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第119話「チーが守る」
2017年7月6日
午前4時42分



『こちらはブルーム、都内各所で蜂起した部隊はNHK国営放送局、国会議事堂を占拠しました! そして第一経済特別区の全てのゲートを封鎖する事に成功しています』
 都内で蜂起した部隊からの連絡が入る。
『こちらドリーム了解……その状態を維持せよ、すぐに次の指令を与える』
 エスティンはそれを受けて答えると通信機のマイクを本体にかけた。
「向こうはうまくやってるねぇ……でも、こっちがお手上げしたら元も子も無くなるね」
 近衛が深く息をつく。
 都内各所で武装蜂起した同志は合計二百六名。
 その殆どが近衛の夫が数年かけてスカウトし、エスティンが島で本格的な訓練を施した兵士達だ。



 NHK国営放送局の占拠は宣伝行動の為であり、予定では5時から不平等な社会を糾弾し、国民の決起を促す放送を流す手筈になっており、国会議事堂のそれは政府の対応をシャットアウトし、国民に政治の要所を押さえた事をアピールする。
 最後の第一経済特別区の占拠は国内最大級の特別区である第一経済特別区を占拠する事により、そこに住む様々な要人を人質にとった状態を狙っての事であった。



 しかし……それらもその首謀者である弓永近衛やその幹部が捕まれば水泡に帰してしまう。
 始めから治安の悪い本土の一般地区を本拠地にする案もあるにはあったのだが、やはり弓永家の独立王国と言っても差し支えのない神洋島ならば隠匿性や訓練の場所、そして情報の流出を島ぐるみで阻止できる状況を棄てる選択肢は無かったのであるが……
「大丈夫です、神洋島は弓永家の独立王国であり、我々の要塞である事を教えてやりましょう」
 エスティンが笑うと、通信機から鋭く刺すような呼び出し音が鳴り、
『ドリーム応答せよ、こちらアクア、沖合からヘリが旋回して海岸に近づきつつある、目標は弓永家の別邸と思われる、至急に対応を請う』
 と、通信が入る。
 その通信にエスティンは笑顔のままで通信機からマイクをとり、
「……そらきた、誰だか知らないけれども、酒匂の山にいる敵に援軍なんて駆けつけさせませんよ」
 と、近衛に頷いて見せたのであった。





「さぁ、ヘリがやってきました」
 影から少しずつ朝日を浴びながらヘリは姿をはっきりとさせていく。
「全員乗れるの!?」
「兵員輸送用のヘリです、既に二十名が中に乗ってきている筈ですよ」
 要にクスノキの横にいたクヌギが答え、
「ヘリに乗っている者達があなた方の大切な仲間への援軍になりますから、あなた方は安心してこの島を離脱してください」
 と、クスノキは潤達に神洋島から脱出を促す。



「潤……」
 小春と要が見つめてくる、急展開する状況に迷う気持ちと千島を置いて島を出るのを後ろ髪ひかれる思いがあるに違いない。
 潤も同じ思いだった。
 今まで疑い、信じて、また疑い……渡会千島という少女を今をもっても信じているのか疑っているのか断言は出来ない。


 騙されていた。


 言ってしまえばそうでもある気がするし……


 守られていた。


 今から思えば千島の行動はそうであったかもしれなかった。
 なぜ千島が自衛隊に協力しているのか?
 なぜ千島が日本政府を倒そうとするクーデターに敢然と立ち向かうのか?
 なぜ千島が普通の女子高生では到底考えられない立場にいるのか?
 なぜ……なぜか……



 疑問なんて幾らでも湧いてくる……でも。
 正直、そんな事はどうでもよくなっていた。
 今はただ渡会千島という少女の笑顔が見たかった。



「糞くだらない島に違いない」



 そう思いながらこの島に降り立った数ヶ月前。
 そんなひねくれた感情を吹き飛ばしてくれた一人の少女。
 黒髪のショートボブカット。
 温和そうなどんぐり眼、どこがとは言うほどでは無いが均整のとれた顔つき。 初夏の海風になびく水色のワンピースがとても似合っていた。



 この神洋島での生活がこれからどうなるか、間宮潤という個人の人生がどうなっていくかは分からない、ここから先の人生がもっと幸せかも知れないし、転落の一途かも知れない。
 しかし……これだけは言える。
 絶対に忘れられない大切な時間だったと、そしてその始まりは渡会千島という少女の微笑みだったと。





 凄まじい爆発音が響き渡り周囲の空気が激しく震えた。




「な……なにっ?」
「いやあっ!」
 要と小春の悲鳴。
「な……!」
 潤は反射的に近くにいた二人を抱きかかえ、声を上げながら爆発音の方向を振り返った。



 燃え上がっていた。
 すでに形もはっきりと確認できていたヘリがクルクルと回りながら後部部分から火を吹き上げながら燃えていた。
 ネズミ花火。
 それを思わせてしまうような動きでヘリは急降下し、朝日を浴びはじめた蒼白い海に白い高波を立てて墜ちた。



