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短編:高校生の話

花火は蛍に恋をしている

作者:森崎緩
 小さな頃、二人で秘密基地を作った。
 田園地帯を見下ろせる山の中腹、雑木林の中でもひときわ大きなコナラの木の上だ。
 拾った枝や家にあったベニヤ板、要らない布なんかを使って組み立てた基地だった。台風でも来たらすぐ駄目になってしまうような急ごしらえの代物だったけど、完成した時は嬉しくて、二人で暗くなるのも気にせず遊び呆けた。
 そしてその夜、秘密基地から見下ろす田畑に、小さな光が浮かぶのを見た。
 蛙が鳴く宵闇の中、緑がかった無数の光が、草むらの影にちらついていた。
「あれ、何? なんで光ってるの?」
 不思議そうな幼なじみの言葉に、私は嬉々として囁いた。
「蛍が光ってるんだよ」
 この頃はまだ私の方が蛍について詳しかった。だから彼にも知って欲しくて、図鑑で学んだいろんなことを教えてあげた。
「ホタル……あれが、そうなんだ。すごくきれいだ……」
 彼は魅入られたように、闇に浮かぶ光に見とれていた。頬を撫ぜる風が冷たくなっても、家に帰ろうとは言い出さないほどだった。私がその横顔を見つめていたのも気づかないままだったに違いない。
 多分あの日から、彼は蛍に恋をしている。

「今年こそハナビを落とす」
 サイダーを一息に呷った後、私は決意表明をした。
「花火は落とすんじゃなくて打ち上げるもんでしょ」
 缶ビールを手にした姉さんがにやにやと応じる。
「そっちの花火じゃないよ、わかってるくせに」
 両親が早めに寝ついた七月の夜更け。姉妹二人の差し飲みで、話すことと言ったら恋の悩み相談に決まっている。
「虫オタクで鈍感な方のハナビだよ」
 つまりは私の幼なじみ、皆戸花火のことである。
 皆戸が苗字で花火が名前。『ミナト』で『ハナビ』だから、子供の頃は夏祭りの時期ともなるとよくからかわれていた。子供の名前はよく考えてつけるべきだと彼は常々主張している。私も全く同意である。
 さておき私にとっての花火は、ただの幼なじみでも、変わった名前の男友達でもない。
「もたもたしてるうちに私、十八になっちゃった」
 私は溜息まじりに嘆いた。
「一昨年も去年もお祭り一緒に過ごしたのに、結局何の進展もなくて……」
「相変わらずだねえ、ハナビは」
 けたけた笑う姉さんも、ご近所さんの花火のことはよく知っている。
 彼が女の子には一切興味がないことも、その分だけあるものに情熱を注ぎ込んでいることも、この町内ではすっかり知れ渡っていた。
「ま、ハナビはホタルに恋してるからね」
 愉快そうな姉さんの言葉が、私にはむしろ不愉快だった。
「そしてホタルにとってのハナビはヒーロー。両想いじゃない」
「……そんな、楽しげに言わないでよ姉さん」

 花火があんな虫に熱中し始めたのは、秘密基地でのやり取りがきっかけだろう。
 初めの頃は小学生らしい好奇心で調べているだけに見えた。だけど年を取るにつれてどんどん本格的になってしまって、今では高校の生物観察部の部長として、この町の蛍の保全活動にまで手を出している。蛍のヒーローという呼び名もあながち間違いではなかった。
 そんな幼なじみに対し、私だって手をこまねいていたわけではない。夏祭りをはじめとする四季折々のイベントでは必ず花火を誘っていたし、一緒の部活に入って率先して手伝ったりして、それとなくアピールしてきたつもりだ。
 それでも花火は私の気持ちに気づかない。私と二人でいたって話すことは蛍のことばかり。毎年の夏祭りでは、名物の打ち上げ花火そっちのけで蛍に見入っているのが常だった。
 だから今年の夏祭りでは、もっと確実なやり方で花火を落とす。

