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  約束 作者:猿丸
最終章・約束
「最終章・約束」


文化祭は終った。
一つの山を乗り越えた俺に残ったものは、
充実感ではなく、虚脱感だった。

『何もやる気がしない。』

結局俺は、いつものようにお気に入りの場所で、
授業をサボって、タバコを吹かしながら空を眺めている。


朝、電車の中で、ノリユキから”クミコからの手紙”を受け取った。
その手紙は、クミコに似合わず実に女の子っぽく、
便箋の折り方が複雑で、開くのに少し手間取った。

『 トシローがこの手紙を読む頃は、私は東京の空の下です。
 逢うと辛くなるから、”サヨナラ”も言わないでいなくなる私を許してください。
 私は母親と暮らす事にしました。トシローが私の前に現れてくれたおかげで、
 田舎の暮らしも楽しく過ごせたけど、やっぱり母親を一人にはしたくなくて、
 東京へ帰ることにしました。
 でも、随分悩んだんだ。トシローに相談したら、何て言うだろうって考えたりして。
  
  始めて逢った時、何てふざけた奴だと思ったけど、気がつくとトシローは、
 いっぱい思い出をくれました。歌ってるトシロー。電話でのトシロー。私が淋
 しい時、バイクで来てくれたトシロー。超能力者のトシロー。そして、”田舎の
 ダサい最高のダンス”を教えてくれたトシロー。私の中はトシローとの思い出
 ばかりです。本当にありがとう。
 今度逢う時はいつになるんだろう。また逢えるのかな。頑張っていればきっと
 逢えるよね。こんな事書いてるけど、淋しくなって電話しちゃったら、
 いつものトシローでいてね。
 
 あの時の”約束”忘れないからね。 
 
 それでは、またいつか。

 親愛なるトシローさま
                               クミコ    
              
  
 P.S. あの娘と仲良くな!                        』     
                            

何ふざけた事言ってんだ!
こんな勝手な言い分あるか。
手紙には住所も電話番号も書かれちゃいない。
俺からは連絡するなって事だ。

それなのに・・・・自分が淋しくなったら電話しちゃうかもなんて、
あの約束は忘れないなんて・・・・。

俺の目から溢れそうな感情を抑えようと、
またタバコに火をつけた。

青い煙が目に染みた・・・・。


4時間目の授業を告げるチャイムが鳴った。

『もうすぐ昼飯か、昼になったら家に帰ろう・・・・。』

そんな事を考えながら、ボォーとしていた。

「コラ!また授業サボってるな!」
その声に”ハッ”とし、下を見ると、ヒロミが立っていた。
「早く椅子下ろしてよ!」
俺は急いで椅子を下ろし、ヒロミは慌てて上ってきた。

「お・お前、授業は?」
「サボっちゃった。」
「え〜、ヤバいんじゃないの?」
「誰のせいだと思ってんの?でも、気持ちいいね、こういうのって。
 言っとくけど、始めてサボったんだぞ。」
「俺のせい?」
「そう!だって朝はいたのに、それからずっといないんだもん。
 ねぇ、進路の事、ちゃんと決めたの?」
「あぁ、朝イチで佐川のとこ行って来た。」
「それで、どうするの?進学?就職?」
「どっちもしない。」
「え〜!じゃぁ、浪人ってこと??」
「いや、東京へ出て、バイトでもしながらバンド続ける。」
「でも、バンドは、進学や就職しても続けられるじゃない。」
「俺は、音楽がやりたいんだ、自分が満足するまで。
 だから、親のスネはかじりたくないし、時間の拘束もされたくないんだ。」
「で・でも、先生や親は何て言ったの?」
「親は、好きにしろって、もう諦めてるって。
 佐川は、お前らしいなって。羨ましいとも言ったぞ。」
「そんなぁ〜、変だよ、そんなの。ミュージシャンに本当になれると思ってるの?」
「結果はどうでもいいんだ。満足するまでやってみたいんだ。」
「もっと真面目に・・・・。」

「俺には・・・・やりたい事我慢して、
 何となく進学したり就職する方が、不真面目に感じるんだ。」

ヒロミは”ハァー”とため息を吐いた。

「ゴメンな、心配してくれてたのに。」
「ううん。」

ヒロミは首を横に振った。


「ねぇ、・・・・あの綺麗な人、やっぱり彼女だったんだね。」
「いや、ついさっきフラれた・・・・。」
「えっ?」
「黙って東京へ帰っちゃったよ。」
「ふ〜ん、それでイジけてサボってるんだ。」
「・・・・違うさ。こうなるの、解ってたんだ。
 サボってるのは、いつもの事だろ。」
「ふ〜ん・・・・。」 
 
