休戦.弐〜あくと わん〜
―目を開けると、一番に視界に入ったのは天井。
畳部屋の深い匂いに、自分の部屋という親しみもあり、そのまま目を閉じようとした、が。
「・・・あ、起きたぁ?」
妙に間延びした幼い少女の声にがばっと上半身を起こす。途端に身体が悲鳴を上げるような鈍い痛みが襲う。
猫っ毛の彼、弐は痛みに顔をしかめながら、声の持ち主を捜し首を動かす。
そして部屋の襖の前で、一抱えのタライを持った少女、零を見つけた。
段々と記憶が戻ってきた弐は、零に向けて威嚇するように睨み付ける。
「良かった良かったぁ。フツー私の回し蹴り受けて一時間で起きれる人、いないよっ♪」
零はそんな弐の睨み付けをもろともせず、ほっとした顔で弐の布団の横に膝を付く。
タライの水の中に入れた手ぬぐいをぎゅっと絞る。
弐は自分を気絶させる程力がある奴が、懸命に手ぬぐいを絞る姿に毒を抜かれながら、睨みすえる。
零は湿った手ぬぐいを広げ、二つ折りにすると、突然弐の腕を掴んだ。
「なっ・・にすんだっ!」
倒れた時、受身を取れなかったせいか、身体のあっちこっちに青たんができていて、零に掴まれた瞬間、じんっとした痛みが走り、思わず怒鳴る。
すると零は片手で手ぬぐいを持ち、弐の着流しの袂をめくり、
「冷やさなきゃ痛いよ?軽いのーしんとー起こしてたんだから、大人しくしててよ。」
「じっ、自分でやるっ!!」
ぴと、と腫れた部分に冷たい手ぬぐいを当てて言う零に、弐は慌てて手ぬぐいを奪う。
零は少し驚いた様子だったが、次にはへらりと笑い、
「元気だね。うん、良かった。」
そう囁いた。
―・・全然、オレに体術で勝てるような強者には見えねぇ。女だし、子供だし、小せぇし。
あの細ェであんな重い膝蹴りに回し蹴り・・・ありえねェ・・。
・・つかオレ、どこ見てんだ?・・・っいやっいやいやいやァ!?べべべべ別に正座したコイツの足見てねェしっ!!もう何年も男の足しか見てねぇから、そのっ、なんか見比べてただけだからっ!!
足、綺麗だなーとか思ってねェからっ、いやマジでっ!!
「?どうしたの?顔色が・・・。」
零は急に心中で葛藤しだし、顔が赤くなった弐をのぞきこむ。
我に返った弐は、目の前の零の顔に奇声を上げて後退する。
―何っ!?何だ何だ何だ何だこの胸の高まりっ!?・・待て、待て、落ち着けオレェェッ!
相手は子供だぞっ!?で、オレは十八っ!
・・なんで近づいて来る?ちょっ・・来るなっ、来るなァ!!MH5だからやめろォォォッ!!
だらだらと額から汗を垂らす弐に、反応が面白いと気付いた零はハイハイの格好で近づく。
良く見れば、零は黒の単ではなく、白の単に着替えていて、体格が露骨に浮き、細い足首も、足袋を履いていない素足もただ扇情的に見せる武器でしか無い。
髪の端から耳も覗いていて、耳たぶには小さな蝶の付いたピアスを付けていた。
銀色の蝶はゆらゆらとゆれ、異国出身の其れをどうやって手に入れたのかとぼーっと考える。
が、そんなことをしている場合ではなく、壁まで追い詰められた弐の膝の上に零が乗っかっていた。
「ん?顔赤いよ??」
「な、なんでもねェよっ!つか早くおりろっ。」
弐の頬を撫で、首をかしげた零に、弐は混乱しながら怒鳴った。
零はすぐに弐から下り、ごめんね、とはにかんだ。
心拍数がありえないほど上がった弐は、胸に手を当て息を整える。
―何なんだよコイツっ!?死ぬかと思ったぞ!!
「あ、そうだ。私零って言うんだよ!君、名前・・とゆうかバンゴーは?」
「あぁ!?・・っ、弐だ。」
突然名乗った零に弐は自分でも情けないと思いながら名乗った。
「に?にークンね!うん、わかった♪よろしくね、にークン!」
「お、オウ・・。」
完全に零ペースで握手までノセられた弐は、今にもどこかに沈みそうだった。
そんな弐の心情を露知らず、零は立ち上がり、布団の横に置いたタライを抱える。
「そんじゃぁにークン、何とかシップ、持ってくるからっ、ちょっと待っててねぃ♪」
―何とかシップってなんだよ、なんとかはいらねぇよ。
零は襖を行儀悪く足で開け、何かを思い出して振り返り
「あー、にークン。訓練は明日だから、ゆっくり休んだ方がいいよー。」
と言って部屋から出て行った。
襖が閉まると弐はため息をついた。
手に握ったままの手ぬぐいはもう生ぬるい。
―変な奴が隊長になっちまったなァ・・。
この戦の為に造られた特攻部隊の重要な隊長が、あんなふざけた女に任せられる。
その上そのふざけた女に負けたのは自分だ。
「・・最っ悪・・・。」
真っ青になった弐は零がシップを持ってくるまで、がっくりと肩を落としていた。
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