滅龍傭兵部隊戦記 そして幻へ……(2/3)縦書き表示RDF


滅龍傭兵部隊戦記 そして幻へ……
作:Ryo



後編 別離(わかれ)


灼熱の炎を噴き上げながら不気味に胎動する活火山地帯。降り続ける火山灰が足元に重なり合うように積もり粉塵を舞い上げた。
その火山地帯に対峙する男女二人のハンターと一匹の飛竜の姿があった。飛竜は堅い尻尾が千切れ翼や腹部の甲殻も剥がれ落ち血と肉を滴らせた無残な姿を晒しながら二人のハンターを睨んでいる。二人のハンターは傷ひとつ負うこともなく口元に笑みを浮かべその飛竜を見つめていた。

「そろそろいいんじゃないか?ニーナ……楽にしてやろうぜ」

「……そうね、まぁ結構遊ばせてもらったからこれで良しとしとくよ」

男は左脇に構えた槍を下方に向けてニヤリと笑い

「へへへっ、まったくおまえのその思う存分いたぶってからる癖はいつまでたっても抜けきれねぇな……こいつも気の毒に」

こいつと呼ばれた飛竜バサルモスは最後のあがきのような咆哮をあげた。

「ふふっ、バカ言ってんじゃないよ……くるよジャンク」

女は顔に冷たい笑みを浮かべたままスルリと横方向に流れるように動き、抱えたヘヴィボウガンに弾をカリャリと装填する。男は凄まじい勢いで突っ込んでくるバサルモスを見つめながら微動だにもしなかった。

「うぎゃぁぁぁぁっ」

凄まじい勢いの突進を片手に携えた盾で塞ぎバサルモスの力を受け流す。女のヘヴィボウガンが火を吹いてその反動で銃口が天に向けられた。的確に血肉を晒した腹部に着弾する。拡散弾の凄まじい爆発が連続してバサルモスの身体を炎が包んだ。

「楽になりな……」

男は口元で囁くように言うとバサルモスに鋭い突きを繰り出した。バサルモスの腹部に黒い稲妻のような龍属性が奔り、その瞬間バサルモスの生命は終わっていた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

「だから〜もう許してよ〜ジンさぁ〜〜ん」

フィンが泣きそうな顔をして真新しい装備に身を包みビールを煽っているジンの背中に哀願する。ジンは冷たい視線でフィンを一瞥するとチッと舌打ちをした。

「何がジンさぁ〜〜んだよ おまえとはしばらく狩りには出ねぇ」

「そんなぁ……ぼくもジンみたいなフルフル装備欲しいんだよ〜」

出来上がったばかりのジンのフルフルメイルに手を伸ばそうとした。そんなフィンの手を乱暴に振り払うと

「だぁぁっ、触るんじゃねぇ!……臭ぇ匂いがうつる」

「そんなぁ、ひどいこというなよぉぉ」

うなだれるフィンを睨みつけるとジンは呆れた顔でフィンを睨み言った。

「おまえ その口でよくひでぇ事いうななんて言えるよな?」

「なんのことさ?」

「おまえこないだの狩りで懲りもせずに、またこやし弾の調合してただろ?」

呆れた顔で言い放つジンの言葉にフィンがびくりとして目を逸らす。

「てめえ、ごまかしてもだめだぞ……工房のじいさんから聞いてんだからな……おまえが嬉しそうな顔してこやし弾の材料を買いに来たって事をな」

ジンは言ってるうちにこの間の出来事の怒りがまたこみ上げてきたように険しい顔つきになる。そんなジンの表情をチラリと盗み見てオドオドとした顔でフィンが言った。

「だって……好きなんだもん、こやし弾」

フィンの言葉に怒りを通り越してあきれ返ったジンがため息を漏らす。その光景をアコとベッキーがニコニコとしながら見つめていた。

「なんだなんだぁ……しばらく顔見せねえ間にこの街もガキが増えたみたいだなぁ」

酒場の扉が乱暴に開き、大声と共にズカズカと店内に入り込んできた二人のハンターの姿に店にいた全員の視線が集まる。

「あらっ、ニーナとジャンクじゃない……珍しいわね?二人一緒なんて それにあなたたちがこの街にやってくるのも久しぶりよね……2年ぶりくらいかしら?」

「がははっ、みやげだベッキー……依頼じゃねえんだが、ここに来る途中で襲われたもんでな……駄賃がわりに狩ってきた」

男、ジャンクは言うとカウンターの上に岩竜の甲殻を投げるように置いた。ベッキーは少し困った顔をしてジャンクを見るとその視線を隣で笑みを浮かべている女、ニーナに向ける。

「勝手な事をしてもらっては困るわ二人とも……シンシアの受け持つ狩場での狩猟はちゃんとギルドを通してもらわないと……」

ベッキーが硬い表情で言うのを遮るような形でニーナが冷たそうな印象を与える笑みを口元に浮かべ

「いきなり襲われて仕方なかったのよベッキー……あたいたちも命が大事だからね」

言うと、細く長い指先をのばしてベッキーの頬を優しく撫でた。その妖艶な青い瞳を妖しく輝かせて囁く。

「しばらく会わない間に綺麗になったわねベッキー……前に会った時はまだ子供のようだったけど、今のあんたは大人の女の匂いがプンプンしてるわ うふふっ」

ニーナの囁くような言葉に顔を赤らめてベッキーが顔を反らす。そして困ったような硬い表情で言った。

「もう、やめてよニーナ……今度だけよ 次同じような事があったら黙認できませんからね」

「うふふ 可愛いわねベッキー……わかってるわ あたいたちも好きこのんでギルドナイトと事をかまえたくないからね」

ニーナは言うと改めてベッキーを見つめ冷たく妖艶な笑みを浮かべた。ニーナと呼ばれた女は黒と紫を基調にした薄い着物を身につけていた。滑らかで細い脚がほとんど露になる短い丈の腰装備がニーナをより一層艶めかしく見せている。忍びの装束と呼ばれるニーナの装備は、ほっそりとくびれた腰の線がむせるような色香を滲ませていた。鋭い光を放つ青い瞳は、見つめられただけで吸い込まれそうな魅力を感じる。口元にためた微笑が冷たくて酷薄な印象にニーナを見せていた。

「ところでベッキー……ここはいつからガキの遊び場になったんだ?」

普通に声を出しても大きくなる男の声が遠慮のない視線と共に酒場の中に響き渡る。ぼてっと太り気味の身体に短く刈り取られた灰色の髪。丸い鼻、丸いぼてっとした唇、顔つき全体が丸いという印象を受ける。しかしその目だけが異様に鋭く男の顔を異相に見せていた。ただでさえ大きな丸い身体をより一層大きく太らせて見せるグラビモスから取れる素材の鎧グラビドメイルを着込んだジャンクはカウンターに背を預けて威嚇するような目で回りを見回していた。

「ドラゴンランス………」

挑発するようにニヤケた視線を投げかけてくるジャンクの背負った槍に視線を釘付けにされてカイが小声でつぶやいた。

「なんなの?それ?」

アコがその場の雰囲気に圧されたように小さく囁いた。

「大地の龍脈より命を受け御神体の東門へ注ぐ者也」

カイの囁くような声が酒場に響く。フィンが不思議なものを見るような目つきでカイを見つめアコも固唾を呑んで見守った。

「伝説の黒い邪龍を鎮める伝説の黒槍だ」

カイの言葉にジャンクがうっすらと笑みを浮かべた。隣で興味もなさそうな顔をして佇みながらニーナが妖艶な笑顔を見せていた。

「おい、カイ……おまえ何をくだらねぇゴタク並べてるんだ?」

フルフル装備のその独特の頭装備を首の後ろにはずして素顔を露にしたジンが、何をくだらないことをというような表情を見せて言う。ジャンクの背負うその槍に魅せられて見とれていたカイがハッと我に返ったようにジンを見た。初めてそのジンの存在に気が付いたというようにジャンクとニーナの目がジンに向けられた。

「どれだけ凄い武器だか知らねぇがな……狩りはそんなもんでするもんじゃねぇよ」

自信満々に言い放つジンの鋭い挑みかかるような眼をジャンクとニーナは無言で見据えていた。

「あんなにでっかくて凶暴なヤツらとやりあってるんだぜ、おれたちは……武器や防具じゃねぇ……いちばん大切なのは、いちばん強くなきゃいけねえのは……ここだ」

ジンは真っ直ぐに自分の胸を指した。そのジンの顔に不敵でふてぶてしい笑みが浮かぶ。ジャンクは驚いたような顔を見せて隣のニーナに視線を向けた。ニーナもおかしくてたまらないという表情を浮かべてジャンクを見た。

「おい、ニーナ……こいつ大将にそっくりじゃねぇか?」

「ああ、確かにそっくりだね……あたいらの隊長にさ」

二人は言って顔を見合わせると声を出して笑った。そんな二人を回りにいたハンターたちがなにがどうなってんだ?という顔つきをして見つめている。ただひとりジンだけが挑みかかるような眼のまま笑いこける二人を睨みつけていた。

「えらく賑やかだな!?なにかあったのかい?」

酒場の扉が開きその喧騒の中を掻き分けるような声がしてその場にいた全員の目がその声の主に注がれた。そこにはフルフル装備を身につけたリュウと小柄なギルドマスターの二人が並んで立っていた。

「よう大将……お呼びがかかったんで すっ飛んできたぜ」

ジャンクは大声を上げて言うと目の前の人垣を押しのけてリュウに駆け寄り、そのぼてっとした太い腕でリュウをきつく抱きしめた。

「おいおい、苦しいよジャンク……おめえ相変わらずだよなぁ その馬鹿力も」

「へへへっ、いいじゃね〜か大将 久しぶりなんだからよ」

なおも嬉しそうに抱き寄せようとするジャンクの大きな身体を押しのけながらリュウが傍らに立つニーナに視線を向けた。

「おまえも元気そうだな……ニーナ」

笑顔を見せて言うリュウを見つめながらニーナが口元で笑う。妖艶な瞳でリュウを見返すニーナのその微笑が心なしかさっきまでの冷たい印象とは違って見えた。

「あたいも嬉しいよ、またあんたの隣でこのヴォルキャノンが使えるんだからね!」

言うと真ん中から二つ折りにされたヘヴィボウガンを愛しそうに撫でた。

「とにかくここのみんなに紹介しておこう……ジン」

リュウに呼ばれてジンが前に進み出る、その後ろにアコとフィンそれにカイが控えるように立った。

「こいつらは、おれの昔馴染のジャンクとニーナだ」

リュウが顎を向けて言うとジャンクが大きな丸い身体を揺らしてニヤッと笑う。ニーナは表情ひとつ変えずに口元に冷たい笑みを浮かべていた。

「こいつは今おれが一緒に組んでるジンだ……それとその後ろで立ってるのがジンの仲間のアコ、フィン、カイだ お互いに初めての顔あわせだけど仲良くやってくれ」

リュウに紹介された二組がリュウを真ん中に挟んで見つめあう。ジンの挑みかかるような眼が食い入るようにジャンクとニーナの二人に注がれていた。そのジンの視線をジャンクが面白いものでも見るような目で受け止める。ニーナはリュウの現在の相棒と聞いて興味を惹かれたような瞳でまっすぐにジンを見つめていた。