「あんな虫なんかに負けたくないの。ハナビを取られたくない」
 私は改めて宣言した。
「今年は随分気合入ってるね、どういう心境の変化かなあ?」
 長い髪をかき上げた姉の手には、銀色の指輪が鈍く光っている。
 この夏が明けたら、姉は家を出て遠くで暮らすことになっていた。こうして向き合って恋の相談ができるのも今年で最後だろう。
「だったら今年はあれ着ていきなさい。私が学生時代に着てたやつだよ」
 そう言うと姉さんは奥座敷を指差した。
 蚊取り線香のゆらめく煙越しに、壁にかけられた浴衣が見えた。
 一目でわかった、あれは姉さんの浴衣だ。黒地に紫色のアゲハチョウがあちらこちらを飛んでいて、更に小さな桜が一面に描かれた浴衣だった。
「派手じゃない? 蝶の柄なんて姉さんならともかく……」
 私の率直な感想に、姉さんは呆れて肩を竦める。
「勝負時には派手なくらいがいいの。ご利益だってあるんだから」
「ご利益?」
「何を隠そう、私が今の彼を射止めたのもあの浴衣だからね」
「へえ、縁起物なんだ」
 姉さんの言葉に背中を押され、私はサイダーの缶を置いて立ち上がった。
 そして奥座敷へ踏み込むと、かけられていた浴衣を傍で眺める。
 浴衣は最近洗われたばかりのようで、ぱりっと糊が利いていて、いい匂いがした。てっきり姉さんが自分で着る為に干しておいたのかと思っていた。そういうことなら無下にもできまい。
「着て、みようかな」
 お下がりの浴衣を前に、私は改めて決意を口にした。
「頑張んなさいよ」
 居間からは、姉さんのほろ酔いの声が聞こえてくる。
「浴衣が嫌いな男なんていないんだから、ハナビも気に入ってくれるよ」
 それは真実なのだろうけど、果たして花火は、虫に夢中の彼ならどうだろう。

 我が町の夏祭りは二日間の日程で行われる。
 メインイベントは港湾部で打ち上げられる花火大会と、駅前の目抜き通りで開かれる縁日だった。大抵の人は縁日の露店で何かしらの食べ物を買い、港までそぞろ歩いて花火を見るというのがお決まりのコースだ。
 だというのに我が幼なじみはいつも港に行きたがらない。別に名前のことでへそを曲げてるわけじゃない、と本人は言っている。
『せっかくだから花火も蛍も両方見よう』
 電話で誘ったら即座にそう返ってきた。毎年のことだ。
 そんなに虫が好きかと嫉妬を募らせつつ、私は浴衣を着ていくことを彼に告げなかった。いきなり着ていって驚かせてやろうと思った。

 待ち合わせ場所は港から市街地を挟んで反対側、小高い山の中腹だった。
 この辺りはのどかな田園が広がる一帯で、我が町における蛍の名所だ。ヘイケボタルの淡い光を七月の終わり頃まで楽しむことができる。そして夏祭りの時期に訪れると、遠景に花火、目の前には蛍という光の競演を楽しむことも可能だった。
 私は縁日に立ち寄り、差し入れ用の食料を買い揃えた。そして先に行って場所を取っているという花火の元へ急いだ。
 彼がどこにいるのかはわかっている。昔作った秘密基地の木のところだ。

