挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

アルフェラッテは遥か後方(かなた)

作者:棔いち哉
『警告します。この先の宙域は個人の私的占有空間です。星間運行システムを基本(デフォルト)に切替、もしくは宙域図を参照し、直ちに離脱して下さい』
「当船はゴティエへの入星許可証を所持しています。情報(データ)回線(チャンネル)ヴィクターで展開、確認をお願いします」
『承認されました。ドックへの入庫作業を安全に行う為に、操縦権の一時的委譲許可を要求致します。当システムの安全性におきま』
「委譲を許可します」
『ご協力感謝します。入庫完了は24分7秒後を予定しています』
 オペレータープログラムとの会話はそこで途切れ、後は無音。座席安全帯(シートベルト)固定(ロック)されているので、相変わらず身動きは出来ない。
 現時点での体の稼働可能領域をフル稼働させて背伸びをした後、僕はシートに全体重をかける。
「……今から行く施設って大丈夫なのかよ」
 隣の席に座る、結構若く見えるけれど僕より年上で、美人だけど男性で、一応僕の護衛という、ややややこしい関係のひと、アカネさんがげんなりとした口調でそう言う。
「施設って言うか、私邸ですよ。なんです藪から棒に」
「さっきの発着シークエンスもだけど、電子音声が辺境とかで聞くスゲー昔のやつじゃん」
「そうなんですか?……ええと、ゴティエの局地的(ニッチ)居住環境調整(テラフォーム)機構の仕様……ざっと三百年前のやつですね。お、イステキ電機製!」
「クッソおんぼろじゃねえか。ソコに住んでんの?常軌を逸してんじゃねーの?」
「古いほうが余分な機能(オプション)ついてない分、壊れにくかったりするんですよ」
「うちの本船の中枢を担うババアプログラム様の人格がブッ壊れてるのはどういう事だよ」
「会話データ記録されてるんですから、帰って同期(コネクト)したらバレますよ。また酸素供給止められたいんですか?……嫌ならドックで待ってても」
「やだよ体動かしてーもん」
 子供のように両足をじたばたさせるアカネさんを横目に、僕はため息をつく。
【遠い昔、遥か彼方の銀河系で…】なんて出だしの映画があったこと自体が、遥か遥か遠い昔の話になってしまったこの時代。
 星間運行(スタフラ)安全委員会が推奨する航行速度より若干飛ばし気味で、星屑(デブリ)に当たらないよう(そら)を縫い、船は目的地に向かっている。
 ギルヴェル系第十三小惑星、ゴティエ。
 住人は一人と一体。逸る気持ちを押さえつけるように、僕は下唇を軽く噛んだ。

「ようこそ。お待ちしておりました」
 出迎えてくれたのは、肌には皺が刻まれ、見事な白髪、一般的には老人と呼ばれる風貌の男性だった。年齢も外見相応だったはずだ。
 何故お爺さんという一言で済ませないのかというと、そう呼ぶには彼はあまりに背筋が伸び、威厳があり、自信に満ちあふれているからだ。極めて自然体で、柔和な笑みを浮かべているというのに。
 ほんの少しだけ緊張する。
「初めまして。直接お会いできて光栄です。ヴィガースさん」
「こちらこそ。ああでも、その呼び方は飽き飽きしておりまして。宜しければルッテ、と呼んで下さい」
「では、僕の事もユイと」
 ルッテさんは「はて」と言わんばかりに首を傾げていた。
「しがらみであんなに長い名前なんですが、呼ぶのも呼ばれるのも大変で。家族内での愛称なんです」
「そうでしたか。まあ、あれだけのお家だと大変なんでしょうね」
 僕の実家は所謂、やんごとない家系というやつだ。あまりそれに触れられるのは好きではないけれど、その身分がなければ、今日、彼には会えなかっただろう。皮肉な話だ。
「―――そちらの方は?」
「一応、護衛です。アカネと言います」