急に不穏な空気に包まれたような気分になった。

「実はね・・・・。」

しばらくの沈黙を、淡々とした表情でヒロミが破った。

「後夜祭、出ないで帰っちゃったでしょ。あの後の事、何か聞いてる?」
「誰から?」
「やっぱ知らないんだ。あの後ね、キョウ君が私の所に来て、
 後夜祭の最中、ずっと話してたんだ。」
「キョウが?なんだって?」
「”あれには色々な事情があるんだ”って、”だから気にしないでくれ”って。
  それから・・・・。」
「それから?」
「・・・・言えない。」

ヒロミは恥ずかしそうにうつむいた。

『キョウの奴・・・・余計なことしやがって・・・・。』

「昨日は、朝からカオリに呼び出されて・・・・。」
「えっ、カオリも?」
「うん、せっかくの休みなのに朝8時に電話が来て、駅前の喫茶店でお昼まで。」
「・・・・それで何だって?」
「キョウ君と同じような事・・・・。」
「マジかよ・・・・。まさか、ヨージもなんて事ないよねぇ。」
「ううん。私、ヨージ君に言われてここへ来たんだよ。」
「あ〜??ヨージが、授業サボれって言ったのか?」
「ううん。キッカケはそうだけど、私が決めて来た。」
「で、ヨージはなんと・・・・?」
「”きっといつものところでイジけてるから”って、すごく真剣に・・・・。」
「あいつら〜!」
「みんな、心配してくれてんだから、怒っちゃダメでしょ。」
「・・・・うん。」

『あいつら、余計な真似しやがって。何話したんだ一体。』

俺がヒロミにベタ惚れだって事、バラしちまいやがったに違いない。

どんな顔して良いのか、どんな態度をして良いのか、
恥ずかしさとか、責任感とか、色々な物が入り混じって、
俺は動揺しまくりだった。

「みんなの話、色々聞いて思ったんだけど、
 私が一番、何も解ってなかったのかなって、
 一番解ってるつもりだったのに・・・・。」
「いや、一番解ってるさ。いつかの電話で、俺に”強くなれ”って言っただろ。
 俺は強がっているけど、本当は”情けねぇ弱虫”だってこと、
 バレちまってるんだなって思ったもん。」

ヒロミは少し笑って俯いたが、
すぐにジッと俺の目を見て言った。

「ねぇ、私たち、ずっとこういう感じでいられるかなぁ。
 お互いに彼氏や彼女が出来ても・・・・。」
「う〜ん・・・・。」

少し悩んだ。
今更、何を言っても始まらないのは解っていたし、
でも、適当に話を合わせるのは違うと感じた。

「・・・・勝手な言い分だけどさ、
 もし、ヒロミに彼氏が出来たら、こういう感じじゃいられないよ。」
「どうして?」
「多分、気が狂っちゃうよ、俺。・・・・だってお前の事・・・・」

「このままの方がいいよ!」

”好きだから”と言いかけた時、
ヒロミはその言葉を遮るように言った。 

「・・・・そうか、そうだな。」
「うん、そうだよ。」

俺だってこんな事言うつもりじゃなかったんだ。
思わず口走ってしまっただけだ。
でも、本当はずっと、ずぅ〜と言いたかった言葉だった。
だけど、やっぱり言える訳がない。
言ってはいけないんだ。

「ねぇ、約束して。」
「約束?」
「そう、約束。」
「どんな?」
「私たちが大人になって、もし離れ離れになったとしても、
 お互いの事は絶対に忘れないこと。時々は思い出すこと。
 特に、この夏の出来事は・・・・。」
「・・・・うん。約束するよ。」
「絶対だよ!約束!」

そう言ってヒロミは小指を差し出した。
俺はヒロミの小指に、自分の小指を絡めた。
そして、その小指を離したくないと思った。
離したら、ヒロミは遠くなってしまうような気がした。

最悪のタイミングで、
4時間目の授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。 

絡めた小指を引き離す鐘の音だった。

「あ〜、お腹空いた。じゃぁ、私行くね。」

ヒロミは椅子を下ろし、下に降りた。

「5時間目はサボっちゃだめだよ!トシロー君!!」
ヒロミはそう言うと、大きく背伸びをし、駆け足で行ってしまった。

『トシロー君か・・・・。』


俺は屋根の上に寝転び、タバコに火をつけた。

青い煙が空に溶けていく。


俺はこの夏、二人の女の子にフラれた。

でも、その二人の女の子と”約束”をした。

とても小さな”約束”だったけど、
とても大切な”約束”だ。


きっともうすぐ、あの”うるさい奴ら”が押し寄せてくるだろう。
”ああでもない、こうでもない”と、俺は説教を喰らう事になるだろう。

でも俺は、少しだけそれを心待ちにしている。


澄み切った青い空に、
大きな鳶が風に乗って、悠々と輪を描いている。
大きな羽を広げて、羽ばたきもせず、
風に身を任せて、悠々と・・・・。


『俺も少しは飛べたのかなぁ・・・・。』



                       完



 

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