前編 出逢い
蒼天を駆け抜ける迅雷の如く 風に舞い死地に舞う者たち
澄み渡る青い空に白い雲が浮かぶ。青々とした樹木に囲まれた大地には、大型草食竜のアプトノスが数頭群れをなし、のどかに草を食んでいる。その木々の揺れる音さえ聞こえてきそうな静かな大地にひとりの若者が空を見上げて佇んでいた。森と丘と呼ばれるフィールドは、初夏の陽光に照らされて淡い緑色に輝く。
ひとり佇む若者は、その緑色の大地と不釣合いな色あいの鈍く光る赤い血の色を思わせる鎧を身に纏いジッと空を流れてゆく雲を見つめていた。スラリとした細身の身体はしなやかで強い筋肉に覆われて俊敏さと力強さを見ている者に感じさせる。
身につけた鈍く赤い色の輝きを放つ鎧は雄火竜から作られるレウスメイルだった。そのレウス装備の鎧の頭装備だけは外している。深い赤茶色の肩まで伸びた髪が初夏のゆるやかな風に靡いていた。眼光の鋭い眼をした若者だった。細く形のいい顎の線がその端整な甘いマスクを際立てている。
年齢は二十代前半だろう、時折見せる何気ない笑みがどこか子供っぽく無邪気な印象を与え、その笑顔を見た者は引き込まれるように自分も笑顔を見せてしまう。そんな強く惹かれるような魅力があった。鋭利な鋭さと優しさが混ざり合った不思議な印象を人に与える若者だった。
その若者の名はジン……凶暴なモンスターを狩猟して生きる人種と呼ばれる人間たちのひとりだった。
「そろそろ現れる頃かな……」
肩からさげた大剣の柄をそっと触れながらジンはつぶやいた。身体の大きさの半分以上もある大剣は青白い輝きを放っている。鋭い刀身には微かな雷光を帯びて手に触れるだけで強力な電気が奔り抜ける特殊な大剣……斬破刀と呼ばれるその大剣は、鉄刀と言われる種類の大剣の分岐派生から作られる雷の属性を付加された業物だった。
「それにしてもいい天気だよなぁ……」
命を賭して臨むはずの狩場になんとも言えないのん気な声が響いた。狩りといってもこちらの命を代償にするようなモンスター討伐もあれば、肥沃な大地に生きる命を採取するようなその辺の普通の人間たちでもたやすく出来るようなものまで含まれている。ただ何故ハンターかということになると、答えは簡単だ。それはそこが狩場だからである。普通の人間がたやすく行き来できるような野山ではない。そこは、凶暴なモンスターが生息し、往来している狩場という特殊な場所だからである。
そんな特殊なフィールドでのん気に白い雲を眺めているジンが待ち受けるものは、この森と丘の狩場をねぐらにしている飛竜であった。ジンの滲ませるなんとなくのん気な雰囲気とはうらはらな過酷な討伐である。ただジンの胸のうちには、数え切れない程こなしてきたその相手との闘いが余裕のような自信になって漲っていた。
涼やかといっていいほどの陽気に包まれた森と丘に吹いていた風が突然、異様で特殊な風に変わった。幼い頃から、両親を失くしたったひとりの弟と祖父と共に生きていくためにハンターの暮らしを選んだジンにとって狩場の空気は、身体に馴染んだものであった。その空気の少しの変化をも見逃さずにかぎ分ける感覚もまたハンターとして身につけた特有の特技だといえる。その一瞬の感覚の差がハンターたちの生死をわけることも多々あるからだ。風の変化を感じ、風に乗ってやってくる匂いを感じ、そして最後に相手の存在を感じる。
「きやがったか……」
ジンは空高く舞う獲物を見据えながらつぶやいた。獲物は遠くの空を旋回しながら大地に降り立つ場所を探していた。獲物にはまだジンの存在など塵ほどにも感じている様子はない。まったくの無警戒で空から降り立つ大地を選別するとゆっくりとその場所を目指して舞い降りてきた。桃色の堅そうな甲殻で覆われた細い身体の飛竜だった。大きさは小型のモンスターよりも少し上といった感じであまり大きくはない。ただその頭の半分以上も占めている大きく尖ったクチバシがその飛竜の凶暴さを表していた。
飛竜というよりもその姿形は鳥竜種というほうが合っている。その姿の全容は、ほとんど鳥といってもいいような形をしていた。ただ何故この鳥が飛竜と呼ばれるか、それはこの鳥のもつ大きく広げた翼が飛竜独特の威容を示しているからだと思う。鳥竜の特徴に飛竜の威容を併せ持つ独特な雰囲気がその獲物が大怪鳥と呼ばれ恐れられている所以であった。
中空から舞い降りてこようとする獲物の視界の範囲から距離をとって待ち受けるジンが指にはめた黒曜石の埋め込まれた銀の指輪にそっとくちづけた。
(生命あるものには、いつしか終わりがくる……故にこの一瞬を、悔いなき一瞬を)
狩場で死んだハンターであった父親の口癖を胸の中でつぶやく。今にも獲物の広げた翼膜が巻き起こす風が大地の草花を激しく揺らしていく様を睨みながらジンは勢いよく獲物に向かって駆け出した。
「さあ始めようぜ、イャンクック」
桃色の甲殻飛竜イャンクックの巻き起こす激しい風圧に倒れんばかりに靡く草花を踏みしめてジンは斬破刀を抜刀した。イャンクックはまだ空中を舞っている。ジンはクックの巻き起こす翼の風圧を殺すように勢いよく大剣を振り抜いた。二度目の切り上げ攻撃が舞い降りるクックの片翼を切り裂く。斬破刀の持つ属性の雷が翼に痛撃を与え、堪らずクックは大地に叩きつけられるように落下していた。今はじめて気づいたジンの存在にクックの眼の光が変わる。回避行動をとってクックの攻撃範囲から退いて斬破刀をかまえるジンを燃えるような眼光で捉えながらゆっくりと立ち上がるとクックは特徴的な大きなえりまきのような耳を一杯に広げた。
「くぅゎぁっくぅゎっかかっ」
威圧するような叫びをあげながら片足で地面を掻く。凶暴な眼はジンを捉えたまま動かなかった。
「ぜりゃぁぁぁぁっ」
気合をこめてクックめがけて一気に距離をつめるジンの大剣が凄まじい勢いで一閃する。クックはその大剣の一閃を首を振りながらかわした。致命傷にはならないような身のこなしは心憎いばかりで、知性すら感じさせる。首すじを掠った大剣の一閃はかすり傷程度しかクックに与える事が出来なかった。クックはその傷の痛みが反撃の合図であるとばかりにその場で回転しながら細く先端の尖った長い尻尾を振り回してきた。ジンはその尻尾攻撃を斬破刀の剣腹で受け止めた。その遠心力を存分に使った尻尾の一撃は、ジンの身体ごと吹き飛ばすような威力を秘めていた。ジンはかろうじて回避行動をとり体勢を立て直す。斬破刀を下段に構えなおすとニヤリっと口元で笑った。
距離をとって殺気を漲らせるジンの姿をその凶暴な眼で見据えながらクックが走り出す。ジンに向かって一気に距離をつめるように突進を繰り出してきた。ジンはクックの突進を横に飛びのいてかわすと斬破刀を握る手に力をこめる。勢いあまって前のめりに倒れこむクックに向かって大剣を振り抜いた。青白く光る稲妻の属性が剣撃と共にクックの尻尾を切り裂く。会心の斬撃に堪らずクックが叫びをあげた。そのクックの叫びと同時にジンは連続攻撃を繰り出した。横に薙いだ鋭い刃先が桃色の甲殻に滑りこむように潜り、斬りあげた刃先は翼膜を弾き飛ばす。雷光を帯びた斬撃は確実にイャンクックの生命を削り取っていった。嵐のような攻撃になすすべもなく絶叫を上げ続けるクックが苦し紛れに繰り出した尻尾を余裕を持ってかわしながら回避したジンはクックの攻撃範囲から抜け出しぺロリと唇を舐める。クックはその場でゆっくりと振り向きその視界にジンの姿を捉えた。
「そろそろ終わりにしようか……クック」
ジンはくだけた口調で言い放つと真っ直ぐにイャンクックに向かって駆け出した。クックはジンを燃えるような眼で睨みながら大きなクチバシを鋭く突き出してきた。暴風のようなクチバシ攻撃を頭を低くしてかわしながらジンはクックの足元に潜りこんだ。俊敏な動作で斬破刀を横なぎに振り払う。クックの足の内側の肉質の柔らかな弱い部位をたやすく切り裂いた。そして返す刀でこれも弱い肉質の腹を切り裂く。クックは絶叫と共に轟音を響かせて大地に倒れ伏す。すばやい回避行動でクックの足元から飛びのいたジンはゆっくりと振り返ると大地に倒れこみ、じたばたとあがき続けるクックを見下ろした。
「これで終わりだ」
つぶやくように言うとジンはクックの頭に容赦なく斬破刀を振り下ろした。その会心の一撃と共に断末魔の絶叫が森と丘の狩場に響き渡る。ジンは無表情な顔つきでクックの姿を……雷電を残す無残な傷口をさらして倒れこむイャンクックを冷たく鋭く一瞥すると静かに背を向けた。
「あっけなかったよなぁ……」
当たり前だというような口調でつぶやく。血にまみれた斬破刀を片手にもったままジンはゆっくりと歩き出した。その刹那ジンの背中を突き刺すような殺気が奔った。咄嗟に振り返ったジンの目の前に巨大なクチバシが暴風と共に襲い掛かった。瞬間、致命傷になるのを救ったのはジンの俊敏な筋肉の動きとハンターとしての闘い抜けてきた経験だった。顔の前で大剣を構えて鋭いクチバシのついばみを受け止める。しかし連続しながらついばむ攻撃に体力のほとんどを奪い取られてジンは吹き飛ばされていた。青い草が生い茂る大地に背中から叩きつけられて息がつまる。それでも苦しさを堪えながらその場で回転してクックから距離をとった。
物凄い叫びと共に巨大なクチバシから燃える火球が吐き出され、倒れたジンに襲い掛かった。執拗に追いすがる火球を転がりながらかわすと大地に足を踏みしめてたちあがり斬破刀を正眼に構えるジン。その額には玉のような汗が浮かんでいた。唇からも細い血が滴る。ジンは言いようのない恐怖に襲われながらほんの数時間前に出会ったばかりの男のそしてハンターズギルドの受付の女の言葉を思い出していた。
「へっ……こういうことかよ」
燃えるような眼光でジンを見据え口から炎の息をもらしながら地面を足掻くイャンクックの姿を真正面で捉えながらジンはつぶやいていた。
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西シュレイド王国統治領南方辺境地方ミナガルデ自治地方都市……この辺境の地域は、多数のモンスター生息地域として特別にシュレイド王国から自治を認められている特殊な地方である。この地域のほとんどが狩猟を生業とするハンターの街で、そのハンターたちすべての統治を取り仕切っているのがハンターズギルドという一種独特の組織であった。広大な辺境地方のすべてが肥沃な狩場で成り立ち様々なモンスターが生息している。その中心にミナガルデの街があり、広大な狩場を分けるような形で様々な街が点在していた。東西のシュレイド王国の版図には小さな辺境地域がありその地域にはハンターの村が存在する。その小さな辺境地域は村が自治を行っていた。そしてそのハンターたちによる辺境統治の一番上に存在するのがここミナガルデ地方都市なのである。東シュレイド地方の小さな辺境の村を出てミナガルデ地方を訪れたジンは、ミナガルデ地方でも比較的大きく肥沃で広域の狩場を誇るシンシアの街に足を踏み入れた。
