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短編・掌編

ニュータウン

作者: たびー

さびれていくニュータウンに住む、わたしの独り言。

 里芋の煮物を口に入れて、ゆっくりとかんだ。


 みしっ……。


 わずかに音を立てた、すすけた天井をみあげる。

 みしり、とまた音がした。


 みしり、みし、みし、み……。


 音が天井を移動していき徐々に消える。

 湯飲みから、ぬるめの番茶をひとくち。

 ラジオからはリスナーがリクエストした懐メロがかかっている。

 ふむ……今夜の弁当は季節感があっていい。

 里芋は薄味だが慈味深い出しで煮含められていたし、茸の炊き込みごはんには秋らしく舞茸が入っていた。レンコンと人参のずんだあえは初めて食べたが、枝豆をつぶしたずんだは根菜類とよく馴染んでいた、銀杏入りのがんもどきには彩りの絹さやが添えられて美しい。大学芋の甘さもくどくなくて良かった。

 市役所が委託している宅配弁当の業者には、腕利きの栄養士と調理師がいるとみた。


 がたん……。


 障子が動いたのか襖がずれたのか。

 わたしは居間から豆電球一個がつく廊下と、その先の階段を見つめた。

 膝を悪くしてから、二階は使っていない。

 かれこれ十年近くか。妻が息災だった時には、まだ二階に上がることもあったが。


 かたん。みしっ、みし、み‥‥‥。


 耳のいいものになら、もっと違う音が聞き取れるのかも知れないが。なんせ、老いぼれて耳の遠い爺にはせいぜいがこれくらいだ。

 食べ終えた弁当に蓋をすると、そろそろと手すりにつかまりながら歩いて、玄関の作りつけのげた箱の上に置く。

 ありがたいものだな。年をとってもなんとか一人暮らしができる。

 わたしは、ゆっくりと歩いて居間に戻った。


 二階から音がすることに気づいたのは、けっこう前だ。その日は地区の集まりで公民館に行った。

「ここのニュータウンはすでに市内の高齢化の平均値を大きく上回っているんです」

 わたしより幾分若い区長が地区の年度締めの会合でそう話した。かつて子供会で何度も使った公民館に集まった出席者はさほど多くなかった。娘が子供会の会員だったころには、子どもたちと付き添いの親が入ると、窮屈に感じたものだが。ニュータウン開発と同時に造られた大きな公民館は、すっかり古めかしくなり、今は広いぶん寒々しく感じる。

「うちもそうだけれど、たいがいの家庭は子どもが独立して同居していないでしょう。ほとんどが老夫婦か独居かのどちらかだ。どこの班にも空き家が五軒前後ある現状です」

 婆さん方が、うちも都会に家を建てちゃって帰りやしない。……そんな会話をする。爺さん方はみなうなずく。

 だからといって、何ができようか。山を切り開いて作られたニュータウンに引っ越してきた時の若々しさはるか遠く、今や「オールドタウン」。いや、そのうちゴーストタウンになるだろう。

 そんな景気の悪い会合のあと、タクシーで自宅に戻るとき車窓から家並みを何気に見あげて、どきりとした。

 たいていの家の二階の窓の障子がすべて破れたり剥がれ落ちたりしていたのだ。

 ()に当てられ、劣化したのだろう。遠くから見たら、まるで空き家だ。足腰の弱くなった老人たちは、二階を使わない。となると、荒れるに任せしまうのだ。

 歳をとると足元にばかりに気持ちがいって、上を見あげようとしない。

 タクシーから降りたわたしも、我が家の二階をよくよく見た。ご多分にもれず、障子は破れ放題でレースのカーテンも裂けてほつれているのが分かった。

 いくらやもめ暮らしといえども、ご近所に恥ずかしい……内心舌打ちをしていたとき、ゆらっとカーテンが揺れた。一瞬なにが起きたのか分からなかった。と、障子の枠がカタンと動いた。

 泥棒!? 空き巣か。

 慌てて玄関まで行くと、鍵を開けた。鍵はかかっていた。ならば、居間か。しかし、居間はなんの変化もなかった。座卓の上には折りたたんだ新聞と老眼鏡。薬を飲んだ時の湯呑。ペン立てには鋏にボールペン、油性マーカー。荒らされた形跡はなし。勝手口、風呂場にもなんの変わりもなかった。もちろん、窓も割られていなかった。


 みしり。


 二階で音がした。

 その時のわたしの行動は無鉄砲だったと今なら判断できるが、そのときは考えがうまく回らなかった。わたしは階段の手すりをつかんで、一段ずつ、じりじりとのぼっていった。

 二階の部屋は、扉も襖もすべて閉じられていた。階段をあがってすぐの娘が使っていた部屋は、扉を開けると段ボールが積んであるだけだった。裂けたカーテンから夕陽が差し込んでした。

 反対側の和室……たしかに障子は破れていたが、それだけだった。

 誰もいなかった。


 以来、二階からは時おり物音がする。たんなる家鳴りかと思う。建ててからすでに五十年近く経過しているのだから。

 わたしが死んだら、それで終わりだ。娘には家族との家があるからここは無用になる。

 気づけば、近所は一人住まいの者ばかり。あるいは空き家だ。

 結婚してもしなくても、子どもがいてもいなくても、最後は結局一人だ。


 明日はデーサービスで風呂に入れる。歯も磨いたし、今夜も居間の隣の部屋でいつものように寝るだけだ。


 みし……みしっ。


 居間の灯りを消して寝る前に、カーテンを開けて窓から見える家並みを眺めるのが日課だ。

 元の山の中腹あたりにある我が家からは、眼下の斜面に沿って家が建ち並ぶ。

 すぐ下の家も一人暮らしだ。その隣の家は空き家。

 あれから、近隣の二階の窓を見るようになった。

 そして気づく。

 誰も使っていないはずの二階にぼんやりとした灯りがあったりするのを。

 ゆらゆらと影が動いているのを。


 みしっ……みし……カタン……。


 他所から見たら、我が家の二階にも灯りがあるのだろう。

 もう、ここはニュータウンではないのだ。


 静かに、静かにカーテンを閉じてわたしは眠る。





近所のお宅、お婆さんが一人ちゃんと住んでいるはずなのに、二階の障子が派手に破れたまま。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小さいころ、電気のついていない2階に上がるのがすごく怖くて苦手でした。 このお話を読んで、そのころのじわじわとした怖さを思い出しました…! 気付かない鈍感さも必要ですね。
[一言] タヌキとかハクビシンなら人に化けて灯りを使うかも……(怖くない 屋根裏に生きた人間が住み着いていた実例もありますけど、そっちの方が怖いですよね……
[一言] 高齢化で家の近所にも空き家が多くなっています。また、田畑も荒れるに任せ、猪などの動物も里に降りてくることが多くなりました。  小さい頃は栄えていた商店街もシャッターが目立つようになり、人も…
2017/09/04 09:37 退会済み
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