第1部 第1章 白髪の男 その6
異国の人間が流れ着く。前触れもない化け物の出現。村の全滅。ありえないことが一度に降りかかった今日という運命の日。
幸せな家庭は破壊され、二度と戻らぬ魂は、闇の中を永遠に彷徨うことになるのだ。
暗い世界に現われた一筋の光。白い髪の青年は真っ直ぐに立っていた。怪物を前に臆することなく向き合っていた。
ゆっくりと間合いを詰めてくる異形の怪物達。
慌てもせずに、青年は剣を取る。それは、ウィスケルが投げ渡した物である。新しく息を吹き返したその剣は、亡き持ち主イクパルの無念を晴らすために月の光を借りて煌めいた。
怪物は襲い掛かってきた。ファミリストン達を襲っていた残りも加わって約20数体が青年に集中した。
強風が突然吹いた。青年が自分を中心に剣を大きく回転させた。剣をとって最初の一撃。その一撃だけで半分以上の怪物が肉の塊となった。
考えることを知らない化け物も本能が危険と悟ったのか動きが止まる。近づけない。
「す、すごい」
ウィスケルは無意識に声が出た。命を救われたという、感謝や賞賛よりも呆気にとられて、何をどう表現していいかわからない。
初めて見る異国の力。たった1人だが、ファミリストンは我が軍との歴然とした力の差を悔しく感じた。
「この空き家に子供が1人隠れているんだ。助けに行ってくれないか」
青年の大きな声はとても綺麗な声だった。
「しかし、君は大丈夫か」
「ここは、俺が引き受ける」
「わかった、子供を確保したら、すぐに加勢にいく」
ファミリストン達は素早く馬を走らせた。実際、加勢に入ったところで自分達は足手まといになるのだろうと思いながら。
ボズは言われた通りに隠れていた。不安が小さな身体を覆う。
大きな音がした。扉が開け放たれた音だ。ボズの身体がビクッと反応する。
「誰もいないのか」
聞いたことのある声。ボズの憧れである、ファミリストン将軍の声だ。
ボズは飛び出した。あまりの勢いにファミリストンは一瞬身構えたが、笑顔で迎えてくれた。
「良かった、無事か」
エグリアースがほっとしたように言った。
ボズは泣きそうになるのを我慢した。男は簡単に涙を見せてはいけないと父であるバズに教わっていたからだ。
ファミリストンの隣にはアリシェがいた。
「アリシェ!無事だったのかい」
「…」
しかし、恐怖で声を失くしたアリシェは話すことができない。ほんの少しだけ笑顔を見せたが、すぐに虚ろな表情になった。
「ところで、君を助けたのは、白い髪の男か」
ウィスケルが聞いた。ボズの瞳は輝いた。
「そうです!あのお兄ちゃんは…ハッシュさんは無事ですか?」
「ハッシュ…。加勢に行かねば」
そう呟くとファミリストンは空き家から出た。
「ウィスケル、お前は子供達を頼む。私達は彼の所へいく」
「はっ、将軍もお気をつけて」
ファミリストンとエグリアースの2人は馬を走らせていった。
またしても取り残されたボズだが、今度は1人ではない。大好きなアリシェと頼りになるウィスケルも一緒だ。恐怖を自分の内に抑え込んで、ボズはアリシェに「僕がいるから平気だよ」と強がった。
ゲルニア国の夜は寒い。普段の日中でも凍えるような気温なのに、日が落ちたら更に気温が下がる。防寒服は絶対に持ってないと身体がもたない。
初めのうちは、防寒服を着てなくても、多少は動けるだろう。それも初めの内だ。時間が経つにつれて、寒さで動きが鈍り、最後には動けなくなり、凍死する。
異形の化け物は違う。元々の感覚が鈍すぎるため、人間よりも寒さの中で長い時間動けるし、炎にもある程度は耐えることができるだろう。身体の資質、能力から違うのだから、勝てるわけがない。
馬を駆りながら、ファミリストンは思う。
白い髪の青年、ハッシュも戦闘が長引けば長引くほど不利になっていく。ただでさえ、何も着ていないに等しいのだ。
役に立たないかもしれない、だが、間に合ってくれ。ファミリストンは太陽神に祈った。
ファミリストンの心配事は全くの無駄だったことが、嫌でも認めざるを得ない。
怪物達は全滅していたのだ。ファミリストン達が、辿り着いた時には、全て片付いていた。
馬から降りて、周りを見る。
「こ、これは」
エグリアースが信じられないといった表情で眺めていた。さっきまで、苦しめられてきた怪物達の死骸が辺りに散らばっている。驚かずにはいられない。
ファミリストンは空き家からとってきた防寒服を、ハッシュに手渡した。
「ありがとう」
ハッシュは素直に言った。とても1人で怪物を相手にしたようには見えない。
「助かった、礼をいう。私はこのゲルニア国将軍、ファミリストン。そこにいるのは部下のエグリアース」
「俺はハッシュ。礼をいうのは、こちらだ。この村の人達に命を助けてもらった。それがこんなことになるなんて、残念だ」
ハッシュはファミリストンと握手をし、エグリアースに会釈した。それに習って、エグリアースも一礼する。
しばしの沈黙。何も理由がなく村が壊滅したのだ。戦争での被害なら、悲しいがまだわかる。しかし、今回に関しては、情報もなにも無い所から現われたようなものだ。
沈黙を壊したのは、エグリアースだった。
「一体なんなんだ。こいつらは」
化け物を見て改めて思った。
「神話に出てくる、絶望神の怪物だ」
冷静にハッシュは言った。
「そう、可愛いこの子達は、ジャムという名よ」
後ろから若い女の声。全員が振り返る。
青い布で身体を巻き纏った美女が立っていた。この場面で、現われる怪しさ。グロン村壊滅の先導した張本人だと一目でわかった。
エグリアースが剣を抜く。
「何者だ」
「ふん、お決まりの台詞ね。しょうがないから答えてあげる。あたしはパール3兄弟の1人、ダヴァニータ。命令により、この国を滅ぼしにきたの」
そう言って、美女の顔が歪む。笑顔なのに、醜く見える。女は続ける。
「あたしの可愛いジャムちゃん達を、こんなに殺しちゃって、この後の仕事がなかったら、アンタ達全員あたしが殺してるわよ」
エグリアースの瞳に怒りの色が湧いた。
「ふざけるな。ジャムちゃんだと!?あんな化け物のどこが可愛いだ。貴様のせいで村が滅んだんだぞ」
女、ダヴァニータの顔付きが変わった。美しい顔の奥にある本性を見た気がして、エグリアースは寒気がした。
「あたしの可愛いジャムちゃんを馬鹿にしたね。アンタ邪魔だし、嫌い。死んじゃいな」
身構えたダヴァニータが、エグリアースの首を狙って襲い掛かろうとした直前。急に動きが止まる。
「ちっ」
舌打ちしたダヴァニータはそのまま身を翻し、闇の中へと消えていった。
後に残った静寂と共に、拭いきれぬ不安を抱きつつ、ファミリストンは他の2つの村と城のことを考えた。
夢ではない紛れもなく現実に起こったことだ。わからないことばりで戸惑う。
ジャムと呼ばれる怪物やダヴァニータという女。パール3兄弟。そして、命の恩人であるが、島に流れ着いた白き髪の男、ハッシュ。
だが、最も最優先すべきは、国を守らねばならないこと。国の存亡に関わる敵が今、ここに出現したのだ。
ファミリストンは一刻も早く城へ戻らなければいけないことを心に言い聞かせた。
第1章 白き髪の男 終 〜 第2章 つづく。 |