「へぇ……やっぱ街は凄ぇな〜〜」
行きかう人の多さと活気に溢れた風景、ハンターたちや露天の商店が織り成す喧騒に目を丸くしてきょろきょろと街の中を見回す。様々な装備に身を固めわがもの顔で通りを往来するハンターやひと目で王国に属するとわかるいでたちの兵士たち、露天や地べたに敷物を敷き色々な商品を並べて商いする人々の活気溢れる笑顔には日々生きる人間の喜びが滲んでいた。呆然と立ちすくむジンの傍らを通り過ぎる薄物の生地を身体に幾重にもまいて重ね着した物売りの女たちには独特の色気があった。醸し出す香水の匂いにむせ返りそうになる。のんびりと静かな村で育ち、その住み慣れた村を出て初めて街を訪れたジンには目に映る何もかもが新鮮で刺激に溢れていた。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
ジンはすぐそばを通りかかった中年のハンターらしき男に声をかけた。男はうっそりとジンを振り返り一瞥をくれる。そして興味ありげなその視線をジンの顔から逸らすとジンの身につけた装備を上から下までゆっくりと眺めた。
「ほぅ、レウス装備ねぇ……ふ〜ん斬破刀かぁ……あんた街は初めてかい?」
男の遠慮のない視線と物言いに少しだけむっとしてジンは答えた。
「ああ、街は今日が初めてだ……それとこの装備に何か言いたい事でもあるのかよ?」
「あはは、まぁそう尖がるなよ若いの……見たところあんた、村からやってきたね?……それにその装備を見たところ、そうとう腕には自信をもってるだろ?」
「あんたが何を言いたいのかはよく分からないが……それがどうかしたのかい?」
ジンは鋭い光を放つ眼を細めて男を睨んだ。(けっ、舐められてたまるかよ)凄みを効かせたジンの物腰に動じる気配すら見せずに男はニヤリっと笑った。ジンの放った怒気の受け流し方だけをとってみても男が只者ではないように感じられる。ジンは身体の緊張をとかずに男の出方を窺っていた。
「まぁそうやって怖い顔すんじゃねえよ、お若いの……あんたハンターズギルドに用があんだろ?」
「ああ、場所がどこだか聞きたいとおもって声をかけたんだ」
「へへっ、なぁにハンターの登録なんざ、あっというまに終わるさ……簡単な手続きだけだよ……それよりも今日初めて街を訪れたんなら、あんたにもっといい話を聞かせてやろうと思っただけさ」
「ほう……どんな話しなんだい?」
「へへっ乗ってきたね……よし、じゃあ今日初めて街にやってきたあんたにおれからの餞別がわりの言葉だ、よく聞いておきな」
男がニヤリと笑いながらうなずく。そして少しだけくだけた口調を真面目なものに変えて声を潜めながら言った。
「いいかい、お若いの……いつかあんたが狩場にでてモンスターとやりあう時にはね、くれぐれも気をつけるんだぜ!このミナガルデ地方のモンスターはよそのとは違う!腕に自信がありそうなあんただから特にな……いいか、その事だけは忘れるなよ」
「ここいらのモンスターには、気をつけろ?一体なにがどう違うんだい?街も村もモンスターには違いはないんだろ?」
「まぁそりゃそうだけどな……後はあんたが直接確かめるんだな、その違いってやつをな……ただし、おれの言ったことは覚えておきな」
男は意味ありげな言い回しをするだけで話の核心についてはいっさい触れないで言った。ジンは瞬きすらしないで男の目をじっと見つめる。そして何か納得したような顔つきになりうなずいた。
「ああ、そうするよ……」
ジンの言葉に男は意外そうな顔で笑顔を浮かべた。
「ほぅ、今度はやけに素直に応えるじゃねぇか」
「死んだ親父からよく言われたんだ……真っ直ぐに人の目を見つめて話す人間の言うことは信用しろってな、その目が澄んでいる人間ならなおさらだってな」
ジンの言葉を聞いて男は大声で笑った。ジンのほうも肩を竦めながらニヤリと笑みを浮かべた。
「あははっ、こいつはいいぜ……あんたいい親父さんに育てられたんだな……さて長話になっちまったがそれだけだ……この通りをまっすぐに行くと涸れた噴水のある広場に出るよ ギルドはその広場の一角の酒場の中にあるぜ」
男は言うと楽しげな表情を浮かべて手を振った。ジンは男に頭を下げると通りを広場に向かって歩き出す。数メートルあるいた所で男がおもむろにジンの背中に声をかけた。
「おい、若いの」
その声につられてジンが振り返ると男は満面の笑みを浮かべながら大声で言った。
「ようこそハンターの世界へ、いつくたばるかわからねぇこんな世界だけどよ、今日からあんたとおれはハンター仲間だ……幸運をな」
陽気に叫びながら手を振る男を肩越しに振り返りジンは街にきて初めての笑顔を見せた。軽く手を振りハンターズギルドに向かって歩き出した。
男の言葉通りハンターズギルドはすぐに見つかった。多くの人が往来する噴水広場の一角に大きな酒場の看板が見える。その看板の下におまけのようにギルドの看板がさがっていた。ジンは酒場の前で立ち止まるとチラリと看板を見上げる。そして躊躇することなく扉に手をかけると勢いよく扉を開いた。
酒場の中は、むせかえるような酒の匂いとタバコの煙そして真昼間であるのにもかかわらず店内は渦巻くような賑わいと喧騒に包まれていた。ジンは入り口に佇んだまま賑わう店内を見回す。そのジンに店内で騒いでいたハンターたちがいっせいに遠慮のない視線を浴びせかけた。まるで値踏みでもするようなあからさまな視線を無視しながらジンは受付カウンターに向かってまっすぐに歩き出した。
カウンターに向かって歩いてくるジンの姿を認めてひとりのメイド姿の女が小首を傾げながら笑みを浮かべた。その瞳には初めて見かけるハンターに対して少し興味ありげな色が浮かんでいた。
濃い茶色の肩までの髪はゆるくカールがかかりほっそりとした頬に触れていた。髪の色とおそろいの茶色の瞳はきれいに澄んでいる。どこか少女を思わせる小さな顔が可憐な印象を与えていた。
人目でわかる美貌の持ち主だった。よく似合うメイド姿の服装からスラリと伸びた手足、みかけよりも大きく形よくふくらんだ胸、そしてくびれた細い腰が大人の女の色香を感じさせる。
その少女めいた顔つきと成熟した体つきのアンバランスさが彼女をいっそう魅力的に見せていた。初めてギルドを訪れる人間は、必ずといって良いほど彼女に目を奪われるだろうと思わせる、それほどの魅力を彼女は持っていた。
「依頼を受けたいんだけどな……」
堅い木を使って拵えられたカウンターに片肘をつきながらジンが言った。女はジンを見つめながら あらっ というような顔で小首を傾げ……くすくすっと笑い出した。
「おい、なに笑ってんだよ?……おれが何かおかしな事でも言ったか?」
気を悪くしたような顔で声を荒げるジンを見つめて女は笑いを無理やり引っ込めるとペロリと赤い舌を出して
「ごめんなさいね、うふふ……でもあなたすごくせっかちな人よね」
「何がだよ?」
「だから……あなたまだここに登録してないよ」
女の言葉を聞いてジンはハッとした顔になり、女から視線を逸らす。「ああ」とか「ううん」とか意味のない言葉をつぶやいた。頬に赤みがさし照れているのがよくわかった。そんなジンのうろたえた仕草を見て女はまたくすくすっと笑い出す。今度は少し遠慮してジンに顔を見せないように気を使った。
「う〜ん、で……どうやるのさ登録って?」
「登録なら簡単よ、そこの隅でお酒を飲んでる彼に申し込むだけ」
女はカウンターの一番隅に腰掛けてゆっくりと酒盃をかたむけているひとりの老人を指差した。
「彼がこのシンシアのハンターズギルドの元締めなのよ」
ジンは、指差された方に視線を移すと老人を見つめた。どう見てもただの年老いて小柄な老人にしか見えない。こんな老人が本当に百戦錬磨のハンターたちを纏めているギルドマスターなのか?そんな疑いを胸に秘めながらゆっくりと老人に近づいていった。
「この街でハンター登録したいんだけど」
酒盃を傾けている老人に向かってジンは言った。老人はそのジンの存在に初めて気づいたというように隣で佇むジンをゆっくりと見上げる。飄々とした顔には深い皺が刻まれて老人の年輪を容易に想像できた。
「ほほほっ、登録かね」
老人は言うと懐から古びた羊皮紙を取り出しジンに差し出した。ジンは老人から羊皮紙を受け取るとその古びた羊皮紙を一瞥しカウンターに備え付けられた羽ペンを取り簡単な項目にスラスラと目を通す。そして署名の欄に名前をサインした。
「ふむふむっ、確かに受け付けたよ。お若いの……これでおまえさんもシンシアのハンターのひとりじゃ」
老人は、受け取った羊皮紙にちらりと目を通しただけでカウンターの中のかごに投げ捨てるように放り込んだ。そのけっして丁寧だとは言えない扱いに少しむっとしながらジンは老人を睨む。老人はそんなジンの胸のうちを見透かしたようにつぶやいた。
「お若いの、こんな紙切れはただの手順にすぎんのじゃよ この世界は生きている者だけに価値がある 生き残った者だけが勝ちということじゃな」
「ああ、おれもそう思うぜ……おれも生き残るためにハンターとして生きる事を選んだんだよ」
挑みかかるようなジンの声音が小さく響く。その目にも挑むような光が芽生えていた。
「ほほう……」
ジンの言葉を聞いていきなり老人の顔つきが変化した。今まで見せていたとぼけたような飄々とした顔が影を潜め鋭く見開いた眼がジンをじっと見つめる。その眼には、強者がそれ以外の他者を値踏みするような色があからさまに浮かんでいた。
「そういうおまえはどれ程強いのか?」老人の眼がそう問いかけてくるようにジンに突き刺さる。その老人の小さな身体から発せられたいい表しようのない迫力に圧倒されながらもジンは視線に力をこめて老人の鋭い視線を受け止めた。
この世界で長い年月を生き延びてきたという自負と威厳が、まだ人間としてもハンターとしても生まれたてのひよっこのようなジンの若さを推し量る。ふたりのあいだに火花が散るような緊張が張り詰めていた。
「ふぉふぉっ……なかなかいい眼をしとるの!お若いの!!若さがはちきれそうな眼じゃ」
老人は笑いながら言うと滲ませていた人を圧倒するような気を収める。ジンから視線を外し酒盃を一口煽った。
「さあ、もう行きなされ お若いの……じじい相手にこんな場所で時間をつぶすのはもったいない……世界がおまえさんを待っておるよ」
老人は言うと満足気に酒を飲み干す。ジンはふうっと息を吐き出すと身体を縛り付けていた緊張を解いた。改めてそこで酒盃をかたむける老人の小柄な姿を見つめると(この世界は広いや)と胸の中で思った。それほどにこの小柄な老人の内に秘めた迫力に圧倒されていたのだ。さすがに一筋縄ではいかない荒くれたハンターたちの元締めだけのことはある。ジンはそう確信していた。老人はそんなジンの存在すら、もうなかったかのようにいつもの飄々とした表情で酒を飲み続けていた。ジンはそんな老人に軽く頭を下げると受付の女が待つカウンターへ戻っていった。
