第壱戦.椿
江戸城一室。
広い、何十畳と敷かれたそこに座るは、侍達。
各々志し、思想を馳せて集まる男であるその侍達は、訓練所及び”檻”にて訓練を重ねた強者だけだ。
幕府直々に編成される事になる特攻隊の人数、そして隊長を決めるのである。
強者のみ集るだけに、体格や雰囲気等から普通の人間とは違う。これは侍達の様々な事情から来る物だ。
ある者は家族、恋人を天人に殺されて、またある者は国に不満を持って、両親を亡くして来た者も居る。何故ならこの研究所は天人が襲撃して開国した当時から存在しているからだ。
そんな張り詰めた空気の中で、障子が開いた。入って来たのは研究医主任、鍛島。
「遅くなってすまない。…では始めようか。」
片手を挙げ、緊迫した表情で鍛島はそう言い、侍達を見回した。
押し黙り、鍛島を見つめ、”始める”事をじっと待つ侍達は、妙に迫力があった。それに呑まれぬように、鍛島は一度持ち直すように咳ばらいし
「幕府からの認が降りた。これより部隊の編成を行う。」
重々しい声で言った。少しざわめく部屋内。
構わず鍛島は続ける
「まずは出頭番号だが、付け直しをさせてもらう」
出頭番号と言うのは、檻で訓練を重ねた人が、檻から出た順、つまり優秀さ順で付けられた番号《名前》だ。
鍛島の台詞に、一人の青年が立ち上がった。
「どうゆう事だよ!オレ達の名前はもう変わらねぇんじゃなかったのか!?」
「…落ち着きなさい、番号”弐”」
青年の怒鳴り声に鍛島は一瞬気圧されながら、静かに言った。
弐と言われた青年は唇を噛み締め、鍛島を睨んだ。ここに兵として来たからには逆らえない事をよく知っているからだ。
番号は優秀順と言っても、種類は細かく分類され、剣術.体術.武器操作、その他、様々な物を侍の肉体、精神に合った術として極めさせる。
今この場に集った侍達は全ての訓練において優秀だった者達だが、番号を付け直すという事は再び訓練、という意味だ。
「次の訓練については後にして…先に皆方に紹介したい者が居る」
鍛島がそう言うと、侍達は興味を示したわけでは無いだろうが、鍛島を見つめた。
その視線に一度口をつむり、背後の障子を意識しながら、再度口を開く。
「決定していなかった、隊長になる者だ」
「隊長っ!?」
一番に声を上げたのは弐だ。目を見開いて、鍛島の言った言葉をオウム返しする。
周囲の侍達もザワザワと騒ぎ出す。
−当たり前だ。隊長は、最前線に立ち、皆の事をよく理解し、指揮を執る、最も重要な役だ。
なるのは今場に居る中の一番、つまり”壱”がなると思っていたというのに、たった今から入って来る奴に任せる等言語同断。
教授も何を考えているのかと鍛島はため息をつくと
「では紹介しよう。…入って来なさい、番号”零”」
後ろの障子に声をかける。
皆が注目する中、障子はカタカタと揺れ、開いた。どんなにロウを塗ったとしても、ここまで滑りよく開かないだろうと思われるスピードで。
椿の香が鼻を掠め、それに気を取られた瞬間
「こんっ、にっ、ちわぁぁあっ♪皆っ元気かなっ!?」
この場に最も相応しくない、鈴の転がるような少女の元気な声が響いた。
凍る、固まる、侍達。 色素の薄い蒼い髪を、二つ結び《ツインテール》にした、外見年齢十歳以下の少女が、障子の前で立っていた。
「…あれれ〜?皆どしたの?…あ!初めて会ったヒトにはハジマシテ、だったね♪んじゃぁ、やり直して〜…初めましてぇ♪出頭番号、零だよ!ヨロシクね!」
少女_零が再び幼い声でそう言うと、鍛島は咳ばらい、補佐の研究医は冷や汗。何時暴動が起きてもおかしくない空気の中、誰かしらの叫び声、
「女ァァアアッッ!?!?」というのが響いた。
