第三章:【7】
騎士団の宿舎前の広場全体に降り注ぐ眩しいまでの朝の日差しは、まるで今日行われる叙任式に向けて見習いの騎士たちを励ますように輝いていた。
「アル、ちゃんと黒い狼の一員になれると思う?」
エレスは頬杖をつきながらクリフに尋ねた。アゼルへの派遣団の出発は今日の夕頃のため、"粗雑な馬鹿共"への書類をまとめるのも大詰めだ。エレスの目の前には丸まった羊紙皮がいくつも転がっている。
「だいじょうぶでしょう。叙任式といえど、そう難しいことではありません」
クリフは出窓の外を眺めていた。眼下では騎士たちが的に向かって槍を突き出す訓練をつんでいた。主に武術を指導するユウヤが声を張り上げている。
せわしなく動かしていた手を止め、ため息交じりにエレスはクリフを見た。
「でも、あの一撃は効くわよ。私まだ覚えてる」
それを聞いて、クリフは控えめながらも噴出した。
「はは、そうですね。僕も、叙任式のことを思い出しただけで首の辺りが疼きます」
羽ペンの先からインクが滲み、慌ててエレスは羊紙皮を覗きこんだ。別にたいした支障はない事を確認すると、再び羽ペンをインク壷につけ書き始める。
「でも、まぁ──アルもだいぶ成長したからね」
穏やかな空気が流れ、クリフは微笑んだ。
そのとき肝心の見習い騎士たちは──すでにブラック・ホーリング城の大広間で厳粛な雰囲気に包まれていた。
「……」
その中で、今日同じく叙任式を受ける同年代の少年達と共に、アルは緊張していた。赤い絨毯が敷かれた広間にはティアベルとベルナ、そして叙任式に関係する者しかいない。呼吸の音でさえも響く程の静寂の中、遂に叙任式が始まった。まずトランペットが高らかに鳴り響き、告ぐに黒い正装で身を包むベルナが合図の言葉を告げる。
「これより叙任式を始める。まず一同、前へ」
呼ばれて、アルは身震いしながら歩を進めた。黒い漆黒のドレスに映えるティアベルの白い肌と可憐な顔立ちを一瞥しながら──その少女は自分の主君であることを心に刻みこむ。
これから騎士になる数人の少年が真横に並んだのを見届けると、ティアベルはすっと全員の顔を眺め、そしてゆっくりと告示し始めた。
「……まず。もとより他の国の国民であったあなた方が、我が黒い狼の叙任式を受ける覚悟を決めてくれたことに、心よりの感謝を告げます」
それを聞いて、アルは脳裏に白い羊のことが一瞬浮かんだが、すぐにその幻影は消え去った。彼の心はすでに、黒い狼に向いているのだ。再び、確りとした決意の元にその力強い眼差しをティアベルへと向ける。
「他の国の叙任式では、本来ならば神に祈りを捧げます。しかし──黒い狼の精神では、神などいない、と誓う事になっています」
アルはこの課題をすでに克服していて、何も動じることはなかった。あくまで気高く、誇り高く、胸を張る。
「アル・ライト」
不意に自分の名を呼ばれ、アルは少し驚いた。
「貴方は、神はいると思いますか?」
いつかエレスとクリフに聞かれた質問。あの時は、倒れてしまったアルだが、今はもうそのような気配は微塵もない。価値観の違いは、事実を知る事で乗り越える事ができたのだ。
「いないと思います」
それを聞いたティアベルは穏やかに目を細め、前へ出るように合図した。アルは一歩一歩、絨毯を踏みしめるかのように主君の元へ近づく。彼の姿は黒い制服の上に鎧を纏い、剣と馬さえあればもう立派な騎士だ。
ティアベルは傍のテーブルの上にかかっていた白い絹布を滑らかに取り、その下で出番を待ちわびていたモノを手に取った。
「これから貴方に授ける剣の名前は、デュランダルといいます」
思わず、アルは息を呑んだ。普通の剣の長さではない、明らかにロングソードの領域だ。さらに銀色に輝く刀身は、頑強そうにピンと張り詰め、柄と刀剣を繋ぐ部分には血のように赤い宝石が埋め込まれている。その柄は漆黒だ。
「この剣に込められた意味は、"決して折れない不滅の剣"です」
自分の剣が持てるだけでも嬉しいのに、名剣を授けてくれたティアベルに爛々と目を輝かせながら、アルはティアベルの前に跪いた。そしてティアベルは手に持った剣で慎重にアルの肩を一、二回たたき、その後剣をアルに授けた。
「……さぁ」
細長いが本物の重量で、存在感を放つ名剣を両の手の平でそっと受け取り、アルはあまりの感動に言葉を紡げないでいた。このような名剣を自分が授かるということは、多大なる責任と期待を背負うことになる。しかし、それに負けずとも劣らない名誉と強さを手に入れることにもなる。
「素晴らしい武器は時として人を選びます。名剣に呑まれない様な、立派な騎士になりなさい」
静かな漣のような声に、アルは胸を強く打たれた。絶対に、この主君を裏切ってはならない。そう思うと同時に、激しい熱情が心身を支配していく。
「……はい、命をかけても、貴方をお守りいたします」
それを聞き届けたティアベルは静かに頷き、ベルナに合図をした。体の芯から揺さぶられるような重厚なトランペットの低音を聞きながら、アルはベルナの膝元に頭を擡げた。騎士としての、この初々しい気持ちをいつまでも身に刻み込むように、主催騎士から首元へ強烈な一撃を入れるのだ。
ベルナはおもむろに手の平を固め、アルのうなじ目掛けて凄まじい手刀を入れた。
「──ぁ!!」
目元がスパークし、激痛に奥歯を噛み締める。叩いたベルナでさえよろめくほどの一撃を首に受け、アルは一瞬息が止まった。噴出す汗をぬぐうことは失礼にあたると思い、そのまま腰に力を入れ立ち上がろうとするも、上手く足が動かない。
──だめだ、倒れるな。
そう念じるも、ベルナの一撃はやすやすとアルを暗闇の中へと葬り去った……。
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