「リュウさんの仲間ってことは……この人たちは傭兵なのかい?」

ぼそりとつぶやくように言うジンを見やりながらリュウがうなずく。

「ああ、こいつらは滅龍傭兵部隊 残影のメンバーだ」

言うとリュウは二人を見つめ人をくったような笑いを浮かべた。

「それも、おれと個人的にパーティを組める数少ない選りすぐりの特別なヤツらさ」

リュウが言うとジャンクが初めて鋭い眼を穏やかに丸めて笑った。その笑顔は今までに見せていた感じと違って人懐っこそうな好感の持てる笑顔だった。

「そういう事だよ……よろしくね 坊や」

ニーナが妖艶な笑みを浮かべたままジンの耳元で囁くように言った。


  ――――――――――――――――――――                                      


老山龍ラオシャンロン……ヤツがこのシンシアに向かってるだって?」

いつもは賑やかな喧騒に包まれている酒場を重苦しい空気が包み込んだ。皺深い顔に険しい表情を浮かべたギルドマスターの驚くべき告知にその場にいたすべてのハンターたちの顔色が不安そうに曇っていた。

「うむ、しかもあやつは我を忘れ狂ったように行く手にあるものすべてを破壊しながら真っ直ぐにこのシンシアに向かっておるそうじゃ」

重苦しい沈黙に覆われた空気に誰もが息苦しさを感じ始めていた。その中を一人の初老のハンターが口を開いた。

「この前にラオシャンロンがこのシンシアに迫ったのは、確か3年前じゃったかな?あの折のように砦で追い払えば問題なかろう?マスター」

皺深いギルドマスターの顔が初老のハンターに向けられる。その目が細められ心得ているというように何度もうなずいた。

「むろん今回も砦での攻防となろう……ただし今回は追い払うだけではすまんのじゃよ ガッシュ」

「というと?」

「あやつは、恐怖に我を忘れておる つまり狂っておるんじゃ……ミナガルデからの報告じゃとあやつは近くを通りかかった村をわざわざ踏み潰していったそうじゃ! いつものラオシャンロンならそんな事はありえん! 近くに村があったとしても素通りするはずじゃ……だが今のあやつは違う あやつは生きている者すべてに凄まじい反応をしめし凶暴さを剥き出しにしておるそうじゃ!!」

「な なんと!?……では、どうするというんじゃ?」

初老のハンター ガッシュは蒼白な顔になり少しうろたえた様に声を震わせた。 

「ヤツを止めるには唯ひとつ……倒すしかないって事さ!」

ガッシュの視線が声の方に向けられた。そこに腕を組んだリュウが人をくったような笑みを浮かべてガッシュをみつめていた。

「ほう、簡単に言ってのけるが若いの……たやすい事ではないぞ」

初老ハンターのガッシュは炯々と光る目を眇めながら言う。その目の中にリュウの力量を推し量るような光が含まれていた。リュウは何事もないような顔でガッシュを見つめ、その隣でジャンクとニーナが事の成り行きを面白がっているような笑みを漏らしていた。

「ああ、わかってるよ じいさん……簡単にはいかないって事もな」

言うとリュウははっきりとした笑顔をガッシュに向けた。

「たやすい事じゃねえから今回は、あんたも含めてここにいるすべてのハンターに協力してもらいたいんだ」

「ほほう、何か考えがあるようじゃな若いの?」

「ああ、少しはな……ただそれでも確実だとは言えねぇけどな」

リュウの言葉にガッシュの目が穏やかなものに変わった。この少しの間のやりとりで何かを悟ったかのように初老のハンターの表情から険しさが消えていた。

「よかろう……おまえさんに任せる事にしよう どうやらこのじじいの出る幕はなさそうじゃ わはははっ」

「ふふっ、じいさんにもたっぷりと働いてもらうさ……」

「ただヤツを止めなければこの街はヤツに踏み潰されるだろう……確実にな」

そう言ったリュウの顔からおどけたような笑みが消えた。代わりにそこには生死の狭間で生き抜いてきたハンターの凄みのある笑みが浮かんでいた。

「そんな事はさせられねえよ……ここはハンターの街なんだ」

リュウの言葉にギルドマスターが黙ったままで強くうなずく、カウンターの中でベッキーが笑顔を見せていた。

「ジン……明日おれたちは砂漠に出かける そこでおまえたちに頼みたい事があるんだ」

リュウはジンを振り返り言った。ジンは待ってましたとばかりに不敵な笑みを見せる。

「……龍殺しの実」

静かにつぶやくリュウの顔をこの場にいたすべてのハンターたちが食い入るように見つめる。

「普段は火山で取れるその実が何年かに一度砂漠で採取できるんだ……」

そこまで言うと言葉をきり、リュウは回りをゆっくりと見回した。

「その何年かに一度採取できる龍殺しの実は普通の実の何倍もの効果があるらしい! おれたちはその実を採取にいこうとおもってるんだが、ただひとつ問題があってな!」 

「問題って?」

アコの声が恐々聞いた。

「ディアブロス……龍殺しの実が採取できる場所がヤツの寝床だってことさ!!」

リュウの言葉にジンたちの顔色が変わった。リュウはジンをじっと見つめる。その目に強い光が刺していた。

「ディアブロスをヤツを止めろジン……それがおまえたちの役目だ」


  ――――――――――――――――――――


砂塵を巻き上げて天をも揺るがす咆哮が響き渡る。灼熱の砂漠地帯にその巨大な姿を現した砂色の二本角は黒く底光りする眼でこの聖地を侵そうとする者たちを射すくめていた。
その威容を撒き散らす巨大な二本の角は見たものに脅威と恐怖を与える。先端が二股に分かれた尻尾が不気味に威嚇するように上下していた。

「さあ、始めようぜ ディア」

見上げるほどの巨体から溢れ出るような殺気を漲らせるディアブロスを見据えてジンが不敵に笑う。ジンのその声が合図のようにカンタロスガンを抱えたフィンが数歩前に飛び出す。そして躊躇することなく引き金を引き絞った。

「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁっ」

恐ろしい絶叫を上げて体勢を低くしたディアブロスが突進を繰り出した。その鼻先にカイの投げた閃光玉が激しい光を放ち炸裂する。凄まじいまでの勢いを削がれたディアブロスは急激に立ち止まり、視界を奪われ苦しげに咆えていた。

「やぁぁぁぁっ」

足元に飛び込んだアコのポイズンタバルジンが肉の柔らかい部分を狙ってその毒と共に切り裂く。ディアブロスの正面から左右に分かれたジンとカイがその頭部の巨大な角を狙って斬撃を与えた。斬破刀がその雷の属性を纏い凄まじく斬り上げられる。毒を滴らせたヴェノムランス改の鋭い突刺が的確に角を捉えていた。
フィンは少しディアブロスから距離をとり貫通弾を撃ちながらスコープ越しにディアブロスの様子を窺う。時間の経過と共に閃光玉の戒めから解き放たれたディアブロスにフィンは二度目の閃光玉を投げつけた。

3人の近接の執拗な攻撃は休むことなく続けられた。ディアブロスが紫色の毒に染まりその黒く底光りする凶暴な眼からは、みるみるうちに光が失われていった。狩りの手応えがハンターたちに更なる力を与え、武器を振るう手にも力が漲る。閃光の効果が消える寸前で巨大な角にカイの突刺とフィンの打ち込んだ撤甲榴弾が同時に炸裂した。数瞬遅れて撤甲榴弾が潜り込んだ角の内側で爆発する。巨大な角は魂揺らす絶叫と共に空高く弾け飛んでいた。

その絶叫と同時に3人はディアの巨体から飛び退いた。油断なく武器を構えながら砂色の巨体を見据える。ディアブロスは一声咆えると巨大な翼に生えた鋭い爪で地面を掘り返しその大地に身を潜めていた。
隙を見てアコの当てていたペイントボールの匂いがエリアから遠ざかって行く。その匂いの方向を見やりながら4人は大きく息を吐き出した。

「よし、これで寝床からはヤツを追い払えた……後はリュウさんたちが事を済ますまでヤツを足止めするだけだ」

「しかし、すっごくうまくいったよね〜ぼくの狩猟方もばっちりと決まってたしね」

「まぁ、今日のフィンは確かにいい動きをしていたな!!……それは私も認めねばなるまいな!」

あまり人を褒めないカイの言葉を聞いて嬉しそうにフィンが笑顔を見せた。ジンはディアブロスの去っていった方向を睨んだまま囁くように言った。

「さあ、ここはリュウさんたちに任せてヤツを追うぞ……まだ役割の半分しか終わってないからな」

ジンの言葉にアコが強くうなずく。カイとフィンも顔つきを引き締めて走り出したジンの後に続いた。


その頃、ジンたちと別行動を取っていたリュウとジャンクとニーナは、ディアブロスの寝床にしている洞窟に潜んでいた。灼熱の砂漠にあってその洞窟の中は寒々とした空気に覆われていた。かなり広さのある洞窟の隅々まで見回しながら採取できそうな場所を探す。その労力には結構な時間がかかりそうだった。

「リュウ……あんた何であの坊やと組んでいるんだい?」

赤い草の生えた場所を手探りしているリュウに向かって唐突にニーナが聞いた。

「ん?まぁ マスターのじいさんに頼まれたからかな」

手探りを続けながらあっさりと答えたリュウにニーナは訝しげな視線を投げつけた。

「本当にそれだけかい?他に理由はないのかい?」

「ああ、特別な理由なんか何もないと思うがな?」

訝るニーナの視線に向けてリュウが人をくったような笑顔を向ける。

「理由がないならそれでいいけど……あたいはまたケイの代わりにあの坊やをと少し思っちまったからさ……」

ニーナの声が広い洞窟に小さく響く。その声に覆いかぶさるような咳払いをしてジャンクがニーナを睨んだ。

「ニーナ……ケイの話しはするな!もう昔の事だ 蒸し返すな!」

ジャンクが少し怒ったような顔を見せた。ニーナはそんなジャンクを見て肩を竦ませて見せた。

「ふふっ、ニーナ勘違いするな……おれはジンをケイの代わりになんてこれっぽちも思っちゃいないさ……ジンは、ジンだ……ケイじゃない」

つぶやくように言ったリュウの背中を見つめながら複雑な表情を浮かべてニーナが瞳を軽く閉じた。

「あんたの時間はあの時から止まっちまってるのさ……リュウ」

誰にも聞こえないような小さな声でニーナがつぶやいた。開いた青い瞳が遠くを見るように眇められていた。

「よし、あったぞ……ここに密集してるぜ」

洞窟に響き渡る大声が木霊して、ジャンクは嬉しそうに手を振った。リュウがやれやれというように肩を竦めニーナに視線を向ける。ニーナは、心中の複雑さを押し隠して口元に冷たい微笑を浮かべた。

「よし、さっさと龍殺しの実を採取しちまおう……ジンたちが痺れをきらしてるぜ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・

執拗に追いすがる意思を持った殺意を追い払うように巨大な尻尾を振り回す。砂塵を巻き上げて暴風が起き空気を震わせる。ディアブロスの双眸から消えかけた光は怒りと共に甦り、その光を強めていた。

「ねぇジン……もしかして狩れちゃうんじゃない?コイツ」

斬破刀を構えてディアブロスの双眸を受け止めるジンの隣で余裕の笑みを浮かべたフィンがリロードしながら叫ぶ。ディアブロスを挟み込んだ形で向こう側で武器を構えるアコとカイにチラリと視線を投げてジンが声を荒げた。

