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#18
 アーバンビルド高円寺――しのぶを着替えさせるために南阿佐ヶ谷に行ってから高円寺に向かった――万が一の安全策/昨夜おれたちが目撃されていたときのための気休めにしかならない着替え。
 ビリヤード場の通りからマンションに入るための路地を曲がる/ゆるい坂を登りきった空き地にパトカーが二台/黒いワンボックスが一台/マンションに入る――エレベーター/四階のボタン/閉まるドア――
 緊張する――おれとしのぶは現場を一度見ている/見たことがないはずの現場を――
 警察の質問に余計なことを言ってしまわないか不安だ。そうでなくてもあそこにはしのぶの写真がある――それがしのぶだってことはすぐにわかる/なぜかと聞かれれば隠せることはどんどん減る。
 だが/警察を敵にまわすのは得策じゃない――隠すのは昨晩ここに来たことだけ/それはもうしのぶとは打ち合わせ済み。
 エレベーターのドアが開く――降りる/外部廊下――四〇四号室の前/制服警官が一人――おれとしのぶはそこに向かう/おれの前/ピンヒールをカツカツ言わせながら歩くしのぶ――制服警官が立ちはだかる/第一関門。
「どなたですか? 今ここは……」
「このマンションを所有している酒井です」制服警官が話すのを遮って話し出すしのぶ――「不動産屋から連絡があったので来てみました。どういうことなのか詳しく説明してくださらない?」
 その声は生クリームよりもはるかに甘い――制服警官を見あげる目は色気を通り越し妖気を放っている/背が低いことを最大限に活用し、胸元が大きく開いたシャツを強調するように胸を張る――しのぶを見さげる制服警官は嫌でもしのぶのエロいブラジャーが目に入るだろう――しのぶの色気にノックアウトされる制服警官/鼻の下が長くなる/下心丸出しのスケベな目つきになる。
「ここでお待ち下さい」――制服野郎は玄関の中に入った。
 おれに振り向きニヤリ顔をするしのぶ――警察を色気で取り込む作戦なのだろう/まったくやれやれだ。
 制服野郎が戻ってくる――あとからもう一人私服警官が出てきた/背が高く太っている/茶色のくたびれた汚いスーツを着ている――見覚えのある/いや――よく知っている男だ。
 その私服警官はしのぶを見てからすぐにおれを見た――眉毛が怪訝に吊りあがる私服警官――「なんでおまえがここにいるんだ、ゴミ虫野郎」
 おれをゴミ虫呼ばわりする私服警官――本当にゴミ溜めでも眺めているかのような顔をしている。自分を見てくれないことに苛立つしのぶは、私服警官に話しかけた。
「マンションの所有者の酒井です」
 お色気ビーム光線が発射される――しのぶのたいして大きくない胸に目がいく私服警官――だがしかし/ノックアウトされない。
「わざわざ起こしくださって申し訳ないんですがね、何かあなたに関係のあることがわかったら、こちらからお伺いしますんで、お引取りください」
 でかい態度でしのぶをあしらおうとする私服警官。
 しのぶがおれに振り向く――こいつノックアウトされないわよ!?――って顔。もう一度私服警官に話しかける。
「所有者として、どういう状況なのかくらいは知っておきたいと思いまして。人が亡くなっていたって聞いたんですが、ここの住人なんですか?」
 妖気ムンムンな目/肩も腰も足もくねらす/ガムシロップ三十杯分の甘い声――後ろの制服野郎は鼻血が出そうな勢いでしのぶを見ている――だがしかし/私服はノックアウトされない。
 おれを見るしのぶ――こいつ絶対にホモよ!!――って顔。
 私服は三日くらい風呂に入ってなさそうな脂ぎった頭をボリボリと掻きながら、面倒くせぇなぁって顔でしのぶを見ている。
「わかりました。お話できる限りのことはお伝えしますよ。私も一つ聞いていいですかね? その後ろにいるゴミ虫野郎はなんなんですか?」
