夏の空に揺れるのは、真っ白な百合の花。
夜鶴のように澄ました花は、艶やかに魅了する。
峠を越えるか、越えないかの所に、バス停があった。
錆びたトタンを屋根がわりにして、壊れた青いベンチがある。
古くから峠を越える者達が休む所に、ちょうどバス停が作られた。
それから月日が流れた今も、人が休むために立ち寄ることも少なくなかった。
バスはとっくに廃線になってしまったが、その存在は変わることはない。
ひっそりと佇むバス停の裏には、小さな祠が建てられて地蔵様が奉られている。
そのまわりには天然の百合の花が咲き誇っていた。
ある日、近くの村の少年が峠を下っている時に、百合のように白い着物を着た女に出会った。
「あんた、何処に行きなさる?」
女が尋ねると、少年は。
「母の所に行く」
と答えた。
峠を下った先には、少年の母の居る病院があった。
少年は、一人で峠を越えて見舞いに来たのだ。
「お前の母は病気か?」
と女は聞いた。
「母は病気だ」
と少年は答えた。
女はうなづくと、
「お前は、いつ戻ってくる」
とさらに聞く。
少年は
「指を百本折る頃に、私は戻ってくるだろう」
と嘘をついた。
女は
「百年か」
と言うと
「きっとか?」
と念をおす
「きっとだ。」
と少年は言った。
そんな伝説があるのも、地域ならではで、そして今、僕はその祠に来ている。
残念ながら、バス停はほとんど解体されて、骨組みしか残っていない。
峠もずいぶんと整備されて、今はラクラク遊歩道なんて名前がついている。
どうゆうわけか、ここの百合は百年に一度しか咲かない。
伝説が先にあったのか、百合が先にあったのかは分からないが、百年の周期に此処に来れたのはラッキーだった。
その百合の白さは、突き刺すような太陽に巧く隠れてひっそり咲いていた。
五本か、話に聞いていたよりは少ない。
気候が変わったせいなのか、百合の数は減っている。
実際にはないはずのベンチを想像してみた。
そして、百合の化身である彼女。
「百年も待っているのですか」
「はい」
どこからか返事が聞こえる。
「なぜ、少年の嘘に気付かないフリをするんです」
「だってその方が、あなたと会った時の喜びが増すでしょう」
彼女らしい素直な答え。
「生きているうちに行けなくて残念だ。私はすっかり忘れていた。」
「だから二百年も遅刻したんですか?」
責めるわけではなく、純粋に楽しんでいるのだろう。
「いや、それも違うな。自信がなかった、君は綺麗だったし、僕は少年だった。」
「そんなことを?あなたは美しい心をしていたわ。だから、呼びとめて心を縛らなくてはと思ったの」
「そうか。」
今はなぜか、何もかも話せる。終わってしまったから、肉体と別れを告げたから。
「私はそれまで、何人もの心を盗んで骨抜きにしてきました。」
彼女は言う。
僕は知っていたと言うべきか。
「しかし、あなたは私の色香よりも母への愛を貫いた。そしてあなたは、逆に私の心を捉えて、百年の呪縛を与えた。」
「二百年か。長かっただろう。」
「ええ、でもあなたは来た。それが嬉しい。」
百合の花は驚くほど白い。
「どうする?僕は生まれ変わるための旅に出るが…一緒に来てはくれないか?」
「私があなたと同じ所に行けると思うの?」
「思う。だって僕は百年も遅刻したんだ。それだけで地獄に行ける理由になる」
「変わった人。地獄に行ってまで生まれ変わりたいなんて。二百年待ったかいがあったわ。」
「さぁ」
美しい白百合の花は首が折れたように地面にポトリと落ちた。紅漣の炎が百合を焼く。
「百年後、またこの峠で会いましょう」
「今度は、僕が君を待とう。」
僕達は別々の峠へ旅だった。しかし、その向こうにはこの場所がある。
|