「よう、済ませたぜ登録」
ジンが言うと受付の女はまた あらっ という顔をして笑顔を見せる。そしてカウンター横の木のボードを指し示して
「今、登録されている依頼はそこに貼り出してるわ……ただしあなたが受けられる依頼はボードの一番下よ」
ボードに向けた視線をもう一度女に戻し眉を顰める、そして胸の中でジンはつぶやいた。(本当いちいち気にさわる女だよなぁ……そんな事ぁ言われなくてもわかってるさ)
女が言っているのは街でのハンターランクの事である。ハンターはそのハンターランクに基づいた依頼しか受けられない。村での実績などはあってないようなもので、ここでは登録を済ませたばかりのハンターは一番下っ端なのだと言われてるようでジンはむっとした。そんな胸の内の怒りをなるべく面に表さないように顔を引きつらせながらジンは依頼内容に目を通していった。そして一枚の依頼用紙をボードからむしりとると乱暴にカウンターの上に差し出した。
「えっと依頼内容は イャンクックの討伐ね……それでどうしようかしら?」
「どうするって?何がだい?」
「だから……あなたと組むパーティの人数とかそういうのよ それから武器の構成とかにも注文があれば備考の欄に書いておいてね」
女は愛想よく言って笑顔を見せた。そんな女の顔に一瞥をくれるとジンははっきりと言い放った。
「この依頼は、おれひとりで受けるんだ!だから人数も武器の構成も関係ない!!」
ジンの言い放つ言葉を聞いて女は、あからさまに困ったなぁという笑顔を浮かべる。
「でもこれって討伐依頼よねぇ!それもあなたのランクで受けれる中では一番難易度のたかい部類入るわよこの依頼は……いいのかなぁ?あなたひとりで」
女はつくろった笑顔を引っ込めて真顔で言う。それでも言葉にはなるべくジンのプライドを傷つけまいと気を使った様子が含まれていた。
「あのなぁ、おれは今までひとりの狩りしかやってこなかったんだよ!それはこれからも変わらない……それがおれのやり方なんだ!!」
「……でもね」
女は困った顔で言いかけてカウンター奥のギルドマスターにチラリと視線を移す。マスターはニヤニヤ笑いながら女を見返すと軽くうなずいた。ギルドマスターの仕草がすべてを決定したというように女は仕方なさそうにジンの顔をみる。
「はいはい、わかりました……イャンクック討伐お一人様ですね!では、お気をつけていってらっしゃいませ」
諦めたような口調で女が投げやりに言う。ジンは依頼書を女の手から乱暴にむしり取るとレウスメイルの小物入れに押し込んで背中を向けた。
「あっ、ねぇひとつだけ言わせて」
「まだ何かあるのかよ?」
呼び止める女に視線を戻しジンは苛立ったような顔つきを見せた。
「あのね、おせっかいだと思うかもしれないけど聞いて」
「………………」
ジンは無言のまま女を見つめていた。
「イャンクック……あいつの怒り状態にはくれぐれも気をつけていてね たぶんあなたが今までに出会ってきたどのイヤンクックとも違うわ」
「この西シュレイドで狩りをするっていうことはそういう事なの あなたの想像を超えている事よ……だからけっして無茶をしないで……それだけは約束して」
哀願するような女の表情が心底からジンの身を案じていることを感じさせる。その瞳の中に浮かぶ不安に答えるようにジンは照れたような笑顔を見せた。
「ああ、約束するよ……絶対無茶はしない……ありがとうな」
「へぇ……あなたいい顔で笑うんだね……私はベッキーっていうの あなたは?」
「……ジン」
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イャンクックは、燃えるような眼で大剣を構えるジンを睨み据える。森と丘の狩場で睨み合う一人のハンターと一匹の飛竜の殺気が初夏の陽光に照らされた涼やかなフィールドを特殊な空気に変えていた。風に舞う空気にさえも血の匂いが入り混じる。ジンは大剣を構えたままじりじりとクックとの間合いをつめていた。まだお互いの攻撃範囲には入っていない。クックにもその感覚がそなわっているのか身動きひとつせずにジンの動きを見据えていた。あと一歩その間合いをどちらが踏み越えるか、時間さえも止まったような緊張感があたりを包み込んでいた。
「へっ、こないんならこっちからいくぜ」
ジンが口元でつぶやく。斬破刀を握る手に力が入り、手のひらに汗が滲む。口元から糸を引く血の痕は半分近く乾いていた。
「おおおりゃぁぁ……」
渾身の気合をこめて力を爆発させる。お互いの殺気が触れ合うぎりぎりの間合い、その一歩を鋭く踏み込んだジンをクックは鋭い尻尾の一撃で迎え撃った。クックの尻尾が唸りをあげてジンに襲い掛かる。気合と共に抱えあげた斬破刀を振り下ろす動作を咄嗟にキャンセルしたジンはその勢いを殺さずに前のめりに回転する。イャンクックの懐深く飛び込んで斬破刀を繰り出した。
「くっ、速えぇ」
クックは俊敏な動きで翼を大きく開いてその場で羽ばたいた。ジンの斬破刀はむなしく空を斬る。そのままクックは後ろに向かって羽ばたきジンとの距離を大きくとっていた。風圧がジンの身体の動きを奪う。クックは大地に着地するなり大きなクチバシから火球を吐き出してきた。身動きも取れないままクックの吐き出す火球をまともに食らったジンは、勢いよく後ろに吹き飛ばされる。全身が焼けるような痛みを感じながらジンはその場で回転する。高熱に包まれた全身から熱を吐き出させようともがいた。
(くっ、強えぇ!?……こいつ本当にイャンクックなのか?)
高熱からなんとか解放されたジンは胸の中で叫んだ。体勢を立て直し焼け焦げたレウスメイルを睨む。装甲のつなぎ目が高熱で融けた部分を見つめ驚愕した。
「へへへっ……こいつは面白いぜ〜!」
飛竜の中でも最弱とされているイャンクックのこの強さに驚愕すると共にジンの胸の中には楽しくてたまらないというワクワクした気分が沸き起こってきた。
「これから毎日こんなヤツらとやれるんだな たまんねぇなぁ」
ジンの顔にはっきりとした笑みが浮かぶ。そのジンの表情をイャンクックが怪訝な顔で見つめていた。
「それじゃあ、今度はおれを見せてやるよ、クック……本当のおれをな」
言うなりジンはクックに向かって駆け出した。その距離をつめる速さが今までのジンの動きとは比べ物にならないほど速く、一瞬クックが戸惑いを見せた。その隙を見逃すジンではなかった。一気にクックとの距離をつめると斬破刀を横薙ぎに払いクックの足に斬撃を与える。たまらずに叫び声をあげたクックは、その大きなクチバシでジンの身体を狙ってついばむ。しかし狙った場所には、もうジンの姿はなかった。
すばやい回避行動と共にクックの死角に回りこんだジンが必殺の斬撃を今度は反対の足に加える。再びクックの絶叫が森と丘に響き渡った。ジンの今までにないすばやい動きにイャンクックはなすがままに翻弄されていた。ジンの執拗な足への攻撃がいつしかクックの動きを奪い取る。堪らずにイャンクックは大地に倒れこんだ。
「今度こそ終わりにしようぜ……」
見下ろすジンの非情な眼と倒れてもなお生命を求め他者を奪い取ろうとするイャンクックの眼が重なり合う。ジンは渾身の力をこめて斬破刀をイャンクックの頭部めがけて振り下ろした。大きな耳が裂け頭部に致命的な斬傷が雷と共に刻まれる。凄まじい断末魔の叫びがイャンクックの生命の終幕を告げた。
返り血にまみれながら足元に転がるイャンクックの骸を見つめるジン。その顔には不思議と優しい笑みが浮かんでいた。それは生命を奪われた者への哀悼なのか?それは誰にもジン本人にさえもわからない感情の表れだった。肩で大きく呼吸を繰り返しながらジンは斬破刀を軽く振る。刀身を染めた血が飛び散り大地に染み込んでいった。ジンは力尽きたようにその場に座り込んだ。そしてイャンクックの大きなクチバシに背を預け暮れてゆこうとする茜色の空を見上げた。
「へへっまた生き延びたようだぜ」
ハンターから人間に戻る一瞬の安堵感に身を包んで安らかな笑顔を見せていた。
――――――――――――――――――――
凶暴で狡猾な小型モンスターの代表格とされるランポスは人間の世界とのかかわりがもっとも深いモンスターの一種だろう。その全身から剥ぎ取れる皮や鱗や牙の部類は鎧や武器そして遠距離の攻撃を主とするガンナーの弾の素材としても多くのハンターたちに重宝されていた。
常に群れを成して行動するランポスの習性は、その凶暴さと共にハンターたちにとっての脅威となっている。最低でも2、3頭で一組になり外敵に対して牙を剥く。その狡猾な行動こそがもっともハンターたちを恐れさせていた。
深い緑の葉を茂らせた大小様々な樹木の陰に隠れるように身を潜めたジンの視線は群れを成して辺りを警戒している青い鱗に覆われた3頭のランポスに注がれていた。お互いが3方向を見回しながら小声で鳴き交わしている。外敵の存在を認知すれば一斉に3頭が飛びかかれるように警戒しているのが窺える。
鬱蒼とした木々に陽光が遮られ薄暗い雰囲気を漂わせる森林地帯は常に陽光に照らし出された明るい丘の地帯と対象を成していた。この明と暗が混合するフィールドが森と丘と呼ばれる狩場の特徴であった。
「あの3頭だけならわけはないが 近くにまだ隠れてたら少しやっかいだな……」
木々の陰からランポスを睨むジンの眼に軽い戸惑いの色が浮かぶ。目の前の数頭のランポスを狩るかやり過ごすのか迷っていた。この狩りの真の狙いはほかの所にあった。狩るべき獲物は目の前にいるランポスではないのだ。しかしその獲物に相対するにしてもこの目の前のランポスの群れは相当にやっかいになってくる。
「まぁいい やっちまうか」
ジンの逡巡は長くは続かなかった。気持ちを定めると一切の躊躇はしない。それがジンというハンターの特徴でもあった。
「よし、いくぜっ」
身を潜めていた樹木の陰から勢いよく身を躍らせて斬破刀を振りかぶる。兜を身に着けていないジンの濃い赤茶色の髪が風に靡いた。押し殺した気合と共に斬破刀の持つ雷の属性が煌めく。ジンの存在にいちはやく気づいた一頭のランポスは群れに異常を伝えることもなく絶命していた。その一瞬の出来事を特殊な嗅覚で気づいて戸惑うほかの2頭が警戒を強めて大声で鳴き交わす。その叫びが薄暗い森林に木霊した。
「そら、こっちだ」
近くにいたランポスを挑発しながらジンが背を向けて走り出した。咄嗟につられたように後を追うランポスに振り返りざま大剣を振り下ろす。あっけなく倒れた1頭の後ろから残った最後の1頭が一際大きく叫んだ。
「ギョワギョワァァッ」
その叫びに折り重なるように声音の違う叫びが木霊した。一層激しく、迫力に満ちた叫びにジンが鋭い視線を投げかける。その視線の先には通常のランポスの倍近くある大きさの個体が岩場の上からジンの姿を見下ろしていた。赤く燃え立つような鶏冠を持つその個体はランポスの群れを束ねる存在、その狡猾さと凶暴さは通常のランポスを遥かに凌駕する存在で知性すら感じさせた。
