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アストライア
作:蓮千里



序章という名の挨拶。


神々が地に足をつけていた頃。

その星は争いがない、笑顔に満ち溢れた星であった。

だが歳月を重ね、次第と人間達と距離を置くようになり、神々は次々に天界へと帰っていった。

しかし、数人の神々は人間に説き伏せ、共に歩もうと手を差し伸べていた。

神々は人間達の笑顔を取り戻したかっただけなのだが、その行為は人間達の救いにはならず、

いつの間にか人間に神々の姿が見えなくなり、同時に声も届かない状況に陥いると残っていた神々は何も言わず天界へ去った。

神々の手がつけられないほどに人間達は殺戮を繰り広げ、地を血に染め上げていたのだ。



 


「むやみな殺戮が我力で避けられる時代を信じ、我力の一部をこの森に封印しよう。

我力が必要ならば、それ相応の力を要求す。正義の名に恥じぬ者だけが我力解放せん」


 



上記、天秤村の伝説より。




 






 

 

とある満月の晩。

小さな村に野太い悲鳴が届いていた。

それは1度や2度で終わらなかった。

立て続けに上がっていく悲鳴には、驚きと恐怖の色が色濃く混じっているのがよくわかった。

悲鳴の主達は女や子供ではなく、大の男達の野太い声に間違いはない。

だが村人達は誰も家から出ず、聴こえない振りをする者ばかり。


・・・・・・自分の生命いのちと他人の生命いのちを天秤にかければ、当然の反応だと言える。

それが普通の反応であり、決断だ。

悲鳴に混じってかすかに聞こえる刀のぶつかり合う音に関しても同じこと。




「―――利口な考えだ」




きっとあの旅人がこの場にいたら、そういうに違いないと村人達は強く思った。

そう、村人達は知っていた。

こういう事態になるということを。


自分達が生き残る最善で最短の道を、ひとりの旅人に願い出たのだ。

旅人は嫌な顔ひとつせず、あっさりそれを受け入れた。

旅人にとっても最善で最短の道だから。




月は満月。

雲もなく星も見える空の下で大の男達が次々と息の根を止められていく。

1本の刀で心臓をえぐられた者もいれば、横に縦に切られた者もいた。

小さな村が数キロ離れたところに在る、決して大きいといえない一本道がどんどん封鎖されていく。

通れなくしているのは、男達の死体。

一本道には死体の山と血しぶきがいたるところに飛んでいるのがよくわかる。

雲も無いので満月の光が全てを照らしだす。

だから正体が分かる。一体、誰がやられていて、誰がやったのかがはっきりと。

全身まである薄汚い白色をした羽織。

それについているフードをしっかりと被っていて顔は見えない。

羽織を留めているのは肩から腰に巻かれた2本の茶色い革ベルト。

そしてそれは前も後ろも、互いに交差したように巻かれてあるため、身体は羽織をしっかりと包み込まれている。

背中の中間点には赤い鞘がしっかりと固定されていた。

簡単に動きそうに無い。

羽織の下から覗く腕は生なので、羽織の下はおそらく半袖類。

最も、今は全てが朱に染まっているがこの者――― “旅人”は全く気にしていないようだ。

死体を築きあげている旅人だが、すれ違ったとしても決して記憶に残るタイプではない。

背丈は160センチ前後―――早い話が華奢な部類。

こんな死体の山を作る空気は身にまとっていない、むしろどこにでもいる旅人。

そんな旅人が、死体の山を築き上げている。



“偏見はよくない”



