短編「心電図」
人気急上昇中の若手漫才コンビ、デーモンズの二人がテレビ番組の収録を終えて楽屋へ戻ってきました。
ツッコミ担当のアックスとボケ担当のナンシーが繰り出す破壊力満点の漫才は今日も大ウケでした。
アックスは楽屋に入ると飲みかけのミネラルウォーターを飲み干し、イスにどかっと座りました。
「今日の仕事はこれでおしまい!ナンシー、これからみんなで飲みに行こうぜ」
「んー、オレ、子供に会いたいから帰る」
ナンシーは五日前にかわいい女の子が生まれたばかりでした。
「そっか、まあ生まれたばっかだし、そうだよな」
「悪いねえ」
「あんまり強引に連れてくと、こないだみたいにお前のヨメさんに怒られるしな」
「そうそう、怖いよー」
ナンシーはこの一年、仕事は順調すぎるほど順調になり、結婚もして子供も生まれるという、まさに幸せの絶頂でした。
ナンシーが帰った後、アックスは芸人仲間たちと一緒に、若くてきれいなお姉さんがたくさんいる店でお酒を飲んでいました。
ほどよく酔いが回った頃、ポケットの中で携帯電話がふるえました。
ポケットから取り出して画面を見ると、ナンシーの奥さんからでした。
「あれ、今日は怒られるようなことしてないぞ?」
アックスは不思議に思いながら電話にでました。
「もしもしアックスでーす」
アックスの表情がみるみる青くなっていきます。
「わ、わかった!すすすすぐ行く!」
アックスは電話をきると、仲間たちが「どうした?」という質問を言い終わる前に、猛烈な勢いで店を出て行きました。
店を出ると、まるでタイミングをはかっていたかのように通りかかったタクシーに飛び乗りました。行き先は救急病院です。
病院に着くと、深夜の手術室の前には赤ちゃんの泣き声が響いていました。そして、その泣いている赤ちゃんを抱きしめて、震えながら涙を流しているナンシーの奥さんの姿がありました。
スピードの出しすぎでカーブを曲がりきれずに起こった交通事故でした。幸いにも運転をしていたナンシー以外にケガ人も死人もありませんでした。
いつも、あまりスピードを出すタイプではないナンシーがなぜこういう事故を起こしてしまったのでしょうか。子供が生まれた時のナンシーの喜び顔を思い出すと、早く娘に会いたいという一心で帰りを急いだナンシーの姿が想像できました。
ナンシーは一命を取りとめました。
しかし、動くこともしゃべることもできません。指一本すら自分で動かすことが出来ない体になってしまったのです。
奥さんはベッドで寝ているナンシーの横で泣き続けていました。赤ちゃんは泣きつかれてすやすやと眠っています。
アックスは昔のことを思い出していました。高校三年の時、いっしょに漫才をやらないかと持ちかけてきたのはナンシーでした。アックスは最初、まったくやる気が無かったのですが、最後にはナンシーの情熱に動かされたのでした。ナンシーは心の底から漫才という芸に惚れていました。
奥さんとアックスはいつの間にか眠ってしまい、病室は静まりかえっていました。
ピ・・ピ・・という心電図が刻む音だけが存在しているようでした。心電図は横一直線に流れていくラインを一定のリズムで上にとがらせ、ナンシーの鼓動を伝えています。
居眠りをしているアックスがプッとおならをしました。
すると、心電図の音が急に「ピピピピッ」とあわただしくなり、それと同時に鼓動を伝えていたラインがぐにゃりと変化して、まるで一筆書きで書いたカタカナのようになりました。それは「クサイ!クサイヨアックス!」と読めました。
しかし、誰もそれに気がつきません。
再び心電図のラインが変化します。
「クッサイナー・・コンナニクサイノニ、コエモダセナイナンテ・・・・」と読めました。
アックスがまたおならをしました。今度はさっきのとは比べ物にならないほどの特大のおならです。
どぶぅ!
「ウワァッ、クサイ!マドヲアケテクレー!」
アックスは自分のおならに驚いて目を覚ましました。
「あ、ごめんごめん。いま窓を開けるよ」
目を覚ますと同時に心電図の文字が目に入り、アックスはそれに無意識に答えていました。
新鮮な空気が窓から入ってきます。
「フウ、シヌカトオモッタ。アックスノオナラ、クサスギ」
「そんなに臭かった?昨日、ギョーザを食べたからかな」
「エキマエノアノギョーザヤカ?」
「そうそう。あそこが一番うまい」
「タシカニ。ソノウエヤスイシネ」
「ああ、あそこは安すぎだ」
ひと呼吸ほどの短い沈黙の後、二人は同時に「エエッ!」と驚きました。
「ドド、ドウシテオレノカンガエテルコトガワカッタノ?」
「どうしてってお前、し、心電図に文字が出てるんだよ!なんかあまりにもすんなり会話をしちゃったけど一体どうなってんだ?」
ナンシーの奥さんが目を覚ましました。
「・・・どうしたの?独り言?あ、なんかくさい・・」
アックスは心電図を指差しました。
「ヤッホー、キブンハドウ?オレダヨ、ナンシーダヨ」
「えええーー!」
事故から一ヵ月後、アックスとナンシーはテレビの漫才番組に出演しました。事故後、初めての仕事です。
アックスがナンシーの座っている玉座風車いすと大画面心電図を押しながら舞台そでから登場します。
「どうもー!デーモンズ改めましてシンデンズでーす!」
大画面心電図には「シンデンズデース!ヨロシク!」と文字が出ています。
会場のお客さんたちはナンシーを見て、どう反応していいのかわからない様子でした。
「あのー、相方のナンシーなんですけど、こないだ事故を起こしてしまいまして、全身が動かなくなってしまったんですよ。でも、こうやって心電図を使って会話ができる特技を発見したのでまた漫才をやらせてもらえるようになりました!これからも応援よろしくお願いします!なあナンシー?」
「ギョーザタベタイ」
「ギョーザかよっ!っていうか今それ言うなよ!食べたいものの話なんかしてねえだろっ!・・まったく体は不自由なのに発言は自由奔放だなー」
「ソウソウ、ジユウッテアルイミ、キモチノモンダイダヨネ」
「うわっ、今度はなんかもっともなこと言ったぞ」
会場に少しずつ笑い声が生まれてきました。お客さんが笑う声を聞いて二人も安心したのか、どんどん調子が出てきました。
二人の復帰ステージはその後、爆笑の連続でした。
笑い声に包まれる会場の片隅で、赤ちゃんを抱っこしたナンシーの奥さんが笑い涙ではない涙を流して楽しそうに笑っていました。
おしまい
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