「出やがったな!!ドスランポス」
満足気にニヤリと笑うジンの鋭い視線を正面から受け止めてドスランポスは聳え立つ岩場から高く跳躍した。
・・・・・・・・・・・・・・・
いくつものランプに照らし出された酒場は暖かそうな灯りに包まれて夕闇の街にあってそこだけが別世界を感じさせていた。静かに流れるどこか物悲しい弦音楽の音色が狩りの疲れを癒す多くのハンターたちの心に響く。どこの街にでもある日常的な夜の酒場の風景、それはすべてのハンターたちにはなくてはならない癒しを与えていた。
ベッキーはカウンターに頬杖をつき歩いてくるジンの灯りに照らしだされた乾いた血の色のようなレウスメイルを見つめていた。その瞳がレウスメイルを通り越して遥か彼方を見つめているように眇められる。
「ようベッキー、依頼は終わったぜ これが証しの品だ」
ジンは無表情な顔でカウンターの上に麻の袋を置いた。ベッキーは黙って受け取ると袋を手元に引き寄せる。袋の中から素材を取り出して確認した。青い鱗とドスランポス特有の尖った大きな爪を並べる。一つ一つ丁寧に確認すると笑顔を見せた。
「確かに受け取ったわジン おつかれさま」
言うとベッキーはジンに背中を向けて戸棚の引き出しを引いてドスランポスの素材をしまった。そのベッキーの背中をジンが静かに見つめていた。
「なぁベッキー そろそろいいんじゃねえのか?」
ジンが言うとベッキーの顔色に少しの変化が見えた。ベッキーはジンを振り返ると困ったような顔に少しだけ苛立ちの色を滲ませる。
「またその話なの……その話はこないだ終わりにしたはずよ」
「ああ、あの時はおれの方が折れたが……あれからもう一月も経つんだぜ 今ならクックだって最初の出会いがしらで倒す事が出来る そろそろいいんじゃねえか?」
「確かにね、確かにあなたはかなりこの街のモンスターたちにも慣れてきたわ でも今のあなたにはイャンクック以上の飛竜は依頼できない それはこないだも言ったはずだけど?」
ベッキーの口調には、はっきりと苛立ちが混じっていた。美しく整った眉間にもうっすらと縦皺が刻まれる。
「おまえ一体、何が気に入らねぇんだ?受けた依頼をおれたちハンターに回すのがギルドのおまえたちの仕事じゃねえのか?」
「ええそうよ、確かにそれが私たちの仕事だわ でもそれはまともなハンターに対してのものなのよ」
「悪いけどジン……今のあなたはまともなハンターとは言えないわ!」
明らかに怒りを面に表したようにベッキーが声を張る。そのベッキーの言葉を聞いて今度はジンの顔に沸々と怒りの色が浮かんだ。
「おれがまともなハンターじゃねえ?おいベッキーそりゃどういう意味だよ?」
ジンの怒りに燃えた鋭い眼光をベッキーは怯むことなく受け止める。
「それは、あなたが一番わかってるでしょ 私はあなたのやり方がまともじゃないと言っているのよ」
「おれのやり方?」
「そうよ、あなたのやり方よ 単独での狩りの事を言ってるのよ!」
ベッキーはそこまで言うと難しい顔のままくびを左右に軽く振り、諭すような口調にかえて言った。
「あなたは強いわ 街での狩りにもすぐに順応できるだけの強さをもってる!それは認めるわ。でもねジン!あなたのその強さにもいつかは限界がくるわ ひとりきりじゃ対処のできないような状況に追い詰められる。そんな相手がこの街の狩場にはまだたくさんいるのよ……そんな時あなたはかならず無理をする その無理があなたの命を危険に晒す」
そこまで一気に言うとベッキーは視線を伏せて、カウンターの染みを見つめた。そして静かな声で話を続けた。
「私はねジン……この街のハンターの誰一人さえ失くしたくないのよ 確かに命を代償にして生きているハンターには死さえも覚悟しなきゃいけない時があるわ それもわかってる……でもねジン 私はそれでも誰一人失いたくない……あなたを見てると特にそう感じるの」
「だからお願いよジン もっと上の飛竜に挑みたいんならせめて誰かと組んでちょうだいそしたらいくらでも依頼を回すわ!ねっジン……そうしてちょうだい!」
ベッキーの心の底から心配する言葉をもってしてもジンの表情に変化はなかった。相変わらず怒りに眉を吊り上げてベッキーを睨みつける。
「おれの命はおれのもんだ くだらねえ気使う前にさっさと飛竜を回せばいいんだよ」
ベッキーの心配を踏みにじるようなジンの言葉を聞いて、ベッキーの顔色が豹変した普段なら愛想のいい可愛い顔を険しく歪めてカウンターのテーブルを力いっぱい両手で叩く。
バーーーンっと大きな音が酒場に響いて近くにいたハンターたちが驚いて飛び上がった。
「ジン あんたって人は……ほんっとにバカね」
「なんだとぅ……」
カウンターを挟んでジンとベッキーの二人は、いがみ合う猛犬のように顔をつき合わせて睨みあった。
「おいおい、久々に顔みせりゃ ごちゃごちゃと何をやってんだ?ベッキー……そこの若造もわがままはたいがいにしときな!!ベッキーが困ってんじゃねえか」
睨み合う二人に向かって面白おかしく諭すようなくだけた調子の声が浴びせられた。ジンとベッキーが同時に声の主を見返る。
そこにはひとりの男が腕組みをしてニヤケた笑みを浮かべながら立っていた。ジンはその男を鋭い眼で見据えて誰だ?という顔つきをした。
黄金色の長い髪を後ろで束ねた男は人をくったようなおどけた笑顔を見せてそんなジンを値踏みするような眼で見つめていた。
軽装の武装ダブレットに身を包んだ男はかなりの長身でジンよりも頭半分は背が高かった。肩幅の広いかなりがっちりとした体格をしている。しかし男には大柄な人間によく見られるような鈍重な感じがいっさいしなかった。その筋肉は力強く、そしてしなやかそうに束ねられて俊敏さをうかがわせていた。おどけた笑みを浮かべた顔はみかけのとぼけた印象よりも鋭く引き締まって見える。目の横を斜めに奔る傷跡がひょうきんな表情とは真逆の怖いものを内に秘めた鋭さを物語っている。まるで抜き身の刃物のような印象を与えていた。おどけたような表情と刃物のような鋭さが相まって男を魅力的に見せていた。
「リュウじゃないの!?どうしてたのよ今まで、ずいぶん久しぶりだよね」
「ああ、半年ぶりくらいか? 元気してたか?ベッキー」
リュウは笑顔を見せたまま馴れ馴れしくジンの隣に立ち、カウンターに片肘をつく。ジンはリュウに鋭い視線を向けたまま
「おい、おれは今ベッキーと大事な話をしてんだ 関係のない野郎はひっこんでてもらおう」
怒りを露にしていきり立つジンの顔を見つめてリュウはニヤリっと笑う。
「おまえたちは、何を言い争っておるんじゃ?」
リュウの後ろから現れた老人、この街の長であるギルドマスターは皺深い顔に意味ありげな笑いを浮かべ、ジンとベッキーを交互に見つめていた。
「おい、若いの……今のベッキーとしてた話なんだが……」
男はジンの険しい顔を見つめながら片目をつぶっておどけて見せた。
「どうやらもうおまえたちだけの問題でもなくなっちまったらしいぜ……なぁマスター」
リュウの言葉に怪訝な表情を浮かべるジンはその視線をリュウとベッキー、そして最後にギルドマスターに移して黙ったままでこの成り行きに困惑していた。
――――――――――――――――――――
「最初に言っておくがな……おれはおれの好きなようにやらせてもらうぜ」
ジンのはき捨てるような物言いにリュウは関心も示さずにニヤケた笑みを浮かべたまま肉を焼いている。その人をくったような態度にジンの苛立ちが募った。
「まぁ、好きにするがいいさ ふふっ」
リュウはぼそぼそとつぶやく。肉を焼く手の反対側の手で酒瓶の蓋を外し口元に運ぶとぐいっと一口煽る。そして口元を手の甲で無造作に拭うと
「ああ〜うめえぇ」
言って嬉しそうな笑顔を見せた。そんなリュウの態度にあきれた顔を隠しもせずにジンは胸の中で悪態をついた。
(こいつ、これから狩りだってのに酒なんかくらいやがって……それにしてもこいつ本当に腕は確かなのか?そうは見えねぇけどなぁ?)
そんなジンの胸の内などかまいもせずにリュウは肉にかぶりつく。そしてまたうまそうに酒を煽った。リュウの身につけた装備、フルフルメイルは未だ謎の多い飛竜フルフルの素材を元に作られている代物だ。そのフルフル装備の一種独特の雰囲気を演出しているフードのような頭装備は今は首の後ろに外していた。無精髭を生やし日に焼けてどこか薄汚れているような印象を与える。いつでもニヤケているような顔つきがジンにはどうしても同じハンターには見えなかった。それでいて時折見せる笑顔が人間くさくて人を安心させてくれるような独特な魅力があった。
「おい、そんな所で突っ立ってないで おまえも食っておけ」
リュウは酒が回って赤く染まった顔でジンに向かって声をかけた。ジンは立ったままで視線を向けるとリュウを見下ろすような形ではき捨てた。
「こんな所でのん気に酒なんか飲んでていいのかよ?早く探さないと獲物に逃げられちまうぞ」
「ふっ、心配するな若造 アイツのいる場所はすでに見当つけてあるさ……そう慌てるな」
「まったく……マスターのじいさんに無理やり押し付けられてこういう事になったけど、おれは喜んであんたと組んだワケじゃないんだぜ その事だけはよく覚えといてもらうぜ」
「ああ、ああ、わかってるよ若造……だからそう肩肘張らずに座れって おまえがそんな所に突っ立ってたんじゃ落ち着いて肉も食えねえよ」
言うと指についた脂を舐め取りもう一口酒を煽る。ジンは半分諦めたような顔つきで舌打ちをすると言われるままにリュウの向かい側に腰を下ろした。
「ところで、おまえ 何でハンターになったんだ?」
いきなりの問いかけにジンは少しだけ面食らった。それでもリュウを見つめる眼を逸らさずに小さな声で答える。
「弟と二人で生き抜いていくためさ……」
「ふうん……そうか」
「あんたはどうなんだい?なんでハンターをやってるんだよ?」
「おれか?……そうだなぁ」
リュウはとぼけた顔をジンに向けると少しだけ考えるような仕草を見せる。
「忘れた!!なんでハンターになったんだか、わはははっ」
言っておどけたように笑う。
「なんだよ?それ……」
屈託なく大声で笑うリュウの顔を見て、つられたように笑顔を見せるジンの顔をリュウはマジマジと見つめた。
「ほう……おまえなかなかいい顔で笑うじゃねえか あははっ!おまえこれからずっと笑っとけよ……人の集まるようないい笑顔だ」
「へっ、バカじゃねえんだからいつもヘラヘラと笑ってられるかよ」
ジンの答えを聞いて、リュウが大声をあげて笑った。
「そりゃそうだよな、わははっ……じゃあもうひとつ聞くが」
「おまえは何故ひとりの狩りにこだわる?単独で飛竜を狩ったからといってそれが強さだって思ってるんなら、そんな単純じゃねぇぞ!この世界は」
リュウは今までの笑顔をひっこめていきなり真顔で聞いた。ジンは少し戸惑いながら目を伏せる。しばらく言葉を選ぶように考えてから答えた。