「ども。ハジメマシテ」
 適当に挨拶するアカネさんをまじまじと見つめたあと、ルッテさんは愉快そうに笑った。
「成程、これほど頼もしい護衛は他にいませんな」
「やっぱアカネさん、有名人なんですね」
「……おまえなー。そういう所なー?」
 僕らのやりとりを見て、ルッテさんはさらに笑う。
「いやはや、お二人にご満足いただけるものをお見せできるかどうか。しかも主役の準備がまだで―――」
 ルッテさんの言葉が途中で止まったのは、今いる応接室の外から小刻みな足音が聞こえてきたからだ。こちらに近付いてくる足音が止んで、扉が開く。
「遅くなりました!」
 そう言って‘主役’は小走りでルッテさんの隣に駆け寄って、僕らに向きなおり、ぺこりとお辞儀をした。
 十歳前後の容姿の、黒髪の少年だ。
「初めまして。仙崎製作所、シリーズわらべ参号機、個体識別名、淡群青(コバルト)と申します!」
 人間より、少なくとも僕よりはよっぽどきらきらした瞳を持つ機械人形(オートマタ)は、にっこりと笑って、こちらへむかってもう一度お辞儀をした。

 ルッテ・(アドルフ)・ヴィガースの名を知らなくても、ニュースサイト《源を探求する(ペグ・リブラ)》を知らない者はいないだろう。彼らは、一つの事件――例えば二つの勢力による諍い――が起こった時、所属記者に潜入取材を行わせ、両陣営の動向や目的、表向きのものは勿論、裏に隠されたものも探り、白日の下に晒し出す。民衆の意識を意図的に誘導し、争いを起こし、その隙に利を掠め取ろうとする第三者の存在を暴き出した事もあった。
 情報の速さでは飛ばし上等のタブロイド系には負けるが、迅速で正確、多角的な視点から得た情報とそれを元に展開される独自の社説を好むものは多いだろう。
 ルッテさんはその《源を探求する(ペグ・リブラ)》の立ち上げメンバーの一人だ。
 前述の通り、情報収集に長け、誰かにとっては暴かれたくない何かを暴いてしまうのが得意な集団だったため、彼らはしばしば脅迫や恫喝、実際に暴力行為を行使された事もあった。だがそういった物には屈さず、それを糾弾するために彼らが行使したのは、予めその手に持っていたペン――戦い続ける、という意志を込めた言葉だった。
『レンヴァズモスの独白』は、今でも様々な所で引用されているから、知らない人のほうが少ないだろう。
 やられたらやりかえし、可能なら丸め込みうまく事を治める事をよしとし、どちらも出来ないものは黙って口を噤むのが暗黙の掟、とされている世の中。その行動は前時代的で、青臭く、非効率で、リスキー、荒唐無稽な行動と言葉だったのだが、なぜかどうして大多数の人の心を打った。
 賛同者から寄付金が、有名人が支持を表明、機を見るに敏な企業が彼らのスポンサーに。
 また、彼ら自身も経験を積んでうまく立ち回る事を覚え、そうして今日(こんにち)の地位を確立したのだった。ある程度の年齢の人なら誰でも知っている話だ。
 全く別の仕事に就いていたルッテさんの御子息が、《源を探求する(ペグ・リブラ)》に痛い目をみせられたある組織から、八つ当たりのような報復行為を受けて、落命したのも誰でも知っている話。
 記録によればルッテさんはその事件の後も変わらず、第一線で名前を明らかにしながら、真実を人々に届け続けた。
 そうして、ある程度の年齢になって、仕事も一区切りついた所で引退し、この辺境の星、ゴティエで余生を過ごすことにしたのだ。
 歴史研究家だった御子息の遺品である骨董機械人形(アンティークオートマタ)、淡群青と共に。
 それは静かで穏やかな日々。かと思いきや、交通の便が悪く、星丸ごと全改造(テラフォーム)が難しく、目ぼしい鉱石などもないため安売りされていたこの星で彼らは、あるものと出会ったのだ。
