短編「ゴリラ記念日」
ある日曜の朝、目を覚ましたY男は時計を見てあわてました。
「やばい!急がないと遅刻する!」
今日は大学の友達に女の子を紹介してもらう約束をしていたのです。
Y男はすばやく身支度を整えてアパートを出、このあいだ親に買ってもらったばかりの中古車に乗って待ち合わせ場所へ向かいました。
「抜け道を通ればギリギリ間に合いそうだ」
国道から細い抜け道に入り進んでいると、Y男は驚くべき光景を目の当たりにしました。
ゴリラが一頭、座り込んで道をふさいでいるのです。
「え、ゴリラッ?」
ゴリラはY男の車が近づいてきても知らんぷりでそっぽを向いています。
Y男はゴリラから車一台分離れたところで止まりました。
「ど、どうしよう、まったく動く気配が無いな・・」
困ったY男がクラクションを鳴らそうとした瞬間、ゴリラはギロリとY男をにらみつけました。
びびったY男はクラクションを鳴らすのをやめて、仕方なくバックで戻ろうとしました。
しかし、後ろから車がやって来てしまいました。
「あちゃあ、やばい、後ろから来ちゃったよ。戻れないじゃん」
事情を知らないもう一台の車は、Y男の後ろまで来るとクラクションをビィー!っと鳴らしました。
するとゴリラは目をクワッとつり上げて、Y男の車に迫ってきました。
「わわ、ちょちょっと、今の俺じゃないって!」
怒ったゴリラはY男の車のボンネットをぼこぼこに殴って去って行きました。
あまりの衝撃的な出来事に、Y男は呆然としましたが、すぐに気を取り直しました。
「こうしてはいられない!待ちに待った出会いのチャンスに遅刻なんかして失敗したくない!ボンネットのことは後で考えよう」
Y男は抜け道を抜けて、さらに別の抜け道へ入りました。
その道は右手が雑木林、左手が畑になっていました。
走っていると急に、雑木林から何か黒くてでかい生き物が車の前に飛び出して来ました。
「うわぁ!」
Y男は急ブレーキを踏んで止まります。
飛び出してきたのはさっきのゴリラでした。ゴリラはY男の車にはわき目もふらず、道を横切って行きました。
「ま、またゴリラ!」
畑の中を走っていたゴリラは急に足を止め、くるりと方向転換をすると、Y男の車の前までやってきました。そして、ゴン!とボンネットを殴ってまた走り去って行きました。
「い、一体何なんだよ・・」
Y男は時間ギリギリで待ち合わせ場所に着きました。
友達のS山のところへ車をよせていくと、S山の後ろに立っている女の子が見えてきました。ゴリラそっくりです。
Y男は思わず「またゴリラかよっ!」と心の中で叫びました。
「こちら、俺のバイトの後輩のG子ちゃんだ」
「G子でぇす。よろしくお願いしまぁす」
「あ、どうも、Y男です・・・」
さきほどお会いしましたよね、二度。と言いそうになりましたが何とかこらえました。
G子は身長180センチの元砲丸投げの選手で、バイト先では主に力仕事を担当しているという、とても頼もしい女の子でした。
ひと通り自己紹介が終わると、S山はいらない気を利かせたのか、逃げ出したのかは解りませんが、用事があると言って帰ってしまいました。
Y男が、まいったなあ、これからどうしようかなあ、帰りたいなあと思っていると、G子が「私、動物を見るのが好きなんですぅ」と言いました。
動物園は日曜だというのにそれほど混雑はしていませんでした。
チケットを買い、入場ゲートをくぐると、係員の人が二人にバナナを一本ずつくれました。今日はこの動物園にいるマウンテンゴリラのフィリッポ君のお誕生日なのだそうです。その記念として入場者にバナナを配っていたのでした。
Y男は「今日は何かとゴリラに縁があるなあ」と思いながら、しばらく園内を歩いていました。
すると、すれちがう人達の目線が必ず一度、自分たちの方へ向けられる事に気がつきました。中には見て笑っている人もいます。
原因はG子でした。入場ゲートでもらったバナナをムシャムシャ食べながら歩いているのです。ゴリラそっくりの人間がバナナをおいしそうに食べながら歩いていれば、一度は目を向けてしまうのは当然です。
Y男が、やだなあ、恥ずかしいなあ、一緒に歩きたくないなあと思っていると、G子が言いました。
「Y男くん、バナナ食べないならちょうだい」
Y男はバナナをあげました。
G子が二本目のバナナをちょうど食べ終わった時、園内放送が流れました。マウンテンゴリラのフィリッポ君のお誕生日セレモニーがこれから始まるとのことでした。