旅人はそんな言葉を人々の脳に刻みこんでしまう。それはもう、あっさりと。

一つ一つの技を繰り出す度、刀を一振りする度に見え隠れする幾多の古傷。

その中でも一番深く見える真っ直ぐな傷跡は、伊達に修羅場をくぐっていないことを物語っている。

「うおらぁっ!」

大人数だった盗賊団も頭を入れて、現在生存者は自分を抜いて2人。

前方に盗賊の配下、後方に頭がいるこの状況を人は挟み撃ちという。

左右に逃げれなくも無いが、死体が邪魔で少々骨が折れそうだ。

軽く嘆息した旅人だが、頭の中にある辞書に“逃げ”の文字は無い。

頭とその配下が同時に自分に向かってくるのを察すると、

旅人は叫びながら一瞬で間合いをつめ、迷わず配下の鳩尾みぞおちにすばやく拳を放つ。

腹に食らえば大抵の人間はくの字形なり一瞬の隙が出来るので、そこから切りかかればいいのだが・・・・・・旅人は上に飛んだ。

直後。

男の短い声と、生暖かい血が飛び散っていく。

敵は2人で、自分を挟み撃ちで攻撃してきたのだから、同士討ちにするのは容易い。

旅人が配下にだけ攻撃し、上に飛んだのは同士討ち(これ)を狙っていたからだ。

苦渋に満ちた表情で頭は上を向く。

旅人は上に飛んだのだ。だから上に視線を移動するのは当然なこと。

しかし。

「仲間割れか?」

頭に耳に届いた言葉は、上からでなく真後ろから聞こえてきた。

旅人は、顔についた真新しい血をぬぐいもせず、口元に笑みを浮かべ、

真後ろにいる盗賊の頭に背中越しに問う。

完全にからかっている口調だが、背中越しに伝わる殺気は凄まじいものだった。

今さっきまで着地音も気配すら感じさせなかったのに。

今はまるで殺気すらを武器にしてくるようだと頭は思った。

自分の背後に潜んできた旅人を、この世のものではない異形いぎょうの者・・・・・・否。

すでにあやかしとして認識していた。

だからなのだろうか。

頭の目はギョッと大きく目を見開き、嫌な汗が全身から吹き出しているのは。

頭は背中越しに旅人の視線を感じ取っていたが身体は動かさない。

否。

動かせないのだ。旅人の殺気が全身に突き刺さっているために。

現実にはありえないことだと分かっていても逃れられないのは最悪の現実だ。

そんな頭に旅人は言う。

「弱い奴等・・・・・・お前も弱いんだろ?なんたって“類は友を呼ぶ”って言うしな」

そしてその声は、頭を呪縛から解く鍵となった。

旅人に焦りの色は決してないが、頭はそこに気づかないだろう。

「餓鬼がぁっ!」

相当血が上っていたのか、はたまた短気な性格なのか旅人の挑発に応えるかのごとく、

巨身にあった大きな刀を振り向きがてら振り落とす。

たった今、己の配下を切ってしまった刀で旅人に切りかかる。

互いの間に間合いはない。




“間合いは自然に出来てるんじゃないさ。間合いは自分で作るんだ。間合いに限らず、ね”




「・・・・・・お前には教えてもらってばかりだったな、白夜」

遠い昔の言葉の記憶が旅人の脳裏をかすめた。

それは本当に昔のことなのに、つい昨日のことな錯覚をおかしてしまう。

そしてその錯覚は、自分に大切なことをタイミングよく教えてくれるのだ。



ガキン!



ただ一度、刀同士のぶつかった音がしたかと思うと

「あばよ」

そんな旅人の声がその場に響く。

旅人は何事も無かったかのように立ち上がる。

同時に“何かが”旅人の後ろで倒れる音と刀がその場に落ちる音もした。

しかし、旅人は後ろを振り返らない。

自分の後ろにあるのは、死体だと分かっているから。

つい先程、“自分の真後ろにいて切りかかってきた”盗賊の頭の死体だ。

間合いがなかった状況で何故旅人が生きているのか・・・・・・それは単純な動作なのだが神業といえるだろう。

旅人が利用したのは身長差と一瞬の隙。

自分をはるかに凌ぐ巨身の盗賊が振り返り際に刀を振り下ろした時、確かに旅人は愛刀で斬撃を受けた。

そのまま押し合いになっていたら死体になるのは旅人に間違いない。

盗賊の頭もそれを狙っていたはずだ。

だが、まさにこの攻撃を旅人は待っていた。

斬撃を受けたほんの数秒後、旅人は愛刀と共に一気に身を沈めたのだ。

当然、相手は巨身なので足などは地に着いたままだろう。

だが旅人は、ほんの一瞬でよかったのだ。

とにかくほんの一瞬、相手のリズムを崩せれば十分に”間合いはとれた”のだから。

しかし、それでも時間としてはとてつもなく短い。

よくもまあその隙に相手の上半身と下半身を別個に出来たものである。

ゴロゴロ転がっている死体の道を蹴散らし、血の池に足を踏み入れながら旅人は進んだ。

迷わずに真っ直ぐと進む旅人。

その先にあるモノはただひとつ。

「―――さっさと村長のとこ行くか、白夜」

フードを下ろしながら旅人ははっきりと口にした。が、どこを見ても生きている人影は見当たらない。

「お疲れさん、白夜。今日も汚ねえ血で染まっちまったなぁ」

右手に持った刀に月の光を浴びせるがごとく、真っ直ぐ空へ突き出した。

生々しい血がついたままの刀は、月の光を浴びて怪しく光る。

自身のフードを千切り取り、刀を手元に引き寄せ、丁寧に血をふき取っていく。

「この服、まだ新調して4年も経ってないけど、仕方ないよな、白夜」

苦笑交じりの声で旅人は“白夜”に同意を求めた。

だが変わらず人の気配を感じない。

かすかな風が静かに拭き抜けた時、旅人は足を止めて空を見上げた。

「・・・・・・俺達はずーっと一緒だぜ?」

空に向かって口を動かし、同時に刀を突き上げる。

拭きぬけ続けていた風が全てを揺らす。

月明かりが何もかもを照らし出す。

朱に染まった旅人の羽織も・・・・・漆黒のセミロングも、曇りの無い真っ直ぐな黒い瞳も。

刀を掲げた右腕に刻まれた、痛々しい真っ直ぐな傷跡も羽織の下から顔を見せている。

―――旅人の全てが暗闇に浮き出された。

女だということを、誰かに見せ付けるように月明かりは照っている。

 

 

ただいまの生存者数は、ゼロ。




 

 

旅人・・・・・・もとい、彼女の名はあんず

強さを求めて強者つわものとよばれる達を狩っていく自由気ままな旅をしている18歳。

大切な親友と競うはずだった約束を果たすべく生きている。

大切な親友が自分に託した願いを破らないよう、期待に応えるように心がけ生きている。

他のことはどうだっていい。

自分の名前も、存在価値も、評判もどうだっていい。

親友との約束が守れているのなら、自分も親友も共に高みにいけると思うから。

愛刀の名は白夜びゃくや。“自分が殺した親友”の名で、生きていれば丁度20歳になる青年。


「―――10年、か」

綺麗に血をふき取った白夜に目を落としながら、杏は呟いた。

その表情はとても複雑で、黒い瞳はどこか遠くを見ているようだ。

杏の足は止まっても風は吹き、月も全てを照らし続ける。

先程までの元気はどこにいったのか、杏はトリップしたかのように固まっていたが、ゆっくりと足を動かし村へと向けた。


俺の審判は・・・・・・を書き直していたら短編どころじゃなくなりました。
連載として再度UPさせていただきます。
短編を知る人も知らない人も、アストライアをよろしくお願いします。

次話でお会いできるまで・・・・・・
                    蓮千里











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