第三章:【5】
ブラックホーリング城の大広間に集められた騎士団員達は、どこかそわそわしている。ティアベルやベルナ、他の幹部達でさえ下級騎士には一切の事情を教えていないはずなのだが、やはり噂というものはどこかから漏れ、波紋も様に広がるのだろう。
百人ほどの黒の騎士が一同に集う姿はどこか仰々しいが、同時にそれが非常事態ということを示していた。
その中に──一切違和感のないアルが居た。黒い制服を着ているため、完全に彼らに同調している。しかしその顔は険しく、ひたすら騎士の波の向こうに立っているティアベルを見据えていた。城に入ってすぐの広間は縦に長いが、今居る場所は逆に横に広い。さらに壁には等間隔で腰窓があり、朝日が広間全体に差し込んでいる。見上げると、平たい天井に黒い狼とそれを操るヒト、さらに黒い馬達の軍隊が丸い縁取りで描かれていた。滑らかな象牙色の彫刻の様に、肌理細やかな絵柄は一流の絵師を呼んで描かせた事を示している。茶色や深緑、決して鮮やかではないのだが、物腰柔らかで静寂な雰囲気だ。
「今日ここに集まってもらったのは、当然ですが理由があります」
ティアベルが、話し始めた。アルはぐっと首を伸ばし、頭半分ほど自分よりも大きい周りの騎士達と視界を同じにした。ティアベルの顔には疲労の色が見えた。同時に、彼女の周りを護衛する団長と副団長、その他の幹部はお互いに牽制している様だった。行く事が決まっているベルナは淡々としていたが、もう一人、幹部は誰が行くのか──。
「もう、残された猶予は一ヶ月もないのですが……白の羊との、全面戦争が迫っています」
一瞬にして、回りの騎士達がどよめきたつ。その中でアル一人が動じていなかった。事前にその事柄を聞いていたというのもあるが、それ以上に彼の中で"白の羊"を憎み"黒い狼"に忠誠を誓うという区切りが出来てから、迷いはなくなり目の前の事柄だけに集中できるようになっていた。
「静かにするんだ!!」
ベルナが苛立つように吼えた。鶴の一声の様に、すぐさま誰一人として喋るものは居なくなる。
「時間がないと、ティアベル様がおっしゃられたのを聞いていなかったのか?今は事柄に心を乱される時ではない、現実を見据えろ!!後一ヶ月で、全員の団結力を強固なものにする」
皆がその視線をティアベルに集める。突き刺さるような視線を感じた彼女は、少し息を整えて言った。
「いくら個々の能力を高めても、絶対的な数が足りなければ勝てません──……そのため、アゼル大陸への使者を送ります。派遣団のメンバーは昨夜のうちに私が決めておきました」
広間に集まっている騎士の全員が"黒い狼"に生涯の忠誠を誓ったものだ。さらに彼らは"死"をあまり恐れていない。彼らが恐れるのは唯に一つ……"名誉ある行動"が出来無い事のみだ。
「まず、団長。ベルナ・オルゲン。そして……副団長、ユウヤ・セルフィス」
ざわりと、疑惑と不安の声が広がる。それもそうだろう、一定期間黒い狼のNO1とNO2が、リノの島から居なくなる事になるのだから。エレスとクリフも信じがたいといった様子でティアベルを凝視した。
「さらに、騎士バーニー・カルロス。騎士ヘンリー・ヒュー」
呼ばれた二人の騎士が急ぎ足で集団から一歩出た。主人の前であるから、頭部の鎧は外している。一人は、ベルナに負けず劣らずの巨大な身体を持つ顎鬚の男だ。堀が深く鼻が高い為目元は影になってしまっている。その髪は頭皮のてっぺん以外剃りこまれファイヤレッドのモヒカンになっている。恐らく彼もまた、アゼル大陸出身なのかもしれない。
そしてもう一人は、アルとさほど年が変わらないであろう少年だった。まだまだ発展途上の身体は若々しさに満ち溢れ、貴族出身と言われたら信じてしまうほどの美人だ。長い睫毛は切れ長の目を魅惑的にさせ、口角が自然に上がっているあひる口も顔の端整さを増している。
