第1部 第1章 白髪の男 その5
悪夢。
グロン村の残状にファミリストンは目眩を感じた。
まるで村だけが爆発したのかと思わせる程の破壊。人間が玩具のように、引き裂かれている。
悲鳴がする方へ馬を走らせるが、段々と小さくなっていった。
もう生きている村人はいないのかと諦めかけた時、ゴトンと音がする。瞬時に剣を抜く。3人の部下達は緊張して震えている。初めての経験なのだ。当然、ファミリストンでさえも。
音がしたのは、転げ倒れてる樽だったが、中に女の子が入っていた。身体を震わせ、焦点の合わない視線を暗い空へ向けている。
「おい、大丈夫か」
ウィスケルが近寄る。よく見ると、目元がメルクに似ているのを確認して、問う。
「もしかして、アリシェか?」
自分の名前に反応して、女の子が何度も頷く。ウィスケルがファミリストンに報告した。
「生きていたぞ、メルク」
ファミリストンはそう呟くと、馬を近づけて、アリシェを前に乗せた。よほど惨い場面を見たのだろう、涙が頬を洪水のように流れ、泣き叫んでいる表情だが、声が出ていない。小さな女の子は自分の声をあの殺戮の場所に置き忘れたのだ。
空気がピンと張る。経験不足の彼らでもわかるくらいに。
4人は素早く陣形を整えた。ファミリストンを中心に、後ろはエグリアース、右はウィスケル、そして左にイクパルが位置に付く。
「くるぞ」
ファミリストンが言った。
キシャアアアアアアアアア。
甲高い雄叫びと共に、複数の怪物が飛び掛ってきた。
「ばっ化け物め!」
エグリアースが叫びながら剣を振り下ろした。
グロン村と同等の村がこの国にはあと2つある。ザロン村とギャロン村。
ファミリストン将軍の命令を受けたダストンは馬を誰よりも早く駆けさせていた。
向かっているギャロン村まではそう遠くない。ダストンの気持ちは焦っていた。村には家族がいる。グロン村のあの光景を見させられて、故郷の村を心配しないのがおかしい。
瞬時の判断のフリをして、ダストンに故郷であるギャレン村へ行くよう命令したファミリストン将軍の心遣いに感謝する。
ザロン村への命令を受けたカムクも故郷がその村である。彼も将軍に感謝していることだろう。
メルクには残念だが、あの状態で生き残りがいる可能性はないに等しい。城へ行かせたのもまた将軍の心遣いなのだ。
不安が脳裏を過ぎる。兵だとか軍だとか、それなりのつもりであるが、実戦をしたことがない。本当の命のやり取りを経験したことがないのだ。ダストンだけではない。全員に当てはまることだった。
それは、ファミリストン、スライの2人の将軍にもいえることだ。
セラミス王を始めとする、一つ昔の人達ならわからないでもないが、こんな平和な島で今の若い者に実戦などを経験させることなど出来るわけがない。
村が見えてきた。何も感じない。まだ無事なようだ。ダストンは安堵した。
「あの〜…安心してるところ…邪魔するけど…」
真後ろで声が聞こえた。背筋が凍る。馬は全速力で走っているのだ。
ダストンは振り返る。男の子が馬に乗っていた。それも、ダストンの馬に。ずっとダストンの後ろにいたのだ。
「うっうわっ」
思わず馬を止めた。今の今まで全く気配がなかった。存在すらも消していたのか、あるいは気づかないことが実戦経験の欠如なのか。
5・6歳に見える子供は、馬から飛び降りた。慌ててダストンも降りて、剣を抜いた。
「なっ何者だ。貴様」
「あ〜あ、こんな子供に剣抜いちゃって。おじさん結構小心者なんだね」
あくびをしながら、男の子は言った。見た目は普通の子供だ。しかし服装が違う。赤い布で全身を纏っている。この国の服装ではない。
「貴様がグロン村を・・あんな風に」
剣を握っている手に汗が滲む。だたの子供ではない。子供の身体を借りた、もっと強大な得体の知れない者だ。
「グロン村?…わかんないな…ダヴァニータ姉さんの所かな。ま、いいや。どうせ、おじさんも…」
男の子は急に真顔になり、ダストンに向かってきた。
「死んじゃうんだからね」
血の気が引いたダストンは、剣を振り下ろしていた。恐らく生涯で最高の力、最高の踏み込み、最高の速度だった。
その最高の動きを簡単に男の子はかわす。剣の切っ先は地面に勢いよく刺さり、すぐには引き抜くことが出来なかった。
「うっうおおおお」
ダストンの気合のこもった声と同時に、剣を持っている両腕が飛んだ。両腕はダストンの身体と永遠に別れた。
「な〜んだ。おじさんも弱いんだね。さっきの人と同じだ」
さっきの人というのが、ザロン村へ向かったカムクのことだと悟った。カムクが既に殺られていた。ザロン村はもう…。
何も出来ずにいるダストンに男の子は冷静に、作ったような笑顔を出したまま。
「じゃあね、おじさん」
ダストンの人生はここで終わった。
「がっ…」
怪物の鋭い爪が、イクパルの首を貫いた。ガクリとうな垂れ、魂の抜けたその身体は剣と一緒にズルリと馬から崩れ落ちた。
「イクパル!」
ウィスケルが悲鳴のように叫んだ。
ウィスケルとイクパルは同期であり、辛い日々を一緒に励ましあってきた仲だ。イクパルの方には許嫁がいて、もうすぐ結婚という幸せの絶頂だった。そんな幸せは異形の怪物のたった一突きによって脆くも崩れ去った。
「将軍、ここは退却しましょう!数が多すぎます」
「…っ」
アリシェを抱いたままでは思うように動けないファミリストンは、剣で防御するのが精一杯で、反撃に転じることが出来ない。退却という選択は既に考えているが、数が多すぎるため、逃げ切れる根拠はどこにもなかった。
風と一緒に何かが聞こえた。怪物の雄叫びではない。もっと力強く、前を見据えた、人の、人間の声。
「おおおおおおっ」
奥で固まっていた数十体の怪物達が突如吹き飛んだ。怪物の首や身体の一部が宙を舞った。
ファミリストン達を襲っていた残りの怪物の動きが止まる。
そこには。
長く美しい透きとおる白い髪の男が立っていた。手には剣ではなく、その辺に落ちていた棒を持っていた。薪を割るときに使う木の棒である。
あの細い身体のどこにそんな力があるのか。あの鋭い爪、牙を相手にあんな物で何故そこまで戦えるのか。
ファミリストン達は、白き髪の青年に魅せられていた。
「あ、あれが、例の…流れ着いた…」
我に返ったウィスケルは思わず、主を失ったイクパルの剣を男の足元へ放り投げた。敵か味方かもわからないのに、操られるように自然と身体が動いていた。
それほどまでに、この状況での彼の登場は、鮮烈であり、この暗闇の中を照らす太陽のように見えた。
そう、太陽神の如く、眩しく凛々しきその姿に、ファミリストン達は希望を見出した。
つづく。 |