*
「…あー、もう一度ちゃんと紹介しよう。特殊部隊の、皆方の隊長となる、番号”零”だ。」
黒い単に身を包んだ、どこからどう見ても普通の少女である零は、鍛島にそう紹介されると頭を下げた。
弐は金髪猫っ毛の短い髪を震わせ、弾かれたように立ち上がった。
「納得できるかァッ!!どうしてこんな餓鬼がっ!しかも女が隊長なんだよっ!?」
今度は鍛島も弐を注意する事が出来なかった。何故なら彼が言っているのは正論だからだ。
弐が叫んだ事で周囲も便乗する。鍛島は再度ため息をついて
「彼女が隊長になった理由は、檻の中の”椿の間”で一番優秀だった事と、稲生教授のお気に入りだった事と、後に皆方にも受けて貰う訓練を合格した事の三つだ」
一息でそう言った。
「椿の間ァ!?何だよそれ!?檻ん中にある屋敷は竹の間だけだろ!」
と怒鳴る弐に鍛島は疲れた顔で
「檻の中にある屋敷は二つある。竹の間は表向きの訓練所で、椿の間は裏向き…つまり表にはとても出す事は出来ない訓練所だ」
淡々と答える。
椿の間の存在を初めて知った侍達はザワザワと騒ぎ立つ。
本当はこの事は黙っておく方向だったが、やむを得ない。指示したのは教授だ。
一人の手が挙がった。鍛島は挙手した者の顔を見て口を開く。
「何だ、番号”壱”」
黒髪を後ろで束ね、目尻の下がった、物静かで整った顔をした男_壱は立ち上がる事はなく、座ったまま
「彼女が隊長ということには反対しませんが、後に受けるとおっしゃっていた訓練の内容を教えて下さい。名を付け直すと言う事は、その訓練に落ちた者は部隊に編入出来ないのですよね?」
柔らかい、青年にしてはゆったりとした口調で問う。
彼は、檻の中でも一番の成績で名付けられたとは思えぬ優しい物腰だが、無駄の無い筋肉と腰に収められた刀で、その威圧感は強い。
鍛島は小動物並みの好奇心と身体で周囲をキョロキョロしている零を目の端に捕らえながら
「その通りだ。零はまだ14歳だが、十分隊長になりえる実力があったから、訓練を合格できた。今、この場にいる皆方の中で、何人もの侍が落ちるだろう。だが―「ちょっと待てッ!」」
鍛島の台詞を遮ったのは弐だ。弐は今にも噛み付きそうな顔をして
「何スルーしてやがるっ!オレはまだコイツが隊長だと認めてねェッ!!訓練に合格して隊長になったんだったらっ!オレも合格してみせらァッ!!オイテメーッ!オレと勝負しやがれィッ!!んんっでオレに勝てたら認めてやらァッ!!」
長々とそう怒鳴り、弐は零に向かって指を突きつけた。
”・・・しめー、しめーだっ!キャホォォォッ!!”とわけのわからない事を言って喜ぶ零に、鍛島は今日何度目かになるため息を吐いて、頭を抱えた。
−番号”弐”直情型な部分が隊長には不向き。
*
一室の障子を開け、皆、離れて二人を見守る。
畳の中央で向き合う二人の間には殺気が漂う。
勝負宣言をしてから、弐は下げた刀を誰かに預け、気合を入れ、やる気満々だった。
一方零は、ただニコニコしているだけだったが、単の帯をきゅっと締め直したのを鍛島は見ている。
「オイ、椿の間だか何だかしらねェけどな、逃げるなら今の内だぜ?」
弐は拳を固め、パキパキと指を鳴らし、挑発の言葉を口に乗せる。口元は上がっていて、目は猫のように鋭い。
―彼は”弐”という立場に甘んじながらも、体術では”壱”よりも上の力を持っている。
普通の人間なら、弐の目を見ただけでも怯むが、零は
「逃げるって何処に?心配しなくったって、へーキだよっ♪私は、何でも、負けるのが大嫌いだから。」
小かしげにして、笑顔でそう言った。
背筋がゾクッとした。鍛島だけだはない、この場にいる全員が、零の台詞に恐れを感じた。
