イタズラなKiss 〜直樹side〜(1/2)縦書き表示RDF


この作品は、多田かおる さんの「イタズラなKiss」の二次創作です。
原作やキャラクターイメージを壊してしまうおそれがあります。
また、ネタバレも含まれますので、それらを十分ご理解の上、ご覧いただけますと幸いです。
イタズラなKiss 〜直樹side〜
作:Sui



第1話


 冬の間かたく閉じていたつぼみが、桜色の顔をのぞかせ咲き誇っている様子を瞳に映しながら、入江直樹は同じクラスの渡辺と学校に向かっていた。
 彼らの通う斗南高校は、幼稚舎から大学まであるエスカレーター式の学校で、クラスはアルファベット順に偏差値で分けられている。その上位クラスの進学率は群を抜いており、都内では有名な進学校として名が通っていた。
 直樹はもって生まれた記憶力の良さとIQ200と言われる頭の良さで、クラスは常にA組、全国模試でもトップに名を連ねており、整った顔立ちにスラリと背の高い外見とあいまって、高校生の間で知らぬものはいないと言わしめるほどであった。

「あ……あの、入江くん」
 直樹は、仁王立ちになり自分の行く手をさえぎっている女子生徒がいる事に気がついた。渡辺がわき腹を突いて来なければ、名前を呼ばれた事にさえ気がつかないで通り過ぎるところだったが。
 顔を真っ赤にして震える女子生徒の手には手紙。幾度も経験している光景だったが、登校時の玄関ホールという衆人環視の場面で……というのは初めてだ。生徒たちの好奇の視線が集中し、渡辺はからかうように口笛を吹く。
(バカじゃないのかこの女)
「こ……これ、読んでくれる?」

「いらない」

 手紙を差し出したままポカーンと口をあけて直樹を見つめている女子生徒は、自分が何を言われたのか理解できないでいるようだった。
(やっぱりバカだ)
 直樹は固まったままの女子生徒の横を通り抜け教室へと向かう。「相原が入江に告白したぞー!」「琴子が振られたわよー!」などと言う声が飛び交う中、渡辺は彼女のことを気にしてか、振りかえり振りかえりしながら追いかけて来た。
「おい、いいのか?」
「何が?」
「う〜ん……せめて手紙だけでも受け取るとか」
「時間の無駄」
「かわいそうだなぁ……」
 渡辺はまだ立ち尽くしている彼女の方を振り返りポツリとつぶやいた。
「結構かわいいのに」
「渡辺」
「ん?」
「お前、眼科行って来い」
「えー?」
 渡辺はメガネを外すと、まじまじとレンズを見つめた。


***


 手にしていた本がわずかに揺れるのを感じた直樹は、顔を上げて辺りを注意深く見渡すと、高い位置に取り付けられたスポットライトの垂れ下がったケーブルに視線を向ける。小刻みに震えていたケーブルは次第に落ち着きを取り戻し、数分後には元通りの静寂が広がった。
(――たいしたことなかったか)
 直樹は本を閉じ、椅子から立ち上がると風呂場へと向かった。


「いやだっ!! ぼくは絶対いやだからね!!」
「裕樹っ! 待ちなさい!」
 リビングの方から裕樹と紀子の叫び声がしたかと思うと階段を駆け上がり、勢いよく扉が閉まる音がした。直樹は髪を乾かしていた手を止め、鏡に映る自分と目を合わせる。
(なんだ?)
 目にかかるほどの前髪をかき上げ、濡れた髪をタオルで拭いながら脱衣所から出ると、階段下では直樹の両親がなにやら話しこんでいる。
「あ、お兄ちゃん! いいところに来たわ」
 母、紀子は直樹を呼び寄せると、細い指を直樹の鼻先につきつけ、声を弾ませ告げた。
「明日から裕樹とお兄ちゃんは同じ部屋になりますからね。よろしくね」
 直樹の髪を拭っていた手が止まる。
「……は?」
 直樹を見上げ、クラーク博士よろしくポーズをとっている紀子は頬を紅潮させてごきげんな様子だ。