「くだらねぇ色気は捨てろよ、フィン……今回は足止めだけでいいんだ」

「でも〜アイツ弱ってるよ……チャンスだと思うんだけどなぁ?」

「つまらねぇ事言ってんな……来るぞ!!」

狙いを定めてディアブロスが低い姿勢のまま突っ込んでくる。ジンとフィンは左右にその突進をかわし振り向き様ディアブロスに向かって駆け寄った。ディアブロスは凄まじい速さで反転してその鋭く突き出した牙で襲い掛かる。ジンはその牙をかわしながら足元に潜り込み斬破刀を薙いだ。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ」

脚の筋を切り裂かれたディアブロスがその巨体と共に大地にもんどりうって倒れこむ。ここぞとばかりにフィンが貫通弾を撃ち込んでいた。

「勝てる!!……勝てるぞ〜ディアブロスに〜」

喜色満面に叫んだフィンの声に反応したかのようにディアブロスがうっそりと立ち上がった。そして低い声で咆えると勝ち誇ったようにガンを構えるフィンを見やり、背を向けて弱弱しい足取りでその場から逃れようとした。

「ああぁ!逃げていく〜ダメだ逃がしちゃ……」

フィンが情けなさそうな声を出して逃れていこうとするディアブロスの後を追いかけようとした。

「追うなフィン……今はダメだぁ」

ジンの叫びが後ろで響くのに構いもせずにフィンはガンを構えたまま走った。
狩れる!!ハンターとしての一番の至福がフィンの判断力を狂わせていた。喜びに勇んで追いすがるフィンをディアブロスがゆっくりと振り返り燃えるような双眸を向けた。怒りに震えた口元からは黒い霧のような激しい息が漏れる。天をつくように伸び上がったディアブロスはその口から天地をも揺らすような雄叫びを上げた。

「フィンンン〜〜っ」

ジンの口から凄まじい叫びが吐き出された。その光景を見つめていたアコとカイが凍りついたように固まったまま固唾の飲み込む。

「あわわわっ」

(バインドボイス)魂をも凍りつかすようなその雄叫びに、震え上がりその場でくず折れるフィンの姿にその場にいた誰もが死を直感した。そして誰よりもフィン自身が迫り来る死を感じていた。
目の前で怒りに震えたディアブロスの片方だけ残った一本の角が死を告げるようにフィンに向けられた。逃げ切れる距離ではない。フィンはその場で耳を塞ぎながらその巨大な角を見つめる。そして泣き出しそうな顔に諦めにも似た色が浮かんだ。

(生命あるものには、いつしか終わりがくる……故にこの一瞬を、悔いなき一瞬を)

ジンは胸の中で小さく叫ぶと、歯を食いしばりながらディアブロスに向かって駆け出した。その瞬間、ディアブロスもフィン目掛けて突進した。凍りついたように動けないアコとカイが息を止めたままでその光景を見つめる。フィンはその場で座り込んだまま自分自身の運命を成すがままに受け止めようとしていた。

「終わらせるものなら終わらせてみやがれぇぇっ ディアァァッ」


巨大なディアブロスに向かって駆け抜ける風のように走るジンの姿をリュウが見つめていた。何があったのか?呆然と立ち尽くすリュウの隣でジャンクの目が驚愕に見開かれた。ニーナが咄嗟にヴォルキャノンを構え素早くリロードする。

「だめ……間に合わないよ!!」

ニーナの口から悲痛な声が吐き出された。

「ジンーーーっ」

魂も焦がすような声でリュウはジンの名を叫んだ。


大地を揺らすような凄まじい突進が無防備にうなだれるフィンに襲い掛かる。目の前に迫る死を覚悟してフィンは目を閉じていた。巨大な角が血を求めて唸りをあげて迫る。
死に餓えたように、血に餓えたように、生命を奪いつくす事のみを求めた巨大な角は無防備な生命に届きかけた。そして死がその手をフィンに伸ばそうとした刹那……小さな風が吹きフィンと一本角の間を遮っていた。

「ぜりゃぁぁぁぁぁっ」

生命をつなぎとめるように吹いた風、ジンが渾身の気合と共にその手に握った斬破刀を烈火の如く振りぬいた。ジンの振りぬいた斬破刀が巨大な一本角に激しい斬撃を与える。
その瞬間凄まじい爆発のような衝撃が奔り、ジンの身体が砂塵で煙る宙を舞っていた。

「ぐわぎゃぁぁぁぁっ」

絶叫と共に空高く舞い飛ぶ巨大な角。ディアブロスはその最後の凶器を奪い取られ、たじろいだように後ずさると大地に逃げ込むように姿を消した。
遠ざかるディアブロスの存在を肌で感じながら大地に大の字になったジンの周りに仲間たちが集まってきた。ジンは痛々しそうに身体をさすりながらゆっくりと立ち上がり笑顔を見せた。アコがそんなジンの肩にそっと手をかけてうっすらと瞳に涙を滲ませる。言葉につまって声も出ないでいるアコを見てカイが優しくうなずいた。フィンは大地に座り込んだまま涙に濡れた目でジンを見上げ、今でも生きているのが信じられないという表情を浮かべていた。
生命あることを喜び、その生命を労わり合うように言葉もなく佇む4人にリュウたちが近付いてきて合流する。ジンは照れたような笑顔を見せてリュウを見た。

「やったぜ リュウさん……ディアを止めたぜ」

笑顔を見せて言うジンの土埃で汚れた顔をリュウが無言で見つめた。そしてその顔に険悪な表情を浮かべるといきなり拳でジンの頬を叩きつけた。

「な 何すんだよ?」

いきなり殴り飛ばされて尻餅をついたジンが下からリュウに睨みつける。そのジンを見下ろしながらリュウが今までに見せた事のないような怒った顔を見せていた。そのリュウの怒りがその場の空気を凍りつかせていた。

「馬鹿野郎、おまえはいつまでそんな無茶を繰り返すつもりなんだ?」

「だってあの時はあれしかなかったじゃねぇか?フィンを見殺しにすればよかったのかよ?」

ジンは叫ぶように声を荒げた。そして挑みかかるような目をリュウに向ける。そのジンの叫びを無言で遮り、リュウが拳を強く握る。

「本当か?本当にあれしかなかったのか?ジン そうじゃないはずだ……フィンを救う手はほかにもあったはずだ」

「………………」

「たとえば、あの瞬間フィンを庇い防御をしていても良かったはずだ……たしかにそうすれば二人とも無傷ではすまなかっただろう だが二人とも確実に死なずにすむはずだ……そうじゃないか?」

「………………」

ジンは言葉を失くして座り込んだまま、挑みかかるような眼を地面に伏せる。打ちひしがれてリュウの言葉を噛みしめていた。

「あんな無茶をやり続けていたら……いつか、おまえは確実に死ぬだろう」

「………………」

「おまえだけならそれで良いかも知れんが……おまえの行動はいつかおまえの仲間をも死なせる事になる」

ジンはうつむいたままリュウの浴びせかける矢のような言葉を聞いていた。

「その事だけは忘れるんじゃない……」

言い捨てるとリュウは背中を見せて歩き出した。その背中をフィンがアコがカイが見つめる。ニーナは去ってゆくリュウの背中から視線をジンに向けると珍しく優しそうな笑顔を見せ何も言わずにリュウの後を追った。

「さあ、立てよ坊主……」

うなだれるジンに大きな丸い手を差し伸べながらジャンクが言う。その顔にもニーナと同じような優しい笑みが浮かんでいた。ジンはジャンクの手を取るとゆっくりと立ち上がる。そして遠くなって行くリュウの後姿を見つめた。

「大将の言った事は間違っちゃいないぜ、坊主……これだけははっきりと言っておく……ただな」

そこまで言うとジャンクが遠くをみつめるように目を細めた。

「ただ、大将はきっとおまえを死なせたくないんだろうよ……これもはっきと言っておくぜ」

遠ざかるリュウの小さくなった姿を見つめながら、ジンの耳の奥でジャンクの声が微かに響いていた。


  ――――――――――――――――――――


「ねぇ、ジン……あなた私の話し聞いてるの?」

ベッキーがカウンターの中から苛立ったような声をジンの背中に浴びせかけた。その瞳にも何か訝るような色が浮かんでいた。

「ん?……ああ、聞いてるぜ」

真昼の酒場の一角に陣取り朝からビールのグラスを傾けていたジンは、ベッキーの声に面倒くさそうにうなずく。朝から飲み続けていたのにもかかわらずジンの顔色は赤みが差すどころか青白く見えていた。あの砂漠での出来事以来、ジンはそうして朝から酒を飲むようになっていた。

「ラオがブレイヴの街の西を越えたそうよ……明後日くらいにはシンシアの砦正面に現れるわ」

「……そうか」

「そうか?って、ちょっとジン……」

ベッキーが怒った表情を浮かべてカウンター越しにジンを問い質そうと身を乗り出した。その時、酒場の扉が静かに開いた。ベッキーは顔に浮かべた怒りの表情をスッと収めて穏やかな視線を入り口に向ける。そこには黒い上下の洋服に身を包んだニーナが手に白い花束を携えて笑顔を見せていた。

「どうしたの?ベッキー、大きな声だしちゃって?……そんな所は昔と変わってないわね」

いつになく静かな口調でニーナは言うとカウンターに向かってゆっくりと歩いてきた。その表情はいつもと違って大人の女の淑やかさを感じる。口元に浮かべた微笑もいつもみたいな冷たそうな印象はなかった。こうして見るとニーナはかなりの美貌の持ち主だった。

「せっかくの美人が台無しよ、そんな怖い顔してたんじゃ うふふっ」

ニーナにジッと見つめられてベッキーの顔がみるみる赤くなっていった。少しだけ頬を膨らませながらニーナを睨む。ニーナに掛かるとベッキーはかなり調子を狂わされるらしい。うら若い少女時代を知られているせいかも知れない。

「それで?今日はどうしたのニーナ?……そんな格好して花なんかもって」

ベッキーはわざとツンとした口調で言う。ニーナは青い瞳で窓の外を見た。真昼の陽光が優しく差し込んでいる。

「ちょいとアイツに会いにいってやろうと思ってね……この街にきたのも久しぶりだからね」

穏やかにつぶやくニーナを見て、ベッキーはハッとしたように瞳を伏せる。そして小さな声で言った。

「……そう」

「それにしても良い天気だねぇ……」

ニーナは窓に向けた視線をゆっくりとジンの背中に移して言った。ジンはそんなニーナの存在さえも感じていないような素振りで黙々とビールを煽っていた。

「あんた……ジンって言ったよね ちょいと散歩につきあわないかい?」

ニーナの静かな声が酒場に流れるように響いた。ジンは手に持ったグラスをテーブルに置いてゆっくりとニーナを振り返る。

「散歩?ひとりでいけばいいじゃねぇか」

「うふふっ……いいから付き合いなよ、坊や ほらこんなにいい天気だよ外は」

ニーナが艶然と微笑みながら窓の外を指差した。ジンはその指につられた様に窓の外に目を向けた。陽光が眩しすぎてジンは目をほそめる。そして短く舌打ちをした。

「別に天気になんて興味はねぇよ!おれのことはほっといてくれ」

「こんな所で真昼間から酒を飲んでるよりは、よっぽどいいさ……さぁ行くよ」

しぶるジンの腕を強引に掴むとニーナは、引っ張りあげるように椅子から立たせた。意外と力の強いニーナに引かれてジンは仕方なく酒場から連れ出された。


街は夏近しと思わせる輝く陽光に照らし出されて行き交う人々の顔さえも輝かせて見えた。そんな陽光に照らされた街に似つかわしくない黒の上下に身を包んだニーナが前をスタスタと歩いていく。ジンは街の眩しさに目を細めながらイラついたような顔でその後を歩いていた。ニーナは真っ直ぐに街門を目指して歩いていく。そんなニーナをすれ違うハンターたちが目を瞠って振り返っていた。

