☆後編。
開けた玄関には、和葉と園子、そして二人の前に顔を赤らめながら立つ蘭の姿があった。恥ずかしげに口元を緩め、笑った蘭の両隣で、和葉と園子は間逆の反応を見せていた。
和葉の方は、心からの笑顔で「おめでとう」を告げた。嬉しそうなその顔は、先ほどの平次の態度を思い出させる。一方、園子はにやけた顔で、片肘を突き出し、新一の胸元をどついてきた。
「まーさか奥手な新一君や蘭に後れを取るとはねーぇ。どこまで言ったのさ、二人共」
園子の言葉に、声をかけられた新一よりも赤くなった蘭は俯いた。同じく頬を染めた新一は、蘭に一度だけ視線を送った後でそっぽを向いた。
「ば、バーロっ。どこまでもまだ行ってねーよ」
「嘘よー、私の情報網では、新一君と蘭はとっくにファーストキスを済ませてる!」
園子の爆弾発言に、蘭と新一、そして和葉は驚いて彼女を見つめた。
「なっ、何言ってるのよ園子!?」
「ほ、ほ、ホンマなん? 蘭ちゃん」
「園子のでっちあげに決まってんだろーが!」
真っ赤になって首を振り、否定する二人に、園子はわざとらしくニヤニヤ笑いを浮かべた。しかし、二人のあまりに奥手な反応に、和葉だけは、不思議そうに首を捻る。
「別に、そない赤くなって否定しないでもええやん。もうしてて当たり前の関係やねんから」
「か、和葉ちゃん!」
蘭が苦笑しながら声を上げた。
新一は、溜息をつくなり頭を抱え込んだ。
「ま、いいからあがれよ。服部も来てるし、プチ前夜祭の準備も整えてきたんだろ?」
言うだけ言って、和葉と園子を先に歩かせる。ちらりと蘭を見た新一は、真っ赤になった彼女の耳元まで姿勢を低く落とし、囁いた。
「彼女の言う事も、もっともだよなぁ? 蘭」
目を見開き、顔を上げた蘭のあごを、後ろを歩く二人に気づかれないように自分の元に引き上げ、彼はその首筋に自分の唇を小さく着地させた。
「ちょ、し、新!?」
「騒ぐな蘭。前の二人に気づかれたらまたからかわれるぜ」
りんごのように赤くなった彼女の顔に、新一は歯を見せて笑いかけた。蘭は視線を逸らすと
、なにやら小声でぶつぶつ呟きながら、新一の背を追った。
***
買って来た食事やジュースなどを机の上に広げて、彼らは人数分あるコップにジュースを装った。羽目を外しすぎて明日が台無しにならないように、それぞれに最終確認をした後で、平次が高々とコップを持ち上げた。
「ほな、工藤と姉ちゃんの結婚を祝ぉて……」
「乾杯!」
グラスがぶつかり合う音と共に、その場に居た全員の笑顔がまたはじけた。そう、新一と蘭は皆よりも一足早く夫婦になる。明日という日を持って。
「らーん、本当におめでとう。色々辛いことあったと思うけど……幸せに、なってね」
「やだ園子。披露宴の前日に泣き出さないで。本番は明日なんだから」
「ええやん、蘭ちゃん。明日は園子ちゃん、式の役割で忙しいんやし、泣いてる暇なくなってしまうやろ?」
そう話す和葉に、蘭は深く頷いた。園子が、新一と蘭共通の友人代表スピーチを受け持つ事と決まったのは婚約してそうたたない頃だ。その後に、平次が新一の、和葉は蘭の、それぞれ個別の友人代表としてスピーチを受け持つことになった。
「けど、蘭ちゃんホンマにアタシもスピーチやってよかったん? 最初は、友人代表は平次と園子ちゃんで……平次が友人代表やるんやったらってアタシに気ぃ遣てくれたんとちゃうのん?」
「そんな事ないよ。園子は小さい時からずっと一緒に居た親友だけど、和葉ちゃんも大事な友達だし、新一が居ない間も帰ってきてからも、ちょっぴり似てる立場から沢山励まして背中押してくれたもの」
「そうよねぇ、蘭。和葉ちゃんが服部君と付き合い始めたの聞いて、新一君の告白頷く決心できたんだもんねぇ。全く、昔っから誰かに背中押されないと奥手なんだから」
「もーっ、園子!?」
やけにニヤニヤ笑いで絡んでくる園子に、蘭は再び顔を赤くして抗議した。