弐は凍りついた表情を、首を振って払い、そんな恐れ等感じていないと振る舞い、”上等だ”と笑った。
―鍛島の決めた勝負は、単純な、なんでも有りの一本勝負。
実戦の為に鍛えた皆にとって、一番てっとり早い勝負だろうと考えたからだ。
相手を床に押さえつけたら勝ち、という単純ルール。
「早く始めろよおっさん。」
弐が睨んでそう言って来て、鍛島は少々ムっとしながら、口を開く。
「両者共、礼。」
「・・レイ?が何?」
「・・頭を下げる事の方だ。」
「あ、そかそか♪」
礼の意味も知らなかった零は照れ笑いしながら、ぺこっと頭を下げる。
二人の頭が上がった時、鍛島は少し後退してから
「始め!」
と短く言った。
弐は零との間合いをつめ、零の襟を掴み取る。
掴まれた零は呆けた顔で、弐を見つめていて、弐は”楽勝”と呟いて、零の足を払う、が。
零の右腕が動き、膝が、弐の下腹にくい込んだ。
ごっという鈍い音がし、弐が”ぐっ”と声を漏らし、掴んだ手が緩む。
零の身体が旋回、容赦無い回し蹴りが、弐の首に決まった。
人の首を叩くだけで、ぱぁんっという恐ろしい音が響き、弐の身体が揺らぐ。
が、かろうじて意識のある弐は、本能のままに勢いを借りてそのまま空中側転。
拳を固めて零の腹部に叩きこむ、瞬間、零は笑った。
とんっと軽い音がしそうな手刀を弐の首に下ろした。
見開いた目は、身体ごと停止して、弐は崩れ落ちるように倒れた。
時間にすればものの一分で終わった勝負に、場に居た全員、理解できない。
零が手をパンパンと払い、腰に手を当て
「ね、負けないでしょ?」
ニパッという風に笑った時、やっと我に返った。
鍛島は咳ばらいし、まだ呆然とした侍達に
「えー…零が隊長になることを反対する者は?」
そう聞くと、皆無意識の内か、首をぶんぶんと振った。
−だろうな…
*
江戸城地下、椿の間の奥の一室。
”失礼します”と頭を下げ、入って来たのは、研究医主任、椿の間管理_栗栖。
部屋に入ると、自分に背を向け、座椅子にもたれた人物が口を開く。
「栗栖クン、”彼女”は…零は無事に入隊できたかね?」
色素の薄い茶髪が背もたれから覗く。声は低く、何処か人を馬鹿にした響きがある。
栗栖は畳に膝をついて
「入隊しました、と鍛島より連絡を受けました。」
と答える。
茶髪が揺れ、小さく、人物の”ククッ”という笑い声が聞こえる。
「…なら良い、下がれ。」
「はっ」
人物は笑いまじりに栗栖にそう言って、栗栖はなるべく迅速に部屋を出る。
ぱたんという音がすると人物はゆっくり立ち上がった。
背もたれの陰に隠れていた人物は、青年もまだ越していない、小柄な少年。
−稲生教授。江戸城地下の檻、竹、椿、そして主任すら知らない菊、各々の間を統括する人物、それがこの少年だった。 稲生はふらりと部屋の片隅に置かれた、刀の掛かった台の前に立ち、鞘に収められた二本の長刀の中、一本を取る。
手に取った長刀の鞘を抜くと、銀色の刀身が現れた。表面には打つ際に彫ったと思われる、”菊姫”の文字。
この長刀の名前である。
稲生は刀の切っ先を左の人差し指に当て、素早く手前に引く。
指の腹が裂け、血が零れ、畳に染みを作る。
その鈍い痛みを感じながら、瞳孔の開いた、少年とは思えぬ鋭い目で傷口を見つめ
「血は争いを止めぬ。我が娘なる血は……血にて洗うことになろうぞ。」
そう呟いた。今にも泣きそうな顔で。
少年に相応しい邪気の無い泣き顔で見つめた傷口は、見る内に塞がり、新しい桃色の肌が出来た。
稲生は刀を鞘に収め、稲生には大きすぎるそれを抱きしめ、座り込んだ。
喉の奥から嘲笑う、嫌な笑い方をしながら、囁いた。
「…幕は挙がった…唄え、死神。」 |