「ひゃ〜〜いい女だなぁ」

「見てみろよ、あの口元 かぁっ色っぺぇ」

顔を寄せ合って囁きあう男たちの声が耳に届いてくる。ジンは男たちに視線を投げると改めてニーナの後姿を見つめる。そして、くだらねぇ と小さな声でつぶやいて男たちを睨んだ。
そんな周りの囁き声など気に留める様子もなく、ニーナは足早に街門を出た。そしてその足を門左手にある小路へ向ける。その小路の先は小高い丘になっていた。緩やかな勾配が続く一本道を歩きながらニーナは酒場を出てから初めてジンを振り向き笑みを浮かべた。ジンはいきなりニーナに振り返られて慌てたように意味もなく青い空を見上げる。

「ねぇ坊や、ベッキーに聞いたんだけど……あんた一人で討伐に出たがるんだってね?」

「それがどうかしたのかい?」

少し唇を尖らせて言うジンの子供っぽい拗ねたような表情を見てニーナは声を出して笑う。

「あははっ、あんたいつもそうやって尖がってるのかい?……本当によく似てるよ何から何まで……隊長の若い頃にさ」

「リュウさんの若い頃?」

「ああ、そうさ……リュウの若い頃だよ!」

そう言うとニーナは歩く速さを緩めてジンと肩を並べた。チラリと隣を歩くジンに視線を向けて懐かしそうに瞳を細める。

「あたいが初めてリュウと出会ったのは今のあんたより少し若いくらいの時だった その頃のアイツも一人で狩りをしていてね、周りのヤツらから孤高の狂戦士なんて呼ばれてたよ」

「………………」

「あたいもハンターを始めてまだ日が浅くてね、狂戦士なんて呼ばれてるヤツはどれだけゴツくて凶暴な人間なんだろう?って想像してたんだよ」

ニーナは言うと言葉を止めて小さく笑った。

「ふふふっ、そんな想像をしていたときに店に飛び込んできたのがリュウだったのさ……噂の孤高の狂戦士がとぼけた顔つきでカウンターに狩りの戦利品を投げ出しながら、ひょうきんな笑顔を見せたときは、あたいはもうぶっとんじまったよ これが狂戦士?ってさ」

言って楽しそうに笑うニーナを見ていて、ジンの胸にも同じような感じが甦ってきて思わず口元に笑みが浮かんだ。

「アイツと初めて組んだ時も物凄く嫌がってたよアイツは……「なんでおれがこんな女ガンナーのお守りをしなきゃいけないんだ」ってね」

「あたいだって嫌だったさ「なんで、あたいが一人でしか狩りをしないなんていってる変わり者と組まなきゃいけないの」ってね」

「……でも結局ギルドマスターが言うことには、あたいもリュウも逆らえなかったのさ、なんせ若かったからね、あの頃は二人とも」

言うとチラリとジンを見て

「ふふっあんたにも心当たりがありそうな顔してるね」

ニーナが言うとジンは苦笑いを浮かべる。

「まったくおせっかいな爺さんだよ!それで結局あたいたちは緊急の討伐依頼に出たんだよ……リオレウス討伐にさ」

「アイツは強かった……あたいが今までに組んできたどんなハンターたちよりもね 狂戦士なんて呼ばれてる訳が初めてわかった気がしたよ」

つぶやくように言ったニーナが懐かしさに遠くを見つめる瞳で空を見上げた。

「その狩りの時にあたいがドジっちまってね、レウスにやられかけたのさ……リロードのタイミングを誤ってね」

「もうだめだって思った時、リュウが飛び込んできてあたいの代わりにレウスの牙を受けてくれた」

「その瞬間あたいは頭の中が真っ白になっちまってね、その後どうなったのかわからなかった そして気がつけば目の前にレウスの亡き骸が転がってたんだよ」

「そのレウスの亡き骸の隣で倒れてたリュウを見つけて、あたいが慌てて抱き起こすとアイツはおどけたような笑顔を見せて言うんだよ……「ようニーナ、生きてたか?おれ今日の狩りで思ったんだけどよ……仲間と狩るってのもなかなかいいもんだなぁ」ってさ」

「それからさ、あたいたちが組んだのは」

ニーナは言うとゆっくりと立ち止まった。晴れ渡った青い空に囲まれた小高い丘の真ん中あたりに小さな墓標が立っていた。ニーナはその小さな墓標を見下ろすと手に持った白い花束を手向けた。両手を組み合わせて小さな声でお祈りの言葉を捧げる。ゆっくりと閉じた瞳を開けると後ろで佇むジンを見つめた。

「あたいたちが残影を作ったのが、その頃だったよ」

「色んな仲間が集まってきた ジャンクもその頃に知り合ったのさ……そこに眠ってるケイともね」

ニーナの言葉を聞いてジンはゆっくりと足元の小さな墓標に目を向けた。手向けられた白い花が悲しげに映っていた。

「生きてたら、今のあんたと同じくらいの年齢になってるだろうね……リュウが一番気に入ってたメンバーだったよ」

「才能に溢れてて明るくて優しくて、本当にいい子だったよ」

ジンを見つめるニーナの瞳に寂しげな翳が挿す。ジンは墓標を見つめたまま黙ってニーナの言葉を聞いていた。

「リュウを筆頭にしてあたいたちは数々の討伐をこなしてきた 傭兵としても個人のハンターのパーティとしてもね……伝説の邪龍と呼ばれた古龍さえも三度の闘いでついに討伐した 怖いものなんか何もなかったよ」

言うと言葉を切りニーナは瞳を閉じる。泣いているのか?しかしニーナの瞳から涙はこぼれてこなかった。

「そんな時にヤツとでくわしたのさ……幻の飛竜とね」

「ヤツの強さは異常だった あたいたちの強さも経験も何もかもが踏みにじられた。そしてケイの人生が奪われたのさ」

唇を噛みしめながら話すニーナをジンは見つめ続ける。表しようのない悔しさがニーナの美しい顔に滲むのがわかった。

「リュウの目元の無残な傷跡もその時のものさ……でも、アイツの心にはもっと深い傷跡が残ってる……ケイを失ってしまった悲しみと一緒にね」

ジンは何も言えずにニーナを見つめていた。この場に相応しい言葉が見つからないもどかしさ、どんな慰めさえも軽い言葉に変わってしまう……ジンは言葉を失っていた。

「生命は軽いものじゃない……その事だけは忘れちゃいけないよ、坊や」

「きっとそう言いたかったんだと思うよ……隊長は」

ニーナの言葉は染み渡るようにジンの胸に響いていた。そしてあの時の怒りに震えたリュウの顔がジンの脳裏に浮かんでいた。


  ――――――――――――――――――――


シンシアの街に急を告げる警笛が鳴り響いた。怒号と悲鳴の中を慌ただしくすれ違うハンターたちに混ざり商人たちのもの売る叫びが響き渡る。

「さぁ、今からこの店の商品すべて半額だ〜老山龍ラオシャンロンの迎撃に向かうやつ等には、さらにその半額で叩き売るぞ〜さぁ買っていきなよ、そこのハンターさん」

呼び止められたハンターがおもむろに立ち止まり商人を見る。その顔に苦笑が浮かんだ。商人は薬草の束をそのハンターに見せるように振り回す。肩を竦めたハンターはまた今度なと声をかけ足早に去っていった。

「ふふっ、まったくこの世界ハンターの商人たちときたら逞しいもんだね、こんな時でも商売第一かい……たいしたもんだよ」

街門に佇みその光景に呆れた顔を見せてニーナがはき捨てた。その青い瞳には厳しいハンターの色が浮かぶ。街は騒乱の渦に巻き込まれたように大騒ぎだった。

「さぁ行くよ坊や……ぐずぐずしてたら隊長にどやされちまうよ」

言うなり駆け出したニーナの背中を見つめジンも足早にその場を離れた。二人はまっすぐにハンターズギルドを目指し走った。噴水広場に足を踏み入れると酒場の外は武器を携えたハンターたちで人垣が出来ていた。ジンとニーナは、その人垣を押しのけて扉を開く。
ジンとニーナの姿を見つけたジャンクが大声を上げた。

「何してんだ二人とも、こっちはもうとっくに用意できてるんだぜ」

がなりたてるジャンクの顔が興奮気味に上気している。隣で装備の確認をするアコとフィンの顔は緊張で強張っていた。相変わらずのカイのスカルフェイスだけが表情を窺えないが、ランスを握るその手が小刻みに震えているのが見えた。

「ニーナ、こいつを確かめておけ!」

リュウは言うと無造作にヘヴィボウガンをニーナに投げてよこした。昆虫を思わせる特異な外観を持つそのヘヴィボウガンはラストニードルと呼ばれる滅龍弾を撃てる唯一のボウガンである。それ以外にも攻撃系の弾への対応を充実させた逸品であった。

「うふふっ、ラストニードルかい……腕がなるね」

ニーナは口元に笑みを浮かべるとレバー、引き金、スコープと様々な具合を確認する作業に移った。リュウはレウスレジストのフル装備を身につけてラストニードルを肩に担ぐと、斬破刀に砥ぎをいれているジンに向かって歩いてきた。

「ジン……おまえはこれを使え!」

言って愛用の龍刀紅蓮を差し出した。ジンは差し出された紅蓮を見つめ、その視線をリュウの険しい顔に向ける。

「いいか、ジン 近接攻撃部隊の要はおまえの紅蓮とドラゴンランスのジャンクだ……頼んだぞ!」

ジンは無言で紅蓮を受け取り、挑みかかるような眼でリュウを見つめた。そして強くうなずくと不敵な笑顔を見せ紅蓮を担いだ。

「よし、みんな砦に出発するぜ!!」

うおぉぉぉっ!! 酒場をハンターたちの声が響き渡る。ギルドマスターの顔に厳しい表情が浮かび、その光景を見つめる眼に険しさが滲む。その隣でベッキーも厳しさと不安とが入り混じった表情を見せていた。

「じゃあいってくるぜ、マスター!」

リュウが真剣な眼差しをマスターとベッキーの二人に向けた。

「ヤツを止めてくれ、リュウ……良い知らせを待っておるからな!」

リュウが強くうなずく、そして背を向けて歩き出した。その後ろをジンが追うように背を向ける。その背中にベッキーが声をかけた。

「みんな、無事で帰ってきて……信じてるわよ!ジン」

ベッキーの声を背中で聞いていたジンがゆっくりと振り返りベッキーを見つめた。

「ああ……この街には指一本触れさせやしねぇよ」

力強いジンの言葉にベッキーは明るい笑顔で応えた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

深い霧に包まれた渓谷に冷えた空気が漂う。岩肌を剥きだした景色は灰色に染まり視界さえ定かではなかった。幾度となく老山龍の進攻を食い止めてきた石造りの強固な砦は、今またその脅威に晒されようとしていた。

白いフルフルメイルのその独特な雰囲気を醸しだすフードを目深にかぶるジンの視線が深い霧の向こうに向けられる。夏近い季節なのに吐く息が白い、肌を刺すような空気の冷たさが張り詰めた緊張を煽り立てていた。

