はだかの王様
昔々あるところに、こころやさしい王様がいました。
国のために尽くし、国民のことをこころから愛し、また民草も王様のことを素晴らしい王様だと日々称えておりました。国のために、民のために、忙しく働く王様を皆が褒めたたえておりました。
そんな王様が愛する王国でしたが、それでも毎日のように問題はおきました。
毎日のように問題はおきて、毎日のように王様は働き、毎日のように平和はつづきました。
そんな王様を見て、大臣は感服するとともに、悲しんでもおりました。
「王様は働きすぎです、もっと、お休みになってください」
「そうもいかぬ。我が働かねば、それだけ民草の不幸は増えるばかりではないか」
「もっと民草にも我慢させてはいかがですか? 少しぐらい怠けてもよろしいかと?」
「ならぬ、ならぬぞ。大臣よ、我はこの国を愛している。この国の民草を愛している。この国の民草も我を愛している。我が働けるうちは民草には笑っていてもらいたいのだ」
王様の固い決意を前にして、大臣はうやうやしくこうべを垂れるばかりでした。
そんな王様のために何かしてあげられることはないだろうか、大臣は御触れをだしました。
『この国の、素晴らしい王様にふさわしい、素晴らしい服を作った者に褒美を与える』
こんな贅沢はと王様は遠慮しましたが、大臣はたまには良いじゃないですか、王には王にふさわしい服が御座います。王様ときたら着た切りスズメで、いつから新しい召し物を仕立てていないのか憶えていらっしゃいますか? と、なだめました。
ふと、自分の服をみるとボロボロでした。
たしかに大臣の言うとおり、いつからこの服を着ているのだろうと思うほどにボロボロでした。
クタクタになった服を見て、ボロボロになった服を見て、王様はこの服が可哀想にも思えました。そろそろ、このボロ布も休ませてやらなければならないと大臣の言葉に頷きます。
そうして国中から仕立て屋が集められ、王様のための素晴らしい服作りが始まりました。
あるものは金で飾られ、あるものは銀で飾られ、あるものは宝石に飾られた煌びやかな服が並びます。それは王様を称える民草の声のようにキラキラと輝いておりました。
ひとつひとつの服を見て、これは少しばかり高すぎるのではないのかと王様は憂います。
ですが、たまのことですからと、大臣は王様に新しい召し物を勧めました。
仕立て屋たちが次々と、自分の腕前の限りを尽くした一品を持ち寄ります。
ひとりひとり、いちまいいちまい、つづく煌びやかな服の行列。
そんななかでひとりの仕立て屋が、何も持たずに立っていました。空気を持って立っていました。
「これ、そこのお主、何をしておるのだ?」
王様が声をかけると仕立て屋は答えます。
「はい、この国の素晴らしい王様にふさわしい、馬鹿には見えない世界一素晴らしい服をもって参りました」
その言葉に、王様はまぶたをシバシバとさせました。
「大臣よ、お主にはこの服が見えるか?」
「はい、王様。これ以上はない素晴らしい服だと思います。これが見えないものは馬鹿に違いありません。他のものはどうかな? この服は素晴らしいと思わないか?」
家臣一同はわずかにどよめいたのちに、馬鹿には見えない服の素晴らしさを口々に語りました。言葉にはできないほどに素晴らしい、こんなに美しい服を見たのは初めてだ、王様にこそふさわしい世界一の服だと絶賛します。
王様は首を傾げました。
しかし、どれだけ瞬きをしても王様にはその服が見えません。
もしかして自分だけが見えないのではないのだろうか、自分だけが馬鹿なのだろうかと心配になってしまいました。
「あぁ、なんて素晴らしい服なのでしょう。こんなに素晴らしいものを見られる私は幸せ者で御座います。王様はそう思われませぬか?」
「う、うむ、大臣がそういうのなら、そうなのだろう」
「あぁ、なんて素晴らしい服なのでしょう。こんなに素晴らしいものを見られたなら民草もまた幸せになれると思うのです。王様はそう思われませぬか?」
「う、うむ、大臣がそういうのなら、そうなのだろう」
王様がどれだけ目を凝らしてもその服は見えません。