「なんでなのかな?正直おれにもわからないんだよ 別にこだわってるわけでもないんだけどさ……強さって事の意味もよくわからないよ、おれには」
そこまで言うと口をつぐみ青い空を見上げる。そしてゆっくりと言葉をつないだ。
「ただ、自由な感じが好きなんだよ 広い大地におれとモンスターだけっていう感じがたまらなく好きなんだよな」
ジンの言葉は素直にリュウの胸に響いた。リュウは初めて見せる優しそうな表情で空を見上げるジンの横顔を見つめた。
「自由か……」
聞き取れないくらい小さな声でリュウがつぶやく。そして数日前に交わしたギルドマスターとの会話を思い出していた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「どうしたんだい?マスター……久々にこの街に戻ってくるなり おれを訪ねてくるなんて一体どういう風の吹き回しだい?」
ギルド運営のゲストハウス、それも最上級の部屋にギルドマスターを迎えたリュウがおどけた声で言う。マスターは挨拶もそこそこにまるで自分の部屋のようにズカズカと部屋に上がりこんで上等のソファにチョコンと腰掛けた。
「リュウ、お主まだヤツの尻を追い掛け回しとるのか?」
「ふふっ何かと思えばその事かい……それこそあんたには関係ない話だけどな」
やれやれという笑顔を見せてリュウはテーブルの下の豪華な椅子を引き出し腰掛けるとマスターに視線を移す。
「ほほほっ、ヤツの事を言いにきたんじゃないわい……あんなのにこだわっておるお主の心根には、ちと疑問をもっておるがな」
マスターの話しを聞きながらリュウが苦笑いを浮かべてしかたなさそうにうなずいた。
「じゃあどんな用件なんだい?わざわざおれの所まで訪ねてきた理由ってのを聞かせてもらおうか?」
「相変わらずじゃなリュウよ まあよいわ 今日訪ねてきたのはな、お主に頼みたい事があるからなんじゃよ」
マスターの言葉をリュウは推し量るような表情で無言のまま聞いていた。そしてその表情を崩さないままで言う。
「ほう、それでその頼みってのは?」
「簡単な頼みじゃよ……お主にしばらくの間この街に腰を落ち着けてもらいたいんじゃ そして……」
「……そして?」
「ひとりの若者と組んでもらいたい!!」
マスターの言葉を最後まで聞いていたリュウが、あきれた顔で声をあげた。
「おいおいマスター……あんたこのおれにひよっこハンターのお守りをさせようってのか?」
「ほほほっ、まぁそういうなリュウ……それにひよっことまでは言わんよ なかなか見所のある小僧じゃ」
「どっちにしても同じ事さ はっきりいうお断りだ!」
憮然としながらはき捨てるように言い放つリュウの顔を困った顔をしながらマスターが見つめた。
「まぁそう言うものじゃないよリュウ それに、ただでとは言わん ただでとはな」
「ほうっ、なにかの見返りでも用意してんのかい?言っておくがなマスター……金ではおれは動かせねえぜ」
今までひっこめていた人をくったような笑みを浮かべながらリュウが言う。マスターは皺深い顔に笑顔を浮かべながらリュウを見つめていた。
「金ではないよリュウ、見返りは情報じゃよ……お主が今一番欲しがっておるな」
「……なんだと?」
「お主が追いかけておる飛竜……その飛竜の情報をハンターズギルドが優先してお主に伝えよう……それでどうじゃな?」
マスターの言葉を聞いてリュウの目の色が変わる。マスターはどうじゃと言わんばかりの顔を見せてリュウを見据えていた。リュウは疑り深い目でマスターを睨んだまま問い質した。
「本当に情報を優先して流してくれるのかい?それはハンターズギルドの総意と思っていてもいいんだろうな?」
「約束するよ……ミナガルデ全ハンターズギルドの総意じゃ」
「わかった いいだろう、しばらくこの街に腰をおちつけよう」
「ほほほっ……契約成立じゃな では頼んだぞリュウ」
マスターは言うと用事は終わったというように立ち上がった。リュウはそんなマスターの顔をまだしっくりといっていないという顔つきで見つめる。そして部屋を出ていこうとするマスターの背中に声をかけた。
「なぁマスター 今言っていた若造なんだけどな……あんたとどんな関わりのある若造なんだい?」
「ほほほっ、な〜んの関わりもない小僧じゃよ」
「じゃあ、なんでそこまでするんだい?」
「ふむっ、なんでかのう?……初めて会った時のそやつの目が似ていたからかの」
「それともうひとつ そやつのひとりでの狩りを求めておる所もな」
そこまで言うとマスターがリュウを振り返り笑みを見せた。リュウは一言も言葉を発せずに押し黙っていた。
「このわしを睨みつけてきたその小僧の目と生き方が……若い頃のお主にそっくりじゃったからじゃよ」
・・・・・・・・・・・・・・・
「それにしてもあんた、凄ぇ大剣持ってるなぁ」
ジンは言うと、リュウの傍らの大剣を見つめた。燃えさかる炎ような色の刀身を持った大剣だった。手入れよく磨かれた刃先が飛竜の堅い甲殻でさえ一刀の元に切り裂くようなそんな輝きを放っている。
「龍刀(紅蓮)……そう呼ばれている……数少ない龍属性を持つ大剣だ」
「へぇ龍刀かぁ……凄い剣なんだな 見てるだけで鳥肌がたってきそうになる」
子供のように驚きながら素直に語るジンに目を向けてリュウが微笑む。ジンは膝を抱いたまま目を細め大剣の柄の部分に刻まれた小さな文字を読もうとした。その文字はぼやけて消えかけていた。
「………滅龍傭兵部隊 残影」
ジンのつぶやく言葉を聞いてリュウが傍らの大剣の柄をそっと手で触れる。
「あんた傭兵だったのかい?」
「まあな、しがない傭兵稼業さ……いいぜ傭兵は気楽でよ」
言うとリュウが酒瓶に残った酒を一息で煽りおもむろに立ち上がった。
「さて、ぼちぼち行くとするかい」
ジンは立ち上がって紅蓮を担ぐリュウの顔を見た。フルフル装備のフードをかぶるリュウの顔つきがさっきまでのものと変化していた。その顔には歴戦のハンターの厳しさが滲み出し剽悍でふてぶてしいまでの自信に満ちたハンターの顔つきに変わっていた。
「いいか若造……油断するなよ ヤツは近くまできてるぜ それとヤツの閃光には気をつけろよ」
「ああ、分かってる……それとおれの事を若造と呼ぶな おれにはジンっていう名があるんだ」
言い放つジンの言葉には、若さ故の粋がりも過剰な自信さえも見あたらなかった。ただあるがままの人間としてのハンターとしての素直な心情があった。挑みかかるような鋭い眼を真っ直ぐに向けてくる若者にリュウが笑顔で答える。
「よし……いくぜっ ジン」
言うなり背中を見せて駆け出すリュウの背中をジンが見つめた。そして磨き抜かれた黒曜石を埋め込んだ銀の指輪にそっと口づける。ジンは深い緑に覆いつくされる謎めいた密林に臆することなく飛び込んで行った。
鬱蒼と生い茂る樹木には色鮮やかな花が咲き乱れている。激しく流れる河が上げる水しぶきが涼しげに見えはするがこの地域は亜熱帯地域特有の蒸し暑さに覆われていた。行く手を遮るように並んだ木々に先の視界を遮られる。想像以上の蒸し暑さに体力を奪われ苛立ちが募った。この地は生態系でさえ同じシュレイド地方のものとは思えない。見るからに原色の不気味な生き物たちが生息していた。
地を這う、また宙に浮かぶ昆虫も通常のものと比較しようもなく巨大で危険な生き物であることを物語っている。広大な版図を誇る西シュレイド地方の狩場と呼ばれる辺境地帯、その広さをジンはまざまざと見せつけられた思いがしていた。
そんな独特の樹木が鬱蒼と茂るジャングルをまるで風のように駆け抜けるリュウの背中を見据えながら同じ道を辿るジンは、リュウの背中を見失わないように追いかけていくのが精一杯だった。
すべてのものを見透かしているように素早く走り抜けていくリュウの背中がいきなり立ち止まった。追いついて呼吸を荒げるジンに向かってリュウが目で合図をよこす。
「いるぜぇヤツが……」
視界を塞ぐように立ち並ぶ樹木の先を指差してリュウがつぶやいた。樹木の隙間に蠢く濃紺色の姿が見え隠れしている。臆病そうな眼がひっきりなしに辺りを警戒していた。
「いいか、ジン おれがまず後ろからヤツに斬りかかる……おまえは隙を見てヤツのあの頭を狙え」
リュウの囁く声を聞きながらジンは少し離れた距離で警戒を怠らない毒怪鳥ゲリョスの姿を睨んでいた。ゲリョスの容貌は一言で言い表すなら「笑っちまうようなヤツ」である。濃紺の弾力性に富んだブヨブヨした皮膚を全身に持ち、身体つきは太って無様な印象を与える。頭部にある特殊な鶏冠はその内側にライトクリスタルという鉱石を忍ばせ鼻先を飾るハンマー状の瘤を打ち付ける事により強烈な閃光を誘発させて外敵を行動不能にする。見かけ通りの奇天烈で不可思議な行動をとるやっかいな飛竜であった。
「いいぜ、行こう!」
ジンが短く答える。その言葉を聞き終えないうちに身を隠した樹木から気合もろとも飛び出してリュウがゲリョスとの距離を一気に詰めた。
「おりゃぁぁぁぁっ」
燃えるような刀身がゲリョスの尻尾を切り裂く。突然貫いた激しい痛みにゲリョスは絶叫をあげてその場で飛び上がっていた。翼と足をバタバタさせながら痛みを与えてきた相手を捉えようと長い首を後ろに捻る。その隙をついて飛び掛ったジンの斬破刀がゲリョスの頭部を襲った。弱点の頭部に痛撃を加えられて堪らずゲリョスがよろめく。懐深く飛び込んでいたリュウは、ゲリョスの柔らかな肉質の部分を見極め容赦なく切り裂いた。ゲリョスはリュウに斬撃を与えられるたびに大きく仰け反る。その苦しさに身悶えして叫んでいた。リュウの攻撃は一寸の狂いもなくゲリョスの弱い部分に的確な痛撃を加え続けていた。
「す、すげぇ」
あまりにも鮮やかなリュウの連続攻撃になすすべもなく翻弄されるゲリョスを見てジンは声をあげていた。初めて目の当たりにしたリュウの実力に心を奪われていた。
「何をぼけっとしてるんだジン 早くヤツの頭を潰せ!」
リュウの叫びにハッと我に返ったジンは、慌てて斬破刀を構えなおし、ゲリョスの頭部を狙った。しかしその一瞬の動作の遅れがゲリョスに体勢を立て直す機会を与えていた。ゲリョスはその場で直立すると翼を大きく開いて首を上下に小刻みに動かした。その動きに意表をつかれたジンがゲリョスを見つめる。
「やばい、ジン!目を閉じろ・・・閃光がくるぞ」
リュウの叫びとほとんど同時に強烈な光が迸り、その凄まじい光がジンの網膜を焼いた。いきなり視界をうばわれてなすすべもなく動きを止められる。目の前が真っ暗になり、辺りに怒声と絶叫が響き渡った。ジンは胸の中で強烈な焦りを覚えていた。「やばい」その焦りがジンを闇雲な攻撃に走らせようとした。その瞬間、ジンの身体に軽い衝撃が奔る。その衝撃が行動不能なジンの状態を正常に呼び戻してくれた。
「しっかりしろよジン!そんな様じゃコイツに狩られちまうぜ」
地面にしりもちをつくジンの目の前に龍刀を構えたリュウの背中があった。そのリュウの姿が涙と一緒にぼんやりと滲む。ジンの目に少しずつ視力が、胸に込みあげる悔しさと共に甦ってきた。
