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プロローグ
 朝帰り――いや、朝帰りと言うには太陽がずいぶんと昇っている/もう午前九時をまわった。
 家に戻る前に立ち寄った近所のゲームセンター/コインゲーム――あくびが出る/酒臭い――コインはあっという間になくなる/かねもあっという間になくなる――朝からやかましい店内/タバコを吸いに喫煙ブースに移動する。
 平日だというのに学生服の子供がたくさんいる/狭い喫煙ブース/タバコの臭いが充満している/ガラス張りの喫煙ブース/小さな空気清浄機がフル回転しているがまったく意味を成していない。
 女が一人――太いブヨブヨの足を丸出しにした制服姿の女子高生――
 制服姿で堂々とタバコを咥えている/いや――タバコじゃない/マリファナのまどろむ香り――

 マリファナ――

 思い出す――二十五年前/あの日/あのとき/あの男もマリファナの匂いをさせていた――
 二十五年前――おれは十一歳だった/姉貴は十四歳/親父はいない/おふくろはアバズレ――
 おふくろの行動は二つに一つだった――酔っ払って寝ているか/男と寝ているか。
 おれはおふくろが大好きだった/母親としてではなく――エロい女として。
 おふくろが知らない男と抱き合っているのを覗いて興奮していた/抱き合ったあとで風呂に入るおふくろを覗いて興奮していた/脱いだばかりの下着の臭いを嗅いで興奮していた――そんなろくでもない子供だったおれ。
 あの日――おふくろは酔っ払って寝ていた/おれは風呂の脱衣場にいた/洗濯機の前/おふくろの染みだらけのショーツ/鼻に押しつけて目を閉じていた――
 突然/脱衣場のドアが開いた――姉貴がいた/おれを見つめる姉貴――おれは姉貴の部屋に連行された。
 姉貴はおれを裸にした――そして言った――ママには内緒にしておいてあげる――
 そしてさらに言った――だから言うことを聞きなさい――そう言って姉貴はいやらしく微笑んだ。
 姉貴はおれの顔におふくろの汚れたショーツをかぶせた/おふくろのストッキングでおれを後ろ手に縛った――そしておれの股間を撫でまわした。
 まだ皮も剥けてなきゃ毛すら生えてないカシューナッツ――姉貴はそれをしごいた/勃起すらまともにしないカシューナッツ/おふくろの臭いに包まれる/興奮/高揚/光悦/姉貴の手の中――生まれてはじめての射精。
 おれと姉貴の内緒の遊びは毎日繰り返された――その都度おれはストッキングで縛られていた/その都度おれはおふくろのショーツをかぶっていた/その都度おれは姉貴の手に射精していた/そしてその都度――姉貴のショーツはビショビショに濡れていた。
 そんなことがしばらく続いた/姉貴が学校から帰るとその遊びは始まる――あのときもそうだった――
 あのとき――おれは姉貴の部屋にいつも通りに呼ばれた/いつも通りに縛られた/いつも通りにおふくろのショーツをかぶされた/いつも通りにおふくろの汚れたショーツの匂いを嗅いでおれは幸せだった/いつも通りに姉貴のやわらかい手がおれのカシューナッツをしごくのを待っていた/いつも通りにこの上ない快楽の時間に浸っていた――だが――そこから先がいつも通りじゃなかった。
 突然/部屋のドアが開いた――そこには知らない男が突っ立っていた/知らない男が咥えるタバコからはまどろむ香りがしていた――そこから先は壊れたテレビのようだった/目の前が上から下へ/高速でスクロールしていた――
 おれが見た物――けちょんけちょんに蹴飛ばされる姉貴/フランス人形のように振り回される姉貴/染みのついたショーツを脱がされる姉貴――
 おれがしたこと――知らない男に飛びかかった/姉貴に後ろ手に縛られていたから何もできずにぶっ飛ばされた――
 おれがされたこと――殴られた/蹴られた/殴られた/姉貴のベッドに縛りつけられた――そしてまた殴られた/蹴られた/殴られた――
 おれは叫び続けた――知らない男に犯される姉貴を見ながら/知らない男のオスカー・シュニッツェルが姉貴の卑猥な秘部にめり込んでいくのを見つめながら――とにかく叫んだ/叫んだ/叫んだ――
 知らない男が腰を振りながら姉貴の腹を殴打するのを見つめながら――叫んだ/叫んだ/叫んだ――
 姉貴の卑猥な秘部から知らない男の精液が溢れ出すのを見つめながら――叫んだ/叫んだ/叫んだ――
 股を開いて卑猥な秘部をあらわにしたままピクリとも動かなくなった姉貴を見つめながら――叫んだ/叫んだ/叫んだ――
 そしてまた知らない男に殴られた/蹴られた/殴られた――
 意識がなくなりそうになったとき――男は殴るのをやめた/そしてまた姉貴を犯した――もう抵抗もせずピクリとも動かない姉貴を舐めまわした/オスカー・シュニッツェルがメリメリと音を立てて姉貴の膣にめり込んでいった。
 おれは叫んだ――口から血を噴き出しながら/姉貴の名前を/おふくろの名前を/神の救いを――
 だが助けは来なかった/姉貴はピクリとも動かなかった――おふくろが現れたのはそれからずっとあとだった/おれが何度も殴られたあと/姉貴が何度も犯されたあと/おれの叫びが地球を飛び出し月を何周もまわったずっとずっとあとだった――
 姉貴の部屋のドアを開けたおふくろの顔――恐怖/驚愕/狂気/そしてオスカー・シュニッツェルを剥き出しにした男を見たときの――怒りに満ちた顔。
 