 雑木林の中でひときわ枝を広げたコナラの木の上に、もう子供ではない人影が見える。秘密基地は跡形もなく消えて久しかった。
「ハナビ、来たよ」
 私はそっと彼を呼んだ。
 木の上に座っていた花火がこちらを見下ろす。
「やあ、遅かったな」
 即座に浮かんだ静かな笑顔が、たちまち驚きの表情に変わった。
「君、浴衣着てきたの? 珍しいこともあるもんだ」
「ま、夏祭りくらいはね」
 何でもないふうを装って答えると、花火はためらいもなくこちらへ手を差し出した。
「登っておいで」
「浴衣に下駄だよ? 無理に決まってる」
「俺が引っ張り上げるよ」
「無理だってば。この浴衣、借り物なの」
 姉さんも思い出の浴衣を汚されたら悲しむだろう。私がかぶりを振ると、花火はいくらか残念そうにコナラの木から飛び降りた。Tシャツの裾がふわりと浮いて、すっかり子供らしさを失くした細いお腹がちらっと見えた。
 無事着地した花火は、長めの前髪越しに垂れ目がちな目元を微笑ませた。
「いつ以来だろう、君が浴衣着てるとこ見たの」
「多分、小学校以来。何か感想は?」
「色っぽくていいな、似合うよ。何なら普段着にしたまえよ」
「馬鹿言わない」
 照れ隠しで背中を叩いても花火は怒らない。笑いながらコナラの根元に座った。そして持っていたタオルを隣に敷いて、私にも座るよう言った。
「座れば?」
 私はその通りにした。強いてもらったタオルの上に腰を下ろしてから、買ってきた食料を袋から取り出す。
 その間も花火は、浴衣を着た私をしげしげと見ている。視線を感じて頬が熱くなった。
「あ、その浴衣、蝶子さんの?」
「わかる?」
「わかるよ、アゲハチョウの柄だもんな」
 姉さんはその名前のせいか、蝶柄のものを好んで身に着けていた。世の中には姉さんのように、自分の名前を気に入っている人もいる。
「でも君にも似合うよ。大人っぽく見える」
 花火が随分誉めてくれるので、私はどぎまぎして俯いた。
 浴衣が嫌いな男なんていない。姉さんの言った通りだ。花火は例外なんじゃないかと危惧していたけど、そうでもなかった。もしかしたらこれは、今夜こそいけるかもしれない。
「あ、あのね、ハナビ、この浴衣――」
「……ホタル」
 私の言葉を遮るように、花火は男の人らしく低い声を立てた。
 息を呑んだ私は、とっさに伏せていた顔を上げた。そして隣の花火を目の端で見る。彼の目は山のふもとに広がる、夜の田畑へ向けられていた。
「ほら、もう光り出した」
 指差された通り、小さな蛍の光が草陰でちらちらと瞬くように光っている。
 やっぱり女子の浴衣よりあの虫か。私は大層がっかりして、光に見とれる花火の手によく冷えたラムネの瓶を押しつけた。
「うひゃ、冷たっ」
 花火が悲鳴を上げたから、ちょっとだけすっとした。

 山から見下ろす夜景は美しかった。
 遠くには真っ暗な海といつもより明るく照らされた港が見えていて、花火大会の始まりを待つ人々で賑わっているのだろうと推測できた。港より手前には小さな町の明かりが星屑のように広がり、更にこちら側、私達の眼下には夜色一面に染まった田畑が見える。その中にぽつぽつと、蛍たちの微かな光が浮かんでいる。
「今年のホタルはきれいだな」
 コナラの木に寄りかかり、花火はラムネの瓶を傾ける。その間も光瞬く夜の田畑から目を逸らさない。
 私はイカ焼きをかじりながら、そんな花火の横顔を見ている。
 また蛍の話だ。私と二人でいるというのに。
「いつだってきれいって言うんでしょ」
 やきもちからそんなことを言うと、花火は垂れ目でこちらを見て笑った。
「いや、今年は特別きれいだよ」
 どうしてそう言い切れるのだろう。
 蛍の寿命はとても短いから、毎年どころか毎日だって違う光なのかもしれない。だけどこの町で見る蛍はいつだって同じようにきれいに見える。小さくて、ほのかで、緑がかっていて、草むらでひっそり光っている。
「自分で守った蛍だから?」
 私も田畑に、そこに息づく小さな光に目をやりながら尋ねた。
「……守った?」
 花火が聞き返してきた。
「守ったじゃない、生物部で。この町の蛍を」
「ああ、それか。それもあるかもしれない」

 この町は昔から、蛍の名所だと言われていた。
 だけど近年になって名所扱いが仇となり、蛍たちの環境が脅かされる事態が起きていた。町の有志の呼びかけで放流事業を行うという話が持ち上がったのだ。蛍を養殖し、春先に放流すれば今以上にたくさんの蛍が見られるようになる。業者から幼虫を購入する話まで持ち上がっているそうだ。
 どんな生き物もそうだけど、蛍にも地域固有性がある。よその地域で生まれ育った蛍を安易に放流すると、我が町の蛍の生態を壊してしまうことになる。
 花火は生物観察部部長として、放流事業への反対運動を率先して行ってきた。校内や街頭での呼びかけをして事態の周知に努めたり、地元大学の研究室とも協力しあって町へと事業中止を訴えたりした。
 その結果、ひとまず今年度の計画を見送らせたのが春のことだった。