龍刀紅蓮を片手に携えたジンの隣でジンよりも頭ひとつ上背のあるジャンクがどうという事もなさそうな顔つきで首筋をボリボリと掻いていた。アコは青い顔で唇を噛みしめポイズンタバルジンを握る手を震わせる。死神の仮面のようなスカルフェイスをつけたカイの表情はその仮面の上からは読み取れないが、そのスカルフェイスの向けた視線は深い霧の向こうから離れることはなかった。

遠く離れた場所でボウガンを構えるフィンの姿がぼやけて見える。そのフィンの後ろで慌ただしく行き交う数人の影が見えていた。

高台に陣取りラストニードルの引き金に指をかけて待つリュウとニーナの姿が目に浮かぶ。
すべてがここにある。この濃霧に包まれた灰色の景色の中に。ないのは天災に匹敵するような脅威……老山龍ラオシャンロンの姿だけであった。


ずうぅぅぅぅぅんっ………ずうぅぅぅぅぅんっ


大地から湧き上がってくる地響きがハンターたちの足の裏から膝へ、腰へ、腹へ、胸へ、と不気味に伝わる。その地響きはまだ遠いのだろう、空気を振るわせるような変動は感じない。ただ音だけが大地を伝わりその存在を示していた。

「おいおい、本当かよ……今歩いてきてるのは、本当に飛竜の仲間なのかよ?」

隣で薄ら笑いを浮かべているジャンクを斜めに見上げながらジンは言った。ジャンクは面白くもなさそうにうなずくと眉をしかめる。

「坊主はラオは初めてか?……ラオはなぁ、おれたちが普段相手にしている飛竜たちとは、その祖が違う生き物だって言われているのさ、その祖は古の龍だと言われている」

ジャンクの言葉を黙って聞いているジン、アコ、カイの3人は固唾を飲み込んでその視線を霧の向こうに向けた。

「そんな古の脅威は、昔っから語り継がれてるそうだ……天災と呼ばれてな」


どっずぅぅぅぅぅんっ………どっずぅぅぅぅぅんっ


大地の鳴動は真っ直ぐ立っているのも困難なくらい激しくなっていった。大地が揺れているのがはっきりとわかる。霧に包まれた冷たい空気の中に溶け込む表しようのない畏怖に身体の動きも絡め取られ、拳を握り締めることさえ儘ならない。汗が全身に噴き出してくるのがわかった。

「来るぞぉ……いいか、おまえら 意識をしっかりと保っておけよぉ」

深い霧が揺らぐのが見えた。ゆっくりとゆっくりと。山が動いてる?うっすらと見えてきた影は見たものにそう思わせた。霧が蠢く、その山に押しやられるように。冷たい霧の層が次々に破られていく。圧倒的な力の前に。そして見た。その霧を突き破るように現れた天高く聳え立つ赤い巨大な禍々しい角を。

次に現れた巨大な眼、それはまるで方向以外に何も見えていないように感じた。瞬きすらせずに遠くを見る眼。災いなど微塵も感じさせない澄んだ綺麗な眼。この眼の持ち主は本当に倒すべき存在なのか?このただ真っ直ぐに進んでいるだけの存在は?一瞬の躊躇が過ぎる。しかしその躊躇はすぐに破られた。巨大な禍々しい爪が目の前に現れた瞬間に。そして大地に残した抉るような爪跡を見た瞬間に。その巨大な爪に蹂躙されてきた数々の街、村の惨状を思い浮かべた瞬間に。

「うおぉぉぉぉっ」

胸の中から溢れ出してくる感情が声になり迸った。ジンは躊躇することなく巨大な前足と後ろ足の間を潜り抜け天井のような広い腹部に紅蓮を一閃した。
その声が合図のようにアコが巨大な顔にポイズンタバルジンを叩き込む。流れるようなステップを踏みながらカイのヴェノムランスが鋭い突きをその巨大な角にむけて繰り出した。ジャンクのドラゴンランスがラオシャンロンの前足を貫く、龍属性の黒い稲妻がラオの前足に突き刺さった。

4人の凄まじい攻撃にも臆することもなくラオシャンロンは突き進む。まるで何事もないような足取りで、真っ直ぐに。
ラオの進行方向前方にハンターたちの影が揺れた。その影の一人はあの老ハンターガッシュだった。

「よし、みんなそれぞれの位置に置いたらさっさと身をかわせ」

ガッシュの指示に従いハンターたちは大タル爆弾を運び設置する。ガッシュは設置されたタル爆を確認して、カンタロスガンを構えるフィンを見た。

「よし、後は任せたぞ……フィン」

言うとニヤリと笑って走り去っていった。フィンは少し緊張気味に顔を歪めながらも鋭い眼でスコープを覗き込んだ。
スコープの標準の中にラオの巨大な顔が現れた。フィンが固唾を飲み込んで待つ。そのタイミングを

「おし、今だ……アコ、カイ、回避して〜〜っ」

言われるままアコがカイがラオの顔から遠ざかる。その姿をスコープから確認してフィンはカンタロスガンの引き金を絞った。

ドッカァァァァァァンッ………

物凄まじい爆裂音と共に6個の大タル爆弾が爆裂して黒煙がラオの巨大な顔を覆った。少し遅れてラオシャンロンの巨大な顔が天に大きく仰け反っていた。

うわぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ………

空気をも揺るがすような叫びを上げてラオシャンロンが咆える。その禍々しい角は爆裂の凄まじさを物語るように根元から弾け飛んでいた。

「よし、いいぞフィン後は任せろ」

「おっけい、じゃあ次のエリアで待ってるからね〜」

言うとフィンが駆け出していく。ジンはそのフィンの後姿に視線をチラリと送ると龍刀紅蓮を振り抜いた。


幾度も幾度も、ジンたちは、手にした武器で巨大な山を切り崩そうと試みる。ラオシャンロンの背中でも拡散弾レベル2の爆発が止むことはなかった。
その巨大な山は止まることを知らない生き物のように歩み続ける。巻き起こす風圧、地響き、咆哮、そのすべてが圧倒的な力を撒き散らせる。
その巨大な脅威に抗い続けるジンたちの顔には疲労の色が滲んでいた。滴る汗が握った武器を滑らせた。巨大な足が踏み出されるたびに揺らめく大地、その揺れがジンたちの足から力を奪い取る。巨大な山は休むことなく次のエリアに突入していった。

その脅威は、なんの攻撃すらもしてこない。ただひたすら突き進むだけ。しかしその進攻こそがこの天災の恐るべき所以であった。ただ進む、その先に巻き起こる地変。
その脅威に最初に晒されたのは、アコとカイだった。ラオシャンロンの巻き起こす地響きが岩肌を伝い、むき出しの岩が落下した。その落ちてくる巨大な影に始めに気がついたのは、カイだった。
カイは手に持った槍を放り投げて苦しそうな顔で剣を振るい続けているアコに向かって身を躍らせた。カイの機転に直撃を免れた二人だったが、砕けた大小様々な岩の直撃を受けて倒れこむ。ゴキっという嫌な音がしてカイの左腕が力を失くした様にブラリと下を向いた。アコも拳大の岩の破片を受けてピクリとも動かない。

「ぐむぅぅぅっ」

カイは折れた左腕を庇いながら立ち上がり倒れたままのアコを見た。アコは額から血を流して気を失っていた。

「カイィィ、アコォォォ……」

ジンの悲痛な叫びが轟音に消される。ジャンクは突き出す槍を止めて後ろを振り返った。カイは力を振り絞り気を失ったアコの身体を抱き寄せて脇に引き寄せる。ぐったりとしたアコの蒼白な顔を平手で叩いた。

「う、ううん……」

くぐもった吐息を漏らしゆっくりと瞳を開いたアコがカイを見上げて微笑みを見せる。カイはうつろなままのアコに安心させるように強くうなずいて見せ、視線をジンに向けた。ジンはラオの腹の下で狂ったように大剣を振るい続けていた。
カイのスカルフェイスの眼とジンの鋭い眼が交じり合う。無言のまま、お互いの無事を確認するとジンは紅蓮を握る手に力をこめた。

「坊主ーー!!一旦身をかわすんだーーっ」

ジャンクの咆えるような声、ジンは咄嗟に身を翻しラオの腹下から飛び退いた。

ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ

大気を揺るがせる咆哮を上げてラオシャンロンは、木造のやぐら門に向かって体当たりした。その凄まじさに傍らで見上げていたジンたちは息を飲む。アコを抱きしめたままその光景を見上げたカイのスカルフェイスが小刻みに震えていた。圧倒的な力を目の当たりにして気持ちが萎えるのを必死で堪えるハンターたち。この世のものとは思えない絶叫に足元が竦んでいた。

「ちっ……おまえにとっちゃ、おれたちなんてただの虫けらなんだろうぜ!」

頑丈に見えた木造りのやぐらも2度の体当たりであっけなくふみにじられた。ラオシャンロンは何事もなかったように進攻を始める。その眼は何を見て、何を思うのだろう。

「でも、その虫けらにだって守りたいものが、大事なものがあるってことをおまえに教えてやるぜ」

圧倒的な力を目の当たりにしてさえなお溢れ出す思い。山のようなそのラオシャンロンの後姿を見つめながら、ジンは力が溢れてくるのを感じていた。

巨大な山は動き続ける。目の前の大タル爆弾が派手な黒煙を上げて爆発しても、背中を焼き尽くすような拡散弾の爆炎も、龍属性を帯びた剣撃さえも止める術がないかのように。

踏み出す足に巻き込まれて弾き飛ばされる人影、美しい顔を真っ赤な血に染めて剣を振るい続ける涙に濡れた頬、折れた片腕をものともせずに槍を繰り出す姿、もう力さえ残っていないのに歯を食いしばり振るい続ける叫び、そんなどれもが傷だらけの生命を大地に晒していた。ただひたすら、目の前の天災に抗い続けようとしていた。
もう後がないことを誰もが知っていた。その石造りの砦の門を破られれば、その先には皆が愛する街があることを。
フィンは涙と鼻水の入り混じった顔をくしゃくしゃにしてリロードを繰り返していた。砦の上から撃ち続けられる弾丸の残り少なさに顔を歪めるリュウとニーナの汗にまみれた姿が見える。
足を引きずりながら残り少ない力で懸命に遠ざかるラオに追いすがろうとする涙に濡れたアコの顔。
片腕しか使えないもどかしさに身もだえするようなカイの呻き。
溢れ出す力も残り少なくなったジャンクの悔しげな表情。
そしてぼろぼろの姿で巨大な天災にその身を挺して立ちふさがろうとするジンの思い。
そのすべてのハンターたちの願いはひとつだった。

(自分たちの街を守りたい)

それが思いのすべてであった。

巨大な山は止まらなかった。その天災を思わせる圧倒的な力はただひたすら前に向かって猛り狂う。何度目かの体当たりで門の石壁の一部が崩れた。どんな衝撃さえも跳ね返すだろうと思われた頑丈な門が。

「ニーナ、ヤツが立ち上がったら撃龍槍を狙う これが最後になるかもしれねぇな!」

リュウは、ニーナを見て笑った。こんなに作り笑いが下手だったか?そう思わせるような歪んだ笑みだった。
ニーナは冷たい微笑を口元に浮かべ、艶然とリュウを見つめる。

「まだまだ、コイツが残ってるよ隊長!」

ニーナが最後の滅龍弾をリュウに投げた。リュウは空中でその弾を受け取るとニヤリっと笑いラオに視線を向ける。その眼が何かを狙いすますように細められた。

大気を揺るがす咆哮と共に猛り狂う巨体がゆっくりと立ち上がった。天にも届きそうな姿に改めて畏怖を感じる。その巨体を立ち上がって見上げていられる者は、ジンとジャンクだけだった。他のハンターたちは、皆、大地に倒れ伏しその衝撃に身を任すしか出来ないでいた。
そんな惨状を見返ることもなくラオシャンロンはゆっくりと二本の足で進む。すでに勝ち誇ったように巨体を揺らし。一歩一歩砦門に向かって歩を進める。巻き起こされる振動と風圧に翻弄されるジンとジャンクの姿。ラオの眼が笑ったように輝いた。

ジャキィィィィィィィンッ!!