 急に/目の前が真っ赤になった――
 
 気がついたとき――おれは病院のベッドに横たわっていた――
 姉貴が生きていることを知らされた/知らない男が殺されたことを知らされた/おふくろが死んだことを知らされた――
 まったく記憶にないおれ――目の前が真っ赤になった瞬間から病院で目が覚めるまで。
 看護婦/警察/新聞/テレビのニュース――経験したはずのことを第三者からの情報として手に入れたおれ。
 死んだ知らない男――マリファナでぶっ飛んだおふくろの交際相手の一人/姉貴の部屋に飛び込んだおふくろ/姉貴の机にあった裁縫バサミ/おふくろにめった刺しにされる――
 おふくろ──別の男とホテルにいた/帰宅して事件を目撃/男を殺したあとに首を吊って自殺――
 姉貴――知らない男の暴行により意識不明の重態/眠ると恐怖のフラッシュバック/ベッドの上でのた打ちまわる/精神はボロボロ/体もボロボロ――
 そしておれ――記憶にある部分/記憶にない部分/どっちもひっくるめてフラッシュバック/姉貴と同じ/眠ると恐怖が繰り返される/精神はボロ雑巾/肉体もボロ雑巾――
 忘れられない匂い――人間の生臭い血の匂い――
 忘れられない匂い――マリファナのまどろむ香り――
 
