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第16話「千里眼少女−1」
2017年6月30日
午前6時34分



「ありゃ、あんた小春ちゃんの彼氏かいね?」
「いや、違う違うよ、友達だよ、今日はお使いが多いから手分けして届けてるんですよ」
 笑顔の老婆の言葉に、潤は慌てて首を振りながら、苦笑して袋に入った魚や野菜を手渡す。
 件数は10件ないが、少し離れた家もあるし、2人一緒に回っていては学校に登校する時間に遅れてしまうという事で比較的分かりやすい家は潤が1人で回る事になったのである。
「そうかい、ありがとう、小春ちゃんにも宜しく伝えておいてよ……はい、千円分だね」
 老婆は千円を出して袋の中身を覗き、、
「あ〜、新鮮ないい魚に野菜だよ、小春ちゃんは本当に買い物上手だねぇ」
 と、心底嬉しそうな笑顔を見せたのである。



 ちなみに特に探して欲しい食材以外の買い物の中身の選択は小春に任されている。
 だいたい、千円で色々な物を入れてあげられる様にそれぞれの家の分を前夜から考えて、市場を走り回っているらしい。
 中身はかなり盛り沢山で、それは小春の交渉術によるものだ、もちろん少額の誤差はあっても小春はだいたい千円を使い切るくらいの買い物をするので、手間賃などは取っておらず、完全なボランティアだ。



 その辺りは老人達も十分に理解しているのだろう、配達に行った家の皆が潤が来た事には多少の驚きを見せたが、事情を話すと感謝して喜んでくれ、ほぼ全員が、
「これは手間賃代わりに持って行きな」
 と、家で漬けた沢庵だとか、山菜のお浸しだとか、自分の家で採った野菜とかを渡して来るので、荷物が全然減らなかったのである。



「気分の良い事してるな、小春の奴……」
 潤は最後の配達先に向かう途中、思わず声に出して呟いていた。
 ふと携帯電話を取り出し、時計を見る。
 表示は島に来てからはずっと圏外、 来たばかりの時は気になったが、今では何も気にならず携帯電話は唯の時計代わりだ。
「7時3分か……急がないとな」
 潤は最後の配達先に向かって走り出した。



「ありがとうねぇ」
 訪れた最後の家の老婆も笑顔で感謝しきりだ。
「いやぁ、小春ちゃんは優しいねぇ……」
 80歳を過ぎているであろう老婆は千円を差し出し、
「本当にあの娘は……春香さんの生まれ変わりに違いないよ」
 と、頷く。
「春香さん?」
 知らない名前である、潤が首を傾げると、
「小春ちゃんが生まれる前に亡くなった小春ちゃんのお婆ちゃんさぁ、春香さんも優しくてね、それに不思議な力があってみんなに尊敬されていたんだよ」
 老婆は笑みを浮かべる。



「不思議な力?」
 小春の祖母の春香。
 不思議な力。
 潤には少し興味が沸く単語が出て来たので、潤はわざと声高に聞く。
 不思議な力と突然に言われても、もちろん胡散臭い感じはするし、先を急いではいるが、興味と共に訪ねる者もあまり居ない孤島の更に山間の地区に住む老人の話を少し位は聞いてあげた方が良いとも思った。
 すると、潤の気遣いが攻を奏した様で嬉しそうに、
「そう、あれはね神通力だよ……春香さんは酒勾地区に居ながら、朝一に今日は〇〇が大漁だ、とか誰其が漁を休んでいるとか、色々と当てるんで千里眼を持ってる、とか言われていてね〜」
 そう笑顔で話す。
「へぇ〜、そうなんだ? 遠くで起きた事を言い当てるから千里眼かぁ……で? その人に小春がそっくりというのは姿が似ているって事ですか?」
 潤も笑顔を返しながら聞くと、
「違う、違う、そういう事じゃなくてさ」
 老婆は手を振る。