「えーと、じゃあ、この家からちょっと離れた所に谷があって、そこ下ると洞窟みてーなもんの入口があって、ずっと行くとでっけえ空洞みたいな空間が広がってるって事?」
「よくそんなアホみたいにまとめられますね」
「うっせジャリガキのくせに」
「それなんですか?古代の差別用語?」
「私も興味あります。アカネさん」
 僕とルッテさんはとても真剣に尋ねたのに、何故かアカネさんはふて腐れてしまった。
 なかなか気難しい人なのだ。だんまりを決め込まれたので、ルッテさんは咳払いを一つ。
「……ええと、そうです。そして磁気嵐と、諸々の物質のせいで我々人間が直接そこに行く事は不可能です。通常の機械人形(オートマタ)、高性能作業用ロボットも途中で動作不良を起こしてしまう。ただ第四世代、最古の、と言って差し支えない、骨董機械人形(アンティークオートマタ)である淡群青にはそれが可能です。理由の説明は必要ですか?」
「いらないっすー」
「僕は予め本職に聞いてきたので大丈夫です」
『着きました。いやー今日は磁気嵐が強めでしたよー!』
 元気いっぱいの声が聞こえて来て、僕らは壁一面のモニタに視線を移す。
 淡群青が撮影しているカメラ(何とカメラは時代錯誤な、本体に接続されているケーブルを通して直接ここへ映像を送るタイプだった)によって外の映像が映し出されている。
 赤錆色のざらついた砂の土地だったはずなのに、洞窟に入ってしばらくしてからは、白くてつるつるしていて、波打つ印象の岩に囲まれる場所へと変わった。表の砂が一定の条件を満たすとこうなるらしい。不思議だ。
「鍾乳洞みてーだな」
 基本的におバカさんだがアカネさんは変な所博識だ。ショウニュウドウとは何かと後で聞こうと心に留めて、僕は映像に集中する。
 つるつるの岩場は地表部分が平坦なのだが、少し離れた所に、へこんでいる箇所があった。確かサイズにして幅三メートル、一番深い所が一メートル半ほどの、丸いへこみ。
御主人(マスタ)……あっ、ルッテさん、あとどれくらいですか?』
「ふむ、ざっと五分二四秒ほどだね」
『了解です』
「すいませんね、旧式なもので」
 やれやれ、といった表情でルッテさんが僕らに会釈をする。今でこそ機械人形(オートマタ)は高度な計測機(センサー)や演算能力を持ち、人間の健康管理や精神鑑定など多岐に活躍しているが、初期のものはいかに人間らしく見えて振舞えるか、が、開発の重要項目だった。淡群青はその時代の製品なので、現在のものと違って計測機(センサー)はおろか体内時計すら内蔵されていない。
 人に近いコミュニケーションが取れ、人と同じように動き、酸素や重力が基本値ではない所でもそれが可能。という位のシンプルな性能なのが逆に幸いし、照明とカメラを持って、モニタの向こう側へ行く事が出来るのだ。
 因みにこのルッテさんの家の外はもちろん酸素なし、重力は0.6G。
『うまく映るといいんですが』
「ばらつきがあるんですか?」
『きれいな時と普通っぽいときがありまして』
「はーん」
 カメラは丸いへこみに焦点を合わせてあるので、淡群青は映っておらず、言葉だけのやり取り。雑談などをしていたら、五分二四秒はあっという間だった。
『あ、始まりました』
 最初は画面のノイズか何かかと思われた。丸いへこみの中央に黒い点が現れ、それはみるみるうちに大きくなる。個体というよりは、液体のように見える。PVAにホウ砂を混ぜてスライムを作る途中のような、粘り気のある、そういうものがどんどん増えて行って、へこみの中を、その黒が完全に満たした。
 そこで増加が止まる。
『通常ならこのへんからズームするんですけど、どうしますか?』
「お願いします」
 僕の言葉に呼応するように、画面がその黒いものに近付いて行った。つやのある漆黒の中から更に、発光する点が現れる。色は全体的に白く、たまに赤や青。光同士が引かれあってぶつかり消えてしまったり、くっついてやや大きな光になったり、動きはバラバラだ。