「くっ、わかってるよ!!」
悔しげに顔を歪めて立ち上がるジンが斬破刀を握る手に力をこめる。リュウはジンの様子を確かめると流れるような足捌きでゲリョスの後方に回り込もうとして斜めに動いていった。
「くそったれが〜〜」
ジンが力任せにゲリョスに斬り込んでいく。ゲリョスはそのジンの剣先を巧みにかわして致命傷になるのを避けていた。そして叫びを纏った唸るような尻尾がまるでしなる鞭のように飛んでくる。咄嗟に攻撃を止めて唸る尻尾の一撃をかわそうとしたジンの肩を尻尾の一撃が掠って行った。激しい激痛に襲われて地面に飛ばされるジンに向かって容赦なく毒液が襲い掛かる。ジンは身体を捻り辛うじてその毒液をかわすと、激しい肩の痛みを堪えながら斬破刀を振り抜いた。そのジンの頭部への一撃と後方からのリュウの一撃が同時に炸裂してゲリョスが断末魔の叫びを上げる。轟音と共に緑の大地に崩れ落ちた。
「やれやれ、まったくとんでもないヤツだぜ」
ジンは言うと斬破刀をぶらりと下げて無警戒にゲリョスに近寄っていった。
「バカ!!まだそいつに近寄るな」
リュウの上げた叫びとほとんど同時に甲高い叫び声を上げゲリョスが翼を振り回して暴れまわっていた。この毒怪鳥の行動の中でも特に不可解な死んだフリという異様な行動に不覚にもひっかかってしまったジンは暴れ回る翼に巻き込まれて数メートル程、木の葉のように吹き飛ばされた。
「ぐはっ」
地面に強く叩きつけたれたジンは、肺の中の息をすべて吐き出したようなくぐもったうめき声をあげる。ゲリョスの暴れ回りの煽りを受けた全身に激痛が走り意識が遠のいていった。
「へっ……かっこわりぃなぁ」
遠のいていく意識の中でゆっくりとつぶやく。全身を駆け抜けていた激痛が和らいでゆくのがなんとなく不思議だった。目の前で繰り広げられる光景が夢の中のように感じられる。その光景の中でリュウが凄まじい勢いで紅蓮を振り回しながらジンの名を呼んでいた。
(このまま眠ってしまおうか……)
そう思った瞬間、空気の中に漂う薬草の匂いに薄れていこうとする意識が反応した。ジンは閉じかけていた目を大きく見開いて何が起こった?と辺りを見回す。ジンの目にゲリョスの攻撃をかわしながら回復薬を飲むリュウの姿が映った。
「へっ、広域化のスキルかよ……初めて見たぜ」
甦る意識と同時に全身を貫いている激痛も甦ってきた。動くたびに全身の骨が軋むように痛んだ。しかしその痛みも度重なる回復の効果で薄くなっていった。
リュウの身につけたフルフル装備はその製作途中で命の粉や特殊な液体を使って暑さを無効にしたり回復薬の効果をあたり一面に及ぼすスキルがついているのだ。他にも様々な効果を及ぼす武具がハンターの世界には存在している。この広域化のスキルもその様々なスキルのうちのひとつであった。
「くそっ、このままじゃ終われねえよな!」
薄れたとはいえ未だ駆け抜ける痛みを堪えながらジンは立ち上がる。斬破刀を握る手に少しずつ力が戻ってきた。ジンは尻尾を振り回し狂ったように暴れ回るゲリョスを睨み勢いよくその頭部に向けて斬破刀を振り下ろした。ジンの戦闘復帰でふたりのコンビネーションが甦り、ふたつの大剣がゲリョスの弾力のあるブヨブヨした皮膚を切り裂いた。その凄まじい連携攻撃に晒されて堪らずにゲリョスが辺り構わず狂ったように毒液を撒き散らす。
「毒だ、かわせジン」
リュウの叫ぶ声が耳に届いてくる。それでもジンは構わずに大剣を振り続けていた。
「毒くらい構うもんか!コイツは、コイツだけはおれが仕留めてやる!!」
吐き出された毒液に侵されてジンの顔色がどす黒く変化していた。徐々に奪い取られていく生命力をも省みずにジンは斬破刀を振りぬく。渾身の力をこめた一撃が正確にゲリョスの頭部を捉えるとゲリョスの鶏冠の閃光器官が弾け飛んだ。痛烈な一撃で鶏冠を破壊されたゲリョスは悲痛な叫びを上げた。今度こそ本物の断末魔の絶叫は密林に響き渡り地響きをたててゲリョスが大地に横たわって絶命した。
ジンが大地に倒れこんだのはゲリョスが大地に横たわるのとほとんど同時だった。ジンは仰向けに大の字になったままどす黒い顔で苦しそうに肩で息をしていた。激しく上下する胸が痛々しい。そんなジンに向かってゆっくりとリュウが近寄ってきた。
「ふふっ、まったく無茶な野郎だよ」
どす黒い顔色を浮かべたまま大の字になったジンをリュウが見下ろしながら言う。
「ほら、こいつを飲んでおけ」
リュウは手に持った毒消し草を細かく煎じた毒消し薬をジンに向かって投げた。ジンは苦しそうな顔で受け取るとその薬を紫色をした唇を薄く開き口に含む。あまりの苦さに顔を歪めた。
「いいかジン、今度からはこんな無茶は絶対にするな!!」
リュウは怒ったような顔つきで倒れこむジンを睨み付けると言った。
「おまえのその勝手な行動が仲間を危険に晒すこともあるって事を覚えておくんだ!」
リュウのきつい口調を正面から受け止める。見開いた目でリュウを見上げたジンが驚くほど素直にうなずいた。そんなジンを見つめながらうっすらと口元に優しい笑みを浮かべてリュウが続ける。
「でもまあ……きらいじゃないぜ、おまえみたいな無茶なやつも」
言って笑うリュウの顔を見つめ、ジンの顔にも笑顔が浮かんだ。
――――――――――――――――――――
密林に甲高い銃声が木霊する。その銃声が合図ででもあったかのように潜めた岩陰から二つの影が躍り出た。ひとつは赤い血の色のようなレウスメイルに身を包んだジンの影だった。そしてもうひとつの影は、舞踏会で美しく優雅に咲き誇る花のようなシルエットを持つ鋼鉄のドレス、レイアメイルを着込んだ女ハンターだった。そのふたつの影が狙いを定めたように躊躇することなく獰猛に顎を開いたリオレイアに襲い掛かった。
「ぎゃぁぁぁぁっ」
魂を揺るがすような叫びに身体の自由を奪われそうな感覚を必死に振り払いジンと女ハンターはリオレイアの正面に立ちはだかった。焼け焦げた火薬の匂いを辺りに撒き散らしながら二発目の銃声が狩場に響き渡ると同時にリオレイアの身体から自由が消えた。ジンと女ハンターは軽く目を見合わせてニヤッと笑う。少し離れた場所でカチャリとリロードする音がした。何か目に見えない力のようなもので身体の自由を奪われたレイアはなすすべもなく痺れの戒めにからめとられていた。
「よし、今だ 任せたぞ〜おふたりさん」
大きな樹木の陰に身を潜めていた男がライトボウガンのスパルタカスファイアを手に躍り出て大声で叫ぶ。巨大昆虫のランゴスタから取れる素材を基にしたランゴレジストを身につけ緊張感のかけらもない仕草で飛び跳ねて喜んでいる。
「おし、いくぜアコ」
「オッケー、任せて」
ジンが叫ぶのを合図にリオレイアの尻尾をめがけて二人が殺到した。ジンの斬破刀が雷と共に一撃を与え、アコの片手剣ポイズンタバルジンがその毒の属性の鋭撃を尻尾に加える。リオレイアは身体の自由を奪われたまま二人のハンターの執拗な攻撃を受けるがままになっていた。
「せぃぃぃぃっ」
気合一閃、三度目の斬撃がレイアの尻尾を捉えた瞬間、鮮血が迸りレイアの尻尾が宙を舞った。それと同時に痺れの戒めが解かれ自由になったレイアは尻尾切断の衝撃で前方にもんどりうって倒れこんだ。レイアは振り向きながら立ち上がると自分の身体の一部を奪った3人のハンターを怒りに燃える眼で睨み据える。ハンターたちは油断なく武器を構えていた。レイアは斬り飛ばされた自分の尻尾の先を睨み、口惜しそうな声で低い唸り声を上げながら翼を広げて空高く舞い上がった。
「よしっ!!これでこの依頼はもらったね」
むふふふっという変な笑い声を出しながらガンナーの男が声を張り上げた。巨大な蜂の胴体を模したようなランゴ装備の男は、薄茶色のきれいに整えられた短い髪を意味もなくかき上げるような仕草を見せる。自信満々に輝く茶色の目を常にまわりにキョロキョロと向けるのがクセなのか、落ち着きのなさがやけに目立っていた。それでも大きな目をした愛嬌のある顔つきが奇妙にその態度と相まって男を可愛らしく見せていた。
「まだ依頼は終わってないよフィンさん! 本当に気がはやいのね」
そう言って女ハンター アコが笑顔を浮かべた。レイアメイルを着込んだ彼女は鮮やかな紫の長い髪を斜め後ろでポニーテールにし、切れ長の薄紫色の瞳で空を見上げた。その顔つきは切れ長の美しい瞳に見て取れるようなクールな美貌を表している。スラリと伸びた肢体はしなやかで健康的なセクシーさに包まれていた。
「さてと!! アイツが戻ってこないうちにやっちゃわなきゃね」
空を見上げたままつぶやくアコにジンがうなずいて見せた。
「そうだぜ、これからが本番なんだからよ!……わかってんの?フィン」
意地悪そうに問いかけるジンの顔を愛嬌のあるフィンの目が瞬きながら見つめる。
「むふふっ、ぼくにかかればこんな運搬依頼など終わったようなもんさ」
「けっ、ひとりでいってろ!!」
あきれたようにはき捨てるジンと余裕の笑みを浮かべながら手に持ったボウガンを愛おしそうに撫で回すフィンを交互に見つめアコが笑い声を上げた。
この昔からの顔見知りのような3人は今日初めて出会いそして今日初めて依頼を共にする初対面のハンター同士だった。それでもお互いに惹きあうものがあったのだろう。3人は昔からのハンター仲間のように軽口を言い合っていた。そんな信頼感のようなものが言葉のやりとりにも現れていた。
「じゃあそろそろ運びましょうか! ぐずぐずしてたら本当にレイアが戻ってきちゃうわ」
「よし、さっさと終わらせよう」
3人はうなずき合って大きな樹木の根元に作られた飛竜の巣に向かった。
「じゃあ、打ち合わせ通り最初のふたつをおれとフィンが運ぶからアコはアレを頼むな」
「はい、任せて!!」
ジンとフィンが身体の三分の一もある大きな卵を抱え上げた。重みで身体の重心が下に下がる。2人は慎重に丁寧に卵を抱きかかえたまま小走りに走った。激しく水しぶきを上げる河に接したエリアはうっすらと霧がかかり視界を遮っている。その霧の中をせっせと卵を運ぶ3人の影が浮かんでいた。
「アコ! 次のエリアでランポスの群れが出るから先に行って用意しておいてくれ」
ジンが卵を抱えたまま大声で言うと、アコはうなずいて先を急いだ。そして木々の間に見え隠れするランポスの群れの中に恐れ気もなく飛び込んでいった。
「よし、今だアコ」
「たのんだよ〜アコちゃん」
重たそうに卵を抱えたジンとフィンが同時に叫ぶ。アコが腰のポーチから角笛を取り出し口元に持っていった。
ヴォォォォォン ヴォォォォォン
密林の木々の間に鳴り響く、モンスターの気を引きつけるような角笛の音色。引き寄せられたように視線を音色の方に向けたランポスの群れを見てジンがにやっと笑った。
「よし、いいぞ アコ……その調子だ」
ジンの声を受け、満面の笑みを浮かべるアコがもう一度角笛に唇を押し当てた。
ヴォォォォォン ヴォォッ…………!?