その刹那、鋭い金属音と共に数本の鋭利な槍が砦から突き出された。その巨大な槍は天災にも匹敵するようなラオの巨体を貫く。ギルドの対ラオシャンロン用に拵えられた巨大兵器(撃龍槍)が轟音と共にラオシャンロンに痛撃を与えていた。

うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ………

天をも揺るがすような絶叫を上げてラオが苦しげに身を捩った。辺りを土煙が覆い尽くし視界を遮る。その土煙の中をゆっくりと地に伏せていくラオの影が見えた。

「やったぜ、隊長!!」

ジャンクの発した歓喜の声は、数秒ともたずに悲痛な呻き声に変わる。もうもうと立ち込める土煙の中を蠢くラオの影がゆっくりと動き出していた。

「くっ……これまでか!!」

ジャンクの顔に初めて苦悩の色が浮かんだ。流れ落ちる汗が顔中を濡らしていく。歴戦のハンターは心が折れていこうとするのに歯をギリギリと鳴らして耐えるのがやっとだった。

うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

動き出す巨大な影に向かってジンが咆えていた。口中に溜まった血が叫びと共に吐き出される。傷ついた身体全体から絞り出したような叫び、ジンの身体の回りの大気が震え、波紋を呼んだ。その叫びに呼応するかのようにラオシャンロンが咆哮を上げる。

それは魂の叫びだった。そしてその魂の叫びは、リュウのジャンクのニーナのそしてその場に倒れふす、すべてのハンターの魂を揺さぶるように響き渡った。

「教えてやるぜ、ラオ……おれたちハンターって生き物は、例え死んだって狩りに背を向けねぇんだ」

「……守りたいものが目の前にあればなおさらだ!!」

ジンは紅蓮を構えたままラオに向かって駆けた。咆えるような気合を体中から発散させて。ジンは駆け抜けた。
つられた様にジャンクがドラゴンランスを抱えて突進した。アコがフィンがカイがすべてのハンターが傷だらけの姿を晒して立ち上がっていた。
崩れかけた石塀に足をかけたリュウがラストニードルに最後の滅龍弾を装填する。ひび割れたスコープ越しにただ一点を見据えた。弱点とされる背中に聳える角のような棘を。
ラオの咆哮が響き渡り、ジンが叫びと共に紅蓮を一閃する。ジャンクのドラゴンランスが腹に突き刺さり黒い稲妻が奔る。突き刺すような銃声が木霊して滅龍弾が背中の角のような棘を吹き飛ばした。

ぎいぃゃぁぁぁぁぁぁっ………

凄まじい絶叫が、大地を揺らめかす轟音が、尾を引いて消えて行く。そしてすべてが終わった事を告げるように倒れてゆくラオシャンロンの巨体が静けさの中で横たわっていた。

「はぁはぁはぁ、やったぜっ……やったぜぇぇーーっ」

力のすべてを使い果たしたように大地に仰向けに横たわるジンが叫んだ。そんなジンを見下ろすジャンクの顔にも人懐っこい笑顔が浮かんでいた。
ジャンクはヘヴィボウガンを担ぎ駆け寄ってきたリュウとニーナに向かって片目を閉じてウィンクする。

「がはははっ、今日はこの坊主に教えられたぜ!大将」

ジャンクの笑顔を受けてリュウも微笑んだ。その目が大地に仰向けに横たわるジンの汗まみれの顔に向けられた。

「ああ、おれにも聞こえてたよジャンク」

「あたいも聞いたねぇ……うふふっ」

駆け寄る仲間たちに倒れこんだまま笑顔を見せるジンを見つめながらジャンクがつぶやいた。

「魂の叫びってぇのかな?ああいうのを……思わず痺れちまったぜ、このおれがよ」

リュウとニーナの顔に浮かんだ笑顔が強くうなずいているように見えた。

「大将、そいつは?」

ジャンクはリュウの手の中の赤い鱗に目をやりながら言った。リュウは手に握った赤い鱗にチラリと視線を向け差し出して見せる。その赤い鱗は、まるで怒りに震えるように鱗を逆立て禍々しく鈍い輝きを放っていた。

「ふふっ、魂が残していった贈り物さ!」

老山龍の巨大な亡き骸を見つめながらリュウはつぶやき、笑顔を見せた。


  ――――――――――――――――――――


街外れの小高い丘にリュウがひとり佇んでいた。風が優しくリュウの長い髪を攫うように吹いている。リュウの目がそこにひっそりと立てられた白い小さな墓標を見つめていた。手を合わすこともなく、祈りを捧げることもなく、ただ黙ったままで微笑を浮かべて佇んでいた。その墓標の傍には、少し前に手向けられた白い花が、優しく吹く風に花びらを揺らしている。リュウは静かに目を閉じると、何かを語りかけるように小さく唇を動かした。

「やっとヤツの居場所を突き止めたぜ、ケイ」

優しいとさえ言える声がリュウの唇から漏れた。閉じた目をゆっくりと開く、その目元も優しい光を帯びていた。

「やっぱここだったか!リュウさん」

リュウが声のする方に視線を向けた。そこにジンが立ちリュウに向かって微笑んでいた。

「これを返そうと思ってね……」

言うとリュウの傍まで歩き、握った龍刀紅蓮を差し出した。

「ジン……おまえ何でここを?」

リュウは、差し出された紅蓮を受け取りながら聞いた。ジンは顎を突き出して墓標に手向けられた白い花束を指し示した。

「これは、おまえが?」

「ニーナさんさ……砦に向かう前に連れてこられたんだよ」

「そうか……ニーナが………」

言うと白い花束を見つめる。ジンはリュウと並ぶように墓標の前に立ち、そっと口元で祈りを捧げた。リュウは何も言わずに小さな墓標を見つめ続けていた。

「どんなハンターだったんだい?ここに眠ってる人は……」

ジンは閉じていた目を開くとリュウに視線を向けて聞いた。リュウは墓標から目を離さずに囁くような声で

「若かったが、いいハンターだったよ……ふふっ、おまえみたいに無茶はやらなかったしな」

リュウの言葉にジンは苦笑いを浮かべた。

「冷静な判断力には目を瞠るようなものを持ってたよ!罠の扱いがうまくてなぁ、調合の知識も抱負だった 生きてたら今のおまえよりも少し年上かな……きっといいハンターになってただろうぜ」

「今でもまだ生きてるんだろ?リュウさんの胸の中で」

リュウは墓標を見つめる目をゆっくりとジンに向ける。風がリュウの長い髪を揺らした。

「マスターに聞いたよ、あんたが探し求めてる飛竜が見つかったんだってね?」

「ああ、そうらしいな……」

「復讐なのかい?そこに眠ってる人の」

ジンの真っ直ぐに問いかけてくる真っ直ぐな目に、リュウは答えるかわりに笑顔を見せた。

「どうなんだい?リュウさん」

「……心に決着ケリをつけるためさ」

リュウはつぶやくように言った。

「目の前でヤツの牙に八つ裂きにされていくケイの姿を……失われていく目の光を見つめて……おれは何も出来なかったよ」

リュウが視線をジンの目から墓標に戻す。そして唇を噛みしめて言葉を続けた。

「何か出来る事はあったはずなのに、おれはなにもする事が出来なかった……何もかも奪われたのさ、仲間の生命といっしょにな」

墓標を見つめるリュウの顔にいつの間にか苦しそうな表情が浮かんでいた。ジンは食い入るようにリュウの顔を見つめたまま何も言えずにいた。

「ヤツを追い求めたのは、復讐のためじゃない……あの日、ヤツに奪われたものを……目の前から奪われたものを取り返すためだ」

蒼白な顔で目に見えない何かを睨みつけるようにリュウが言葉を吐き出した。森の梢が風に揺れてザワザワと鳴った。ジンは自分の胸にこみあげてくる感情に動かされるように拳を強く握っていた。

「そうだぜ、大将……奪われたのは、おれたちも同じさ」

一際大きな声がしてリュウとジンは驚いたように声のする方に目を向ける。少し離れた場所でジャンクとニーナが立ってこちらを向いて笑顔を見せていた。

「あんたの受けた傷は、あたいたちのもんさ……あたいたちとそこに眠ってるケイのね」

「ニーナ……ジャンク……」

リュウは小声で名を呼び、改めて二人を見つめた。ジャンクは大股に歩いて墓標の前にくると手に持った酒を墓標に撒いた。風に乗って強い酒の匂いが辺りに漂う。ジャンクは残った酒をガブガブと飲み干してガハハっと豪快に笑った。

「返すものは返してもらって、さっさと決着ケリをつけようぜ!大将」

ジャンクの陽気な笑い声を聞いてリュウの顔にも笑みが浮かんだ。ニーナがリュウと並ぶように立ちリュウの肩にそっと手を乗せる。ジンはそんな3人を見つめていた目を墓標に移しながら

「おれも連れて行ってくれねぇか?リュウさん」

つぶやくような声で静かに言った。リュウは視線をジンに移し目を細める。ジャンクとニーナの顔からも笑顔が消えた。

「おれもその飛竜の討伐に連れて行ってくれねぇか?」

「……だめだ、これはおれたちの問題だ!おまえには関係ない」

リュウのきっぱりとした言葉にジンは言い返そうとして言葉を失くした。ただ、こみ上げてくる激しい感情にかきたてられるようにリュウを睨んでいた。

「どうしてだよ?リュウさん……あんたは今おれと組んでるんじゃねえのか?あんたが行くんならおれも行っていいはずだぜ」

「これは、おれたち残影の問題だ!それにジン、ヤツはおまえにはまだ早い……殺されに行くようなもんだ」

なおも食い下がろうとするジンに、固い意志を込めた眼で遮るリュウの容赦ない浴びせかけるような言葉。ジンはうなだれて下を向くほかなかった。

「なぁ大将……連れて行ってやろうぜ」

言いにくそうに鼻の下をぽりぽりと掻きながらジャンクが小声で言った。どうやらニーナもジャンクの考えに賛成のようで珍しく白い歯を見せて笑う。

「こいつだってハンターだ、自分の生き死にぐらい自分で面倒みるさ……それにあんただって認めてるはずだよ、大将」

「この坊やの強さをね」

ジャンクの言葉を引き継ぐようにニーナが言った。リュウはそんな二人を見て難しそうな表情を浮かべた。そして少し間をおいてから両手を広げて肩を竦めた。

「約束しろ、ジン……絶対に無茶はしないってな!!」

はき捨てるように言ったリュウの言葉を聞いて、ジンは嬉しそうに顔を輝かせ強くうなずいた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

「どうしてなんですか?リュウはどうしてそこまであの飛竜にこだわるんですか?」

酒場の別棟に建てられたギルド本部の部屋にベッキーの悲痛な声が響いた。美しい茶色の瞳を険しく細めてギルドマスターに詰め寄る。そんなベッキーをマスターは穏やかな顔つきで見つめ、上等そうな革張りのソファに深々と腰掛けてキセルをふかしていた。