(いやな予感がする……)

 昔から、紀子がはりきって何かをするときは、決まって自分にとって喜ばしくない事が起こるのを痛いほど解っていた直樹は、紀子に「えびす様のようにほがらかでステキ」と称される父、重樹に説明を求める視線を向けた。
 すると、重樹はメガネの奥の細い目をさらに細めてうれしそうに答えた。
「しばらくの間、親友一家と同居する事にしたんだが、どうだろう。わしの親友が家を建てたんだが、先ほどあった地震で崩壊したらしくてね……お嬢さんと二人暮らしで田舎は九州だし、すぐに行くところがないようだから、それならうちに来ないかと話してみたんだよ」
「新築が崩壊? ……さっきの地震って震度2程度だったよな」
 直樹は眉をひそめた。どんな建て方をしたら震度2で崩壊できるのかと疑問に思う。
「う〜ん。まだ原因は分からないようだが、崩壊して行くところがないのは確かだから。うちならまだ部屋が空いてるし、大切な親友が困っているからね」
「で? 『部屋が空いてる』我が家にその親子を呼んで、裕樹は俺と同じ部屋になるわけね」
「そこはまぁ……すまないが、我慢してくれないかな」
 重樹は申し訳なさそうに、うつむいて頭をかいた。
「あら、いいじゃないの。お部屋は広いんだから。パパの親友が困っているのなら助けてあげたいじゃないの」
 どんなレイアウトにしようかしら、明日は朝から忙しいわ、と色々浮かれている紀子の様子を見て直樹は察した。『お嬢さん』が来るのが楽しみでしかたないんだろう。紀子は昔から『女の子』へのこだわりが半端ではない。
 直樹は抹殺したい過去を思い出して顔をしかめた。
 どうせ、いやだと言っても、もう決まっているのだ。「こうする」という決定ありきで「いいかな?」「どう思う?」と聞いてくる。すでに決まっているのなら同意を求めなければいいのに、と直樹は思う。
「ふ〜ん。まぁ、好きにすれば。建て直す間だけだよな」
「ありがとう。直樹、ありがとう」
 重樹は、ぱっと顔を輝かせるといそいそと電話をかけにリビングへと向かった。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。やっぱりピンクかしら。それともオレンジかしらねぇ」
「何が」
「お部屋の配色よ〜。年頃の女の子だから、赤もいいわね。それとも真っ白っていうのも素敵かしらっ」
「知るかよっ」
 声を弾ませる紀子に直樹はイライラしながら、首にかけていたタオルでまだ乾かない髪を拭う。不意にこれから起こりうる様々なことが頭をよぎり、髪を乾かす手に力がはいった。
「お兄ちゃん、裕樹の説得をお願いしてもいいかしら。私今から色々準備しないといけないから忙しくって」
 乾かす手を止め、何で俺が……と言う間もなく紀子は鼻歌まじりにステップを踏みながら去っていった。

「…………」

 直樹は苦い顔をしながら紀子を見送っていたが、諦めて自室に戻ろうと階段を昇りかけたところに電話を終えた重樹が戻ってきた。
「喜んでもらえたよ、ありがとう。あ、そうそう。なんと、娘さんは直樹と同じ学校だそうだよ。 楽しみだねぇ」
「へぇ」
 にこにこと微笑む重樹は本当にうれしそうだ。親友と一緒に暮らすというのはそんなに楽しいのだろうか。直樹は重樹の反応の方が興味深かった。
 そもそも『友達』や『親友』というものに、興味もなければ特別の思いを抱いた事のない直樹は、例えば渡辺―― 『いちばん親しくしている友達』というのが親友の定義なのであれば、直樹にとっては渡辺ということになる――と一緒に暮らす事を想像しても、なんら感情がわいてこない。むしろ面倒なので一人で暮らしたい。とさえ思える。
(自分の時間や空間を他人に侵されるのが嫌な俺には一生理解出来そうにない感情だな) 直樹はそう判断した。
「……子ちゃんと言うそうだよ。直樹?」
 重樹は心配そうに反応の無くなった直樹を見上げていた。
「え? ああごめん。なんだっけ、同じ学校だって?」
 直樹は慌てて重樹に焦点をあわせる。
「そう。名前は相原琴子ちゃんと言うそうだ。仲良くしてあげておくれ」
 重樹がにっこりと微笑んで告げたその名前に直樹は覚えがあった。
「相原……琴子……?」
 不要なデータとして記憶の隅へと追いやっていた今日の出来事がよみがえる。



