第109話「真剣」
2017年7月6日
午前1時41分
「なんだ!? お前もここに居たのかよ」
そうニヤニヤ笑いながら男は銃を構えたまま、小春が開けた窓から潤の部屋に入ってくる。
黒いタンクトップに迷彩ズボン、そしてジャングルブーツの男は180㎝を越えるがっちりとした体躯、黒い短髪に長い顎が特徴的だ。
「何しにきやがった!? 駐在を呼ぶぞ!」
窓から離れ怯える要と小春を守るように抱き抱えた潤が怒鳴る。
なんでいきなりこんな奴らが侵入してくるのか?
一体何者なのか?
銃は本物なのか?
逆らったら引き金を躊躇なく引くのか?
様々な疑問が頭を巡るがとにかく潤は要と小春を守らないといけない、それは理解していた。
「別に駐在なんて怖くないぜ! 邪魔しやがったら蜂の巣にしてやるよ」
顎の男が舌なめずりしながら、ライフルを潤たちに向けた時に背後から木の板が割れる音が響き、鍵を閉めたドアが破られる。
「イヤァッ!」
悲鳴を上げる要。
「おう、確保したな?」
そう落ち着いた声でドアの残骸を手斧で壊しながら入ってきたのは顎の男よりも太めでまるで柔道選手のような男だ。
格好は顎の男と同じだ、黒いタンクトップに迷彩ズボン、そしてジャングルブーツ、おそらく合わしているのだろう。
手斧を右手に左手にはやはりライフル銃だ。
「おう、すばしっこいガキも一緒だぜ」
顎の男が小春を見る。
小春の言っていた特徴からもこの二人に小春は追跡されたのだろう。
「お前達何者だっ! 早く出ていけ!」
潤は小春と要を背中の後ろに隠して部屋の隅によった、相手はライフルらしき銃に手元に適当な武器もない、出来る事は叫び散らして相手を威嚇する事。
「叫んだって人なんて来ないぜ」
顎の男が嘲笑する。
潤の家は周りの家と少し離れてポツンと建っている、かなり騒いでも周りの家に聞こえる事は無い。
「……くっ」
抵抗すれば生命すら危うい状況に自分に出来る事は二人の少女の盾になる事だけ、潤は震える唇を強く噛んだ。
「待つんだ、やたら怖がらせても意味がない」
黙っていた太めの男が口を開く。
「残念ながら我々が何者かは答えられない、ただ君達が抵抗しなければ危害は加えない事は約束出来る、大人しく我々についてきてはくれないか? ちなみにこの銃は本物だ、撃ちたくはないが引き金を引く事態になれば躊躇はしない」
「めんどくせぇ、銃を突き付けて縛って連れていけばいいだろうが!」
顎の男はそう舌打ちするが、
「どうだ君? 我々は訓練を受けた戦士だ、君達に勝ち目はない……君と大切な少女二人の生命を抵抗に賭けるか? それとも我々についてきてくれるか、二者択一だ」
太めの男はそれに構わず続ける。
抵抗が絶望的な物である事は潤にも理解できる、例え彼らの持っているライフル銃が偽物であったとしても勝てる気はしない。
「俺の家に来たって事は俺に用事なんだろ? 要と小春には家に帰って大人しくするように言うから連れていくのは俺だけにしてくれないか?」
潤は太めの男を見据えながら提案する。
「潤っ、バカッ!」
「何を勝手な事を言ってんだよ!」
要と小春はそれぞれに驚き潤の腕を掴んできた。
「つかむなって……ブルってるのバレるだろ? 俺だって怖いさ」
泣きだしそうな要と小春に苦笑する潤。
正直な気持ちだ。
吐き出しそうな程に事態の急変に潤は動揺を覚えていた、いきなり武装した頑強な二人の男に連れ去られるのだ、畏怖しない人間がいるのなら爪の垢を分けてほしいくらいだ。
だが、自分に好意を寄せてくれる女の子を守る、これくらいは男の意地と歯を喰い縛った。
「君は立派だ、まさかこの状況で我々に譲歩を求めてくるとは」
太めの男は口元に笑みを浮かべるが、
「行動は賞賛する……しかし私にも任務があるのだ、わかってほしい、譲歩は出来ない」
と、ライフル銃を向けてきたのである。
2017年7月6日
午前1時52分
三人は後ろ手にビニールバンドを付けられ、間宮家の玄関に降りてくる。
前には顎の男が歩き、潤達三人を挟んで太めの男が続く。
「玄関を出たら少し歩いたら車があるからそれに乗ってもらう」
太めの男は言う。
その途中で誰かにでも会えたら……とは思うがその期待を潤は自分の中で打ち消した。
神洋島の真夜中、好きこのんで表を歩いている者などいるとは思えないし、いたとしてもライフルを持った屈強な男を二人どうにか出来る人間である訳もないのだ、かえって犠牲者を出すだけである。
そんな事を考えていると顎の男が、
「しっかし、なかなかいい家だな……こんな家で真夜中にこんなに可愛い女をそれも二人も部屋に連れ込んでいい身分だぜ」
と、嘲笑してきた。
「社宅だよ」
顎の男に対する嫌悪感からぶっきらぼうに潤が答えると、
「本土では特別区に家をもってんだろ? 社宅でこれじゃ大会社だ、金持ちの坊やか……そりゃこんな島の貧乏娘を引っ掛けるのも容易だよなぁ、羨ましくて撃ちたくなるぜ」
ライフルの銃口を潤の目の前に向けてくる。
「やめてっ! そんなんじゃないわよっ!」
銃口に潤が沈黙の命令の意味を悟ると、要が悲鳴混じりに反論して、
「止めないか! 彼には直接の罪はないぞ、撃つべき相手は別にある、テロリストじゃないんだぞ!」
と、太めの男は顎の男を強く叱咤する。
「わかったよ、相変わらずくそ真面目だぜ、相川と来りゃ良かった……そうすりゃ、今頃は……あいつは美少女大好きだからな」
顎の男が舌なめずりすると、背筋を震わせる要と小春。
「いい加減にしろ! 早く出るぞ! 作戦中はコードネームをつかえっ、個人的な欲求を満たそうとするなっ、これ以上すると報告するぞ」
太めの男はそう言って怒鳴る、かなり怒っているがそのくそ真面目な性格に要と小春は助けられた様子だ、内心で潤は安堵する。
「ヘイヘイ」
ため息をつき、顎の男は玄関のドアの鍵とチェーンを外してドアを開けた。
熱帯夜の空気が玄関に吹き込む。
「まったく暑いぜ……声を出すなよ、もっともそんな事をしても無駄だがな……ほら行くぜ!」
そう言って顎の男は歩きだし、潤達も無言でそれに続く。
しかし、次の瞬間に潤が見たのは彼の長い顎の下にスウッと差し込まれた鈍い光を放つ真剣だった。
背後でも呻く声が聞こえた、振り返ると太めの男が頭に黒いスーツの男にピストルを突き付けられて硬直している。
待ち伏せ。
出てくるのを見計らっていたのだ。
「貴方なんかじゃ潤君の魅力は理解できないわ」
藍色の着物姿の琴乃が顎の男の喉元に突き付けた真剣を持って笑っていた。
第110話に続く
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