俺、朝起きたらなぜだか・・・カステラの中にいた。
ベトベトとまとわり付く生温い壁や地面。
オレンジ色の洞窟みたいで、細い道がいっぱいあって、まるで血管のようだ。
キラキラ光って見えるのは、太陽の光を浴びているせいだろうか。
最初ここがどこだかわからなかったが、ぺロっと舐めてみてすぐにカステラだとわかった。
俺の大好物のカステラ。
そういや、昨日学校帰りにカステラに群がってるアリの大群にコーラをかけて遊んでたっけ。
しかし、甘ったるい匂いだ・・。いくら大好物とは言え、気分が悪くなる。
ベトベトして、歩きにくい道が続く。
しかし、俺・・・どうしてこんな所にいるのだろうか。
「よ〜!ありりん。早く行かなきゃ、女王様怒ってるぜ!」
ぎょ!!!!俺は、目を疑った。
一匹の巨大なアリが俺に話しかけてきたんだ。アリ語も理解できる俺って何者?
間近で見るアリは、とてもかわいいと思えた。大きな頭にくりくりとした目はまるでアニメのようだった。
今目の前にいるのは・・・巨大なアリじゃない、ということに気付くのに随分時間がかかった。
普通のアリなんだ。
俺が小さくなってるんだ。なぜ俺がアリの大きさになっているんだろうか。
話しかけてきたアリの瞳の中に映る俺の姿を見る。
・・・・アリだ。
俺、アリなんだ。
しかも、『ありりん』なんてかわいい名前を持つアリの俺。
みんな普通に話しかけてくる。同じように見えていたアリだがみんな違う顔や声をしている。
「ありりん、今日のごちそうは、とんぼだって!」
「ありりん、女王様のお呼びだぞ!」
「ありりん、今日こそいっぱい食べ物持っていかなきゃ!」
不思議な気持ちになった。
まるで、今のアリの自分が本当の自分なような。
昨日までの高校生してた俺、実はアリとして生まれた俺の夢だったりして。
だとしたら、ここで生きていかなきゃならない。
女王様に怒られるなんてまっぴらだ。
俺、ドSだもん。女王様なんてくそくらえだ。
「ねえ、女王様ってどこにいんだ?」
勇気出して話しかけてみた俺の声は人間だった頃より1オクターブくらい高かった。
この声なら、なかなかサビの部分の声が出なかった歌も歌える。
「ありりん、何寝ぼけてるのよ?いつものあの部屋よ。」
「そうだよ、ありりん。青い屋根の家前、パンジー通りの一番奥。」
「わかってると思うけど、しましま模様の大きな犬に踏まれないよう気をつけな。」
・・・まさか。俺は嫌な予感がした。
青い屋根?
しましま模様の犬?
俺んちじゃん。
俺んちに行けば、人間の俺がいるのか?
それとも、人間の俺はアリの俺の妄想?
これが現実だとしたら、夢の中の俺んちってことになる。
俺は、持てるだけのカステラを頭に乗せて歩き出す。
あまりの重さに愕然とした。たかが、ゴマ程度のカステラがこんなに重いとは・・・。
なんて、遅いんだ。俺の足。
足の速さでは誰にも負けなかった俺なのに。
「ありりん、のんびりモードで歩いてたら夜になるよ。いつもの本気出しなよ。」
「そうそう!ありりんのミラクルモード!」
「みんなの憧れミラクルモード!スイッチは左前足!」
みんなは、目をキラキラさせて俺を見つめていた。
期待と憧れのまなざしで。
教えられるがままに、左前足に力を入れてみた。
ゴォォォォォォ〜〜〜〜!!!
「さすが!その速さなら、5分で行けるよ。」
「ありりんは女王様のお気に入りだからね〜!」
俺は、ミラクルモードで走り続けた。
ミラクルモードとは、一体何なのか俺には見当も付かないが。
パンジー通りが見えてきた。見慣れた景色である。
そこには、水色のワンピースを着た巨大な人間が仁王立ちになっていた。
おかん・・・。
おかんだ。仁王立ちではない。いつものおかんの水撒きの光景だった。
今だけはやめて、と届かない声で叫ぶ。
大事な息子がおぼれて死んじゃうだろ。頼むから、水を止めて!!
もう、どっちが現実かわからなくなっている俺はアリとしての自分の使命を果たすことだけを考えていた。
今、俺が何よりも優先しなければならないことは、女王様にカステラを届けること。
俺は、左前足にもっと力を入れて、猛ダッシュで走った。
なんとか、水攻めから逃れて、巣の中に入ることができた。
「やっと来たわよ。女王様のコレが!」
アリのくせに親指を立てて、噂話。
俺、女王様の恋人なのか?愛人なのか?