「あれ?」
急に鳴り止んだ角笛の音に反応してジンとフィンがアコを振り返った。
「どうした?アコ」
振り返ったジンとフィンが見たものは、青い鱗のランポスの群れに追い立てられながら恐怖に顔を引きつらせ駆けよってくるアコの姿だった。
「きゃぁぁぁっ ごめんなさい!!」
「うほ?どうしたんだい?アコしゃん」
アコの悲鳴に素っ頓狂なフィンの声が重なる。
「角笛……こわれちゃった〜〜〜!!」
「ひぇぇぇぇっ」
「な、なんだとぅ〜!?」
「あ〜〜ん、ごめんなさ〜い」
「うぉぉぉっ 逃げろ〜〜」
「きょぇぇぇっ」
必死の形相で右往左往する卵を抱えたハンターたち、その情けなさそうな姿に遠慮のない牙をむき出しながらランポスの群れが襲い掛かっていた。
そして数時間がたったリオレイアの営巣地に3人のハンターが手足を投げ出して倒れこんでいた。3人の手足には無数のかすり傷が残り、精も根も尽き果てたように疲れ果てた顔で空を見つめていた。
「もうダメだよ 残念だけど諦めましょう」
アコが泣きべそをかいたような顔つきで言うとこれも泣きべそをかいた顔のフィンが大きくうなずく。
「今日は諦めてまた今度出直しするのが正解だよね、みなしゃん」
自慢の整った髪をランポスの啄ばみで逆立てにされたフィンが言い放つ。
「冗談いうなよ おまえら……狩りはまだ終わってねえ!」
ふたりの言葉を強引に打ち消すような声がジンの口から漏れる。ジンは上体を起こしてふたりを睨みつけた。
「いいか……ハンターは受けた狩りに背を向けちゃいけねえんだ!! それが討伐でも採取でもな!……失敗するにしても成功するにしても」
そこまで言い放つとジンは一呼吸置いた。アコとフィン、二人の目がじっとジンを見つめていた。
「ハンターなら……狩りに決着をつけなきゃいけねえんだ」
・・・・・・・・・・・・・・・
「もうっほんっとに、かっこよかった〜」
アコは椅子から立ち上がるとトロンとした瞳を潤ませながら叫んだ。レイア装備を外して軽装に着替えたアコの手足にはかすり傷の跡が残り滲んだ血が乾いて痛々しかった。
「むふふっ、確かにあの時のジンしゃんの顔はかっこよかったよ〜〜ぼくも認めるよ」
真夜中の酒場に賑やかな声が響く。すでに店じまいを済ませた店内には5人の人間しかいなかった。ジン、アコ、フィンそれにメイド服から私服に着替えたベッキーとリュウの5人だけがひとつのテーブルを囲み酒盃をかたむけていた。
「それで卵はどうなったんだい?ちゃんと運べたのかい?」
グラスの中の酒をぐいっと一息に煽ってリュウが訊ねた。
「うん、ちゃんと運べたよ もうみんな必死になって……時間いっぱいかかっちゃったけどね あの言葉のおかげだよ成功できたのは」
言うとアコがグラスの酒を一口飲む。そして潤む瞳でうっとりとした顔になり
「私 少し感動しちゃった……「ハンターなら、狩りに決着をつけなきゃいけないんだ!!」 あの言葉聞いて奮えがきちゃったよ」
「ほほう……ジン おまえ、なかなかいい台詞はくじゃないか」
口元にニヤケた笑みを浮かべ感心した顔つきでリュウが言った。その隣でベッキーも目を丸くして驚いたような顔つきでうなずいている。メイド姿から私服のゆったりとした洋服に着替えたベッキーはその私服もよく似合っていて魅力的だった。
「本当にかっこよかったよ! クエストに出る前はあんなに嫌がってた運搬依頼なのに」
「そうそう、「おれは運搬はいやだ」って駄々こねてた男のはく台詞じゃなかったよね……あの立派な台詞は」
酒のまわった赤い顔のフィンが大きな目をキョロキョロさせて言う。その酒席のみんながジンの意外な一面に驚きを隠さなかった。その当の本人のジンはというとこれもかなりの酒量で顔を真っ赤にしてニヤニヤと笑いながらみんなの話を聞いていた。
「ふふっ、おれはな……決める時は決めるんだ!」
得意げな顔でそう言ったジンにみんなの視線が集中する。ジンはその視線を面白いものでも見物するような顔で見回した。
「あはははっ まぁあれだ 実はあの言葉はな……」
「受け売りだよ 村の近くに住んでたハンターのおっさんのな」
「えぇぇぇっ!!……おっさんって? えぇぇっ!」
照れくさそうに言うジンの言葉をきいてフィンがあからさまにがっかりとした顔をする。
「な〜〜んだ ぼくは少しだけジンひゃんの事見直したのになぁ……がっかり」
フィンの情けなさそうな顔を見てリュウとベッキーが顔を見合わせて大声で笑った。ジンは赤い顔を歪めてちっと舌打ちをして
「いいじゃねえかよ、受け売りでもなんでもよ!」
「おれはあの言葉が好きなんだよ!!……だからあの言葉はおれの言葉さ」
言うと満面の笑顔を見せる。そんなジンの顔を酒に酔ったトロンとした瞳で見つめていたアコが小さな声でつぶやくように言った。
「私……この街が気に入っちゃった」
「よし決めた!私この街を拠点にして狩りをするわ」
「あっ、それいいなぁ……ぼくもそうするにょ……ジンひゃんも面白いヤツだし 退屈しないですみそう」
二人の言葉を聞いてベッキーが少し俯いて瞳を閉じた。そしてゆっくりと閉じた瞳を開いた後でその視線をジンに向けて優しく笑った。そしてゆっくりと口を開いてひとり言をいうようにつぶやいた。
「人が集まるってこういうことなんだよね……なんとなく最初からわかってたような気がする……初めて見た時からね」
聞こえるか聞こえないかのような小さな声。隣でグラスを傾けていたリュウの口元にも優しい笑みが浮かんでいた。
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全域に湿った空気と濃い霧が立ち込める湿地帯。生い茂る草木が視界を遮り、より一層薄暗さを増している。纏わり付くような濃霧は鎧の中にまで忍び込み、素肌をしっとりと濡らす。あまりの不快さに気分も苛立ち逆立ってくる。
その不気味な印象をいやがうえにも植え付けられるフィールドを駆け抜ける斬破刀を携えたジンと新しく新調したライトボウガン・カンタロスガンを携えたフィンの姿があった。すでに獲物は瀕死の状態だった。後はとどめを刺すだけの状態だ。追い詰める二人のハンターの眼には狩りの成功を祝うような色が浮かんでいた。確信という色が。
濡れた霧に包まれた沼地、その湿地帯にいくつも点在する冷気の激しい洞窟のひとつがふたりの目的地だった。傷ついた獲物が逃げ込む洞窟、その洞窟の入り口まで辿り着いて立ち止まったジンが小声で言った。
「いいかフィン、もう攻撃弾はいらねえ! 後一回、最後の麻痺を狙っていこうぜ……とどめは任せてくれ」
洞窟の入り口に背を預け、中の様子を窺うジンに、フィンが小さくうなずく。
「おっけぃ とどめはジンに譲ったげる!」
灰水晶の原石の採掘場を有しているその洞窟は見た目も幻想的な雰囲気が漂っている。薄暗い洞窟の中でそのクリスタルに輝く場所だけがぼうっと明るく光っていた。
ジンは目を眇めて洞窟内を探る。その獲物は濡れた岩肌を晒す天井をノロノロと妖しく蠢いていた。
「いるぜぇ フィン」
「うほ!? 本当だ……素材はいただくよ〜フルフル」
闇に蠢く異形の白い飛竜フルフル。光の届かない湿気に包まれた場所を好み、堅い甲殻や鱗を持たないかわりに弾力に富んだ軟らかい皮膚を持つこの飛竜は、独特の存在感を示していた。暗闇に順応するために目が退化したこの飛竜は、そのかわりに敵の動きを感知する器官に優れていた。不気味な白い粘液質の身体と小さな牙に覆われた丸い口が見るものに恐怖と何やら卑猥ないやらしさを与える。ハンターにとって色々な意味で脅威をあたえられる希少な飛竜であった。
天井の岩肌にへばりついてフルフルはあたりを警戒した。見えない目のかわりにその五感のすべてを使って敵の存在を感知しようとする。一通り警戒して納得するとキーンと耳障りな金属音のような音と共に地面に降り立った。
「今だ! いくぜフィン」
「おっしゃぁぁっ!!」
二人は同時に洞窟に踏み込んで行った。フルフルが不気味な太い首を伸ばし不気味な口を入り口の方に向ける。その刹那ジンの斬破刀が唸りを上げてフルフルの首筋に雷光を刻み付けた。ジンの持つ斬破刀の付加属性は雷である。そしてフルフルの特性も雷には耐性を持つ。ジンの属性付加攻撃は相殺されていたが、大剣そのものの持つ威力は少しも損なわれていなかった。
「ギィァァァァァァァッ」
薄暗い洞窟内を凄まじい絶叫が響き渡る。ジンの容赦ない連続斬りが粘液質の皮膚を切り裂く。不気味な身体にも赤い血が流れているのだなと改めて思わせる程の大量の血がジンのレウスメイルを染めた。フルフルはよろめいて今にも倒れそうに天を仰ぐ。
「くらえぇぇぇっフルフル」
フィンがカンタロスガンを小脇に抱え銃弾を装填する。すばやい動きと共にその引き金を引いた。弾丸は凄まじい勢いでフルフルの首筋に着弾した。フィンがしてやったりと歓声をあげようとした瞬間、歓声が素っ頓狂な悲鳴に変わった。
「ひぃぇぇぇぇっ」
フルフルの首筋にヒットした弾丸が大きく弾けて、フルフルの身体を黄色い煙幕が包み込む。その懐深く潜り込んで斬破刀を振るうジンの身体ごとフルフルは黄色い色に染まっていた。
「うぉぉぉぉぉっ」
ジンが勢いよくフルフルの身体から横っ飛びに逃れた。地面を転がりながらカンタロスガンを構えたフィンを情けなさそうな顔で睨む。
「フィィィン……てっめぇ〜」
「あわわわわっ」
薄暗い洞窟に悲痛なジンの叫びとフィンの動揺した哀れな声が木霊した。
・・・・・・・・・・・・・・・
西シュレイド地方に語り継がれる数々の伝説。その中でも災厄という名の伝説は人々の心に深く大きな傷痕を残しその恐怖と共に語り継がれている。その幾多ある伝説の中でも「天からの災い」と呼ばれ多くの人々に恐怖と不安を持って語られた災厄があった。
燦々と降り注ぐ優しい陽光に照らされたここ辺境都市ミナガルデは平穏に包まれ、そんな伝説さえも人々は忘れ去っているかのような笑顔を見せ日々の暮らしを生きていた。
現在そこに押し寄せようとしている不吉な影を人々は知る由もない。「天からの災い」と恐れられた災厄を……人々はまだ知らずに生きていた。
「あ〜ぁ……私を置いて行っちゃうなんて本当ひどいよね!そう思わない?ベッキーさん」
丸い木製のテーブルに頬杖をつきながら不貞腐れたように頬を膨らませているアコにカウンターの中からベッキーが笑顔を見せる。
「来るのが少し遅すぎたねアコちゃん……何だか急いでたみたいよ二人とも」
「でも〜少しくらい待っててくれてもいいんじゃないかなぁ?第一男二人で狩りに出て何が楽しいんだか?……こんな美女を置いてけぼりにして」
カウンター後方の棚に磨き上げられたグラスを並べて置きながらベッキーは愛想よく相づちをうつ。
「本当あの二人は女の子の扱い、へたくそよねぇ!!」
言いながら声をあげて笑う。そのベッキーの言葉にアコも身を乗り出しながら
「そうそう、特にジン!!見かけはあれだけいいんだから、もう少し女の子の気持ちを理解できたらモテると思うんだけど……だいたいデリカシーの欠片もないんだよね!!」
アコの言葉にとうとうベッキーは吹き出してしまった。デリカシーの欠片もないと言われたジンのふてぶてしい顔を思い出し腹を抱えた。
「あはははっ、デリカシーって言葉は求めるだけ無駄よアコちゃん!!」
目に涙を浮かべながら笑い転げるベッキーは、やっとのおもいで笑いをこらえて言った。
「大体あの二人は、特にジンの頭の中には狩りの事しかないんだから!!」
「そうなんだよねぇ〜いっそレウスとでも恋人になっちゃえばいいのにね〜」
アコは言うと自分の言った言葉にバカ受けして声を出して笑いこけた。そんな二人のやりとりを近くで聞いていたハンターたちも大声で笑う。酒場は賑やかな笑い声に包まれた。
ぎぃぃぃぃっ、低く軋んだ音が響いてベッキーが扉に視線を向ける。入り口に佇むハンターの姿を認めた途端に慌てて笑いを引っ込めていた。
「あらっ……はやかったじゃない?」
取り繕った笑顔を浮かべると慌てて視線をアコに向けてなにやら意味ありげな目配せを送った。今まで笑いこけていたアコやハンターたちも慌ててその笑いを引っ込める。そしてその視線を入り口に突っ立ったままのハンターに注ぐ。そこには何故だかレウス装備の上半分を脱いだジンが憮然とした表情で立っていた。ジンはなにやら訝しげな表情で酒場の中を見回す。その場にいたハンターたちはそのジンの視線から目を逸らすと思い思いに酒を飲んだり話し込んだりした。その空々しい態度に舌打ちをしてジンは憮然とした表情のままズカズカとカウンターまで歩いてきた。そのジンの後を肩を落としながら俯いたフィンが続いた。