 顎を突き出す私服野郎/しのぶとおれを見下す態度の私服野郎/軽蔑をあらわにした声の私服野郎/しのぶがおれを見る――あんたなんかやらかした?――って顔。
「お知り合いなんですか?」――甘い声のまま私服に聞くしのぶ。
 マンションの所有者であるしのぶがいなきゃ、間違いなく廊下に唾を吐いているであろうふてぶてしい態度の私服警官。
「私はゴミ虫に知り合いなんていませんよ、なぁ片桐」
 そう言って、外部廊下の手すりの外に唾を吐いた私服警官――警官とは思えない悪びれた態度/虫歯だらけの歯を向き出してニタニタとおれに薄ら笑いを向ける。
「おれだってそんな汚い格好をした中央公園で暮らしていそうなヤツに知り合いなんかいないぜ? なぁ藤井」
 そう――こいつこそおれが悪さをするときの偽名に使う藤井の正体だ。
「藤井じゃない。藤井警部だ、ゴミ虫野郎」
 ゴミ虫じゃない、片桐だ――なんてやり取りに付き合う気にはならないから無視。
「なんでおまえがここにいるんだ?」
 白目が黄ばんだ汚い目でおれをジロリと睨み、凄みをきかせる藤井。
「なんだっていいじゃないか。さっさとここの家主様に事情を話せよ」
 おれは手すりにもたれて、外を眺めながらタバコに火をつけた。
「まぁいい、あとでじっくり絞りあげてやる。おい、村山!」
 ドアの中に向かって怒鳴り声をあげる藤井――中からもう一人の私服が出てきた――紺のスーツ/身なりのきちんとした中肉中背のなかなかな好青年/二十代後半くらいだろうか――狭い廊下に人が集まる。
「こちら、このマンションを所有している酒井さんだ。状況を説明してやれ」
 そう言って藤井は部屋の中へ入っていった。村山と呼ばれた私服はおれにチラッと目を向けてから、しのぶを見た――童顔で色黒の顔/厚い胸板――女にもてそうな村山。
「私、警視庁の村山と言います。ここの所有者さんなんですか?」
 悩殺ビーム準備完了/発射――「酒井です。不動産屋から連絡をもらったので来てみました。状況がまったくわからないので、説明していただけます?」
 くねる腰/突き出す胸/真由美の店のチョコレートパフェより甘い声――ノックアウトされる村山/しのぶの胸と唇を交互に見る村山。
 おれを見るしのぶ――やっぱりさっきの藤井はホモよ!!――って顔。
「そうでしたか、すいませんでした。藤井さんは口が悪いんで驚かれたでしょう。根はいい人なんですが」
 頭をポリポリと掻く村山――根がいいなんて単なるお世辞だってことくらい誰でもわかる。
 藤井とは何年か前に仕事中に出会った。ある権力者に頼まれ、麻薬売買の調査をしていたのだが、家宅侵入に失敗して逮捕された。おれを逮捕したのが藤井で、おれは目的を吐かせるためのリンチのような取調べを受けた。藤井はおれから麻薬密売人の正体を吐かせようと必死になっていた。おれは藤井に、藤井のイニシャルが入ったお気に入りのブラックジャックでボロボロのボロ雑巾になるまで殴られた。おれの依頼人はかねと権力にものを言わせておれに対するリンチを告訴すると言い出した。警察は告訴を取りさげる代わりにおれを自由にして捜査を打ち切った。藤井はそれ以来、おれをゴミ虫扱いしている。暴力が正義を追行するのに有効な手段だといまだに信じている古いタイプの人間。秩序を守るのには多少ルールを無視しようが不正を働こうが構わないと思っている古いタイプの人間。ブラックジャックなんかをいまだに持ち歩いて、犯罪者に度胸を試させる暴力警官。もともと探偵が嫌いなようだったが、おれのせいでさらに嫌いになったようだ。
 村山がしのぶに状況を話し出した――ほとんどはおれとしのぶがすでに知っていることばかりだった。
「ええと、亡くなられていたのはこの部屋の住人、田辺洋一さんです。その……なんといいますか、女性にこのような話をするのは、ちょっと気が引けるのですが……」
