〜見舞い〜
「登坂由樹さんの病室って、何号室ですか?」
「お見舞いですか?えっ〜と…304号室です。そちらにある階段を三階まで登って左側にありますよ」
女性の看護師さんの笑顔が眩しい。思わず顔が緩んでしまう。
「…ム!」
ギュウウ…
「いてて!」
上向いた気持ちが加代に頬をつねられ現実に引き戻されてしまった。内出血になるような勢いだった…。
「ほら!早く行くよ!」
加代に手を引っ張られながら病室に向かった。俺達が去っていくのを、看護師さんは微笑ましく見送っくっていた。
三階の通る廊下には、ゆっくりトイレに向かう患者や、せわしく歩き回っている看護師さんがいた。
看護師さんと一緒に行動する人もいれば、頑張って一人立ちして歩いている患者もいる。
みんな、苦労してるんだな…。
<3F-304号室>
「えっと…ここだね、由樹ちゃんの病室は」
登坂由樹。俺と同い年で、昔一緒によく遊んでいた幼なじみ。先日捺美さんから由樹の話をされたので、お見舞いに行こうと加代が提案した。鈴は大切な用事があり、俺はそれを優先させた。
304号室と表札の下に、“登坂由樹”と一人だけ記されていた。実は由樹が入ったのはこの病院に入ったのは去年の春。あれから一年以上経っている。現在車椅子生活で、学校でも車椅子で行動すれば問題無いのだが、何故か本人が拒否したため、勉学も通信教育に変えて受けてきた。
しかし、来年は俺達と同じ受験生。当然、大学受験を受ける由樹がいつまでも通信教育では心許ない。先生方も心配してなんとか説得しようとしてるのだが、まったく同意しようとしないらしい。
コンコン…。
「……どうぞ」
中に居た由樹はワンテンポ遅れて返事をした。
ガチャ。
病室の扉をゆっくり開ける。中にはベッドの上に窓の景色を見て佇む少女が見えた。他にはたいしたものはなく、患者用の冷蔵庫とその上に病院専用のTVカードを買ってみるテレビが置いてあった。
「ゆ〜き〜ちゃん!お見舞いに来たよ〜!」
加代が呼び掛けると、窓を向いていた少女は気付き、こちらを向いた。
「なんだ、空を見てたのか」
ありたきりな言葉を並べると、由樹は、
「なんだ、とは随分ご無沙汰な言い方ね、これでも毎日見てるつもりだけど」
ベッドの近くにあった丸脚椅子に加代と俺はゆっくり腰をかけた。
「よく飽きねーな、空ばっか見てさ」
「空は日によって雲の位置や変わるから、夜の星に雲がかかる具合なと見れば、明日の天気などわかるのよ。飽きないことは一つもないわ」
少し鼻で笑うように由樹は言った。
「はぇ〜…それだけで明日の天気とか解るんだぁ…さすが由樹ちゃんだね♪」
花瓶の花を入れ終えた加代が、ちょこんと慎一の隣に座る。
「ありがとう。加代もいつも花を入れ替えてくれて」
やはりいつも通り笑顔のない表情で、話していた。
「うん、今回はカーネーションにしたんだ。丁度この時期に咲き始めるから、いいかなって思って…」
見れば、まだ開花途中のつぼみもいくつかあるが、完全に開花している花はとても華やかしい。
赤や白といった単純な色合いだが、逆にそれが花の良さを引き立たせる。
その良さに、由樹は微かに見とれているように見えた。
「じゃあ私、何か飲み物買ってくるから…」
加代はそう言って、小走りで病室を抜けて行った。
やけにそそくさしてたな…。
「上手くいってるようね…あなたたち…」
不意に由樹が話し掛けてきたので、驚いて肩を揺らしてしまった。
コイツから話し掛けるなんて珍しい…。
「ん、いつも通りやってるよ。まぁ、これじゃあ付き合う前と変わんないけどな」
可もなく不可もなく、それが1番俺達にとって普通だった。一緒にいる…それだけで今は幸せだと思う…。
「ふふ…あなたたちの仲は…それが1番良いのかもね…」
またもや珍しく由樹が笑った。滅多に笑顔を見せない由樹の顔が何故か輝いていたように見えた。
だがそれも…いつか見た笑顔とは少し違っていた…。
「おーす!元気ぃ?由樹」
勢いよく病室に入ってきたのは加代ではなく、大声の持ち主と、腰まである長髪の大人しそうな子だった。元気の良い方は、相変わらず髪が邪魔にならないよう後ろに束ねてある。年中無休、その元気は潰えないようだ。
「お、満菜」
「今日も来てくれたんだ…」
元気の良い方はクラスメイトの篠原満菜。弓道部の次期主将で、クラスのムードメーカー的存在。女子の中でも気の合う奴で、俺的にはいいヤツだと思っている。
「……具合は……どうですか…?…先輩…」
見覚えない女の子が由樹の近くへ行く。挙動不審なのか、俺らの方を見ては目を逸らす。
「いつも通りよ燈誅…」
満菜が関連しているということは、この子も弓道部なのかな…。
大人しそうな感じだし…。
「そう…ですか…」
「………その様子じゃあ…まだ気にしているみたいね…」
「…!」
由樹の言った言葉は、何のことだかさっぱり解らなかったが、燈誅と呼ばれる子は寂しそうに顔をうずくめた。
「わ、私はそんなっ!違います…」
「こら由樹!せっかくお見舞いに来たのに、そんな事言わないでよ…」
隣にいた満菜が怒声を放つ。その急な展開に追いつけない俺…。一体何事だよ…。
「ごめーん遅くなって!中々自動販売機が見つからなく…て……て……満菜ちゃん……?」
突然入ってきた加代も、事態を飲み込めなかった。
「加代ちゃん…」
「お疲れ様…そんなに急がなくてもよかったのに…」
由樹は相変わらず落ち着いた対応だった。
「う、うん…でも満菜ちゃんの怒鳴り声が聞こえたから…」
落ち着いたのか…やがて二人も椅子に座った。
「さっきの話だけど…私はそんなつもりで言ったんじゃない…。ただ、この頃燈誅の調子が悪いって聞いたから…」
「そ、それは…そうだけど」
話を聞いていると、由樹の言っている事は本当だった。実は、満菜たち以外にも弓道部の仲間が見舞いに来る時に、ふとそんなことを聞くと、燈誅の調子が良くないらしいと話は聞いていたらしい。
弓道部新入部員にして期待されている人材である杉浦燈誅は、ある出来事がキッカケで現在は不調状態が続いているらしい。それがなんなのか、俺には解らなかった。
「弓を持つ者において一番に必要不可欠なのは、何事にも動じない集中力。則ち不動心。ちょっとした心の動揺で射術が狂ったりすることはよくある。ほんの少しでも迷いがあれば、的に矢が射れるわけがない」
完璧な説明口調な由樹の目は、完全に冷めきっていた。
一体何があったんだろう…。全く状況の理解できない加代と俺であった。
「そして燈誅、あなたもその一人…」
「………先輩…」
「あれは事故だった…。あなたは悪くない。私の不注意だった」
「でも…!先…」
言い出そうとした燈誅の口を、由樹の人差し指が押さえた。
「忘れなさい全て…。あの日の事も、あの時の私の事も…。そうしなければ、あなたは前に進めない…」
由樹の一言が、病室の空気を沈黙と化した。
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