とある悪役令嬢Aとその妹B
ある少女が言った。
「ここって、乙女ゲームの世界なんだよー」
「は?」
近くにいた少年は思わず少女の肩を持って揺さぶる。少年は驚きよりも呆れの方が勝っていた。絶対にこの世界が乙女ゲームなんてことがある筈が無いのだから。
これはとある放課後の出来事。教室で何気無く少女が出した話題がこれだった。ウケ狙いの冗談だったらもっと上手いものがあるはずだとは思わないか。それ以前に彼女は元々冗談を言わない性格である。何故この話題を出してきたのかが謎めいていた。
滑舌が悪いというコンプレックスを持っていると思い込んでいる少女は、普段とある戦場カメラマンのようにゆっくりと話す。
「揺れるー、揺れるー」
強く揺らしすぎたことに気が付いた少年はすぐさま手を離す。少年が揺らしたことで目を回した少女はふらふらと地を踏み教室の机に寄りかかる。
「もう一回言うねー。ここは乙女ゲームの世界なんだよ」
「乙女ゲームて何?」
少女に現実を見させることを諦めた少年は変わりに疑問で返す。呆れたという感情が表に現れているのは言うまでもないことだ。
「恋をするゲームだよー」
少女の表現はいつも抽象的で分かりづらいのですが、今回は少年にきちんと伝わった。
「でね、恋愛対象がねー、必ず名前の漢字が四文字なのよー」
「ほぼ半数がそうだよ!」
彼女にツッコミを入れてもやはり彼女の持ち前のマイペースさでスルーされてしまうのは分かっているのですか、少年はやっぱりツッコミを入れてしまう。
「ちなみに、そのことを小夜に言ったら『私の妹は今も昔も優里だけだからな』と言われたのー」
「それ、絶対に見放されている!」
優里とは少女の名前です。小夜とは優里の姉であり、かなりのしっかり者だ。
この二人は姉妹なのにも関わらず、全く似ていない。見た目も、中身も。
小夜の見た目は漆黒のストレートの髪を三つ編みに大雑把に編み込み、赤褐色に近い色のメガネをかけている。逆に優里は水滴のように青いパーマのかかった髪をおろしている。
「あ、それでね、この話は全く関係ないんだけど、前に小夜に『優里のことを愛してる。ずっと一緒に居てくれ』と言われたんだ」
「それ、すでにエンデングだろ!」
「おまえらは本当に兄弟か」と少年は呟くと窓の方向を向いて夕日を眺めだ。カラスが鳴いている。
家族愛が尋常じゃないのはいつも通りではあるが、そこまでいっていたとは少年には想像すらしてなかった。もうすでに手遅れであることを証明させられた。少年がそんなことを考えているとはこれっぽっちも思っていない優里はそのまま話しを続ける。
「それでね、この頭の中にある原作知識を使ってー、小夜に彼氏を作りたいのよー」
優里にはこの学園の今一緒に過ごしているメンバーが出てくる乙女ゲームをプレーした記憶がある。なのでその記憶を使って自分の姉に幸せを感じて欲しかったのだ。
「誰と恋をさせるんだよ」
優里は指で指した。少年、いや正部家翔に。
「えっ、おれ」
翔は驚きを隠し切れないで周りを見渡してから深呼吸をした。
「もちろん、攻略対象にー」
実際に少年、正部家翔も攻略対象だ。なので、見た目がしっかりと整っている。
ちなみに、小夜も優里も乙女ゲームの悪役ポジションだ。優里が翔のことが好きだと知っている小夜が主人公に面と向かって荒々しい暴言を吐くシーンが存在する。
「他にもいるのか? その攻略対象という人は」
「他にも沢山いるよー。生徒会役員に、隠しキャラに、忘れた君」
「忘れた君て誰だよ!」
唸りながらながら考えること十秒。やはりわからないの一言で優里は思考を放棄した。
「ということで、調理器具壊してみた」
「なぜそうなる!」
翔はこめかみを押さえた。優里の努力が斜め上過ぎて。ということで決意した。姉の小夜の恋人づくりに協力することを。
まあ、翔が優里を好きだったという理由が主だが。
「おれも付き合うわ。その恋人づくり」
「ありがとう」
優里は翔の言葉を聞いた刹那、微笑んだ。
その笑顔はどんな花にも負けないくらいの輝きを放っていた。
その表情を見た後に翔は窓の奥を改めて眺めた。夕日のように顔に熱を帯びているのを隠すために。
「ああ、もう。気づけよ、バーカ」
こうして始まった小夜の彼氏づくり計画。ですか、小夜が相当な迷惑を被ったのは語らなくてもわかるでしょう。