けれども、大臣に家臣、他の仕立て屋たちまでもが馬鹿には見えない服を褒めたたえます。
この服こそが世界一だと、この服を見られるものは幸せ者だと、皆が王様にこぞってすすめました。
やっぱり王様の目には見えません。
ですが、皆が勧めるならと馬鹿には見えない服を王様は選びました。
いままでのボロボロの服から新しい服に王様が着替えらしゃったと、それは世界一に素晴らしい服なのだと、馬鹿には見えない服なのだと城下の街には噂が流れました。
「王様、城下の民草たちが是非とも王様の新しい召し物を一目みたいと願っております」
「うむ、そうか……そうなのか」
王様は昏い顔をします。大臣も、家臣も、侍女たちも、皆がそろって絶賛する世界一の服なのに、王様だけには見えません。馬鹿には見えない服を着ても、王様には自分が裸にしか見えませんでした。
裸のままで人前にでるなど、王様は嫌で嫌でたまりません。
ですが、日々、世界一の服を見たいという民草の願いの声が届きます。
そして、仕方がないと王様は馬鹿には見えない服を着て、城下街へのパレードにでました。
道を埋め尽くすのは民草の大海原。
素晴らしい王様の、素晴らしい召し物を一目見ようと国中の者が集まりました。
「どうしても行かねばならぬか?」
「民草は、王様が来られるのを首を長くして待っております」
はぁ、とひとつ溜め息を吐いて王様は馬車を走らせました。
王様の姿を見た民草は、目を見開きました。
「なぁ、おい、王様の御召し物がお前には見えるか?」
「なんだよ、馬鹿にしてるのか? もちろん見えるとも、素晴らしい召し物だ。お前には見えないのか?」
「もちろん俺にだって見えるさ、お前が馬鹿じゃないかちょっと心配しただけさ。あぁ素晴らしい、なんて素晴らしい御召し物なんだろう。あれこそが世界一の御召し物に違いない!」
道に並んだ民衆たちは何て美しい御召し物なんだと口々にそろって語ります。
馬鹿には見えない服を着て、王様は民衆が居並ぶなかを堂々と通り過ぎていきました。
ある道の角にさしかかったことです、ひとりの子供が王様を指さして、
「王様が服を着てないよ! 裸だよ! 王様は裸だよ!」
大人たちが言えなかった、本当のことを口にしてしまいました。
王様は頬を真っ赤にして、やっぱり自分は裸なのではないのだろうかと思います。
「そんなことはない! 王様の服は素晴らしい!」
「そうだぞ坊主! お前が馬鹿だから見えないだけだ! 王様の服は世界一に素晴らしい!」
子供だから、馬鹿だから見えないのだと周囲の大人たちが叱りました。
「でも、王様は裸だよ?」
「それはお前が馬鹿だからだ。馬鹿な子供だから見えないんだ。さぁ、家に帰って勉強だ!」
キョトンとする王様の前から、キョトンとする子供がつまみ出されました。
道を行くたびに、たびたび王様の服が見えない馬鹿者があらわれましたが、周囲の大人たちがすぐにつまみ出してしまいます。
裸にしか見えない王様のパレードはつづきました。
それを世界一の姿だと絶賛する人々の行列が続き、やがて王様の馬車はお城に戻りました。
「パレードはどうでございましたでしょうか王様?」
「うむ、素晴らしいものであったぞ。大臣よ、褒めてつかわす」
「そうでございましたか、それはよろしゅう御座いました」
「うむ、それはそれとしてな、はよう服を寄越せ。寒くて敵わぬわ」
満足げな王様に、大臣はうやうやしくこうべを垂れました。
仕立て屋は、馬鹿には見えない服とは申しましたが、賢いものなら見える服とは申しませんでした。
王様は裸のままに城を出て、王様は裸のままに城に戻りました。
ですが王様はちゃんと服を着ていたのです。素晴らしい王様にふさわしい素晴らしい服、それは国民からの感謝という名の服でした。裸で道を行く王様を、笑いものにしてたまるものかと大人たちは子供のすがたを隠したのです。
そして目には見えないけれど、こころには見える服をまとった世界一素晴らしい王様のすがたを褒めたたえたのです。それは世界で一番に優しい服でした。
それはそれとして、裸の王様はやっぱり風邪をひいてしまいましたとさ。
めでたし、めでたし。
ひと休み、ひと休み