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第10話「仲間達の事情」
2017年6月28日
午後5時2分



 太宰地区に琴乃に案内された店は、割とこじんまりとした店だった、席は10席ほどのカウンター席。
 そして、客席とカウンターの間にある大きな鉄板。
「鉄板焼きだぁ!」
 店の事を知らなかった一同は声をあげる。
「そうなの、今度オープンするのは鉄板焼きのお店なのよ、島にはお肉を食べさせる店が無いから……って事でね、今日はオープン前の試食会を兼ねて」
 琴乃は驚く面々にウインクした。


「琴乃お嬢さんの知り合いの方々ですね、店長の楠木といいます、宜しくお願いします」
 30代半ばのコックコートを着た爽やかそうな青年が笑顔で挨拶をしてくる。
「お願いします」
 潤達も大人を前に全員で素直な挨拶を返すと、
「楠木さんは神戸の有名な鉄板焼き店で2年修業してきたのよ」
 琴乃は笑顔で説明した。
「では早速、今日は島には中々ない食材を用意しました」
 楠木シェフはそう言い、上等そうな肉のブロックを見せてきた。


「神戸牛です、島には空港が無いので、落とした物を冷凍庫付きの船で運んできた物で、その移動時間で熟成するように計算されてるんですよ」
 楠木シェフの言葉に、
「神戸牛!」
 と、小春と千島は目を輝かせ、要も2人程ではないが、少し驚きの表情を見せている。
 潤も高級牛肉の価値はわかるが、小春や千島程の驚きは覚えない、東京にいた時は月に何度かは食べていたからだ。


「あのね潤君、東京育ちの人には解りにくいけどね、本土から離れた神洋島では豚や鶏はともかく、牛は中々に手には入らない食材なんだよ」
 そんな潤に気付いた様子の千島に説明されて、ようやく理解した。
「ああ、そうか、輸送費用がかかる食材だもんな」
「そうだよ、島では牛肉なんて、まず食卓には上がらないね、チーも高くて手が出ないから選ばないし、滅多に料理しないよ、流石は琴乃ちゃんの家の系列店は違うね」
 腕を組み感心したように牛肉を見つめる千島。
「私も買わない、その分豚は買ってるよ、島で肉と言えば、豚肉の事だからな、豚料理のレパートリーはかなりあるぜ」
 小春も頷いた。



「じゃ、鉄板に火をいれて用意を始めます」
 楠木シェフがその他の材料を用意しているのを見ながら、潤は先程の会話からある事に気がつく。



「あれ、千島も小春も家で普段から自分で飯を作るんだな?」



 潤の何気ない一言。
 その言葉に一瞬、グループの間に何か沈黙が走った様に潤は感じた。
「ま……まぁね、それぞれ事情もあるから」
 琴乃の言葉に、潤は何か聞いてはいけない事を聞いてしまった様に感じ、
「そうですね、悪いな2人とも」
 と、素直に謝る。
「チーは平気」
「私だって平気さ」
 2人はそうは答え、笑いを作るがぎこちない。



『要は両親を海の事故で無くしたって聞いていたけど、千島や小春については全くの初耳だ……何かあるとしたらマズイ事を言っちゃったなぁ』



 そう思う潤を救ったのは、楠木シェフが鉄板に投じた牛脂が焼ける音だった。
 シェフ自身は修業したとはいえ、まだオープン前の少し慣れない様子で鉄板に火をいれたり、材料を用意したりで、今の会話は聞いてはいなかった様子である。
「牛肉を焼くにはやはり牛脂が一番です、みなさんには神戸牛のまずランプ肉のステーキから……ランプ肉はフィレやサーロインよりは脂がのってないけど、肉本来の味はランプを味わうべきだと思います、では後もあるから少しずつ」



 楠木シェフが楽しそうに自説を語りながら、鉄板の上で肉を焼き始めると、
「しゅ、しゅごい! ランプ肉なんて関係ないよ、神戸牛は何処を食べてもしゅごいんだよ」
 千島は身を乗り出し、よだれを垂らさんばかりに焼ける肉を見つめ、
「こら、行儀よく待たないとダメでしょ!」
 要にすかさず注意されてしまう。
 そして、焼き上がった肉がカットされて、それぞれの前に出されると、千島や小春には先程のぎこちない表情はすっかりと消えていた。



午後6時13分


「食べたなぁ!」
 満足げに店を出ながら、小春はお腹に手を当てる。
 料理は神戸牛のランプ、フィレ、サーロインにガーリックライスをあわせて、最後は温野菜で締めとなった。
 もちろん、味は抜群でその上、全てオープン前の試食という事でタダなのである、これで文句などあろう筈はない。



「それじゃあね!」
「じゃあな」
「ご馳走様、それじゃあ」
 店の場所は平地の太宰地区なので、山間の酒勾地区に住む小春と千島は山へと、要は海沿いに続く路をそれぞれ歩いていく。
「ああ……また月曜日に学校で!」
 潤は手を振り、
「気をつけて」
 と、琴乃は笑顔だ。


「じゃあ、ご馳走様でした琴乃先輩」
 3人を見送り、潤も自分の家に歩き出そうと琴乃に挨拶して、歩き出そうとすると、
「もう少し付き合って潤君、お話ししたい事があるから……」
 そう言って琴乃が少し笑いかけて来た。
「……どうしたんですか? 琴乃先輩」
 首を傾げる潤に琴乃は、
「チーと小春ちゃんの事情について話しておきたいのよ、これから潤君とは良い付き合いを2人にはしてもらいたいから……」
 と、切り出してきた。



「……わかりました、聞いておきます」
 少しの沈黙の後、琴乃の言葉に潤は顔をあげ真顔で頷いた。



     第11話に続く
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