序.
20年前、天人と呼ばれる、地球より遥かに高い科学力を持つ者達が、侍の国−江戸を襲撃。幕府は目の前の敵に怖じけづき開国してしまった。
開国と共に、江戸に様々な技術が入り文明開花を果たした
が、侍は自分達の街を我が物顔で歩く天人に対立、一時は敗れたものの、戦を起こし、本格的に対立出来るようになった。
幕府は表では侍に戦を命じたが、裏では天人に頭が上がらない。
江戸の命運は、最後になりうる攘夷志士達の戦に託された。
幕府、江戸城地下。
天人には勿論、町人にも見つかったら大変な事になる、名目”研究所”及び”訓練所”が存在した。
危険を侵してまで行うその研究は、江戸の命運を背負う重大な物だった。
幕府により命を下された研究−実験を行う研究医、その主任である鍛島は、天人の技術を搭載してある研究所の廊下を早足で歩いていた。
研究医の主任は現在3人、研究医は10人以上。その主任の上の立場である教授は、実験の記録を全て所持し、さらに地下にある”檻”と呼ばれる訓練所に居る実験体の飼い主−稲生教授。
そして今、鍛島が急いで、走ってはいけない廊下を早足で歩いているのはその教授のせいだ。
幕府に命じられた事は、攘夷戦争で勝利を収める為の特殊部隊を結成する事。檻で訓練した強者が今、その特殊部隊の兵の一員となっているが、教授がそれでは足りないと言いだしたのだ。
「主任!」
突然後ろから声をかけられ、鍛島は歩みを止め、振り向いた。
声をかけたのは研究医だ、早足でついて来たらしい、まだ若い研究医は鍛島と向きあった。
「…伊藤、どうした?」
白衣の胸ポケットに付けたネームプレートを見て鍛島が聞く。急いでいるというのが雰囲気で判ったのか伊藤は焦りながらも
「あっ、あのっ…”彼女”を部隊の中に編入するって、本当ですか!?」
そう問い返してきた。
”彼女”の事はともかく、何故つい先程教授と話した事を知っているのか。答えは一つ。
「…盗み聞きは感心しないな」
「っ!…申し訳ありません。でもっ!」
聞き耳を立てていた事をすぐに認めた伊藤は、頭を下げてから、必死な表情をして鍛島を見た。
その表情に応えられない事を残念に思いながら、鍛島は首を横に振った。
「上様が命された事だ、こちらも全力を果たさなければならない。」
「そ…んな…」
伊藤の顔が失望で歪むのを見て、鍛島は白衣を翻し、前へ進む。
地下へ、”檻”の中に居る彼女を起こす為に。
檻。
噎せ返る程の椿の香。
時折響く悲鳴、血シブキ、散らばる肉片。
激しくぶつかり合いながら、互いに何故此処に居るのかが解らなくなり、重ね合い、崩れ落ちる。 そんな不穏な空気の中、ただ一人の少女は、笑っていた。
座り込み、長い髪を揺らし、朱色の瞳で血溜まりや、人の、崩れて原型を留めていない肢体を見つめて。
瞳孔が開いて中心は真っ黒く染まりながらも、その瞳は紅。
花椿の匂いが漂い、その少女は嘲笑う。
唇が、目にも留まらぬ動きで何かを紡ぎ、悲鳴はいつの間にやら止まっていた。 |