 頭をポリポリと掻く村山――死体の状況説明か――そりゃ気が引けるだろう。
「裸で、女性の下着を身につけた状態で首を吊って死亡していました。ええと、その……なんといいますか、射精をした痕跡があったので、その……田辺洋一はそういった趣味を持っていたんだと思われます。つまりその……」
 村山のしどろもどろがかわいそうになってきたから、口を挟んでやった。
「下着フェチの変態首吊りオナニー事故」
 村山としのぶがおれを見た――おれは何食わぬ顔でタバコを吸って、外を眺めた。
「ええ、まぁ……言ってしまえばそんな感じです」――頭をポリポリと掻く村山。
「じゃあ、事故死ってことなんですか? それとも自殺?」――すっとぼけて聞くしのぶ。
「ええ、最初はそう思っていたのですが、それがどうもそうでもないような……」
「もしかして殺人事件なんですか?」――甘い声と突き出される胸/村山の視線はしのぶのブラジャー。
「ええとですね、事件を通報した人間がいるんですよ。この部屋から」
 なんだって!?――
「それは誰なんですか?」――ブラジャー攻撃/ブラジャー攻撃にうろたえる村山。
「それがその、誰だかはわからないんです」
 頭をポリポリと掻く村山。しのぶがおれを見た――おれは目で合図をした。
「あの、もしよろしければ、部屋の中を見せてもらえませんか?」
 甘い声とブラジャー攻撃/ノックアウトされる村山。
「いやそれは、藤井さんに聞いてみないと、なんとも」
 藤井に聞いたってだめって言うに決まってる。
「おい、村山!! その人をこっちに連れてこい!」
 藤井の怒鳴り声――部屋の中から/おれにはすぐにわかった――ベッドの脇の壁/あの写真がしのぶだとわかったのだ。
 村山に促されて中に入るしのぶ/あとに続くおれ。
「誰がゴミ虫を中に入れていいって言った!! 摘み出せ!!」
 怒鳴る藤井/頭をポリポリと掻く村山。
「こいつが一緒じゃないなら、中には入らないわよ?」――ナイスフォローのしのぶ。
「好きにしろってんだ!」――藤井の怒鳴り声/頭の悪い男だ。
 おれは村山の肩をポンッと叩いて言った――「ああいうバカにはならないようにしたほうがいいぜ」
 キッチンより先に進みたがらないしのぶ――昨日の田辺の形相を思い出したのだろう/だが今はもう死体はない――おれはしのぶの隣に立った/しのぶはおれに腕をまわしてきた。
 藤井が写真を持ってこっちに来た――「これはあなたですね、酒井さん」
 壁に貼られていたしのぶの盗撮写真――昨日も見たからわかっているのだが、わざとその写真に顔を近づけてマジマジと見るしのぶ。
「はい、そうみたいですね。それがここにあったんですか?」
 ハリウッド女優も顔負けのオスカー級演技をするしのぶ。
「じゃあ、これもだ。そうですね?」
 もう一枚の別角度からの写真を見せる藤井――それもマジマジと見るしのぶ。
「はい、そうです」
「それじゃあ、こっちは? あなたじゃないが、お知り合いですか?」
 残りの四枚の写真を見せる藤井――これはおれもしのぶも本当に見覚えがない。
「さぁ、あたしの知り合いではないと思いますけど」
「この写真はこの部屋の壁に貼られていたものです。あなたは田辺洋一と知り合いだったのですか?」
 藤井のものすごい疑いを込めた視線がしのぶに注がれる。
「いいえ、まったく知りません」それからちょっとうつむいて考える振りをするしのぶ/顔を上げる――「でも、もしかしたら……」
 藤井の目が鋭くなる――「なんです?」
「あたしは、一週間ほどまえからストーカーの被害にあっていました。自宅のポストを荒らされたりしていたんです。片桐が今一緒にいるのは、ストーカー退治を依頼したからです」
 なんて上手い演技なのだろう――しのぶは今、世界中の誰よりも真実味のある迫真の演技をしている。
「それじゃあ、田辺洋一はあなたのストーカーだったんですか?」
 バカ丸出しな藤井。