なら、どうして働いてんだ?こんなにも命の危険にさらされながら働く俺が、恋人のはずがない。
通り過ぎるアリ達の、何とも言えない視線を浴びながら、一番奥の部屋に到着。
『トントン』
中には、誰かがいる気配はするが、返事はない。
「入っていいですか?」
俺は、女王様に気に入られるよう丁寧に声をかけた。
しばらくして、ドアがゆっくりと開いた。
「あなただったの?いつもの2人だけのノック忘れたの?トトトントンでしょ?」
2人だけの暗号があったとは・・・やはりただの働きアリではないようだ。
「あ、はい。すみません。これ、カステラです。」
俺は、恐る恐る近づいて、カステラを差し出す。
「いつものあなたらしくないわ。さぁ、いらっしゃい。となりのベッドで待ってるわ。」
俺は、女王様のどういう存在なんだろう。
そういう関係っていうことなのか。
俺は、必死で考えたが小さな脳で考えられるキャパをオーバーしてしまった。
ここは、何も考えずに従うしか生きる術はない。
しかし、アリって・・・どうやればいいの?
混乱する自分を抑えて、とにかく女王様のご機嫌を損ねないように、ベッドへ入る。
ここは、男として勇気を出すしかない。
「ずっと、待ってたのよ。ありりん。早く、私を甘い世界に連れて行きなさい。」
もう一人の俺が客観的に思ったこと・・
すげ〜!SMの世界だよ、ってね。
「カステラの蜜を体に塗るのよ。ありりん。」
俺は、女王様の体にカステラのベタベタを塗りながら不思議な感覚に襲われていた。
自分がアリだということを意識していない自分がいた。
そして、よくわからないまま思うが侭に人間と同じように始めてみた。
俺は、不覚にも感じていた。
アリの女王様相手に興奮している自分に、恥ずかしさよりも誇らしさを感じていた。
こんなに気持ち良くなることが初めてかもしれないと思ったとき、俺、Mなの??って不安になった。
「ありりん。あなた、また腕を上げたわね。明日もいらっしゃい。」
見下すような女王様に、ときめいてる自分がいた。
「明日と言わず、今晩来ます。おいしいケーキを持って・・・。」
俺は、完全にハマってしまったと自覚していた。
部屋を出た俺は、さっきよりも胸を張り、堂々と歩く。
他の働きアリ達が、うっとりと俺を見てることに快感を覚えた。
ミラクルモードで、人間だった頃の俺んちの冷蔵庫の中のケーキに向かう。
さすがに俺が住んでいた家だから、ケーキやお菓子の場所はお見通し。
俺は、喜ぶ女王様の顔を想像しながら、冷蔵庫へ忍び込む。
女王様、今度も俺のこと褒めてくれるだろうか。
そんな期待に胸を膨らましつつ、俺は水色巨人の横を走り抜けた。
いくらミラクルモードでも、やっぱりアリの速さには限度がある。
巣へ着いた時には、もう夜になっていた。
俺は、迷うことなく、女王様の部屋へと急いだ。
『トトトントン』
さっき教えられたばかりの2人だけのノックを試してみた。
だが、誰も出てこない。
中に気配も感じない。
せっかくのケーキを、女王様に早く献上したい。
『ドンドンドンドン』
誰かがこっちに向かってノックしてきた。
激しく大きな音でノックをしてくる。
「女王様ですか??」
俺は、女王様のちょっとしたいたずらだろうと思った。
俺の問いかけに何の返事もない。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
俺は、突然目の前が真っ暗になり意識がもうろうとした。
目を開けたときに俺の目に飛び込んできたのは・・・・
「水色巨人!!!」
そこには、パンジー通りで水攻めをしていた水色の服を着た巨人の姿があった。
「誰が女王様よ!朝からあんた・・・いやらしい夢でも見てたの?」
なんだかとても切ない気持ちになった。
もう女王様に会うことができないんだ、等とまだ現実に戻れない俺がいた。
・・・・夢か。
ガッカリしてる、俺。
その日、登校する前にパンジー通り、いや、パンジーの植木の横を見た。
俺の仲間たちがせっせと働いているのが見えた。
巣の入り口付近を、俺のような足の速いアリがごちそうを持って走っていた。
ジェラシーを感じている自分に気付く。
俺がさっきまでそこにいたのに。
俺が女王様のお相手をするはずだったのに・・・。
女王様・・・。どうか、俺のこと忘れないで。
その日から、歩きながらアリを踏まないように気を付けるようになった。
そして、水撒きをするおかんにもアリを注意するように忠告した。
俺は、自分にMっ気があることを知り、少し大人になった気分だった。
今も、パンジー通りの巣の奥の部屋では、女王様と俺が愛し合っているような不思議な気持ちがなかなか抜けない。
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