「俺なんか、何にもしてないけどな」
 首を横に振り、花火は謙遜する。
「大学の人達が動いてくれたから上手くいったんだよ。俺達だけじゃ何にもできなかった」
 そう言うけど、部長の花火が立ち上がらなければ我が生物部も動かなかっただろうし、そのお蔭で運動が広まったというのも事実ではある。高校生にできることはわずかでも、火付け役にはなれる――花火が自分で言ったことだった。
「うちの姉さんはハナビのこと、『蛍のヒーロー』だって言ってたよ」
 生物部の活動に追われる私を、姉さんは割と温かく見守ってくれていた。そしてたびたび話を聞いてはそんなふうに称した。
 私は幼なじみとしては面白くないような、でも生物部員としては誇らしいような、全く複雑な気分だった。
「ホタルのヒーローか、悪くないな」
 花火は照れたように口元を緩ませた。
 嬉しいんだろう。花火は、蛍に恋しているから。
 尚もイカ焼きに噛みつきつつ、私の気持ちは揺れていた。正直に言えば、私だって蛍が嫌いなわけではないのだ。小さな頃はむしろ好きな虫だった。家にある立派な昆虫図鑑を開いては蛍のページばかり眺めていたくらいで、昔は花火よりもずっと詳しく知っていた。
 だから、花火がこの町の蛍を守ろうとしていることが嬉しかった。応援したかった。そうでなければ生物部にだって入らなかったし、蛍の為に頑張る花火を手伝うことだってできなかった。
「でも、俺は早く大人になって、もっとちゃんと活動がしたい」
 ふと花火が溜息をついた。
「高校生なんて子供だ。大学に行ったらあの研究室に入って、もっと蛍について学びたい」
「子供かなあ……」
「子供だね。高校生の訴えには誰も耳を貸してくれなかっただろ」
 花火は自分の手で蛍を守りたいのだろう。語る横顔は真剣そのものだった。

 だけど私達は昔ほど子供ではないはずだった。
 秘密基地で無邪気に蛍を見ていた頃とはもう違う。秘密基地は廃墟となり私達の背後で生い茂り、花火はずっと蛍を見ている。私はそんな花火の横顔ばかりを見てきたけど、今年は違う。姉さんから浴衣を借りてきた。
 私はもう子供ではない。今年こそ、花火を落とす。

「ハナビは、蛍より好きなものって……ある?」
 ラムネで喉を潤してから、私は切り出した。
 こちらを向いた花火の目が一瞬大きく見開かれた。動揺したように見えた。
「急に、なんで?」
「聞いてみただけ。あるのかなって」
「ホタルより好きなものか……」
 動揺の色はその後すぐに影を潜めて、いつものように落ち着き払った口調になる。
「ないな、きっと」
 そして花火がそう言い切ったので、私はたまらなく切なくなった。
「ないんだ……」
「ないよ。ホタルは俺の全てだ」
「そこまで言うほど?」
「ああ。ホタルがいたから俺は何でもやれるし、毎日幸せな気分でいられる」
 そう言うと花火は、暗闇にちらつく光点を見やる。
 いとおしげな、大切なものを見る眼差しを、光る蛍へ向けている。
「長い付き合いだ。思い出だってたくさんあるからな」
 それを言うなら私だって、花火とは長い付き合いだ。幼なじみなんだから。
 私には花火より好きなものなんてない。花火は私の全てかもしれない。少なくとも小さな頃から今日までの大切な思い出は、大半が花火で占められている。
「……私は、ハナビが好きだよ」
 たまりかねて、私はついに本音を零した。
 自然と頬が熱くなる頬を、温い夜風が撫ぜていく。
「今日だって、ハナビの為に浴衣を借りてきたんだから」
 浴衣を嫌いな男の人なんていないって、姉さんが言っていたから。
 花火もそうだったらいいと思った。花火に誉めてもらいたかった。蛍の光よりも、今夜くらいは私を見ていて欲しかった。
「だから……私のことも、もっと見て欲しいよ……」
 そこまで言うのがやっとだった。
 心臓がうるさく鳴って、走ってもいないのに息が切れそうだった。