 早送りの宇宙誕生のよう、新物質が間欠泉のように漏れ出ているのではないか、など、この光景を見た人は思い思いの感想や推論を口にしたが、僕の中に浮かんだのは、ニュースでこれを目にした父が発した「水たまり、しかし(そら)みたいだから、(そら)だまり」という、情緒もへったくれもないけど、本人は一句のつもりのひとことだった。
 情報(データ)通りなら、あと七分ほどで宙だまりは収縮して消えてしまう。今日は大当たりの日なのだそうだ。より長く、しっかりと、この光景を見ていたい。
 瞬きを我慢しながら、僕は宙の中を飛び回る光の点を、食い入るように見つめる。

「あの、僕一人でも大丈夫ですよ?」
「きみの話がもう少し聴きたいんだ。迷惑じゃなければ」
 僕がそう言うと、淡群青は少し照れたように笑って、彼のサイズに合わせて誂えられた安楽椅子に腰かけた。現代の機械人形と違って、淡群青は身体(ボディ)に動力炉が組み込まれていない。外部から動力(エネルギー)を充電しないといけないのだ。安楽椅子は充電機。これ自体も骨董品(アンティーク)なので、彼の蓄電器との接続完了と充電開始に連動し、彼が休眠(スリープ)モードに入るまでの一連の流れがスムーズに行えず時間がかかるそうだ。
「居間の隣とはいえ、それを放っておくのがどうも落ち着かなくて。休眠に入るまで二人で適当に雑談するんですよ。そう、‘寝かしつけ’みたいに」
 いつもはルッテさんがしている、寝かしつけ役を、今日は僕が買って出たのだ。彼は今、アカネさんとお酒を飲んでいる。
御主人様(マスター)があんなに楽しそうなのは久しぶりです」
「そうなんだ」
「一時は沢山の人が、あの現象を見にここへ来たのですが、最近は全然で」
 暇つぶしに外の様子を撮影してほしいというルッテさんの要請を受け、ケーブルが届く範囲を淡群青が探検して、偶然、あの宙だまりを見つけたそうだ。
 画像、音声、単語のひとかけらあれば答えを教えてくれる、宇宙最大のデータバンク《全知の(シノニム)》。
 そこでこの映像の検索をかけても、同じような現象が出て来ない。現役時代のつてをたどって専門学者に見解を求めた所、彼も知らなかった。その学者の師匠、師匠の友人と映像は回って行き、どこから漏れたのかその存在は、ある日公になってしまった。
 いくつかの研究機関がゴティエの調査を申込み、ルッテさんはそれを受け入れた。だが、宙だまりの物質をその場で解析できるような計測機(センサー)や高性能カメラは現場に持って行くまでに故障してしまい、サンプルを持ち帰ろうとしても(採取自体は可能らしい)、現象が消える時間に、それもケースの中で消えてしまったそうだ。
 あの現れて消える、ちいさな宇宙について解ったのは、発生周期と、持続時間だけ。
 もっと詳しい調査を可能にするためには新しく調査器具を開発するしかなさそうで、それにはまあ、見返りがあるかどうかわからない物に払える額ではない開発費が必要だったので、研究機関は及び腰に。また、口さがないものが「過去の栄光が忘れられない老人が注目を集めたくて、ありもしない現象をでっちあげたのでは。淡群青しかその場所に行けない事をうまく利用したのだ。あのクオリティの映像なんていくらでも作れる」などと言い出したので、それ以上の混乱や問題(トラブル)を避けるために、ルッテさんはゴティエへの研究目的の入星を禁止にした。
 淡群青の話しぶりだと、彼はこれらの事は聞かされていないようだった。
 ただブームのようなものが過ぎてしまったせいで、誰もここに現象を見に来なくなってしまったと認識しているようだ。まあ、それも嘘ではない。派閥争いに利権がどうたら、どこかの会社で新商品が発表、などの情報がいっしょくたに溶け込む洪水が、電波に乗って暴れまわる毎日の中で、ここの事を覚えている人はそんなに多くないだろう。
