第11話「千島の過去」
2017年6月28日
午後6時34分
「潤君には話しておかないといけないんだよね……私はそう思うから」
琴乃は歩き出した。
「場所を変えますか?」
潤が聞くと、
「歩きながら話そうよ、それが誰かに立ち聞きされない方法だと思う」
琴乃は答えた。
「わかりました」
頷いて、琴乃と並んで歩き出す潤。
「あのね潤君、先ずは知ってほしいのは……小春ちゃんやチーには今、家族がいないって事なの」
少し歩いてから、まず琴乃はストレートに切り出して来た。
太宰地区は島内ではいくらか開発が進んではいるが、やはりこの時間になると、人通りのない本土の田舎の商店街と変わらない。
「要のご両親は事故で亡くなったんですよね? 千島や小春も……?」
潤が質問すると、
「……そうね、チーのご両親は2年前に本土に引っ越しをした直後に自動車事故で亡くなっているわ、チーも一緒に乗っていて大怪我を負って瀕死の重傷だったらしいけど、奇跡的に後遺症もなく助かったのよ、その後に……1年以上のリハビリを経てチーは再び神洋島に帰ってきたの」
「……瀕死の重傷でリハビリですか? 千島がそんな事に……」
少しうつむき加減で話した琴乃に、潤は驚きの声を上げた。
「ええ、本土のリハビリセンターだったけど、面会に行った時はご両親が亡くなり、自分が身体中大怪我を負ったショックでかなり自分を閉ざしていたから、ロクに会話にならなかったくらい、顔も裂傷が酷いらしくて包帯を巻いていたから、私が話している途中もしきりに顔が痒いけど、かけないんだよと譫言みたいに言っていたわ」
思い出したくない思い出なのだろう、琴乃は俯く。
「お医者様には、千島ちゃんは心を閉ざして、閉じこもっているから色々な思い出を話して上げて下さい、って頼まれて色々な話をしたわ……でもチーが精神的に落ち着いていなくて、全く話が噛み合わないから会話にはならなかったな」
「そんな事が……」
潤は今の千島しかない。
明るく健康的。
そんな千島が2年前に自動車事故で大怪我を負って、1年以上のリハビリを経ていたとは……
「そう、そしてチーが島に帰って来たのは去年の秋口だった、私は結局本土のリハビリセンターという事もあって1回しか面会出来なかったし、その時はさっき話した様に会話にはなってなかったから、まともに話をするのは本当に久しぶりで不安だったのだけど……でもね、そこで安心できた」
そこで琴乃は表情を明るくして、
「なぜならチーは、島に帰ってきて会うなり、明るく私に挨拶してくれたのよ、面会に来てくれてありがとう、悲しい事があって正直乗り切ったとは言えないけど、過去は振り返らないで未来に生きていくから宜しく、って言ってくれたの」
と、潤に本当に嬉しそうに微笑む。
「……事故は不幸でしたが、よかったですよね」
潤も微笑み返す。
「ええ、それからのチーは前に島にいた時より社交的に明るくなったわ、学年はリハビリ期間の事もあって私と変わってしまったけど、前よりずっと仲良しになれたの……」
そこまで話した琴乃はハッとなってシマッタ! と言った表情を浮かべた。
「ええっ? 千島って実は琴乃先輩と同じ学年だったんですか?」
驚愕の表情をする潤、琴乃は困り果てた顔で、
「あ〜っ、お願い潤君、どうか今のは聞き逃した事にしてぇ! 潤君にはチーから実は年上だと、気にするかも知れないからって口止めされてるの」
口が滑ったのを誤魔化すかのように、琴乃は潤を抱きしめてくる。
両頬を包む柔らかい感触……潤も男である以上、嫌いな筈は無いが、いくら人気が無い神洋島でも天下の往来だし、相手は島一番のお嬢様である。
「うぷっ、わ、わかりました! 聞きませんでした、聞きませんでした!」
正直、惜しい気持ちが無い訳ではないが、潤は顔を琴乃の豊満な胸から離してから、
