第13話「意志確認」
2017年6月29日
午前11時51分
「人殺し?」
「そう、人殺し……」
驚く潤に顔を近づけたまま、不敵な笑いを浮かべて聖は頷いた。
「あ……ある訳ないじゃありませんか!」
潤が言うと、
「やっぱり? 潤君には人殺しは出来ないよね」
聖は顔を引っ込めて、先程までの不敵な笑みから、とって変えた様に明るく笑い出す。
「……まったく、いきなり何ですか? 聖さんは人殺しにでも会った事があるんですか?」
少し弛緩した表情で潤が苦笑すると、
「さぁ……でも、もしかしたらあなたも会った事があるかもしれないわよ」
そう聖は椅子の背もたれに背中をかけながら言った。
「……一体、何の話なんですか?」
怪訝な顔をする潤。
「いえ……」
聖はコップの水を飲み、
「別に他意はないわよ、私はあなたの言葉を信じているから、この島には殺人者がいるかも知れないって言ったのよ」
と、冷水の入ったコップを持ったまま、潤に視線を合わせてくる。
「……」
潤は押し黙ってしまう。 二日前の血だらけの男の事である。
潤は何となく感じていた、今日の誘いがミステリースポットの取材である訳がないのだ。
潤と聖。
2人の間には先程までの雰囲気は消えつつある。
「何で殺人者なんですか? あの男の人はまだ死んでないかもしれない」
「生きていると君は思うの?」
何とか言い返した潤だが、即座に聖に聞かれてしまうと再び言葉に詰まってしまった。
息も絶え絶えだったあの男性が生きている?
自問自答する。
彼は生きているか?
非常に懐疑的だった。
彼自身が自分が生き残る自信が無かったからこそ、たまたまそこに現れた自分に言葉を託したに違いないからだ。
「……多分、生きていないと思います」
潤は俯く。
「君の話を聞く限りではそうでしょうね」
聖は冷水の氷を口の中に含み噛んだ。
「それで……この島には殺人者がいると?」
「そうでしょ?」
当たり前じゃない、という表情を見せて、
「ここは本土じゃない、絶海の孤島なのよ、人の往来は二日に一本のフェリーのみだしね、まぁ出て行った可能性もあるけど……私はそうは思わないわ」
頬杖をつく聖。
「それはどうしてですか? もし犯人ならば、こんな閉鎖された島には居たくないでしょう?」
島から外部への唯一の交通手段であるフェリー。
潤も神洋島に引っ越して来た時に乗っている。
車も何台も乗るような大型フェリーで本土から島への物資なども運ぶ、まさに生命線だ。
もし男に危害を加えた犯人が島の外部に逃げるなら、フェリーに乗るか、島の漁港から船で外洋に出るしか無い。
少数であるが、島を訪れて本土に帰る観光客はいるし、用事で本土に行く者もいるだろう。
逃げたければ、その者達に混じって島を出てしまえば良いのだ。
「潤君、敢えてこれを殺人と言うならば……」
聖は目を細めた。
「殺人には本当に大まかに分けて衝動的な物、そして計画的な物があると考えられるわ」
「……ええ」
聖の言葉に頷く潤。
「衝動的ならば、いくら考えても埒があかないからそっちは考えないとして、計画的な場合は犯人には殺人を犯してまで、この神洋島でやらなければいけない事がある……って、考えにはならない?」
聖は再びコップに口を付けた。
「……でも殺人こそが最終目的で犯人には神洋島には用事もこだわりがない、って可能性は?」
少し考え、答える潤。
「あらあら、なかなかやるわね……しかしね、犯人が目的を達成して島を出ていたらでも、殺人が最終目的だとしたらでも、この島で人殺しはリスキーだわ、島の外に出る唯一の手段がフェリーで足が付きやすいし、変わった事したら地元の人間にはすぐに目に付けられるしね、私なら本土の一般地区でやるわね」
聖は口元にわずかな笑みを浮かべた。
今、本土の経済格差は取り返しのつかないレベルにある。
潤が島に来るまでに過ごして来た経済特別区は居住だけでなく、立ち入りすら特別税を払える人間かその家族しか許されず、店舗や企業にも厳しい審査が降りなければいけない。
だが治安は高いレベルで安定し、インフラも整っている。
しかし、その反面で一般地区と言われている国土の85%を占める場所は底の見えない景気の悪化、ホームレスの激増、犯罪の横行で治安レベルが著しく低下していた。
もちろん全ての一般地区が経済、治安が低下している訳ではないが、政府はすでに富の90%以上を占める僅かな富裕層を優遇し、国外への流出を止める為の政策に完全にシフトしつつある。
この為、まだ2000年代初頭の治安レベルを維持出来ている一般地区も徐々に治安、経済ともに悪化を辿っていた。
「殺人をやるなら本土の一般地区ですか……なるほど、そうですね」
潤も頷きながらコップの水を含む。
治安の悪化は検挙率の低下ともちろんリンクする、本土の犯罪検挙率は地区によっては既に他国のスラム並の場所すらある。
聖はやるのなら、人口が少なく何かと人目に付き、逃亡に不自由な神洋島ではなく、そういう本土の一般地区で殺人を犯せばいい、というのだ。
「ならば犯人には神洋島にこだわりが無い……という潤君の説はとりあえず没ね、犯人には神洋島に何かのこだわりがあるのよ」
「こだわり……」
潤が俯くと、聖は腕を組んで言った。
「犯人は神洋島に住んでいる、一番手っ取り早いこだわりじゃない?」
「……」
潤は押し黙った。
神洋島に殺人犯が住んでいる?
神洋島に引っ越して三ヶ月近く経つ。
潤は何か牧歌的で本土の経済競争社会から、取り残されたような神洋島が気に入っていた。
「……でも聖さん、もし外部の人間が神洋島に住む人を殺しに来た場合は犯人には神洋島はあくまで殺人の目標の相手の住む場所であって……」
そこまで言葉を発して潤はハッとなる。
聖の瞳が僅かだが、その表情を変えた。
そうである。
聖に誘われたのもあるが、潤にも聖には聞いておきたい事があったのだ。
潤は言葉を止め、聖を見据え、改めて口を開く。
「聖さん、あの人が言い遺した、ひじりとは……あなたの事で良いんですか?」
聞きたいのはこの事であった。
被害者の事を聖が知っているならば……
聖は犯人にも何か見当を付けているのかも知れないのである。
「…………」
潤の言葉を聞いた聖は表情を変えず、数瞬の沈黙の後で口を開いた。
「……教えてあげてもいいけどね、知ればきっと……引き返すのは難しいわ」
何かを押し殺したような声色。
聖の瞳は何か幾つもの複雑な感情が絡んでいる様に見えたが、潤にはそれを察する事は出来なかった。
第14話に続く
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