羨ましいのだろうか、ほとんど全員、黒の騎士たちが二人の男を食い入るように見た。そしてティアベルの口から放たれる──最後の一人を固唾を呑んで見守る。
「従士、アル・ライト」
一瞬、大広間の時間が止まった。我が我がと思っていた騎士の全員が、聞いた事のない名前に耳を疑う。エレスやユウヤも同じ事で、今にも抗議しそうに不服そうな顔つきでティアベルを見ている。ベルナのみが、顔つきを変えなかった。
「……以上です。アゼルへの派遣団員は、至急旅立つ準備を整えてください。出発は明日の日が落ちてからです」
「ティア様!!」
たまらないとばかりにエレスが叫んだ。しかしティアベルは彼女の方をチラリと見ただけで、すぐにその場から去ってしまった。残された騎士たちは互いに眉を潜めひそひそと話を交わしたが、誰もティアベルの人事に納得する者はいないようだった。
『アル・ライトって…誰だよ…』
『あれだよ、いつか宿舎の前で倒れた奴じゃないか・』
『──……大事な旅にそんな軟弱な奴を入れるなんて』
『〜〜〜…』
聞こえてくる雑音に、アルは苛立った。自分だって、好きで選ばれた訳じゃない!
アルの様子に気がついたベルナは闊歩しながら黒い集団に近づいていった。団長の行動に、選ばれなかった騎士たちは恐れおののき一瞬にして道を開けた。それに気がついていない中ほどの騎士達は未だ密談を交わしている。
『それにオルゲン団長とセルフィス副団長が同時に居なくなるなんて……もし敵が奇襲してきたらどうするんだ…』
『そうだよ、"白の羊"は俺たちだけでどうにかなる敵じゃない』
「だからどうした」
急に降ってきた威厳のある声に、騎士は驚き押し黙った。それを見たベルナは、憎しみを込めた目つきで弱音を吐いていた騎士たちを睨みつけた。
「私とユウヤが居ないだけで、"黒い狼"は揺れるのか。私は"黒い狼"をそのような烏合の衆に育てた覚えはない!!」
ベルナの声は、ざわついていた黒の騎士全員を叱り付けるようだったが、目の前で怒鳴られた二人の下級騎士達のうち一人が、柄の悪い目つきで、隣のアルを横睨みながら反論した。
「ですが、団長。私どもの意見も聞いてください。このような素人同然の輩に、リノの島の命運を決める旅をさせる等、出来るわけがありません。少なくとも、私でさえこの輩には勝てます!」
それを聞いたベルナは、得意げに片眉を上げて見せた。
「ほぅ…そこまで言うか。ならば、アルにお前より実力が在ると分かれば納得するんだな?」
遠まわしだが、男はベルナが決闘を暗示している事に気がついた。彼としても、アルを打ちのめし自分が派遣団に入れることは何よりも名誉になるだろう。しかも相手は素人同然の少年で、自分が負ける可能性など毛頭考えられなかった。
「はい」
小生意気な少年をいたぶる事が出来る、そう確信した男はにやつきながら即答した。ベルナはアルを見て、同意を求めた。
アルは自分がかつてないほど高ぶっているのを感じた。まるで自分の中に、脈々と名騎士の血が受け継がれているかのようだ。尊敬するベルナの前で、無様な戦いは見せられない。何度も息を吸い、呼吸を整えると、ゆっくりと頷いた。
アルが決闘を承諾したのを見た周りの騎士達は一挙に興奮のボルテージが上がり拳を突き出すようにして騒ぎ始める。
「テーラー!頑張れよ!」
「ガキに負けんなぁ!」
テーラーと呼ばれた目つきの悪い男は自分に対する応援に背筋を打ち震えさせていた。頬は赤くなりうずうずしはじめる。名誉に対する黒い狼の騎士達の欲深さは相当だ。
「よし──これより、テーラー・ウィルソンとアル・ライトの決闘を行う!場所はストロング・ヒルだ!馬はこちらで用意する」
喝采が起き、静寂に満ちた広間は突如興奮の坩堝と化した。そんな騎士達の様子を、エレスは苦々しそうに眺めていた。
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