「あの日の出来事は、私も知っています!ケイを失った悔しさは私だって同じです!だけど……だけど」

ベッキーはそこまで言うと言葉を詰まらせた。マスターはそんなベッキーを優しいとさえ言える目でジッと見つめ何も答えない。静かな部屋に壁の掛け時計の音だけがカチッカチッと時を刻んでいた。

「復讐するのがハンターとして正しい在り方なんでしょうか?私には、理解できません!確かに復讐が目的のハンターはたくさんいます!でも、私はそれがハンターとしての在り方だとは思えないんです」

ベッキーは震えて消えそうになる声に力を込めて言った。自分の考えに自信が持てずにいる。戸惑いが顔の色に浮かんでいた。

「この世界には色々なハンターがおるよ!親を殺された者、子を殺された者、妻や兄弟を失った者もな」

「……或いはその逆にモンスターをただ殺す事に喜びを感じる者もおる!金が欲しい、名声が欲しい、珍品を集める者、この世界の不思議を求める者もおる!その在り方は千差万別じゃ!ハンターとはのベッキー……」

「………………」

「どんな理由があったとしてもそれがハンターというものなんじゃよ!一度ハンターとして生きると決めた時から!その人間にどんな生い立ちがあろうと、どんな思惑があろうとハンターになったその日から一つの約束が生まれるのじゃ」

「それはなベッキー……」

「ハンターとして成すべき事の先に在る結果には、己の生命を持って購わなければならんという約束じゃ……それがハンターという存在なんじゃよ」

優しいマスターの声が、謳うように静かな部屋に流れる。瞳を伏せて聞いていたベッキーは心の中で何度も何度も同じ言葉を繰り返した。

(わかってる、わかってるそんな事は……生と死の狭間で生きているのがハンターよ……そんな事はわかってるの)

(ただ……身勝手かもしれないけど……失いたくないのよ……私のまわりの人たちを……誰ひとりとして失いたくないのよ)

「ベッキーや……おまえさんは優しすぎるようじゃの」

「………………」

ハッとするような優しいマスターの声にベッキーは伏せていた瞳を向ける。目の前のマスターの顔には今までに見たことのないような優しいどこにでもいる街の老人のような笑みが浮かんでいた。

「ギルドナイトとしては、失格かもしれんが……わしはおまえさんのそんな優しさが大好きじゃよ」

ギルドマスターの優しい言葉にベッキーは少し顔を赤らめて瞳を伏せた。そして伏せた瞳のままつぶやくように言う。

「危険すぎるんです!あの飛竜は……情報が少なすぎます」

「確かにのう……今までヤツに出会って生きて戻ってきたのはリュウたちだけじゃからの……希少亜種それも強さはすべてにおいて規格外の飛竜じゃ」

「ですから、もう少し情報を集めてから……」

「せめて実態だけでもつかんでから討伐に出ても遅くないはずです」

すがるような口調で詰め寄るベッキーに、ギルドの長はゆっくりと首を左右に振り遮った。

「リュウを、残影のやつらを止める事は誰にも出来んよ……それにハンターの意思を引き止める権限はギルドにはないんじゃよ!ベッキー」

マスターの威厳すら漂わせる言葉にベッキーはもう返す言葉がなかった。ただ潤んだ瞳でマスターを見つめるだけだった。

「ましてや、刺し違えてでも決着ケリをつけようとする者を止める事などな」

「……でも、ジンは関係ないはずです!」

ベッキーの強い口調にギルドマスターの顔が穏やかに微笑む。真っ直ぐに見つめてくるベッキーの潤みかけた瞳に映る思いが痛々しいようにマスターには見えていた。

「あやつもハンターじゃよ!ベッキー!……ハンターならまだ見ぬモンスターに挑もうとする気持ちが強いのは当たり前じゃ……ジンの……あやつのその気持ちも、わしには止める事は出来んよ」

「………………」

「おまえさんの気持ちもわかるから、わしも辛いが……信じてやる事じゃベッキー」

「あやつらの強さを信じてやる事じゃ……」

静かに時計の針の音だけが流れる部屋で、行き場を失ったベッキーの咽ぶような嗚咽の声が低く響いていた。


  ――――――――――――――――――――


ブァサブァサブァサッ………

常の飛竜の羽ばたきよりも数段大きな羽ばたき音に鼓膜が震える。その巻き起こす風に辺りに転がる雑木が吹き飛び枝葉はもぎ取られていった。薄暗い靄に覆われた空を見上げたジンの顔に信じられない物でも見たような驚愕の色が浮かぶ。隣に立ち、人をくったようなニヤケた笑いを浮かべるリュウの顔も緊張で強張っているのが見えた。

その冷たい氷のような銀色の翼が羽ばたく度に汗が滲んだ。

その冷たい氷のような銀色の肢体が蠢く度にカタカタと歯が鳴った。

その冷たい氷のような銀色の尻尾が揺れる度に胸が大きく高鳴った。

その冷たい氷のような銀色の顔が、赤く光る双の眼が人間の存在を知った時、掠れて聞き取れないほどの小さな声でリュウは囁いていた。

「久しぶりだな……銀火竜」

ぎぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………

巻き起こす凄まじい雄叫びが波紋を拡げた。まるで挨拶がわりだというように銀色の翼を大きく開きながら、天にその長い首を聳えさせ、銀色の竜が咆えた。
その猛り狂う感情の波に晒されてジンは身動きが出来なかった。驚愕に見開かれた眼だけが吸い込まれるようにその銀色の美しい姿を見つめ続ける。
その姿は、神々しいほどの輝きに満ちて見る者を魅了していた。銀色に光り輝く神の鱗を纏った地の底を蠢く悪魔。そこに存在している生物はそれ以外の何者でもない恐怖に彩られた存在だった。

「さぁ、この前の続きを始めようか……」

リュウの囁く声が聞こえた。ジンは驚愕に震えながらその声のするほうに視線を向けようとした。その瞬間、周りの空気が動いて三つの影が飛び出していた。

大気を突き破るような銀の翼爪がリュウに襲い掛かる。轟音を残してヴォルキャノンが火を噴くのが見えた。銀の脚元で黒い稲妻が奔る。その稲妻は軽いステップと共に位置を変えながら銀の脚元で奔り続けた。
燃え盛る炎のような刀身が目に飛び込んでくる。素早い動きと嵐のような斬撃に翻弄され銀色は苛立ったように牙を剥いた。その牙の奥に見え隠れしている赤い肉の色を見て、呪縛から解き放たれたようにジンの手に力が戻ってきた。

「そうだよな!……アイツだって生きてるんだよな!?」

ジンはニヤリと不敵な笑みを口元に浮かべ、斬破刀の柄を強く握りなおす。そして躊躇することなく闘いの場に躍り込んで行った。

銀色の噛み砕く牙がリュウの肩を掠めた。

銀色の振り抜く尻尾がジャンクの鎧の甲殻を吹き飛ばす。

銀色の吐き出す高熱を帯びた火球がニーナを掠めていく。

銀色の舞い上がった空の上から急襲する爪が防御の上からジンを直撃した。

闘いは凄惨を極めていた。ただお互いを奪い合うためだけに、血が流れ、生命が削られて、凄惨な時を刻み続けた。

銀色の長い尻尾が千切れ飛んでいた。

銀色の翼爪が弾け飛んでいた。

銀色の翼も千切れかけてぶら下がっていた。

銀色の鱗が剥がれ落ち飛び散った血の色に染まっていた。

倒れこむジャンクの身体の下から夥しい血が流れ出し大地を染めていた。

鋭い鉤爪に引き裂かれた忍の装束の胸元から露になった乳房が生々しい傷を刻みニーナの美しい顔が歪んだ。

鋭い牙に何度も引き裂かれたジンが血だらけの姿を大地に晒す。斬破刀を握る手にも力は残っていなかった。

そんな血に染まった大地の上に立っているのは、銀色とリュウだけだった。お互いに傷だらけの姿で、血まみれの姿で、二つの存在だけが大地に立っていた。

龍刀紅蓮を正眼に構えたまま澄み切った眼で銀色を見つめるリュウ。

燃えるような赤く輝く銀色の眼もジッとリュウを見つめていた。

「永かったぜ……銀火竜」

優しい響きの籠もった声でリュウはつぶやいた。銀色も軽くうなずいたように見える。そんな光景を見つめていたジンの目にはリュウと銀色が語り合っているように見えていた。

「じゃあいくぜ、銀火竜……決着ケリをつけよう」

紅蓮を正眼に構えたままリュウがユラリと前に出た。銀色も姿勢を低く身構える。そして二つの距離が一気に縮まろうとした瞬間、空気を引き裂く銃声が響き渡った。
力尽き膝立ちのままのニーナが放った徹甲榴弾が銀色の頭部に潜り込んだ。そして少しの時間の後、潜り込んだ場所で爆発が起こった。
銀色の頭部の甲殻が弾け飛び、血の塊が零れ落ちる。銀色は凄まじい眼光でこの痛みを与えた存在を睨んだ。

きぃぁぁぁぁぁぁぁっ

空気を突き通すような鋭い絶叫がその喉がら溢れ出す。銀色は片方だけの翼で空に飛び上がりバランスを崩しながらもその鋭い爪でニーナに襲い掛かった。
次弾のリロードに途惑ったニーナの顔が恐怖にひき歪む。咄嗟に死を決意したようにニーナが口元に笑みを浮かべた。

「ニーナァァァーーッ」

死を決めたように時を待つニーナの元に駆け寄り覆いかぶさったリュウの背中を容赦ない銀色の鋭い爪が抉った。

「ぐわぁぁぁぁっ」

ニーナを抱きしめて無残な呻きを上げたリュウの口から大量の血があふれ出した。その夥しい血に濡れながらリュウに抱き寄せられたニーナの瞳が信じられないものを見るようにリュウの顔に向けられる。
リュウはニーナの無事な顔を確認すると顔一杯に人をくったような笑顔を浮かべた。

「リ、リュウ……どうしてさ?……どうしてさ?リュウーーーっ」

魂を引き裂かれたような叫びを上げてニーナがリュウの身体を抱き寄せた。血にまみれたリュウの笑顔に幾粒もの涙が零れ落ちる。その光景を無慈悲な眼で見つめ続ける銀色に向かってジンは駆け出していた。もう立ち上がることすら出来ないはずなのに、力という力は使い果たしているはずなのに、ジンは斬破刀を構えたまま銀色に向かって真っ直ぐに無我夢中で駆けていた。

「うわぁぁぁぁぁっ」

叫びながらジンは泣いていた。泣きじゃくりながら斬破刀を振り続けていた。その斬撃は力なく弱々しく銀色の甲殻に傷一つ与えることも出来なかった。それでもかまわずジンは斬破刀を振り続けていた。

わきゃぁぁぁぁぁっ

銀色はうるさそうに一声咆えると半分になった尻尾を軽く振りジンの身体を吹き飛ばす。二回、三回と地面を転がったジンは、身体を突き抜けた衝撃に息も出来ないように青い顔をして倒れ臥す。それでも立ち上がろうと大地の上でもがき続けていた。

「ジン!!約束を忘れたのか……」

大地に倒れたままもがき続けるジンの耳にリュウの声が届いた。ジンは倒れたまま声のする方に視線を向けた。
その視線の先には、血だらけのリュウが立ち上がってジンを見て微笑んでいた。

