**第2話
「なに、泣いてんのよ」
「だってよ、こんなにかわいそうなんだぜ。お前はコレを見てもなんとも思わないのかよ。魔性の女だな」
「バカじゃないの。そういうときは冷たい女だなっていうの。頭の悪い奴が頭の悪い本読んでるから、変な言葉しか覚えられないのよ」
家がお隣のアイツは、小さい頃から涙もろくて、感情のままに生きる子どものような男だった。
あたしは、真逆。
感情をむき出しにするなんて、子どもみたいでできやしない。
感情を抑えてこそ、一人前の人間なのだから。
「アタマの悪い本って、どーいう本のことですかー?」
「おばさんがこの間言ってたわよ。ベッドの下の大量の……」
「あのババア! ゆいに、んなコト報告してやがんのか!?」
「もう少し無い頭使って隠しなさいよ、バカ」
ため息をつけばシアワセが逃げるとかなんとかいうけれど、あたしのシアワセなんてコイツが隣に引っ越してきた日からもう無いに等しい。
あたしの人生は、このバカに振り回されてばかりだ。
反面教師という言葉があるけれど、まさにあたしはこういう人間にだけはなるまいと決めていた。
今日も勝手に家に上がりこんでは、テレビのドキュメント番組を見て泣いている。
高校生にもなって、なんたる情けなさ。
よく、同じ高校に入れたものだと感心する。
「早く帰んなさいよ」
「もう結依のおかーさんに夕飯つくってもらってるからやだ」
「……いつのまに」
「お前が委員会から帰ってくる前にな。いいんちょーオツカレ!」
そうして、あたしはまた盛大なため息をひとつ。
あたしのお気に入りのクッションを抱きしめたまま、彼はニヤっと笑った。
「泰斗くん、結依、ごはんよ」
「はあーい」
下から聞こえたお母さんの声に真っ先に反応したのは泰斗。
バカがバカみたいな声を出して返事をしたものだから、あたしはコブシをつくって彼の頭にたたき落とした。
「いってえ!なにすんだよ!」
「うるさいのよ。近所に迷惑でしょうが」
「近所って、もういまさらだろ。みんなわかってくれてるよ」
「そういうのが嫌なの。アンタもいい年なんだからもっと落ち着きなさいよ。友達のタカユキくんだって彼女が出来てからずいぶん変わったじゃないの」
腕組みをして、泰斗に説教をかます。
これもいつものことだけれど、今日ばかりはどうも様子がちがった。
友達の名前を出した瞬間に、泰斗の目がまっすぐあたしを捕らえた。
「お前、なんでタカユキの彼女しってんだよ」
「有名じゃないの。あんなに整った顔をしているのに、浮いた話のひとつもなかったタカユキくんだもの」
泰斗がなんだか怒っているように見えて、あたしは声を落とした。
「なによ。なんで怒ってるの」
「別に怒ってねえよ」
うそ。
どこからどう見たって、あからさまに怒っている。
急にそらされた目は、もうあたしのことを見ない。
「怒ってるじゃないの。なんなの、はっきり言いなさいよ」
彼に向けて伸ばした手。
けれど、肩に触れる前にその手を強くつかまれた。
「お前、タカユキのこと好きだったんだろ」
「なに、いってるの」
つかまれた手を振りほどこうと力をこめたのに、まったくといっていいほどびくともしない。
なにこれ。
こんなに力強かったの。
どんなに引っ張っても、ちっとも手は離れなかった。
腕相撲も、徒競走も、勉強も負けたことなんて一度も無かった。
あたしは泰斗より上で、泰斗はヘラヘラしながらあたしの後ろにいたはずなのに。
なによ、これ。
「タカユキがそんなにいいのかよ」
「なんで、そんな話になってるのよ。あたしは一度だってそんなこと」
「俺に隠しておけると思ってたのか」
瞬間、振りほどこうともがいていた手を引き寄せられた。
バランスが崩れて、彼のほうに傾く。
近づく、顔。
近づく、くちびる。
「バカバカってお前はいうけど」
彼のくちびるがすんでで、止まった。
「なめんなよ」
手を離されて、腰からくだけた。
ぺたりと床にしゃがみこんで、あたしは呆然と彼の後ろ姿を見送った。
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