンは外人特有の訛りなどまるでない、綺麗な日本語で返し、着席する千島と潤に、
「今週末のキャンプについての連絡事項です」
 と、告げながらプリントを配った。


「林間学校だ」
 嬉しそうな声を上げる千島。
「そうです、今週末の金曜日から日曜のお昼までの予定で翌日の月曜日と火曜日が振り替え休日です、二週間前に配ったプリントよりも詳細が書いてあるので、前のプリント同様、保護者の方には必ずプリントを見せて、下の欄にある許可欄に記入して頂いてくださいね」
 と、エスティンは説明してから、
「こちらは1時間目は世界史ですか……では、106ページの一覧問題を解いておくように」
 そう告げると、颯爽と要達のいる一年生の教室に歩いていく。
 戻ってくるのは約15分後くらいだろう。



「エスティン先生って、何だか、決まってるキャリアウーマンぽいね」
 千島が感心する。
「ああ、外人さんだしニューヨークとかが似合うな、神洋島にはちょっと合わないかな?」
 潤が頷くと、
「そうだね! 千島もなりたいキャリアウーマン!」
 と、なぜか唸る千島。
「あははは、それなら将来、神洋島を出ないと」
「う〜ん、それは何となく嫌だなぁ……まぁ、将来考えるよ! そういえば林間学校だよ」
 千島は話題を変え、プリントを見せてくる。



「林間学校って言っても、キャンプを張る場所は酒勾地区の奥の川岸、酒勾地区に住んでる千島や小春には何も珍しい場所じゃないだろうよ!」
 潤は顔をしかめるが、
「場所はいつも遊んでる川岸だけど、みんなとキャンプが楽しいんだよ!」
 と、千島はプリントで顔の下半分を隠して見せた。
「本当に楽しみそうだな、まぁ俺も楽しみだけど」
 潤が笑い返す。



「……じゃあね、楽しみを満喫する為に余計な心配は払拭しておこう!」
 ノリノリな様子の千島。
「何だよ? まだ来週には夏休みの宿題は出てもいないし……そうか、期末テストの事か?」
 潤は水曜日と木曜日に予定されている期末テストを思い出した。
 しかし、神洋学園は都会と違いテスト勉強には全くと言っていい程に力が入っていなく、琴乃や几帳面に勉強しているらしい要、そして都会の受験戦争をある程度の成績でくぐり抜けてきた潤くらいしか、全国平均をある程度上回る成績を出せる者はいなかった。



「じゃあ、わかったよ、今日か明日、図書館にいって勉強を……」
 潤が言いかけると、
「ちがうよぉ〜、教えて欲しい事は教えて欲しいんだけど勉強の事なんかじゃないよ〜」
 千島は顔半分をプリントで隠したまま笑う。
「……なんだよ?」
 潤が首を傾げると千島は言った。



「日曜日に聖さんにチェレブリタで会ったよね?……あれは何を話したのかな? 教えてくれる?」



 プリントで隠された口からの低いトーンの声。
 そして、その瞳は鋭く、どこか嘲笑している様にも見えた。



     第19話に続く


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。