 朝から一番目立つ場所で告白された上に「F組の相原が無謀にもA組の入江に告白した」とセンセーショナルに噂され、またたく間に学校中に知れ渡った。クラスメイトだけでなく教師からも「もっとやさしく振ってやれよ」などとひやかされて、直樹は放課後にもなるとどっぷりと不機嫌になっていた。

「機嫌直せよ、入江」
 一緒に帰っていた渡辺が心配そうに声をかけてきた。
「みんなすぐ忘れるって」
 渡辺はクセのある前髪をふわっと揺らし、空をにらみつけて考えながら言葉を選んでいる。
「もうすぐテストだし」
「…………」
「あ」と声をあげると渡辺は急に立ち止まった。「おい、今朝の……」耳打ちされ渡辺が視線をやった方をみると、直樹を不機嫌にする原因を作った張本人――相原琴子がいた。先に直樹たちに気がついていたのか一緒にいた友達の後ろに隠れている。目が合うと、さっと顔をこわばらせた。
(よりによって……行きも帰りも出会うなんて、今日は本当に厄日だ)
「おい、早く行くぞ」
 直樹は嫌なものを見なかったことにして、くるりと方向転換すると足早に歩き出した。
「おっ、お、おい入江」
 渡辺の戸惑う声が聞こえたかと思うと、背後から変なイントネーションの怒鳴り声が聞こえてきた。
「おいっ! おまえなーA組やおもーて、えー気になんなぁ。何様やおもーてんねん!」
(誰だよ、お前……)
 直樹はイライラを積もらせながらも歩みを止めずにいたが、なおも耳障りな大声は追いかけてきた。
「琴子が手紙渡したのにそのままつき返したやとぉ? おまえ、それでも血の通おた人間か、おー?」
 な、ん、で、付き合いたくもない、初めて会った女を振ったぐらいでごちゃごちゃ言われなきゃならないんだ。朝からからかわれ通しでうんざりなんだよ、ふざけんな。直樹の我慢のリミッターは振り切れた。

「おれ、頭の悪い女はきらいなんだよ」

 ぴたっと歩みを止めて振り返るとそう言い放ちその場を凍りつかせた。変なイントネーションの怒鳴り声の主は――時代がかったリーゼントヘアのガラの悪そうな男で直樹の予想を裏切らなかった――衝撃のあまり口をパクパクさせている。
(フン。F組はバカばっかだな)
「き、きつー」
 渡辺のつぶやきが聞こえた。
「行こう」
 直樹は渡辺をうながすとスタスタと歩き出した。こんなやつらに二度と関わり合いになりたくないと思いながら。



(あいつか……)

「直樹? 琴子ちゃんを知っているのかい?」
 重樹は首をかしげ、またしても反応の無くなった直樹を気遣わしげに見つめている。
「あ、ああ。ちょっとね」
 記憶とともに不快感まで思い出してしまい一瞬眉をしかめたが、すぐに口元に笑みを浮かべて重樹を見た。
「そうか、それはよかった。よろしく頼むよ」
「ああ」
 安心したように微笑んでリビングへ向かった重樹を見届けてから、直樹は大きなため息をついた。
「勘弁してくれ……」
 告白されただけであの大騒ぎなのに、同じ家で暮らしていることがバレたらどんな騒ぎになるのか……考えただけで頭が痛くなってきた直樹は、絶対バレないようにしなくてはと心に固く誓った。


***


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