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ある種のユーモア
作:ねじまき鳥


ヘッドホンから優しい音楽が流れ始める。そう、kanon。彼女が好んで聞いていた曲。僕は隣をすごい勢いで走り抜ける車が、どんどん遠ざかって行くのをなんともなく見ていた。そして和音の旋律が重なってゆくにつれて、真っ白になっていく世界を感じた。
僕は音楽と一体になって目を瞑り、立ち止まった。
いつもの場所。昨日の大雨でどこかに流されてしまったのだろう。花束はもうなかった。僕は真新しい花を、そっと歩道のガードレールわきに置いた。
毎日、これを繰り返してもう3年になる。だから僕の初恋の人が死んで3年経つのと同義でもあった。
―3年。365×3=1095日。それだけの長い時間が経っても、僕の目は、少し瞑っただけであの人を映し出す。僕の耳は、少し塞いだだけであの人の声を聞くことが出来る。
「ずっと側にいて、最期まで」
と彼女はあのとき言った。僕はうなずくことしか出来なくて、死を確信した彼女の顔に涙を落とすことしか出来なかった。
飲酒運転で歩道に突っ込んできたトラックは、彼女の片足を吹っ飛ばした。信じられないほど血がふき出して、彼女を抱き締めた僕の服は赤く、というか黒く染まった。
「大丈夫、いつか、いつか君に戻ってくる。だから泣かないで」
そう言いながら死んでいった彼女の言葉をもちろん、僕は信じていなかった。それでも3年間こうして彼女の好きだった曲を聞きながら毎日花をたむけていたのは、その言葉がやはりどこかで引っ掛かっていたからだろうと思う。そんなファンタジックな奇跡はフィクションだけでいい。死んでいった彼女を毎日思い出す僕の悲しさは僕だけの物にしていられる。それだけでいい。
―なら何故?
それはけれど、けれども僕は彼女を好きだったからだ。有り得ない妄想でも夢でもいい、彼女を欲していた。彼女に会いたかった。彼女が欲しかった。
花の前でどれくらいそうしていただろうか。5分かもしれない。1時間かもしれない。時間の感覚もなくずっと花の前で立ち尽くしていた。
今日も何もない、彼女のいない日が過ぎる。世界が回る。ため息をついて僕はヘッドホンを外して、家路につこうと顔を上げた。
ちらりとみた車道。珍しく車は全く通っていない。横断歩道はないが、そのまま車道を渡ろうとガードレールを跨いだ。するとトラックが一台、走ってきた。
直感的に感じた、細胞が覚えていた、あれは彼女を轢いたトラック。車体が真青で引っ越しの宣伝が大きく書いてある。ナンバーは?
そこまでは見えなかった。しかしそんなことはどうだっていい。彼女からの必然性を僕は感じて、トラックの前に走り込んだ。彼女と同じ道を歩める、同じ場所に行ける。
耳障りな急ブレーキの音。僕に触れるか降れないかのところで、トラックは、止まった。
けれど僕は何か強い力を感じてぶっ倒れた。彼女のなくなった、左足の感覚がなかった。血は流れない、痛みもない。運転手が慌てて運転席から飛び出してきて僕に話しかけたけれど、何を言っているのかは分からなかった。僕は彼女に会えた。恐らくこれは彼女のユーモア、冗談であり、僕へのメッセージだったのだ。
「生きて、私の分まで生きて」
だから僕は生きていく。彼女のいない世界を。














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