 花火はきょとんとして私を見ている。
 長い前髪が風に吹かれ、垂れ目がちで静かな瞳が私を捉える。
「いつも見てるじゃないか」
 彼はどこか、不思議そうにしていた。
 それからふっと息をつき、はにかみ笑いを浮かべた。
「俺もホタルが好きだよ」
 私がその言葉の意味をとっさに捉えかねていれば、
「今のって、どっちのホタルのことだと思う?」
 まるでからかうような口調で、続けて尋ねてきた。
「どっちのって……」
「君はもしかして、俺が虫の蛍の話ばかりしてるって思ってるんじゃないか」
「そうじゃないの?」
「そうじゃないよ、ホタル」
 大切なものを呼ぶように、花火は男の人らしく低い声を上げた。
 私は、子供の頃こそ蛍がとても好きだった。昆虫図鑑も蛍のページばかり見て、掲載された写真を見てはこんなにきれいに光るんだって嬉しくなっていた。今だって蛍を守りたい気持ちは、花火と同じくらいある。それは嘘ではない。
 だけど花火が、大好きな幼なじみが蛍に夢中になってしまって、私は彼を取られた気持ちになった。
 自分と同じ名前の虫に。
「好きな子と同じ名前で、あんなにきれいに光るなら、夢中になるのも当然だろ」
 花火が、浴衣を着た私の肩に手を回す。
 そして近づいた顔に私が息を呑んだ時、夜空が急に目映く光った。
 空に広がる大輪の花火と、遅れて聞こえてくる低い音。港の方でついに打ち上げが始まったようだ。
「ところで、ホタル」
 花火は、空を見上げる私の耳に囁いた。
「君が好きだって言ったのは、一体、どっちの花火のこと?」

 夏祭りの翌日、姉さんは遅く起きてきた私を居間で待ち構えていた。
「昨夜の首尾はどうだったのか、姉さんには報告を貰う義務がある!」
 そうなるとは思っていたけど、いざ聞かれると何と言っていいのかわからない。
「浴衣のご利益あったの? どうなの?」
「えっと……」
 昨夜のことを話すのが恥ずかしかった。それは恋の話だからと言うだけではなく、別の意味でもそうだった。花火はこれまで私の前でも蛍の話ばかりしていたけど――そのうちいくつかの甘い言葉は、もしかしたら私宛てだったのかもしれないのだ。
 私はそれを露とも知らず、何にも気づかずに昨日まで過ごしてきた。
 つまり鈍感だったのは花火の方ではなく――。
「恥ずかしすぎて倒れそうだから、言えない……」
「何それ!」
 私が寝不足の頭を抱え、姉さんが好奇心に目を輝かせた時だ。私の携帯電話が特別なメロディを鳴らした。
『おはよう、ホタル。昨夜は楽しかったよ』
 電話の相手はもちろん、花火しかいない。
『昨日の今日で悪いけど、これから会えないか? もっと話がしたいんだ』
 約束を交わして電話を切ると、傍で見張っていた姉さんがにやりとした。
「誰から? ホタルのヒーローから?」

 そう言われてたった今気づいた私は、手に負えないくらい鈍感なのだろう。
 でも今の今までわからなかった。
 私のヒーローなんて、姉さんもとんでもない言い回しをするものだ!

「だから姉さんは言ってたでしょうが」
 茹で上がりそうな私をよそに、したり顔の蝶子姉さんは胸を張る。
「『ハナビはホタルに恋をしている』ってね」
「第十回夏祭り」参加作品
使用お題:お下がりの浴衣、海の見える場所、蚊取り線香、頬をなぜる風、廃墟、打ち上げ花火、蛍

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