「大丈夫です、俺には今の千島が俺の知ってる渡会千島ですから、過去にはこだわりません」
と、顔面を少し赤らめながらも頷いて見せた。
すると、琴乃は安心したように口元に笑みを浮かべ、
「うんうん、それでこそ潤君だね……私が愛する人だけあるわね」
と、ウインクする。
「も……も、もう!」
そんな琴乃に女性耐性の無い潤は、更に頬を赤らめてしまっていた。
6月28日
午後8時27分
「潤、お風呂に入っちゃいなさい!」
一階から部屋の潤に母親の声が聞こえてくる。
「ああ……今、入る」
そう答えて自分の部屋を出て潤は階段を降り、バスルームに向かい、風呂に入る。
今の住まいは会社が借りている物件だが、築年数も経っておらず、父親が東京に建てた家より小さいが、3人家族には十分過ぎるスペースの一戸建てだ。
「ふぅ〜っ」
湯舟に浸かった潤は息を吐きながら呟き、しばらく今日の出来事を思い出していた。
海でうっかり流されて龍神のあぎとという岸壁の洞窟にたどり着いた時、自分を呼び止めた千島の鋭い口調と表情が思い出されてしまう。
しかし、千島のそんな態度はほんの十秒足らずの事だし、危ない場所に不注意に立ち入ろうとした自分がいけないのだからと、潤は首を振る。
千島は自分を探しに来てくれたのだ。
その後の豪華な夕食。
みんなで和気あいあいと、島では滅多に口に入れられない高級ブランド肉に舌鼓をうった。
そして、琴乃が話してくれた千島と小春の家庭の事情。
千島の話の後、琴乃の話した小春の事情は琴乃本人もあまり詳しくないらしく、少し簡潔だった。
元々、小春の父親は電気部品関係の技師、神洋島の家電修理屋みたいな立場で腕は良く、島では一目置かれていた。
小春の母親はまだ小春が物心つく前に亡くなっていたので、2人暮しだったらしいのだが、その父親は3年程前に突如、失踪してしまったらしいのである。
残された小春を不憫に思い、琴乃が母親に頼み、弓永家で行方を探したのだが、同時期に島から消えた太宰地区のスナックの妻子ある女性と本土に逃げたのでは、いうのが有力な情報で、そこからのあしどりは途絶えた。
父の失踪直後の小春は、流石に落ち込んでいたらしいが、その一年前に両親を海で亡くしていた要と親しくなり、次第に明るさを取り戻していったらしい。
ちなみに小春や要が千島と親しくなったのは、千島が事故に遭い、神洋島にかえって来てからで、その頃の千島は年下の小春、要は当然知ってはいたが親交は無かった、と琴乃は話していた。
「やっぱり、世話好きな琴乃先輩が不幸な事のあった千島達に気を使ったんだろうな、優しいよな」
潤は水滴の沢山付いたバスルームの天井を見上げながら思う。
土地の有力者の娘である琴乃が辛い事があった千島達には、さぞかし支えになった事は想像がつく。
そして、琴乃を中心にした千島、要、小春の仲良しグループがいつしか出来上がり、2人だけの学年の千島の紹介で潤が加わったのである。
「俺が神洋島で楽しくやっていけてるのも……琴乃先輩の存在も大きいんだよなぁ〜、感謝しないといけないよな」
改めて考える潤。
「それに俺の事も悪くは思ってないみたいだし」
そう思いながら、昼間に水着の時に豊満な胸に抱きしめられた感触を思い出して思わずニヤけたが、
「……そういえば、あの直後には……」
水着の琴乃に抱きしめられた直後に長く感触を味わう事はなく、潤は千島、要、小春に同時に鋭い突っ込みを受けた事を思い出した途端。
「冷たっ」
天井からタイミングを見計らったかの様に見上げた顔に落ちてきた水滴に潤は思わず声を上げていた。
第12話に続く
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