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白花(シラハナ)への手紙  作者: 香澄かざな
始まりは東の国で
2/22

船の上にて その1

 白花シラハナはフィアナ大陸の遥か東に浮かぶ小さな王国。大まかに三つの島から成り立っていて、島の形が白花の葉の形に似ていることから国の名前がつけられた。

 一般的にみんなが呼ぶところのシラハナは、わたしの国に咲く白詰草シロツメクサのこと。文字通り白くて小さな花をたくさん集めたような花を咲かせ、地をはう長い茎の先に生えた三枚の小さな葉を重ねたような葉っぱが特徴的。特徴的な花ではあるけれど、高級な品種というわけではなく、むしろ国のいたるところに咲き乱れているごく普通の花。それでも『常に民の心に寄り添う存在でありたい』という君主の思いからシロツメクサの葉が国の象徴として用いられ、加えてその形になぞらえて国をアイヌ、ミヤコ、カルデラの三つに分けられることになった。

 国と同様に生まれ育った人たちも総じて小柄な体格だけど、農作物や手先の器用さは誰にも負けない。そのいい例がシラハナの菓子や祭りの時に打ち上げられる花火。

 わたしのお父さん、イザム・ミヤモトは成人する少し前にシラハナの花火に魅せられて故郷のティル・ナ・ノーグから単身ここまでやってきた。その距離は船だと当時はひと月くらいかかったみたいだけど国交と交通手段が格段によくなった今では半分近くにまで短縮、簡略化された。

「だから、そんなに心配する必要はなかやろ(ないでしょ)!」

 船着き場にまでやってきた父親に眉をつりあげると、娘の心配をして何が悪いといつもの一点張り。ちなみに島々を渡るには船を使うけど、シラハナからティル・ナ・ノーグへ渡るにはミヤコからの定期便に乗らないといけない。

「だからって、ここまでついてこなくても」

 わたしの住んでるカルデラからミヤコまでは馬や小型船を使えば三日、歩けば七日くらいかかる。小さい子どもじゃないんだし、身のまわりのことは一通りできるようになったからと言っても強引にここまでついてきた。

「勉強のためにいくんだよな?」

「前からずっとそう言ってるやろ(そう言ってるでしょ)」

 お父さんからティル・ナ・ノーグ行きのチケットと荷物を受け取る。

「男を作って、あまつさえ嫁になんかいくんじゃないよな?」

 ここまで同行させないと遠出を認めないっていうんだから、わが父親ながら親バカもいいところだ。

「手紙はちゃんとおくるから」

 返事をするのも億劫になって盛大なため息ひとつ。気配を察したのか『お前もなにか言ってやれ』とお父さんがユウタに向かって声をかける。

「クゥン……」

 ユウタ。子どもの頃からずっと側にいてくれた、わたしの大切な家族。ここから旅立つということは、ユウタともう会えないってことなんだ。

 そう思うと急に切なくなった。

「お父さんのこと、お願い。羽目をはずしすぎないようにしてね。いざとなったらお母さんと一緒に止めてあげて、あと――」

 たまらなくなって薄茶色の毛並みに顔をうずめる。見てられなくなったんだろう。あれほど騒いでいたお父さんが『いっそのこと、こいつも連れて行くか』と提案してくれた。

「気持ちだけもらっとく」

 これはわたしが決めたこと。カルデラからミヤコまで来るのにも大変だったのに、船で遠出なんてかわいそうだ。

「むこうでもユウタみたいな奴ができるといいな」

 もらした声に、さすがに無理だと苦笑する。ずっと側で見守ってくれた大切な友達。大切な――家族。そんな存在が急にできるなんて都合がよすぎるし、親戚の情報があるだけでもありがたいんだから。

「こいつさえいてくれれば、よってくる虫を追い払うのに最適なんだがな」

 考えてみれば、お父さんの声を聞くのもこれが最後なのかな。そう思うと余計にせつなくなってくる。ときどき耳障りに感じるけど、それはわたしを想ってのことで。

「イオリに近づいてみろ。絶対ただじゃすまさねえ。

 事としだいによっちゃあカルデラ仕込みの花火をくらわせて(攻撃して)、しまいにはエクエス海の藻屑にしてやるけん」

「……本当に、お父さんをお願い」

 でも、わたしがいない間に少しはおさまってほしい。抱きしめる腕に力をこめると、了解したとばかりに愛犬ユウタのしっぽがぱたぱたゆれた。

 ほどなくして出航を知らせる声が耳にとどく。

 うん。わかってる。みんなわたしの大切な家族なんだ。

「行ってきます」

 荷物を持って家族と離れて。みんなの姿が見えなくなるまで船上からずっと手をふり続けた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ティル・ナ・ノーグはアーガトラム王国の東部にある都市。四方を堅固な城壁と海に囲まれた広大な街だから大きな戦争もなく平和な場所だ。あと他国との交流もさかんでシラハナとは友好関係にある。

 ミヤコの港からティル・ナ・ノーグの港までは船にゆられて十数日かかる。港についても親戚の家まではさらに時間がかかるから、実際のところ、シラハナからティル・ナ・ノーグにたどり着くにはひと月の時間を要す。