「それを調べるのがおまえの仕事だろ」――おれは思わず、人差し指を自分の額にコツコツとあててから、クルクルとまわして藤井を指差した――クルクルパーという意味を込めて。それを見て小さく含み笑いをした村山――藤井の視線に気がつき慌てて真剣な顔になる。
 バカの相手はしのぶに任せて、おれは部屋の中を一望した――見た感じには昨日と変わりがない/変わっているのかもしれないがおれにはわからない――おれは、村山の肩をチョイチョイと叩き、指で外に出るように合図した。
 おれが外に出ると、村山がついてきた。村山に向かってタバコを差し出す――手でいらないとジェスチャーして自分のタバコを出した村山。おれは自分でタバコを咥えて火をつけた。
 藤井には聞こえないくらいの声でおれは言った――「通報したのは誰だって?」
「誰だかはわかりません。この部屋にあった田辺の携帯電話からの通報だと思われます。通話記録に残っていました」
 田辺の携帯電話――昨日は見つけられなかった。
「それはどこにあったんだ?」
「玄関です」
 玄関だと?――おれが見落としていたのか?/いや違う/昨日はなかった――
「ほかに、他殺を匂わす理由は?」
「部屋の中に無数の手袋のあとが見つかっています。指紋を採集しようとして見つけたものです。それと、ハンカチか何かの布で、おそらく指紋を拭き取ったであろう痕跡も見つかっています」
 それはどれもこれもおれとしのぶのだ――
「死亡時刻は?」
「まだはっきりとはわかりませんが、昨夜の十時から一時くらいかと」
 田辺は十時近くまで池袋にいた――家についたのは十時半くらいだろう/しのぶが死体を発見したのが十二時――
「聞き込みなんかはしたのか?」
「ええ、いくつか情報が入りました。昨夜九時頃から、外の通りの工事現場前にワゴン車が止まっていたようです。色はなんともわかっていません、何しろそこの通りは夜は外灯とビリヤード場の明かりだけであとは真っ暗らしいもんで。いずれにしても暗くてわからないと言うことは黒っぽいってことでしょう。十一時半頃に走り去っているのがわかっています。それから、この部屋に女子高生が入ったのが目撃されています。九時頃だそうです。部屋から出たのは目撃されていませんが、そのワゴンに女性が乗り込むのが目撃されています。それもやはり十一時半頃です」
 女子高生――高円寺にいた愛莉――まさかな。
「それに、部屋の中で言い争う声が聞こえたという証言もありました。それから、十二時四十分頃にエレベーターが動いているのが確認されています。それと一時過ぎに階段から足音がしたのも確認されています」
 エレベーターと足音はおれとしのぶだ――女子高生/言い争う声/黒の車――高円寺にいた愛莉――おれがベランダで聞いた女の声は愛莉だったのか?――
 それともう一つ――消えたマリファナは?――
 藤井が出てくる――ひっぱたかれる村山。
「てめぇ!! そんなゴミ虫野郎に何をベラベラとしゃべってんだ!!」
 おれは藤井目掛けてタバコの煙を吐き出した――「おれにしゃべらなくたって家主にしゃべりゃ同じことだぜ? それにあいつにしゃべらなくたってすぐにわかるんだ。おれは探偵だからな」
 すかしたおれの態度――頭から湯気が出そうな藤井/顔を真っ赤にして怒りをあらわにしている。
 しのぶが部屋から出てくる――藤井を押しのけて村山の前に/村山のひっぱたかれた頬に手をあてる/甘い声/ブラジャー作戦/くねる腰――黒のショーツが透けそうなくらいに尻を突き出し体のラインを強調してみせる――
「とにかく、あたしの写真がこの部屋にあったわけだし、何かわかったらちゃんと報告してね、ボクちゃん」
 藤井にダウンさせられた村山は、カウントエイトで立ちあがり、再びしのぶにノックアウトされた。


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