「…………っ」
和佐は家を出て三分くらい立つというのにまだ下がる為のエレベーターの前で立ちすくんでいた。
未練や悔しさが胸にずしっりと残っていた。
(なんで……)
あんなことするつもりはなかったのだ。
姫だって防御と反撃くらいはすると思っていたのだ。
しかし結果は反撃は愚か防御すらしてなかった彼女の顔を殴ってしまった。
まだあの子の驚き悲しそうな顔に囚われている。
(僕は、何にも解ってなかったのか……)
彼女のことなら何でも解ると、過信しすぎてたのかもしれない。
だが、実際は何も解ってなかった。
彼女がどれだけ追いつめられていたのか、自分に殴られた時どんな思いをしたのか。
一体彼女にとって自分とはなんなのか。
それが全く解らなかった。
(馬鹿はどっちですか……)
和佐は解っていた。
全部自分が悪いのだと。
姫に好かれたいが為に言いなりになって、何でも受け入れて……様な媚びていたのだ。
何でも彼女に合わせられる様に並々ならぬ努力もしたし、金も使った。
彼女の気持ちが少しでも揺らぎそうになったら体を使って、とにかく自分を意識してもらおうと努力したのだ。
しかし、単なる友達で何の努力もしてなかった陸なんかに彼女の心をあっさりと奪われてしまった。
それが悔しかったのだ。
そんなくだらない事の為に姫を傷つけたのだ。
「くっ……」
あまりの馬鹿らしさに涙を零す。
自分を甘やかす人と、自分に叱ってくれる人。
どっちが本当に優しいかなんて少し考えれば誰でも解る。
そんな情けない彼の耳の鼓膜を良く知る少女の大声で破られそうになる。
「和佐くん!!」
和佐は思わず涙目を隠し、振り返る。
そこには姫は居なかった。
気づくともう自分に抱きついていたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ、もう、あんなことしないから……うっ……く、姫、もっと、がんばるから……だから、行かないでぇ……っ」
Tシャツごしの胸に湿った感触がした。
(強い……)
立っていると頭1.5個分くらい小さい姫を見てふいに思った。
自分を掴む手はぷるぷると震えていているのに。
どうしてか和佐にはこの少女が自分よりもずっと心が強いのだと思ってしまった。
もう、抱きしめる事の出来ない小さな彼女に囁く様に言う。
「貴方は、本当に馬鹿ですね……」
彼女の前では絶対に泣かないと決めていたのに。
今の和佐ではそれは守りきれなかった。
「もっと、大切にしてくれる人だって、しっかりした人だって、得られるのに、なんで僕なんかを……っ」
もうそれ以上は言葉にならなかった。
彼には無制限に溢れ出すこの涙を隠す。
できればこんな弱くて惨めで情けない姿は姫には見せたくなかった。
好きだったから。
この世の誰よりも愛しかったから。
「また、一緒に暮らしても、いいんですか……?」
答えは帰ってこなかった。
和佐もそれは必要なかった。
ただ、涙を溜めて馬鹿みたいに嬉しそうな顔がそれを答えていたからだ。
「……っ」
和佐は一気に泣き崩れた。
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