「春香ちゃんは小春ちゃんの婆ちゃんだけど、姿見はそうは似てねぇ、そっくりなとこは小春ちゃんも千里眼持っとるからよ、ちょっと昔はあん娘も春香ちゃんの若い時みたいに何でもお見通しだったのよ」
 そう答えると、老婆は年齢の割にはきちんと揃った歯を見せ、
「まぁ、最近はすっかりやんなくなったけど、そりゃ凄くて逆に皆が不気味がった程だよ」
 と、言った。





 配達を終えた潤が小春と待ち合わせた場所に着いた時には、携帯電話の時計は7時18分と表示されていた。
 小春は腕を組みながら待ち合わせた廃屋の前に立っている。
「悪い、悪い! 地図は貰ったけど土地勘がゼロで参ったよ」
「まぁ、しようがないぜ、汗かいたろ? ウチで手早くシャワー浴びていきな、ちゃんと着替えは用意してあるよな?」
 謝る潤に小春は別に怒る事なく、再び自転車に跨がった。
「シャワー? いいのかよ、俺は着替えるだけでいいんだけど……」



 着替えは昨日の電話で用意する様に言われていた。 南洋の神洋島、朝早くといえども特有のジットリとした暑さがある、その中を荷物を積んだ自転車を漕いで坂道を行けば、汗はびっしょりだ。
 時間的に自宅に戻るのは登校時間を考えると厳しいので、Tシャツに制服、鞄を持っていたのである。
 もちろん、着替えは小春の家でさせてもらうつもりだったが、シャワーまで借りるつもりはなかった。
 やはり小春は女の子の1人暮しなのだ、潤には少し気恥ずかしい気持ちと抵抗がある。



「汗びっしょりだろ? サッと浴びるだけでも違うから浴びちまえ! いつもみたいに琴乃姉に抱き着かれたらどーすんだよ?」
 小春はペダルを踏み出す。
「……まぁ、そうか」
 潤は頷いて、小春の自転車に続く、相手がサッパリしているので変な抵抗感は薄れた。
 これが要とかが相手では妙に意識して、なかなかこうはいかない。
 そんな余計な事を潤は考えたが、まぁ要の家の風呂を借りるような事態は起こらないだろうと思い、心配もしなくていい不安を忘れる事にする。



「すぐに着くよ」
 自転車で先導する小春。
 小さな背中を見て、潤はペダルを漕ぎながら、
「なぁ小春、さっき配達に行った婆ちゃんがお前には千里眼があるなんて変わった事言ってたぜ? ちょっと見せてみなよ」
 と、冗談混じりに声をかけてみた。


 深い意味などはもちろん無い。
 老婆の話し方に嘘はなさそうだったが、小春は勘のいい娘であるから、そういう部分を誇張して捉えているに過ぎないと思っていたのである。



 しかし、小春の反応は潤の予想とはまるで違うものであった。
 突然の急ブレーキ。
「うわっ!」
 前を行く小春にいきなり停まられた潤も急ブレーキを引き、何とかぶつからずに停まる。
「な、何だよ? 小春、いきなり停まるんじ……」
 顔を上げる潤。
 しかし、言葉が途中で止まってしまう。
 自転車に跨がりながら、振り返る小春。
 睨み据えるような怒りの表情がそこにはあった。



「余計な事をまだ、ベラベラ喋るのがまだいるのかよ……全く……」



 小春はそれだけ言うと、再び自転車を漕ぎ出す。
「……小春?」
 かろうじて声をかけるが、小春は何も答えない。
 それから無言でペダルを漕ぎ続ける2人。
 後ろ姿しか見えない潤には今、小春がどういう表情を浮かべてペダルを漕いでいるのかは考えたくも無い、ただ、この話は単なる噂じゃなく、何かの禁忌に属する話である事を確信し、軽口でそれを口にした事を酷く後悔する潤。



 しかし、一方でどういう事なのかを知りたい自分がいる事も確かだった。



     第17話に続く


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