机には、次々と空き缶が転がった。オレンジ、リンゴ、炭酸飲料、清涼飲料水、ウーロン茶……実にバラエティに富んだ飲み物だが、そこに酒の類が全くないのは、本番万全の体調でいられるように、である。飲んだり食ったりする以外のレクリエーション的内容もまた、カードゲームなどの手軽な遊びだ。ちなみに、今彼女たちがやっているのは……
「私が王様ね〜」
引き抜いた紙に書かれた王の文字に、園子は嫌な感じにせせら笑う。悪戯を思案する子供のように、舌なめずりをしながら新一と蘭の顔を交互に眺めた。平次と和葉が引き抜いた番号を、こっそり尋ねて確認した彼女は、テンション高めな大声で言った。
「一番と三番の二人が、お互いの好きな所を皆の前でほめあう事! ……ちなみに、三つ以上ね」
「三番、って、私!?」
「一番オレじゃねーか……おい、園子! 仕組んだな?」
園子の言葉に、三番と一番――当然だが、向き合うように座った蘭と新一――の二人はそろって声を上げた。園子は表情をまるで崩さずに、ただ面白そうに答える。
「あーら新一君。仕組んだなんて人聞き悪いわよ。この真っ赤になってる蘭のいい所三つぐらい、すぐに思い浮かぶわよねぇ?」
「ば、バーロ。んなもん……」
「蘭だって、いっつも羨ましい位のろけ話聞かせてくるでしょ?」
「そ、園子の馬鹿!」
そう、彼らが今やっているのは、合コンなどいけば定番の、年齢選ばず王道と言っていいであろうゲーム――王様ゲームだ。やろうと言い出したのは、今まさに王様道まっしぐらの、彼女である。
とにもかくにも、小学校時代からの親友に、たじたじでいいように扱われている新一と蘭を、大阪の二人は呆けた顔で見つめていた。反論するだけの余地も与えない園子のからかい攻撃は、十年以上もこの二人を見てきたから成せる技なのだろう。
「ほらほら、早く言わないと……明日愛を誓い合ってくるんだから。その前に破局しちゃうわよん?」
言葉を詰まらせた新一と蘭の二人は、お互い顔を見合わせ、頬を染めて目をそらした。
「ら、蘭……お前先に」
「い、嫌よ! 新一が先に言って。こういうのは男の子からでしょ?」
下唇をかみ締めて、真っ赤な顔を俯いて誤魔化す彼女の向かいで、新一はしばらく逡巡した。そして、目を泳がせながらも口を開く。
「蘭は、昔っから……その。馬鹿みてーに人懐っこいっつーか」
出だしの、多少余分な言葉のついた台詞に、俯いていた筈の蘭はピクリと上半身を振るわせた。眉が数センチほどつりあがったのは、彼女が俯いているせいで誰にも見えない。
「無駄に好奇心ばっかりあるくせに、怖がりで涙もろくて、すぐわんわん泣きやがるんだよな。ったく、ありえねー程気が強くて、愚直でややこしくて――、」
「……ちょっと、新一?」
重低音にとめられて、新一は視線を真正面に戻し、俯く蘭に視線を止めた。
低い声を出した蘭は、まだ俯いている為、四人にはプルプルと震えているようにしか見えない。が、彼女の体から湧き出る妖気のようなオーラに、平次と和葉は顔を引きつらせて後ずさった。園子もまた、面白そうな顔をしたまま、数センチ蘭から遠ざかる。
「私の好きな所って言う話よね? 確か」
「……ああ、そうだな」
やけに一字一句強調して確認する蘭に、新一は飄々とした態度で答えた。蘭は顔の前まで持ち上げた拳を震わせた。
「それのどこが、好きな所なのよー!」
「うぉっと」
鋭い勢いで新一の顔面めがけて突き出された蘭の拳を、彼はどこか楽しそうに顔を斜め下に落とし、かわした。
更にしゃがんだ頭にひじを落として来ようとする蘭をちらりと見て、顔を逆方向に倒した。避けた先のテーブルが、凄い破壊音を立てて割れ、崩れ落ちた様に、彼は頭を抱えた。結構長い付き合いだった机と、ため息ひとつの別れの挨拶を交わす。
「……な? 腕っ節任せのありえねー程気が強い女だろ」
長いため息の後に、同意を求めるように呟かれた新一の科白に、蘭は一瞬だけむっとした。だが、さすがに申し訳なさそうに手を引っ込めた。