「対空ロケット!!」
「何処からだ? 奴等がこの周辺にいるのか?」
 クスノキ達は数秒間の放心の後で慌ただしく周りを警戒する。
「こちらクスノキ! つくば応答せよ、ヘリが撃墜された、対空ロケットと思われる、繰り返す! ヘリが敵の対空ロケットと思われる攻撃に撃墜された!」
 早口でトランシーバーに叫ぶクスノキ。
「あれだっ! あの岩場の沖を見ろっ、船がいるっ!」
 小春が洋上を指差す。
 そこには一隻のモーターボートが浮いていた。
「二人乗ってる! 一人はなんか持ってる、携帯式の対空ロケットなんじゃないのか?」
 視力が良い小春が震える声で言うと、ボートは旋回して高速で港の反対方向に洋上を走りはじめる。
「携帯式の対空ロケットをモーターボートから発射したのかっ!? なんて事だっ、あのボート何処からきやがった!?」
 クヌギが歯を喰い縛りながら呻いた。
「龍神のあぎと……龍神のあぎとからあのモーターボートは来たのよ」
 要が呟く。
「岸川さん、何故……それを?」
 驚いた様子でクスノキが要を見る。
「いえ……私、考えていたんです、この神洋島には港しか入る手段がないのに鎮守地区になぜそんなによそからの人が沢山気付かれずにやってこれるのか、人だけでなく銃とかもどうやって持ち込んでいるかと……そして、潤の話していた龍神のあぎとの中の様子を聞いて、もしかしたら龍神のあぎとはあの人達の秘密の神洋島への玄関になっていたんじゃないかと」
 洋上の惨劇を見ていたくないと言った風にうつむいて答える要。



「そうだったのか……だから龍神のあぎとに誰かが侵入するのを警戒していたのか……龍神のあぎとが鮫の巣だって噂も普段から人が近づかない様にする噂だったのかもしれない、現に俺は普通に流れ着いてるんだからな」
 潤は煙の上がる洋上を見つめ呟き、
「お願いがあります」
 と、クスノキに振り返った。





2017年7月6日
午前4時56分



『こちらつくば、緊急事態発生、敵性勢力からの攻撃によりデルタが撃墜されました、来援予定時刻が大幅に遅れます! カエデは至急、ポイントを離脱してください、来援予定時刻が大幅に遅れます、クスノキらと合流してください』   オペレーターの女性の声は予想外の出来事に明らかに上ずっていた。
「みんなはヘリには乗れていないの?」
 千島の声色は低い。
『はい……デルタは敵勢力が洋上に進出させたモーターボートによる対空ロケット弾を受けました、敵ボートが何隻いるか、装備も不明ですから洋上からの脱出も行なえない状況になっています……ですから、至急クスノキらと合流を……』「意味ないね」
『えっ!?』
 低い声のまま千島がポツリと答えると、オペレーターの少しは落ち着きかけていた声がまた上ずる。



「クスノキ達はそのまま、別邸でみんなを守ってもらっていて……来られても足手まといだからさ、相手は数が多いし、ここはチーが酒匂地区の線で守り切って見せるからそっちは役場行って酒匂地区の住民を市場にでも避難させてよ」
『……』
「良いかな?」
 低く威圧感を含んだ声を千島が出すと、
『私の一存では承諾は不可能です、今……司令に変わります』
 そうオペレーターは答えて、
『私だ、カエデ応答せよ』 と、千島の通信相手が男の中年の声に切り替わる。



「……」
『どうした?』
「……」
『カエデ、応答せよ』
「コードネームなんてもういい……チーだよ、私は渡会千島、もう別の名前で呼ばないでください」
『……しかし今は作戦中であって』
 男がやや渋る様子を見せると、
「今まで散々、渡会千島でいろ、って言ったのはそっちだっ!」
 千島は暴発した様に怒鳴り返す。
『わ、分かった千島、そう呼ばせてもらうよ』
 そう答える中年の男は続けて、
『君の意見はわかる、クスノキらはあくまでも諜報が専門だ、実戦訓練は不足しているだろう、しかし相手は少なくとも三十以上、多ければ五十人以上の訓練された敵という情報もあるんだ……ここはクスノキらと合流してだな……』
 と、切り出すが、
「負けたいのかよ?」
 千島は低いバカにしたような声で口を挟む。



『君は一人なんだぞ!』
「相手も都合がある、五十人まとめて来れる訳じゃない、酒匂地区でなら勝機はこちらにもある」
 男が口調を強くするが、平然と返事をする千島。
「この島はロケットを装備したボートに封鎖されている、援軍はしばらくは望めない、だけどチーとウィンディーなら必ず奴等を食い止めて見せる……この島で負けない為に辛い事を耐えてきたから……」



 千島の言葉にすぐに返事は返ってこなかった。
 数秒の沈黙の後で中年の男は言った。



『……わかった、ボートはどうにかして二時間以内に増援を向かわせる、それまで頼む、渡会千島! 敵勢力をあらゆる手段をこうじて酒匂地区から先に進ませるな!』
「了解しました司令、この渡会千島、必ずや敵性勢力をあらゆる手段をこうじて酒匂地区から先に進ませません! オーヴァー!」
 毅然とした返事をした千島は通信を打ち切ると立ち上がり、最新鋭無人空中偵察機ウィンディーとリンクするゴーグルをかけて呟いた。



「みんなはチーが守るよ、みんなとチーが大好きな島をクーデターの舞台になんてさせてたまるか」




    第120話に続く


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