 話題になったのも、もう十年ほど前の話だ。
「ユイさんは、こういうことが専門で?」
「全然違う分野なんだけど、子供の頃にニュースでここの事を見たんだ。で、近くまで来たから見てみたいなって」
「近くってこの辺、何にもないでしょう?」
転移門(ワープゲート)できたんだよ、このへん。もうすぐ開発が始まるらしい」
「そうなんですか!……じゃあ、前みたいにお客様がいっぱい来るかもですね」
 淡群青はうれしそうだ。だが、おそらくルッテさんが以前のように人を受け入れることはないだろう。僕も最初は二回程丁重に断られて、三回目に申し込むときに、隠していた身元を明かした。彼の長い記者人生をもってしても、おそらく僕の様な立場の人間に会った事がなく、きっと興味をひくだろうから、交渉の材料にそれを使ったのだ。
「……淡群青は、あれのそばに行くのはどんな感じ?」
「僕自身は機械ですから、どうこうというのはないのですが、あれを目にした人が喜んでくれて、時に僕にお礼をいってくれるのはうれしいです。機械(ぼくら)は稼働してなんぼですから」
「あ、忘れてました」と声を上げた淡群青は、安楽椅子の下からブランケットのような物を取り出して自分自身にかけた。放電を抑止して、充電効率をあげるためのものらしい。
「最近、ますますガタついてきちゃって。お恥ずかしい。でも僕は幸せ者です」
「幸せ?」
「はい。僕と同型とか、同じくらいに作られた機械人形は皆、大体、好事家の収集品として、最良の状態を保つために休眠(スリープ)に入っていたり、博物館でそこのアイコンとして稼働、みたいな扱いなんです。壊れたら大変ですから。多分本来の、人の役に立つみたいな仕事はさせてもらってないんですよ」
「そうなんだ」
「と言っても僕が役に立ってるとは全然思ってないんです。この身長(なり)ですし、手先も精密に出来ていないから料理とか雑務も出来ないですし。御主人様(マスター)は良い方で、もし僕に高度な機能があったら、最新型だったら、もっとあの方の役に立って、快適に暮らしていただけるのではないかと思うと自分の事を歯痒く思う事があります。でも、偶然だけど、僕が僕だから出来ることがあって、それを望まれて、させてもらってるということが、幸せといいますか」
 淡群青はほんとうに幸せそうに笑っていた。彼の型は人に好かれ、人の心に寄り添い、人の友となれるように、と開発されたらしい。
「どうかしました?」
「うん、いや――」
 そういうふうにプログラムされているから、と切り捨てる事は出来ない、あまりに眩しい笑顔を向けられて、ちょっと照れてしまう。
「――あ、そういえば弟に、きみに会ったら聞いてきてって言われた事があったんだった」
「なんですか?」
 僕は淡群青を上から下まで眺める。黒髪、黒目、愛嬌のある顔立ちの少年姿の機械人形。
「きみにはどこにも青いパーツがないのに、どうして名前が淡群青なの?」
「あ、それですか。話すと長いんですが――」
 僕の言葉を聞いた彼は、少年が浮かべるには若干意地の悪い笑みを作って口を開いた。

「おかえりなさい、ユイさん」
 安楽椅子の置いてある部屋は薄暗かったので、居間の明るさに一瞬くらくらした。
 ルッテさんに促されて、若干ご機嫌な二人が座るソファに腰を下ろした。
「随分かかりましたね。申し訳ありません」
「いや、楽しかったです。なかなか興味深い話も聞かせてもらって」
「古道具屋の倉庫で眠っていたという期間をさっぴいても、彼は私よりずっと年上ですからね。時折、記憶(メモリ)から情報を出してくるのが遅かったり、結局出て来なかったりしますが」
 現象についての記事の中に、淡群青の事も少しだけ掲載されていて、その情報も載っていた。亡くなった御子息が倉庫で見つけ、修理して再起動(リアウェイク)に成功したそうだ。
