第四話 「犬と猿」
「お前が……からいけないんだ!」
「何だと! 椅子を……のはお前じゃないか!」
ぬ……うぅ……うるさい……
「黙れこの貧弱優男が!」
「ひんじゃ、っなんだとこの脳筋野郎!」
う、あ……鼻がいてぇ……鼻頭が焼けるみたいだ……
眩しい……あぁ、俺は気絶したんだったな。
「だいたいお前は! ……っと、続きはまた今度だ。おい、生きてるか?」
こんなことで死んでたまるかよ、死因:パイプ椅子。なんて、まっぴらごめんだ。
「おぉ新入り! 大丈夫か?」
肉食獣の唸るような声と共に、半ば強制的に上半身が起こされる。あぁ、まだ頭がクラクラする……。
そして俺の目に映ったのは、俺を見る二人の男。
目は切れ長で体はスラッとしたモデル体系、顔立ちの整った――多分、貧弱優男の方。
と、健康体そのものといった雰囲気を漂わせる体格のいい男――多分、脳筋野郎の方。
「すまんな、この大馬鹿野郎が所かまわず暴れまわるから」
優男の方が、人間の手で弄られていない透き通った海のような瞳で、俺を見る。
本当に整った顔立ちだ、いや、中性的というべきかも知れないな。男の俺でも一瞬変な勘違いを起こしてしまいそうだ。――あ、だからって俺に変な趣味は無い。断じて、無い。
「む、ぬぅ。まぁたしかに椅子を投げたのは俺だ。すまなかった」
大柄の男のほうが、その服の上からでも筋骨隆々とわかる体を少しシュンとさせて、頭をかく。この二人、体格といい性格といい、どうも両極端なようだ。犬猿の仲、という奴だろうか。
一体全体何が原因でもめていたのか気になるところだが、また争いをぶり返す原因にもなりかねない、黙っておくとしよう。
そういえば隊長とケビンはどうしたのだろう、姿が見えないが。何かあったのか?
「隊長とケビンなら、司令部に呼ばれたとかでさっき出ていったぞ。すぐ戻ると言っていた」
「え? あ、あぁそうか」
ビックリした、この優男、超能力者か何かか? それとも俺が眼に見えてわかるほど不安そうな顔をしていたか? ……それはないと願いたい。
しかし司令部からの呼び出し……ね。まぁ俺の気にするところではないか。上のことは、上に任せよう。
「自己紹介が遅れたな。俺はウィリアム・シュミットだ。ウィルでいい」
優男――改め、ウィルが手を差し伸べてきた。これまた手だけ見たら女と勘違いしそうなほど綺麗な手だ。
「あぁ、よろしく、ウィル。俺は――」
「ジョン! ジョン・トランスだろう? 知ってるぜ、隊長がこの前言ってたからな。俺はダグラス・ブライトマン。 よろしく!」
脳筋野郎――あ、いや、ダグラスに肩をぶっ叩かれた。あぁ、まだ頭がクラクラするというのに!
このダグラス、おそらく『良く言えば爽やか、悪く言うと暑苦しい』そんな感じの奴に違いない。というか間違いなくそんな感じの奴だ。
だが、俺と歳もそうかわらなさそうだし、このウィルとダグラスとは仲良くやれそうな気がする。確かに友人を作りに来たわけではないのだが、話し相手が居るのと居ないのとではモチベーションが大分違ってくるからな。いやはやよかった。
それにしても、配属早々パイプ椅子の直撃で気絶、いやはや……嫌な汚点を残してしまったものだ。第一印象は良いとは言えないだろうなぁ。
「ん、隊長。お帰りなさい」
おっと、隊長たちが帰ってきたようだ。
……なんか表情が硬いな。
「自己紹介は終わった?」
ケビンが若干緊張した声で言った。俺達が頷くと、続けて言った。
「旅立ちの日程が決まったんだ」
「おぉ、ついに! いつですか?」
ダグラスが待ち望んだとばかりに嬉々として問いかけるが、ケビンは答えない。
どこかで稼動しているモーター音がうるさい位の沈黙。その数秒間の沈黙をBGMに、隊長がゆっくりと口を開いた。
「明日だ。明日の13:00時に決定した」
「なっ! あ、明日ぁ!? んな急な!」
ダグラスが素っ頓狂な声を上げる。ふむ、明日、か。本当に急だな。
だが驚きは無い……ある程度予想はできていた。
調査隊から、あの悲痛な連絡があってからもう一週間が経つ。
そう、それこそ明日が出立でも、なんら早くは無い。むしろ遅いぐらいだ。
しかし……この対応の遅さといい、連絡の急さといい。全く、上層部の頭の固さには困ったもんだな。
いや、これは頭の固さとかではないのかもしれないな。ただ単に……ただ単に、そう。
おそらく平和呆けしていたのだ、上層部も、俺達も。
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