新一以外の三人分の白い目を浴びながら、居心地が悪そうに縮こまり、しおらしく元の場所にへたり込んだ。
間髪いれずに、その頭に、先ほど割れた机の残骸――ニセンチ角ほどの木の破片が投げ当てられた。
「いたっ」
思わず声を上げ、文句を言いたげに顔を上げた彼女の視界は、頬を染めた新一のジト目とぶち当たる。
「最後まで聞けっつーんだよ、ったく。だから、その愚直で、気が強い割に泣き虫なおめーを見てると、ついかまってやらずにいられなくなって、気がついたら危なっかしいおめーをいつも追ってたんだよ。三つとか四つとか、数の問題じゃねーんだよ。オレは蘭が蘭だから好きになったわけで。どこが好きかなんて、んなもん一つ一つかいつまんで言えるかバーロー」
ぶっきらぼうな口調と台詞が、照れ隠しなのだという事は顔を見れば判る。
じっと、新一を見上げていた蘭は思い出していた。昔も、彼はそんなぶっきらぼうな台詞をはいたものだ。髪を葉っぱだらけにして、擦り傷を不機嫌そうにさすりながら。
”おめー、あぶなっかしいんだよ。……だから、いつでもオレの目が届く場所にいろよ! そしたら、”
過去の思い出に浸っていた蘭は、夢の中にでもいるかのような感覚で、新一を見つめた。そこは、邪魔者も何もいない、二人だけの世界だ。
「盛り上がってるとこ悪いねんけど、そろそろ先進んでくれへんか?」
――二人だけの。
「ちょっと、平次邪魔したらアカンやんか!」
「そうよ、今せっかくいい所で、もうちょっとでちゅー……」
無粋な声が聞こえて来てしまった所で訂正しよう。
そこは、二人だけの世界に入り浸りたかった新一と蘭を、ある意味暖かく見守ってからかうネタを待っていた三人の同席した一室内だ。微かに呆れ顔の平次と対照的に、楽しそうな和葉や園子の二人を、新一と蘭はため息交じりに見つめた。
パーティーは、最後までどこかすっとぼけたゆるい調子で、夜早めに幕を閉じた。そして、蘭や和葉や園子は家に帰り、平次と新一はそのままそこで余韻に浸りながらも一夜を過ごした。
***
翌日もまた、青空は高く澄み渡っていた。そんな綺麗な日に結ばれる事を嬉しく思いながらも、白いベールをつけ、ふりふりの豪華なウェディングドレスを着た蘭は、バージンロードを歩いていた。頬を染めながら、先に見つめる先には新一がいる。これからは”幼馴染”でも”恋人”でもなく、夫婦になるのだと考えると、心が躍った。
そろった主役二人は仲睦まじく寄り添いあい、お互い見つめあった。友人代表スピーチには、たまに飛び出す(本人たちには)恥ずかしい笑いネタに、二人で顔を見合わせ苦笑しながら聞いていた。誓いの言葉も、ケーキ入刀も指輪交換も滞りなく済ませ、集められた大勢の仲間たちに見守られながら、暖かな時間を二人は過ごした。
そして――。
「それでは、最後に誓いのキスを」
この、瞬間も。持ち上げられたベールに、鼓動が最高潮にまで早まる蘭を落ち着かせるように新一は誰にも聞こえない囁きをこぼした。
「色々あったけど、ようやく昔の約束が果たせて、ほっとしてるよ」
「え?」
きょとんと顔を上げた蘭の唇に、吸い付くように彼は自身の唇を重ねた。熱い思いが、同調して二人の中にとけてゆく。唇から繋がって一つになった二人は、そのまま五秒、十秒、二十秒と、数えるのも野暮なほど長い時間を止めた。
離れ離れになっていた間、苦労もあったけれど、それ以上に。これからの未来は、こうして二人は一番近くで触れ合いながら、幸せを手にしてゆくのだ。
それは、もうずっと幼い頃から交わされ、決められていた約束だから。
”いつでもオレの目が届く場所にいろよ! そしたら、あのきれーなドレス着せてやるし、世界一幸せな、はなよめさんにしてやるからよ”
離れかけた新一の唇との別れを惜しむように、蘭はもう一度だけ彼を引き寄せ、その口に軽くて甘いキスをした。
XXX 完 XXX
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