「無茶はするなって約束だったはずだぜ」

「バカ野朗!!そんな約束なんてどうだっていい、あんたは死なせやしない……おれがあんたを絶対に死なせやしない」

ジンの悲痛な叫びにリュウの優しげな笑顔が重なる。ジンにはもう立ち上がる力も意識を繋ぎ止めておくだけの力も残っていなかった。泣きじゃくりながら見つめる、リュウの笑顔が少しづつ霞んでいく。もう銀色の姿もニーナの姿も何もかも見えなくなっていた。

「ニーナ……後の事は頼むぜ」

ニーナがリュウの顔を見つめる。言葉はもう口からは出てこない、失ってしまったようにただ見つめるだけ。

「おまえと出会って、おまえと組めて、よかったぜ!仲間と狩るって事がすっげぇ楽しかったよ!おまえが、教えてくれた」

「……ありがとうよ、ニーナ」

リュウは龍刀紅蓮を握る手に力を込めて笑った。ジンは遠のいて行く意識の中でリュウが笑顔を見せてジンを見つめているのがはっきりと見えた。

ジン………強くなれよ 

そして今みたいに仲間を守ろうとする 強い心を 本物の強さを身につけろ

ジン………きらいじゃなかったぜ、おまえみたいな無茶なヤツも……

(リュウさん、ダメだ……いっちゃダメだ……リュウさん)


―――――――――― ・・・・・・・・・・


「……リュウさん」

優しい陽の光りが窓の外から差し込む部屋のベッドの上でジンは眼を覚ました。清潔な白いシーツが腰までかけられている。
ジンはゆっくりと目だけで回りを見回す。枕の傍の机の上に一輪の赤い花が花瓶にささっているのが見えた。体の向きを変えようと身体を捻ると激痛が全身を駆け巡った。改めて自分の身体を見つめる。胸に血の滲んだ白い包帯が巻かれているのに気がついた。
包帯は胸だけではなかった。両腕と頭にも白い包帯が巻かれているのに気づき、初めてそこがズキズキと痛んでいるのがわかった。
ジンは駆け巡るような痛みを堪えてベットの上になんとか上体を起こし窓の外を見る。そしてさっき自分の口から漏れた名を小さな声で口に出してみた。

「リュウ……さん」

その時、静かに部屋の扉が開いて私服に着替えたベッキーが顔を覗かせた。一瞬、ジンはベッキーを見て誰が入ってきたのか?という顔をした。ベットの傍らまで歩いてきてジンの顔を覗き込んでニコッと笑顔を見せたベッキーを見て、そこで初めてそれが誰なのか理解できた。ジンは小首を傾げながらどうしたの?という顔を見せているベッキーに向けて笑顔を見せた。

「まだ寝てなくちゃだめよ、ジン」

「ああ……おれ、どのくらい寝てたのかな?ずいぶん長い間、眠ってたような気がする」

ベッキーは優しい瞳でジンを見る。その瞳は痛々しそうな白い包帯に向けられた。

「そうね……2日くらいかな?ずっと意識がなかったのよ」

「……そうか」

ジンは何かを思い出そうとしていたが、それが何だったのか思い出せない。もどかしさと少しの苛立ちに顔をしかめた。

「おぉ、目が覚めたようだな坊主」

少し乱暴に扉が開き、騒がしい声と共に仲間たちが部屋を訪れた。アコ、フィン、カイ、それにジャンクとニーナの顔も見える。みんな嬉しそうな顔を見せてジンに笑いかけていた。

「そうか……おれたちアイツと闘ったんだったな……そうだった」

ジンと同じような痛々しい包帯姿のジャンクとニーナを見つめジンは思い出したというようにつぶやいた。その言葉を聞いた途端、その場にいたみんなの顔が曇る。ジンは不思議そうに目を細めて仲間たちの顔を見回した。

「それはそうと、リュウさんはどうしてるんだい?おれと同じようにベットから起き上がれないでいるのかい?」

ジンは明るい声でニーナの顔を見て言った。ジャンクがジンから目を逸らすようにベッキーを見る。ベッキーは何も言わずに静かに窓の外を見つめていた。

「ジン……実はあんたに渡したいものがあるんだよ」

ニーナはジンの目を見つめたまま言うと、シーツの上に燃え立つ炎のような龍刀を静かに置いた。その龍刀は真ん中あたりから半分に折れていた。ジンは不思議なものでも見るような目でその龍刀を見つめる。

「なんだい?この紅蓮は?」

「アイツの……リュウの残していった紅蓮さ」

ジンはゆっくりと紅蓮からニーナに視線を向けた。

「残していったって?リュウさんこの街を出てったのかい?」

「いいかい、ジン……冷静になってよく聞くんだよ!今からあたいが話す事を」

ニーナは苦しそうな顔つきで、それでもジンから視線を離さずに言った。ジンは不思議そうな顔をしたままニーナの青い瞳を見つめていた。

「リュウはね、ジン……最後の最後まであたいたちを守ろうとしてた もう動くことすら出来ないあたいたちをね」

ニーナは言うと下を向いて唇を噛みしめる。その肩が小刻みに震えている。

「リュウはボロボロの身体で銀火竜に向かって駆け出した 後を頼むって言い残してね……そして牙を剥いて攻め寄せてくる銀火竜に捨て身の攻撃を仕掛けた」

「凄い攻撃だったよ……まるでリュウの命が乗り移ったような凄い斬撃だった 龍刀は銀火竜の額を深々と切り裂いてた……だけど、そこまでだった……」

そこまで言うと堪えきれないようにニーナの青い瞳から涙が溢れ出した。その涙が呼び水のようにアコの瞳からも涙が零れた。カイは背中を向けて肩を震わしていた。フィンは床に座り込んで大声で泣いた。ジャンクは天井を見上げて歯を食いしばる。窓の外を見つめ続けるベッキーの頬を静かに透明な涙が伝った。 

すべてが涙に濡れる中、ジンだけが何が起こっているのかわからないという目で折れた紅蓮を見つめ続けていた。

「ヤツの銀火竜の額を切り裂いたその紅蓮は、そこで力尽きたように真っ二つに折れちまった……その瞬間、ヤツの牙がリュウの胸を深く抉っていた」

「……それでもリュウは倒れなかったよ……あたいたちを背中で庇うように折れた龍刀を構えたまま倒れなかった……ヤツはそんなリュウをしばらく見つめてた……」

「……まるで、その姿を記憶に留めておこうとするようにね!そして片方の翼だけで空に消えていっちまったよ」

ニーナは溢れる涙を拭おうともせずに語り続けた。リュウの残した魂をジンに伝えようとするように語り続けていた。

「アイツはね、ジン……笑いながら死んでいったよ」

部屋じゅうに咽び泣く声が響いていた。強く噛みしめた唇から血が流れるのにもかまわずにジャンクはくぐもった声で嗚咽していた。

「みんな、悪いけどここからはジンと二人だけで話をさせて欲しい……少しの間だけでいい、あたいたちを二人にしておくれ」

ニーナが言って、皆の顔を見回す。どの顔も涙で濡れている事が悲しかった。ベッキーがベットの上で黙ったまま龍刀を見つめ続けるジンの顔を見つめ、その肩にそっと手を置く。そして微かな微笑を浮かべて部屋を出て行った。そのベッキーに続いて皆が部屋を出る。部屋にはニーナと瞬きすらせずに紅蓮を見つめ続けるジンだけが残った。

「最後にアイツは言ってくれたよ……ニーナ、あの時おまえと組んでよかったって……おまえと組んで仲間といっしょに狩りをすることの楽しさを知ったってね」

ニーナは遠くをみるような瞳で窓の外を見る。優しい陽光が街に降り注いでいた。

「ジン、リュウはあんたの事が好きだったんだよ……だからあんたを生かしたかったのさ」

「リュウは笑って死んでったよ あの時、守れなかった命を今度は守れたんだから……リュウの胸の中に刻まれた傷はそれで消えたんだよ」

ジンはニーナの言葉を聞きながらリュウの人をくったような笑顔を思い浮かべていた。

(おい若いの、どうやらもうおまえさんたちだけの問題でもなくなったようだぜ)

(ほう、おまえいい顔して笑うじゃねぇか……おまえこれからいつも笑っとけ、人の集まるいい笑顔だ)

(ディアブロスをヤツを止めろジン……それがおまえたちの役目だ)

(馬鹿野朗、おまえはいつまでそんな無茶を繰り返すつもりなんだ)

(約束しろ、ジン……絶対に無茶はしないってな)

(きらいじゃなかったぜ、おまえみたいな無茶なやつも)

(強くなれよ……ジン)

いつも見せていてくれた優しさをジンは思い出していた。いつのまにか涙が折れた紅蓮を濡らしていた。声がでないのが苦しかった。息も出来ないほど苦しかった。リュウの残していった優しさが苦しすぎてジンは声も出せずに咽び泣いていた。

いつの間にかジンの傷だらけの身体をニーナの傷だらけの身体が優しく抱きしめていた。同じ相手につけられた傷だった。同じ相手が残していった悲しみだった。
ニーナは熱い吐息がかかるほど顔を近づけてジンを見つめた。ジンは幼い子供のような顔をして泣き続けていた。

「あたいは、リュウを愛してたさ……ジン」

「失くしてしまった今でも……こんなにあいつを愛してるさ」

ニーナは言うと赤い唇をジンの濡れた唇に重ねた。微かに触れ合う、そんな口づけだった。ニーナは口元にいつものような冷たい微笑を浮かべてジンに背を向けた。そして扉を開いて部屋を出て行った。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

風が夏の強い日差しに照らされた丘の上を過ぎていく。ジンはフルフル装備を身につけてその丘の上に立ち、二つ並んだ小さな墓標を見下ろしていた。フルフル装備の独特な雰囲気を引き出している白いフードを首の後ろに外して優しい風に肩までの長い髪を揺らしていた。
その肩から提げた半分に折れた龍刀紅蓮が日差しを受けて燃えるように輝く。それは悲しげな輝きだった。

「本当に何も言わないで行っちまうのかい?みんな悲しむよ」

ジンは墓標から目を移しニーナを見る。その目が寂しそうに伏せられた。

「ああ、会うと行けなくなりそうだから……何も言わずに行くよ」

ニーナはそれ以上何も言わずにジンを見つめた。隣で丸い大きな身体を揺らしながらジャンクが笑顔を見せていた。人懐っこい笑顔はまるでこの丘を照らす夏の陽光のようだった。

「坊主……これはおれたちからの餞別だ!持っていけ」

言うと手に持った赤い鱗を差し出す。その鱗は通常の飛竜の鱗よりも大きく、禍々しく鱗を逆立てて鈍く輝いていた。

老山龍ラオシャンロンの逆鱗さ……大将からの贈り物だ」

「リュウさんが、おれに?」

ジャンクは少し寂しげに空を仰いで、ゆっくりとうなずいた。

「おまえのために、取っておくって言ってたよ……だからおまえに渡しておく」

ジャンクの手から受け取ったラオシャンロンの逆鱗をジンは胸に抱いた。そして静かに目を閉じる。

「じゃあいくよ、ありがとうな……ニーナさん、ジャンクさん」

背を向けて丘を降りていくジンの後姿を黙ったまま見送るニーナとジャンク。坂の途中までおりた所でニーナが声をあげた。

「ジン……リュウの残していったものに少しでも近づけたなら、手紙でもなんでもいいから連絡してくるんだよ……きっとだよ」

丘の上に響き渡るニーナの声に応えるかのように少しだけジンが振り返って見せた。
















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