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七英雄物語
作:七英雄



第1部 第4章 希望と絶望の刃 その3


 ボズはアリシェの手を握ったまま、グイグイ先へ進んでいた。柔らかいアリシェの手を離すまいと強く握っているためか、アリシェの表情が苦痛で歪んでいる。
 目の前で両親が殺されるところを見てしまったために、言葉を忘れてしまったアリシェ。痛くてもそれを言葉で伝えることができない。ボズは後ろのアリシェには気づかずに腕を引っ張る。とうとう、アリシェがたまらず手を強引に離した。
 ボズは振り返り、アリシェの顔を見て、そこでようやく気がついた。
「ご・ごめん、アリシェ、強く引っ張りすぎたみたいだ。痛くない?」
 アリシェは下を向いたまま、大丈夫と頷いた。だが、肩で息をしている。女の子にはこの山道と、ボズの歩くペースはキツかったみたいだ。
「少し休もう」
 ボズ達は立ち止り、その場に座り込んだ。
 どう声をかけていいかわからず、重い空気が流れる。何を言っても気休めにしかならない。
 冷たい風が吹くが、比較的気温が暖かいので、その風も心地よく感じる。それは今の時が暖かいというだけで、夜に近づくにつれ、厳しい寒さへと変貌していく。
 ガサ。
 奥で音が鳴る。
 風も吹いているのだから、その程度の音が鳴るのは当たり前である。いつもボズなら、聞き逃していただろうが、今は状況が違う。この国が襲撃されているのだ。僅かな音も気にならないということはない。
 ボズは、アリシェに動かないように言って、静かに音がした方へ歩いた。
 さっきの音以外で鳴ることはなかった。気のせいかもしれないと、ボズは引き返そうとした時。
 人の形をした、物体が見えた。
「…えっ」
 予想外の出現にボズは度肝を抜かれた。ハッシュを初めて見つけた衝撃よりも大きかった。気のせいか、動物が横切ったくらいだと思っていたからだ。まさか、人間だとは思わなかった。
 その人間は、倒れていた。
 よく見ると子供の姿に見えた。
「こんなところに…?」
 ボズは更に近づくと、その子供の身体中の返り血と右腕がないのを確認した。
 戦慄が駆け巡る。子供は間違いなく戦闘した結果である。ボズと変わらないくらいの子供がボロボロな状態で気を失っている。
 その子供は、パール3兄弟のステューだった。ファミリストンとの死闘で右腕を斬り飛ばされた。なんとかその場から逃げることができたのだが、あまりの深手のため、体力がもたず、意識が遠のいて、倒れ込んだのだ。
 ボズは直感で確信した。
 敵だ。
 村を滅ぼした奴らの仲間に違いない。アリシェの親を殺した奴らの仲間に違いない。自分の親を殺した奴らの仲間に違いない。
 ボズの頭の中に殺意が芽生える。護身用に持たされていた短剣を取り出した。今なら、村の仇を討つことができる。ボズはゆっくりと倒れているステューへ近づいていった。
 あと5歩。
 あと4歩。
 あと3歩。
 徐々に距離が狭まる。あと数歩でステューに短剣を突き刺せる間合いになる。
 あと2歩。
 あと1歩。
 ステューの傍まで近づけた。
「…」
 ボズは短剣を振り上げて構えた。自分を言い聞かせる。これは、正義のためなんだ。国のためなんだ。みんなの恨みを晴らすんだ。国を絶望のどん底まで落とし込んだ奴らに仕返しをするだけなんだ。僕達の希望ために。今ここで。こいつを殺さないと。
 ボズの短剣がステューに向けて振り下ろされた。
(待て)
 もう1人のボズの声が聞こえた。短剣が止まる。
(彼の希望はどうなる?)
「何が希望だ!僕の村を、みんなを殺したのは、こいつらだ!」
(復讐が正義なのか?)
「僕達を絶望に落としたのはこいつだ!」
(絶望に絶望で仕返しをするのか?)
「そ・そんなこと…知るもんか…」
(君が絶対に正しいのかい?彼には彼の理由があるとしたら?)
「人を殺すのに、国を襲うのに、どういう理由があるっていうんだ!」
(でも、君にはわかっている。本当は・・・・彼に絶望を与えることなんて・・)
 声はもう聞こえない。
「…くっ…。ぐっ…」
 ボズは短剣を地面に叩きつけた。弾かれた短剣は逆方向へ飛び跳ねた。
「ちくしょう!」
 ボズはステューを抱きかかえた。手当てをする主な道具はない。包帯や水程度しかない。それでも何もしないよりはマシだと、ボズはステューの身体を引きずった。
「くそ、くそ、くそ」
 悔しくて涙が出た。仇が討てない悔しさ。しかし、それに反して助けている自分がいる。
 ボズは絶望ではなく、希望を選んだのだ。それが吉となるのか、凶となるのかは、ステューが目覚めないとわからないことだった。


 アル山の頂上には祠がある。ここには太陽神アルニヴァースが祀ってあるというのが表向きの言い分で、実際はセラミス王の実験場だった。
 ここで数々の実験がなされ、初めて宰相ハミルが絶望獣として変化したのもここだった。
 祠へ辿り着いたセラミスは、ヨロヨロと中へ入っていった。懐かしそうな感慨深い表情で辺りを見回す。
「ふっふっふっ、懐かしいな」
 セラミスは笑みを浮かべた。
 祠の中は、薄暗く、人がちょうど寝るくらいの石台がある。セラミスはここで人間を寝かせ、絶望獣を召喚し、人と獣の融合を実験していた。
 ニゴラス国にいた頃は、パール族を利用していたのだが、ここにはいない。犠牲になっていたのは、宰相ハミルだった。狭い国のため、市民を利用すると、すぐに問題になる。忠誠心が高いハミルしか実験台にするしかなかった。幸い、パール族の犠牲のおかげで、どこまでいけば、命が危険かまではわかるようになっていた。ハミルが危険となれば、実験を止め、後日また再実験を繰り返した。
 月日は流れ、人と獣の融合に成功した。それが、絶望獣に変貌したハミルなのだ。
「この国も終わりか…」
 セラミスは溜息をついた。
「また別の土地へ移らねば…」
 諦めの溜息ではなかった。
 セラミスは手をかざし、呪文を唱えた。
 すると、何十体もの絶望獣ジャムが出現した。ダヴァニータが召喚したジャムと同じである。もっと凶暴に見える。
「…くるがよい…パール族の者よ」
 セラミスは祠内で1人呟いた。


つづく。












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