 船にはたくさんの人がいた。ほとんどが成人した男女だったけど、子ども連れも少なくない。シラハナの人間がほとんどだけど変わった服装の人もちらほら見かける。

 この船は直通便だから他の港にとまることはない。これだけの人数が向かう城塞都市ティル・ナ・ノーグとは一体どんなところなんだろう。

 不安と期待が入り交じった視線を海に向けていると、ふいに声をかけられた。

「船は初めて?」

 声をかけてきたのは背中に大きな袋を携えた男の人だった。       

「じっと海を見つめてたから気になって。連れでも待ってるのかと思ったけどそんな気配もなさそうだし」

 藍色の髪に紫の瞳。人好きのする顔のすぐ横で真珠の耳飾りが揺れている。真珠をあしらった額飾りと異国の外套がいとうのような上着をまとった服装からシラハナの人間じゃないことはすぐわかった。

「これからのこと考えてたら、ちょっと感傷的になっちゃいました」

 首肯して、再び視線を海に向ける。

 ちゃんと一人でやっていけるのかな。でも故郷を飛び出してきた以上、ただで帰るわけにはいかない。しっかり勉強して医術を身につけなきゃ。 

「お兄さんも一人なんですか?」

 そう問いかけたのは、わたしよりも上背があったのと年かさだけど結婚して家族がいるような年齢には見えなかったからだけど。わたしの疑問に彼はそんなところと片目をつぶって答えた。

「旅はいいよね。人を開放的にさせる」

 きらきらと瞳を輝かせて語る様は年上のお兄さんというよりも、好奇心旺盛な子どもにも見える。だけど、お兄さんの主張はなんとなくわかる。

 ティル・ナ・ノーグに行きを決めなければ船に乗ることもなかったし、この景色をみることはなかった。

 海は大きくて雄大で、全てを包み込んでくれる。

「リール様からみたら、わたしの悩みなんて取るに足りないんだろうな」        

「悩み相談ならやめといたほうがいいよ。傍若無人なのんだくれ親父だから」

 もれた声に間髪入れずの指摘。まるで見てきたような言い方ですねと返せば、あれだけ側にいればねと変わった回答。

 お兄さんはどこから来たんですか? そう問いかけようとすると、ふいに船が大きくゆれた。

「わっ!」 

 船に乗っていれば揺れることだってある。わかっていても、とっさのことだったから目の前の男の人にしがみつくのが精一杯で。だから、肩にかけていた荷物がばらばらとこぼれ落ちてしまった。

「大丈夫? 怪我はなかったかい」

 そういって体を低くする。どうやら一緒に拾ってくれるらしい。

 国を離れるからといっても荷物はそんなに多くはない。たくさん持っていても運ぶのが大変だしティル・ナ・ノーグについたら即買いそろえるつもりだったから。だから鞄の中に入っていたのは最低限の衣類に地図と、用心のためにしのばせておいた保存食だけのはずだったんだけど。

「これ、何?」

 拾ったものを片手にお兄さんが首をかしげる。そんなのわたしが知りたい。

 お兄さんが拾ったもの。それは扇子状に開いた道具だった。

 それは大きな包み。そもそもは舞台やお芝居の時に使われる道具だったらしい。太鼓のようにリズムをとったり、をとる際にも使用される。極端に言えば大きな扇子。大きければ大きいほどふれば大きな音がして、そのぶん周囲の注意を引きつけることができる。

 ものをたたいて音を立てるためにつくられた専用の扇子。人はそれを『張扇ハリセン』と呼ぶ。

「すごいね。こんなに大きなもの初めて見た。君の国ではみんなこれを持ってるのかい?」

「違います」

 即座に否定した。こんなもの持ち歩いていたら変な目で見られることは間違いない。ただでさえ荷物が重いのに、このままだと精神的にも重くなってしまう。

 ハリセンは大きな布に包まれていて。布の中には一通の手紙が添えてあった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


イオリへ


 お前は外見は母さん似なのに俺に似て強情っぱりだからな。だから餞別せんべつ代わりにこれを入れとく。

 男はみんな魔物なんだ。友好的な態度でも、いつ豹変するかわからない。そのことを忘れるな。身の危険を感じたら、こいつで一発かましてやれ。


 海の旅はお前が思っているよりも過酷で大変だ。辛いことがあったらすぐにもどってくるんだぞ。医者になんかならなくてもいい。俺達にとってお前は大切な一人娘なんだからな。


 イザム・ミヤモト


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「親からの餞別せんべつらしいけど、送り返してきます」

 こんなのいらない。

 三秒で決断してハリセンを包まれてあった布で丁寧にまき直す。お父さんの気持ちは嬉しいけどハリセンを持たされる年頃の娘の身にもなってほしい。

 確か荷物を管理してくれる場所があったはず。お兄さんに会釈をして船室内にもどろうとすると。

「よくわからなけど」

 そう前置きして藍色の髪のお兄さんが口を開いた。

「君の家族がくれたものなんだろ? だったらなるべく近くに置いておくべきじゃないかな」

 きっと心配してくれてるんだと思うよ。そう言ったお兄さんに苦笑する。心配してくれるというのはいたいくらいよくわかった。けれども実際問題、この大きくて重い包みを抱えたまま異国まで移動するのはむずかしいだろう。そのことを伝えると今度はうーんとうなった。

「じゃあさ。大きくて重くなければいいのかな」

 どういう意味なんだろう。問いかけようとすると、また船が大きくゆれた。

「わっ……とと」

 今度はさっきのことがあったから船の手すりにつかまってことなきをえた。

「船の旅ってこんなに荒れるんですね」

 海の旅は過酷で大変。

 船にのってすぐこれだ。お父さんの言うことは本当だったみたい。

 むこうは大丈夫だったかな。視線を手すりから身近な男の人に向けると。

「お兄さん?」

「……どうやら噂は本当みたいだな」


 お兄さんの紫の瞳が妖しく光った。

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