 狭い喫煙ブース/まどろむマリファナの煙/女子高生――
 おれは言った――「昼間っからこんなところでマリファナとは、いい度胸だな」
 女子高生はギョッとした――ブサイクな顔がさらにブサイクになる/ブヨブヨの太ももが波打って震える/汚い制服にタバコの灰が落ちる。
 市販のタバコ/先っぽに仕込んであるマリファナ/慌てる女子高生/一気に煙を吸い込む/マリファナタバコを灰皿に突っ込もうとする――その手を掴むおれ。
「何すんだよ!!」
 まだぶっ飛んでいない女子高生/おれの威嚇にビビッてわめく。
「このタバコは証拠品だ。おまえはおれの目の前でマリファナを吸った。逮捕する」
 泣きそうな女子高生/おれの手を振りほどく/急いで喫煙ブースから逃げ出す――
 落っこちた吸いかけのマリファナタバコ/拾う/灰皿で揉み消す――男が喫煙ブースに入ってくる。
 白髪/大柄/ヨレヨレになった茶のスーツ――警視庁/生活安全部/少年育成課/栗田孝一郎――
 おれは栗田に揉み消したマリファナタバコを投げた――「証拠品だ」
「それはわかるがな。おまえは刑事じゃないだろう」
 栗田は優しいバリトンの声を響かせてそう言った――その通り/おれは刑事どころか警官ですらない/ただの一般人/生意気でブサイクでデブの女子高生をビビらせただけだ。
「捕まえなくっていいのか」
 おれは自分のタバコに火をつけた/ハイライト・メンソール。
「ほかにも巡回している警官がいる。それよりおまえ、こんなところで何をしているんだ。しかもこんな朝っぱらから」
「ゲームセンターですることと言えば、ゲームしかないだろ」
 栗田はククッと笑った――「相変わらずタフガイを気取っているのか。まぁいいさ。姉さんは元気か?」
 おれの手/震える――姉貴のこと/二十五年経っても恐怖は消えない。
「さぁな、もう何年も会っていない。生きているのかも知らん」
 タバコを吸う――震える手/震える唇/震えながら吐き出される煙。
「まだ怖いか」
「何がだ」
「いまだに眠れんか?」
「だからなんのことだ」
 手が震える/目の前が高速でスクロールしそうになる――震える手を握り締める/歯を食いしばる/なんとかスクロールを止める/まだ酔っ払っているのが幸いした/酒さえ飲んでいれば恐怖のトラウマでフラッシュバックすることはない。
 栗田はタバコを灰皿に突っ込んだ――「おれに隠したって仕方ないだろう。二十五年前のあの事件のトラウマは、いまだにおまえを襲うのか?」
 あの事件――姉貴がレイプされた事件/おれが暴行された事件/おふくろが人を殺し自殺した事件――栗田はその事件の担当刑事だった/そしておふくろの知り合いだった/孤児になりボロ雑巾になったおれと姉貴の面倒を見てくれた。
「今はもう大丈夫だ。フラッシュバックも滅多に起こらない。記憶はないままだが、二十五年も前の記憶がしっかり残っているやつなんてそうそういないだろ。だからべつに記憶なんかなくていい。事件のことは思い出さないほうがトラウマに囚われなくっていいんだ。いや、そういう問題じゃない。あんたに隠すとか隠さないとかじゃない。あんたに話したっておれのトラウマが消えるわけじゃない。だから話す意味がない。それだけのことだ」
 急所を突かれてベラベラと話し出す情けないタフガイなおれ。
「そうか。すまんな、思い出させるようなことを聞いてしまって」
 おれはタバコを消した/喫煙ブースの出入り口に向かった。
「おれのことには構わなくっていい。おれは一人で生きていける。あんたは姉貴の心配でもしていろ」
 栗田が姉貴を気にかけるさまが尋常じゃないのは、二十五年前から知っていた。姉貴を救うために自分の家族を犠牲にし、離婚までしたくらいだ。おれは所詮、姉貴のおまけだってことくらい知っていた。栗田はおふくろの友人だった/おそらくおふくろを愛していた/おふくろに似ている姉貴にただならぬ思い入れがあったのかもしれない――歳を重ねるごとにおふくろに似ていく姉貴に。
 喫煙ブースを出るおれ――栗田がブースの中からおれに手を振った/昔ながらの人情派の刑事/態度は刑事らしく横柄/だが心は優しい――二十五年前の事件でボロボロになった姉貴を社会復帰させた/高校に通わせた/就職の世話までしてくれた。
 おれは中学を出て悪いことをいっぱい経験した/栗田が通わせてくれた高校は中退した/一人で暮らし生きてきた/姉貴と一緒にいるのが辛かったから/姉貴のおまけで栗田の世話になるのが嫌だったから。
 あのとき――おれと姉貴が秘密の遊びをしていなかったら――おれはおふくろのストッキングで縛られてなんかいなかった/もしかしたら姉貴を救えたかもしれない/もしかしたらおふくろは自殺しなくて済んだかもしれない――おれがおふくろのショーツをかぶっておふくろのストッキングで縛られてさえいなかったら――
 もういい――忘れよう/おれはもう大人だ/二十五年も前のことで、もしかしたらだの/こうだったらだの/ああだったらだのなんて考えても仕方がない――忘れよう――
 ゲームセンターの広いフロア/入り口近くの端っこにある喫煙ブース/反対端のトイレに向かう/さっきの女子高生がトイレから出てきた――別の女子高生と一緒/違う制服/肩にかかるくらいの茶色い髪/身長は一五五センチくらいだろうか/デブでブサイクのほうとは違い少女漫画のように細い体をしている――距離が遠くてどんな顔かまではわからない。
 ブサイクな女子高生がおれを見た/もう一人に何やら言っている――あいつ刑事だよ、さっさと逃げよう!――とかなんとか言っていそうな感じ。
 もう一人の女子高生/クスクスと笑う――あんな格好した刑事がいるわけないよ――とかなんとか言っていそうな感じ。
 栗田の仲間が巡回している?/でたらめだな――巡回していたらあの女子高生たちは今ごろパトカーの中だ。
 どうでもいい――帰ろう/帰って寝よう。
 自堕落に/自虐的に/自己破壊的に――自己嫌悪を忘れるために/酒を飲んで寝よう。


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