「あの稼働年数ではよく動いている方でしょう。それよりアカネさんは失礼な事、していませんでしたか?短気なんですよねこの人」
「んだとコラ」
「とんでもない。こちらも大変楽しい時間を過ごさせて頂きました」
 今日はここに泊めてもらう事になっているので、お暇の時間の心配はしなくていい。
 それから僕らは色々な話をした。ルッテさんの現役時代の裏話とか、僕の家族の話とか。
 アカネさんもいつもより真面目な事を話し出して、ちょっとびっくりした。
 楽しい時間はあっという間だ。
「今日は本当にいい日でした。あの、ひとつお伺いしたいのですが」
 そろそろお開きかな、という雰囲気の中でルッテさんが軽く、姿勢を正した。
「はい」
「実際あの現象をご覧いただいて、お二人はどうですか。あれがペテンだと思いますか」
 ルッテさんは笑みを浮かべていたが、目は真剣だった。
「僕は……本当にあるものだと思いました。現実は僕達人間の想像の上を、いともたやすく飛び越えていくものだと、経験で知っていますから。それにルッテさんと淡群青が、そういう事をする人だと思いません」
「オレ別に興味ないから、どーでもいいかな」
「アカネさん!」
 僕たち二人のやりとりを、ルッテさんはニコニコしながら聞いていた。
「ここに来る最後のお客様が、あなたたちで良かった」
「え?」
「まあ私もこの歳なので、そろそろ身辺整理をと思いまして。こんな所で万が一があると、色々手続きが面倒なので、ここの権利を甥に譲渡して、別の所に行く予定なんです」
「そうですか」
 確かに、色々な事が端末へのタッチや音声操作で出来るとはいえ、本人の身動きが取れなくなってしまったら、声が出なかったらどうしようもない。淡群青は本人の充電が完了していても、外部から起動処理を行わなくてはいけない機体のよ―――
「あの、淡群青は一緒に?」
「彼の事は、色々考えたんですが」
 困った様な笑顔で、ルッテさんはすこし長めに息を吐いた。
「連れて行ったとして、結局私亡きあとの身の降り方を考えなくてはいけないでしょう?甥は、機械人形もここもあまり好きではないんです。権利を譲渡したとしても、ここに頻繁に通い、淡群青を定期的に起動させて、彼と過ごしてくれるということはおそらくないでしょう。どこか、彼がこれからも活躍させてもらえるような文化団体への寄付も考えました。しかし、そこで稼働していくとなると、ちょっと難のある部位が彼にはありまして。おそらくその部品を交換されてしまうでしょう。彼の身体は、私の息子が倉庫から見つけて、修理した時から部品を交換していないんです。我儘、エゴと言われるのかもしれませんが、出来れば彼の身体に手は入れて欲しくないんですよ。なので、彼には相応しい場所で、少し休憩してもらう事にしました」
「休憩」
「ええ、淡群青は、自分の起動限界時間がわかりません。だから近々、いつものようにあの現象を撮りに行ってもらって、うまく言いくるめてそこに留めて、あそこで充電切れになってもらおうと思っています」
 ルッテさんの声色は、どこまでも穏やかだった。揺らぎはない。
「淡群青は、あそこで確かに現象が起こっている事を体感していますが、他の人はそうではないでしょう?この先――ああ、彼には批判があったという事は耳に入れていないんです。なのにどこかで誰かに「嘘つき」呼ばわりされたら、機械なりに悲しく思ったりするのか、などと考えてしまうんです。息子の遺品が、そして私の大切な友人が、的外れな誹りを受けるのは嫌なんですよ。だから、あの不思議な現象の舞台で眠ってもらって、待っていてもらおうと思うんです」
「待つって、何を?」
