第17話「千里眼少女−2」
2017年6月30日
午前7時29分
かなり年数の経った木造平屋建てが新田小春の家であった、都内に建っていれば目立つが、神洋島のそれも酒勾地区なら珍しい程でも無い。
「ほら着いたぜ」
自転車を停めた小春は振り返らず、低いトーンのまま言うと、玄関の鍵を開けて、
「まぁ、綺麗な家じゃないけど上がりなよ」
と、中に上がっていく。
「ああ……」
家自体は何部屋もある造りではない、玄関を開ければすぐに居間である。
要の部屋でもそうだったが、やはり余計な物はない印象だ、畳の居間に小さなテーブル、要の家よりは新しそうなテレビにはDVDデッキが備え付けられているのが違うと言えば違う。
「あっ、DVDだな?」
この空気の中で何かの会話を探そうと潤が言うと、
「新しいのなんか神洋島じゃあ琴乃姉の家の人間しか持ってないよ、デッキすら持ってないのが普通」
小春は答える。
「うちにはあるぜ」
普段なら潤は胸を張ってそう答える所だが、今はそんな気分じゃなく、
「そうかもな」
と、だけ返事をした。
「ほらシャワー浴びちゃいなよ、風呂場はそこ、私も浴びたいから早くしな」
小春が指を指して言ったので、
「じゃあ借りるな」
潤は脱衣所に入り、服を脱いだ。
脱衣所も風呂場自体も広くは無い。
風呂場には浴槽と古い型の洗濯機があった。
「シャワーはこれだな」
湯と水の調節コックを捻って、ちょうど良い温度にすると、髪にはかからない様にシャワーを持ち、素早く身体に浴びる。
ボディーソープがあったが、小春の物を使うのはどうかと思い止めておく。
ほんの数分もしないで上がると、小春が用意したであろうバスタオルが脱衣所に置かれていた。
「テレビでも見て、待ってなよ」
潤が上がると、小春が脱衣所に入っていく。
「わかった」
テレビの画面に出ている時計は7時39分を表示している。
始業時間は8時50分だ、小春の家からは学校までだいたい20分から25分といった所だ、小春が多少ゆっくりシャワーを浴びても間に合うだろう。
ちなみに始業時間を目標にしたのは、神洋学園には朝のホームルームがないからである。
エスティン先生だけでは一度に行えない為、始業直後に連絡事項は簡単に伝えられる事が多い。
まぁ、伝える事自体が少なく、授業スピードも本土に比べてゆったりしているから出来る事だ。
テレビに目を移す。
やっているのは御定まりのワイドショー。
官僚の税の無駄遣い、そして市民感覚とのズレを有名な司会者が糾弾し、
「我々、一般市民とは官僚の金銭感覚は違うんですかねぇ?」
と、首を捻っている。
「……この人だって特別地区に住んでるんだろ? 一般市民とは違うよな」
潤は皮肉っぽく呟いてしまう。
番組コメンテーターも司会者に同意しているが、この中に一般地区に住んでいる人間なんているのだろうか? 以前は感じなかったそんな感情でテレビを見る自分がいた。
「……潤」
不意に背後から名前を呼ばれる、振り返った潤は思わず息が止まる。
いつの間にかシャワーから上がった小春が背後に立っていたのだ。
息が止まる程に驚いたのは、不意に小春が立っていたからでは無い。
小春がバスタオル一枚で立っていたからである。
「こ、小春、お、お前」
赤面する潤。
少しだけ濡れたセミロングの髪にはいつもの猫の髪止めはない。
少し陽射しに焼けた肌とそうでない部分がハッキリわかる。
バスタオルの巻かれた胸元は150cmという身長の割にはしっかりとした膨らみがあり、その白い肌にはまだ水滴が伝っていた。
「……潤」
いつもと様子の明らかに違う低いトーンで名前を呼ぶ小春。
「な、何やってんだよ、着替えでも忘れたのか?」
顔を逸らす潤だが、視線は思わず小春の身体にいってしまう。
予想以上に魅力的なのは否定出来ない。
小春は潤に歩み寄る。
「……」
潤は思わず息を呑む。
いつも喧嘩っ早く、乱暴者と言ってもいい少女は目の前にはいない。
正直を言えば、潤は小春にはグループ最年少という事や普段の性格から、これまで女性的な色気を琴乃や千島、要に比べて感じていなかったのだが、今の小春には十分にそれがある。
もっと開けっ広げて言えば、今の状況と小春の言動によっては潤は軽はずみな行動に自分が出てしまわないとも言えない。
「……潤、聞いて」
懇願する様に潤を見上げた小春。
その瞳には僅かだが、涙が浮かぶ。
「小春……?」
ポツリと潤は呟く。
「もうしないから……もうしないから……今日、聞いた話はもう忘れて」
小春は潤に向かってゆっくりと両手を伸ばしてきた。
第18話に続く
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