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Color blindness
作:グリコ



第五章:【6】


 深い森の奥、灰色の岩肌の出た、崖の底のような場所にエルフの住処はあった。近くには澄みきった湖があり、様々な生物が他の大陸とは違った進化を遂げている。

フェリスは、ミリの広大な森の中でもかなり上位の力を持つ獣だ。発達した牙は鋭く、血の色に染まった緋色の目に睨まれれば、大抵の生き物は萎縮し、動けなくなる。森を吹き抜けるとおり風に匂いを紛らせ、恐るべき速さで獲物を捕食する。

そんな彼らでさえも恐れる存在が、エルフだった。彼らは自らの体内に蓄積されている"気"──つまり生命の源の様な力を、具体化し、操る事ができる。物体に凝縮した気をぶつければ、物体はその圧力に耐え切れず破裂する。

逆に薄く、広く気を伸ばしてしまえば、物体を取り囲み動けなくしてしまう。様々なことに使える分、あまり頻発すると気がなくなり、エルフ自体も死んでしまう。諸刃の剣であるものが、"気"だった。






 エレスとクリフは、目の前の半裸の男を見ながら、自分達が相当に危険な状況であると気づいていた。尖った耳、色素の薄い肌や髪から判断して──男は恐らくエルフだ。

クリフは、手の平に気を集めようとも思ったが、はたと気がついて止める。相手は、気を操る事に慣れている、いわば"気の達人"だ。まだあまり気を操る事になれていない自分が、下手に出してばれてしまえば。

(──命の保証は、ない)

奥歯を噛み締めながら、クリフはそっと指先から力を抜いた。隣で周囲の気配を探っているエレスを見ながら、強く脈打ち始めた心臓に震える。

熱していく頭の中で、ふと鮮麗に記憶を思い出す。

血まみれの手、殺された父親、初めて握った剣の柄の感触。

泣き叫ぶ、幼い頃のエレスと、自分。そして、父親が死んでからあからさまに精力をなくしてしまった母親。

(……守ると決めたんだ)

母親が言っていたことは真実だろう。自分達がミリの森から脱走したエリスの子供だと分かれば、即八つ裂きにされる。なんとなく、自分の経験から、そう確信した。

指先に、何かが当たった。それを、微かに握ってみる。クリフの行動に驚いたエレスが、少し動揺したように隣の彼を見た。クリフは、エレスの細い指を握っていた。まるで子供が親を頼るように、恋人が恋人に甘えるように。

彼女の細い指を握りながら、クリフは決意を固めていた。この世で一番守るべきものだと決めたエレスには告げられないまま、彼の中でその思いは強くなる。

"例え自分が死のうとも、エレスだけは守ってみせる"

その思いを知ってか知らずか、エレスは握られた指を払った。自分のことは自分でする、彼女もまた、そんな思いを持っていた。


『ここだ』

ようやく、二人を連れたエルフは湿った空気が充満している場所で立ち止まった。クリフとエレスは、着ている制服がぐっしょりと重くなっていくのを感じた。

草が敷かれただけの屋根、土を固めただけの壁、原始的なそれは一応家なのだろう。自然の環境を、何かで区切っただけの空間だが、その中にエルフは住んでいた。

木の実を繋げたようなものがぶらさがっている入り口をくぐると、中には一人の男が座っていた。薄茶色の草を結い、敷いている。動物の毛皮や、頭部の骨なども散らばっている。森の生き物の全てを集約したような空間に、一人。

『ウィズダム長』

目を閉じ、微動だにしない。逞しい上半身は、鍛え抜かれた美しいラインを描く。髪は少し癖のある、ウェーブがかったブロンド色だ。直線的な眉は髪と同じ色で、長い睫毛は白磁のような頬に影を落とし、確りとした輪郭に、引き締まった口元。

人間であれば相当の美男子であろう男は、部屋に存在が三つ増えたことを気にする素振りもなく、ただ押し黙っていた。

『長、お目を。フェリスが引き裂かない奴らがいました。人間です』

爬虫類のような目をぎらつかせ、青年はその場に跪いた。背中の羽の模様が、湿気のせいか輝く。

『……何──?』

それを聞いて、ゆっくりと瞼をあげたウィズダムは、エレスとクリフを見て少しだけ口角を上げた。そして、近くで頭を下げていた青年の頭に指をやった。

『下がれ、シリル』

言われたまま、シリルと呼ばれたエルフの青年はエレスとクリフを睨んだ後、出て行った。空間には、エレスとクリフ、そして──エルフの長であるウィズダムのみとなった。

ピンと──高い波長で響く高音のように、空間は張り詰めていた。ウィズダムは、深い蒼の瞳でクリフとエレスを一瞥し、暫し彼らを観察するようにその視線を外さなかった。

クリフは、背中に張り付くように水気を含んだ制服に苛つきながら、じっと動かなかった。今動いてしまえば、次の瞬間には生きている自信がなかった。それほどまでに、ウィズダムから放たれる気の力は強かった。静かな状態でも、強い圧力をもった粒子が身体から漏れ出している。指や足先といった末端に流れる血流が、何故か敏感に感じられた。

『……エリス』

ぽつん、とウィズダムは呟いた。瞬間、クリフの心臓が跳ね上がる。

『エリスの、子だな。お前達』

ウィズダムは、目に入るほど長い前髪をかきあげながら、ゆっくりと立ち上がった。そして、腕を曲げ、クリフの方をじっと見据える。

『帰ってきたら、どうなるか──聞かなかったのか?』












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