「ベッキー悪い……依頼は失敗した」
「えっ?あらそうだったの……残念だけど契約金はギルドに入る事になるわ、ごめんね」
「ああ、わかってる……ビールを頼む」
言うとジンは憮然としたまま近くのテーブルの椅子を乱暴に引き出すとドカリッと腰をおろした。
「討伐に失敗したって? ジンとフィンの二人で行って珍しいわね!?」
ジンの隣の椅子にアコが腰掛けてジンの顔を覗き込むように言った。こそこそと二人から離れて違うテーブルに腰掛けるフィンを横目で見ながら訝しげに小首を傾げる。
「何をそんなに怒ってるのよ、ジン……何かあった?」
運ばれてきたビールをベッキーの手から乱暴に受け取ると半分近く喉に流し込む。ふぅっと一息ついて口元の泡を手の甲で拭ったジンが隣のテーブルで小さくなっているフィンに顎を突き出しながら言った。
「何があったかって?詳しく聞きたければソイツに聞いてみな」
ジンが声を荒げて言うとアコがフィンを振り返る。フィンの背中が小さくブルブルと震えていた。
「何があったの?フィンくん」
ベッキーがフィンの肩に手を置いて優しく問いかけた。そんなベッキーの優しい顔をウルウルとした目で見つめながらフィンが話し出した。
「ぼくたちは瀕死のフルフルを洞窟まで追い詰めていた! ジンもぼくも狩りの成功を確信してた! とどめを刺そうと大剣を振るうジンをぼくは支援しようと自慢のカンロスガンの引き金を引いた! ぼくの放った痺れ弾がフルフルに最後の麻痺をあたえる……と思ってたんだけど」
そこまで話すとフィンがすまなさそうな目をジンに向ける。怒ったようなジンの視線とぶつかって慌てて目を逸らせた。
「そっかぁ、痺れ弾を外しちゃったのね! それで狩りが失敗しちゃったんだね」
ベッキーは優しくフィンの肩をポンポンと叩いた。そして改めてジンを見ると言った。
「狩りに失敗したのは残念だけど……それでフィンくんを責めるなんて少しあなたらしくないわね?ジン」
「そうよジン! これじゃあフィンが可哀相だよ」
ベッキーとアコの責めるようなきつい視線を真正面から受け止めてジンは怒った顔つきでうんうんとうなずいた。
「へへっ、そうかフィン……おまえはそうきたか……」
怒りで身体を震わせるジンの視線から庇う様にフィンの前に立って腕組みをしているベッキーには見向きもせずに
「じゃあ、続きはおれが話してやるよ……」
「おれを支援しようと放った弾丸は確実にフルフルの首筋に着弾したよ! そりゃあ見事な腕だったさ! そしておれは痺れて動けなくなったフルに最後の一撃をくれてやって……狩りはお終いだった!」
「まぁ正しく言うと……お終いのはずだったってのが正解だな」
ジンはそこまで言うと一呼吸置き、周りを見回した。その話に興味を引かれたまわりのハンターたちもジンの話にくいいるように耳を傾けている。
「確実な腕で着弾した弾が痺れ弾だったらよかったんだよ! なぁフィン……しかしコイツの放った弾は……弾は」
「痺れ弾どころか……こやし弾だったんだ!! それも並の飛竜なら2、3匹は逃げ出すような強烈なヤツだ!!」
ジンは思い出しただけで怒りがこみ上がってくるのを必死に堪えながら歯を食いしばっていた。
「まちがえちゃったんだよぅ」
ベッキーの陰に隠れてジンを盗み見たフィンがおどおどと言う。
「ま まぁ誰にでも間違いはあるんだし……」
未だ庇うように言ったベッキーを一瞥するとジンは自嘲気味な笑顔を見せた。
「ああ、そうさ 誰にでも間違いはあるさ……ひでぇ匂いにまみれて薄暗い洞窟でのたうちまわるおれにもな!」
「ひでぇ匂いが染み付いちまったレウスメイルの手入れを鼻をつまんで嫌がる工房の職人に無理やり押し付けてきたおれにだって……間違いはあるさ!!」
ベッキーとアコそして取り巻くハンターたちの顔が引きつる。
「間違いはあるんだろうが……こいつは、このフィンの野郎はそんなおれを見てどうしたと思う?」
「いいか、よく聞けよベッキー、アコ、おまえらもよく聞いておけよ」
ジンの迫力に押されてまわりのハンターたちが後ずさる。
「こいつはな〜このフィンの野郎はなぁ……そんなくせぇ匂いにのた打ち回るおれとフルフルを見て」
「笑い飛ばしやがったんだぁぁ!!……指をさしてな それに言うに事欠いてなんていったと思う?」
「まるで仲良しの兄弟みたいぃってぬかしやがったんだぞ」
言葉を失って立ち尽くす回りのものが一斉にフィンの顔を見た。
「だって、だって……面白かったんだも〜ん」
フィンはひょうきんな声で言うと改めてその場面を思い出したようにぷぷっと吹き出した。
静まり返っていた酒場に大爆笑が巻き起こっていた。ベッキーもアコも腹を抱えて笑い転げている。まわりのハンターたちもテーブルを叩いて爆笑していた。
「どうだ!わかったか!!それで怒るなって言うんなら……おれは人間なんてやめてやらぁ」
大爆笑は収まりそうもなかった。みんな目に涙を浮かべて笑い転げていた。当の張本人のフィンでさえ腹を抱えていた。ジンは不貞腐れた顔で回りを見回し残ったビールを一息で飲み干した。
「いやいや、それはフィンが悪いと私は思うぞジン!」
笑いの渦の中からひとりのハンターがジンに近づいてきて言葉をかけた。ジンはそのハンターをチラリッと見て
「きてたのかよカイ……いつ見ても変わったカッコしてやがる」
変わったカッコと言われたハンターは腕組みをしながら首を傾げ
「変わったカッコとは心外だなジン……私のこの装備のどこが変わっているというのだ?」
男は巨大昆虫のカンタロス素材から作られる濃紺に鈍く輝くタロスメイルを身につけていた。別段その装備自体変わったところなどないのだが、特質すべきは男のつけた頭装備だった。
「おれが言ってるのはその頭につけた骸骨のことだよ」
男がつけている頭装備は、スカルフェイスと呼ばれる髑髏を模した兜だった。その容貌は地獄の死神のように不気味な印象を与える。独特な雰囲気を醸し出す装備だった。
「ふむっこのスカルの良さがわからんとは?……おまえもまだ修行がたらんな!ジン」
「へっ、勝手に言ってろ……」
カイと呼ばれた男は数週間前にふらりとこのシンシアの街にやってきて初めてジンたちと組んで狩りに出た。それからは狩りに出るときはいつもジンたちと組みほかのハンターたちと一度も組むことはなかった。
あるときアコが「カイさんもこの街を拠点にすればいいのに」と言った事があった。その時にカイはきっぱりと「私はナスティーの街を拠点としている。だからしてここを拠点には出来ない」と言っていた。そのわりにほとんどの月日をこのシンシアで過ごしている。見た目もそうだが変わった男であった。
「これこれフィン、いつまでも笑っているんじゃない あまりにもジンに失礼ではないか」
「そんなこといったって、面白いんだもん……そういうカイだって笑ってるんじゃないの?」
フィンの言葉にうっとたじろいだカイをジンがじぃぃぃっと見つめる。その疑わしそうな視線を受けてカイが取り繕った言葉を並べたてた。
「い いや、ジン……私は笑ってはいないぞ 信用しろ私のことを」
「カイ てめえその骸骨取ってみろ?」
「うっ、なにをいうのだ……このスカルは私のトレードマーク、軽々しく取ったりはできぬ」
「いいから、外してその顔を見せてみろ?」
ジンが言いながらカイのドクロに手を伸ばした。カイは慌てて顔を逸らす。
「お、おい ちょっとやめろジン……いけない、だめだ」
笑い声の響く中、じたばたとあがくカイに詰め寄るジンの顔にもいつのまにか楽しそうな笑みが浮かんでいた。
ジンたちがはしゃぎ続けていたその同時刻……平和な雰囲気と賑やかな笑いに包まれている酒場の別棟に建てられたシンシアのハンターズギルド本部の部屋に難しそうに深刻な顔つきをしたギルドマスターとリュウのふたりの姿があった。
リュウは石造りのがっちりとした壁に背中を預けながら腕を組み、革張りの大きなソファに腰掛けたギルドマスターを見つめていた。
マスターは湯気の立つウイスキー入り紅茶のカップを一口啜り上げると皺深い顔にほっとした表情を浮かべる。そして深刻そうな顔に少し笑みを加えて言った。
「ところでリュウ、ジンのやつは最近どうかね?」
リュウは腕組みをしたまま険しい表情の口元に少しだけ笑みを浮かべる。
「まぁ少しは、気づいてるだろうと思うぜ 相変わらずひとりで狩りに出かけたがるようだが」
「ふむふむ」
「最近アイツのまわりに人が集まりだした! それがアイツにとってもいい巡り会わせになってるようだ」
「ふむふむ」
そこまで言うとリュウは口元の笑みを引っ込めて険しい表情で言った。
「ただ相変わらずやりかたは強引だ まぁその強引さがアイツの強さの所以なんだろうが……その危うさにアイツは気づいていない」
「パーティを組んでの狩りでもアイツの動きは一人の狩りでの動きだ それが身体に染み付いちまってるんだろうな ただあのままの狩りを続けていたんじゃ……」
リュウの険しい視線とマスターの心の中まで見透かすような視線が重なる。
「いつか、アイツは仲間を失うような事になるかも知れない……自分自身の生命も含めてな……それほどアイツの強さは危ういって事だ」
「なるほどの……強さと危うさが背中合わせになっとるか……諸刃の剣じゃな」
「ああ、だがその事にアイツが気がつけば……アイツはもっと強くなるぜ」
そう言って口元に優しい笑みを浮かべるリュウをジッとマスターが見つめる。
「なんだよ?マスター」
「ほほほっ……リュウ お主ヤケに嬉しそうな顔をしとるな?」
「バカ言え……これでも物分りの悪いバカの相手させられて苦労してんだぜ」
リュウはマスターの言葉に意表を衝かれた。胸の内を見透かされて照れたように顔をしかめる。
「ほほほっ……お主の話を聞けば聞く程 昔のお主によう似とると思っただけじゃよ」
「「自由が好きなんだ」か、いう事までそっくりじゃのう!」
「どこが似てるんだよ?あんなバカと」
言って窓の外に視線を移し目を細めるリュウの表情には、確かに優しい笑みが浮かんでいた。
「まぁ、その話は別としてお主には聞いてもらいたい話しがあるんじゃ」
さっきまでの穏やかさとはうってかわって厳しい表情を皺深い顔に浮かべるマスターにリュウは視線を戻した。
「天災の話かい?」
「うむ、老山龍……ヤツが動き出した」
リュウは黙ったままマスターの言葉を待つ。
「まっすぐにこのシンシアに向かっておるそうじゃ」
「なら話は早いじゃねえか……いつものように砦に籠もってヤツを追い払えばすむ事だ」
事も無げに言うリュウをチラリと見てマスターは皺深い顔を深刻そうに歪める。
「それがそうもいかんようなのだ……老山龍、ヤツは狂っておるそうじゃ」
マスターの言葉を聞いてリュウが訝しげな表情を浮かべマスターを睨む。その眼光が鈍く光っていた。
「狂ってる?そりゃあどういう事なんだい?」
「ミナガルデからの報告によると、ヤツは我を失っておるそうじゃ……いつもの老山龍の行動からは想像も出来んくらいに荒れ狂っておるそうじゃ」
「まるで何かの脅威から逃れるように……すべての物を破壊しながら真っ直ぐこのシンシアに向かっておるという報告じゃ」
マスターの言葉を聞いてリュウの目が光る。
「何かの脅威?……まさかマスター……邪龍か?」
リュウの鋭い声が低く響く。マスターは伏せていた視線をゆっくりとリュウに向けると首を左右に振った。
「いや……邪龍の存在はミナガルデにも報告は来ておらん」
「ならどうしてラオが?………」
「邪龍と同じほどの脅威を老山龍に与えられる存在などワシにはひとつしか思い浮かばんよ」
ギルドマスターの言葉を聞いてリュウの表情が豹変していた。その顔つきは初めて見るような厳しく険しいものに変わっていた。
「ああ、おれにもひとつしか思う浮かばねぇよ……」
低い声でつぶやくとリュウは目の横を斜めに奔る無残な傷跡を指でなぞる。
「マスター……残影に招集をかけるぜ」
「うむ……ひょんな事からお主にも好機が巡ってきたようじゃな」
リュウは爛々と光る眼をマスターに向けゆっくりとうなずいた。
「その前に老山龍だ」
リュウの言葉に静かにうなずくギルドマスターがこれも静かな声でつぶやいた。
「老山龍今回は討伐せねばなるまい!」
――――― 前編 ――――― (終)
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