「Y男くぅん、私ぃ、セレモニー見たいなあ」
セレモニーが行われる檻の前は人もまばらで、二人は最前列へ行くことができました。G子は檻のすぐ前に立ち、その少し後ろにY男が立っています。
セレモニーの進行役の係員がフィリッポ君を連れて出てきました。
「あ!あのゴリラ!」
まばらな拍手の中に出てきたゴリラは、今朝、Y男の車のボンネットをぼこぼこにしたあのゴリラでした。フィリッポ君は今朝早く、飼育員の目を盗んで動物園を脱走し、Y男の車のボンネットをぼこぼこにした後すぐに捕獲され、檻に戻されたのでした。
機嫌が良さそうにしていたフィリッポ君でしたが、G子を見た途端、急に落ち着きがなくなりました。
どうやらG子を敵として認識したようです。
ウガーッ!ウガーッ!と吼えながら激しく動き回るフィリッポ君は、用意されていたバースデーケーキをつかみ取ると、G子めがけて投げました。
G子は「きゃあ」と声をあげながら俊敏な動きでそれを避けました。
ケーキはG子の後ろに立っていたY男の顔に直撃です。
まるでコント番組のパイ投げのように、Y男の顔は生クリームだらけになってしまいました。これを見て笑っている子供の声が聞こえます。
Y男は係員にきれいにクリームを洗い流してもらい、園長直々のお詫びと共にクリーニング代としていくらかのお金ももらいましたが、気分は最悪でした。
そんなY男をよそに、G子はもらったお金で何かおいしいものでも食べましょうよとはしゃいでいました。
二人が大きな広場にやって来ると、そこには特設ステージがあり、人だかりができていました。
『カップル限定 大抽選会!』が始まるところでした。
「アタシ、これ出たーい!」
そう言ったG子を、Y男は「俺たちはカップルじゃないし、イヤだよ」という目で見ましたが、G子はY男の腕をむんずと掴み、強引にエントリーしてしまいました。ものすごい握力でした。
出場したカップルたちは、フィリッポ君Tシャツやフィリッポ君マグカップ、フィリッポ君パジャマなど、ゴリラの写真がプリントされたグッズを次々と当てていき、ついにY男とG子の順番になりました。
ステージにG子が出ると客席が少しざわつきました。
G子が楽しそうにくじを引きます。
そのくじを司会者が開けます。
「ついに出ました!特賞です!我が動物園特製、等身大フィリッポ君ぬいぐるみでーす!」
リアル過ぎるゴリラのぬいぐるみが運ばれて来ました。
「キャーうれしー!」
「しかしですね、この特賞、当たっただけではお持ち帰りできません!お持ち帰りいただくにはある条件をクリアしていただきます!」
「ナニナニー?」
「条件はですね、恋人同士であるお二人のあつーいキッスを会場の皆さんに披露していただくというものでーす!」
Y男が「とんでもないことになった!」と思ったと同時に会場もざわつきました。どうやらあまり見たくないようです。
「えー、G子どうしよぉー」
G子はまんざらでもない様子でY男ににじり寄り、完全にうろたえるY男を司会者があおります。
「さあ彼氏がんばって!抽選会だけにチュウせんかい!なんちゃって」
観客の三分の一が席を立ったその時、G子がそのたくましい二本の腕でY男の顔を鷲掴みにし、野生動物が獲物をしとめる時の様な獰猛さでY男の唇をうばいました。
会場がどよめき、赤ん坊が泣き、Y男の心が折れました。
「ありがとうございます!どうぞぬいぐるみをお持ち帰りください!おめでとうございまーす!」
まばらな拍手の中、二人はステージを降りて行きました。
その後をどう行動したのか、Y男ははっきりと覚えていません。
夜、Y男は茫然自失の状態でG子を手近な駅まで送り、なんとか自宅前の駐車場まで帰ってきました。
どっと出た疲れを感じながら今日一日のことを思い出してみると、朝から晩までゴリラの記憶しか出てきませんでした。G子を駅で降ろす時、しつこく電話番号と住所を聞かれたような記憶がありましたが、どう答えて切り抜けたのか、まったく覚えていません。
「まあいいや、今日はもう寝よう」
Y男は車を降りて部屋の前まで行きました。
Y男の部屋の前に誰かいます。ゴリラそっくりの顔をした何かがいます。
「ウフフ、来ちゃった」
その後二年にも及ぶストーキングの末、二人は結婚し、ついこの間、母親に良く似た娘さんが生まれたそうです。
おしまい
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。