「お迎え、です。それが、理論上は淡群青と同じようにあの場所へ行くことが出来るという同世代の骨董機械人形(アンティークオートマタ)を担ぎ出すのか、どこかの研究機関が新規開発した高性能調査ロボットなのか、はたまた私の見当もつかない何かなのかはわかりませんが、彼が再び目覚めたときは、あの現象が確かに存在するという事を分かち合えるものが隣にいる、という状態になったらいいな、と思っているのです。骨董機械人形(アンティークオートマタ)としての状態が良好、今まで彼が時間を共にしてきた主人(マスター)たちとの記憶(データ)、そして彼のひととなり。個人的に、彼には手間(コスト)をかけて彼を迎えに行きたくなるようなものが沢山あると思うんです。それに魅力を感じてくれて、彼を迎えに行ってくれる人に、淡群青の権利を譲りたいと、私は思っているんですよ」

 出立の時には、充電途中の淡群青も起動してきて、僕らを見送ってくれた。
 彼は「また来てくれますか?」と、僕に聞いた。返事は声に出せなくて、微笑む事しかできなかった。
 それでも彼は、とてもうれしそうだった。
 僕は何も言う事が出来なかった。

『あと一五分二九秒で亜光速運転可能宙域に到達。同時に操縦権を貴艦に返還致します』
「了解」
 ゴティエを出てから、いや、ルッテさんの話を聞いてから僕は必要最低限の言葉以外、発していない。アカネさんも割と寡黙だった。
「……何で」
「あん?」
「何で僕らにあんな話、したんでしょうかね」
「さあ、興味ないね」
 ルッテさんはああ言ったが、おそらくどこかの機関が新しいロボットを開発する事も、市場では高値で取引される骨董機械人形(アンティークオートマタ)を、故障するかもしれない場所へ向かわせる物好きもいないだろう。それはつまり、淡群青はあの場所で目覚める事は難しいということだ。
 それでは、甥御さんに委譲するのと何も変わらないのではないのだろうか。
 でも僕なら、それが可能だ。家から使う事を許されている資金で、おそらく二つの案のどちらか賄える。多分それより、僕が淡群青を買い取った方が安く上がるだろう。
 しかしそれを希望するなら、ルッテさんは僕に直接、そう言うのではないのだろうか。
 探り合いや駆け引き、といったものはあまりお好きではなさそうな印象だった。
 ならば何故、あんな話を僕に――――
「――それ」
「あん?」
 アカネさんは船に戻ってからずっと、口笛を吹いている。聞いた事のない曲だ。
 爪で座席を叩きながらリズムもとっているが、なんとなく行進曲と呼ばれる種類のようだった。
「それ、なんの曲なんですか?」
「《全知の(シノニム)》ちゃんに聞けよー。パッと答えてくれんだろ」
「あれ便利ですけど、情報が平面的じゃないですか。僕、ひとの主観の入った情報のほうが好きなんですよ。それでアカネさんに説明してもらうの、特に面白くて好きです」
 アカネさんは結構照れ屋さんでもある。
 僕の率直な讃辞を受けた彼は、きまり悪そうに黙り込んでしまった。
「……ちょっと待て、思い出すから」
 あの現象もそうだが、宇宙(せかい)はまだ解らない事だらけだ。屹度今も僕の知らない所で新しい何かが見つかって、生まれたりしている。
 その中でも人の心は、解らない事の最たるものだ。他人もそうだが、自分も。どうしたいのか解らないのに、時間には限りがある。
 いつまでもそれに囚われていられないので、そういう時は期限を設ける。
 彼がその口笛の物語を語り始めるまで。
 それまでは、真摯な眼差しの老人と、人から見れば膨大な時間、それをその身に宿して朗らかに笑う機械人形の事を想おう。
「あーとりま歌詞思い出したわー」
 その歌が、あまりにおあつらえむきな言葉で始まったので、思わず笑ってしまった。
 星の彼方を目指して飛んでゆく船の中で、僕は静かに目を閉じる。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