第1部 第4章 希望と絶望の刃 その1
アル山。ゲルニアの島で一番大きく高い山。火山島ではあるが、今まで1度も噴火などの活動をしたことがない。
そんなアル山だが、今は違う。少し、ほんの少しだけど、微震と共に、異様な音を立てている。まさに、現時点のゲルニア国の行く末を察しているかのように、いつ噴火してもおかしくないようにも思える。
絶望獣ハミルに背負われ、セラミス王は山の頂上を目指す。そこを最後の決戦の場なのか、年老いたその瞳の輝きは消え去ることがない。
セラミスは独り言を発した。
「いよいよ・・我が長年の戦いに…結論が出る…」
それが、自分の死を意味しているのか、生を意味しているのかは、傍にいる獣と化したハミルにはわかるよしもない。
セラミス自身の心の奥底に秘めた確実な確信に満ちた決意なのだろう。国を1代で治めた王たる者のケジメ。道を誤る形になろうとも、貫くしかないことを感じていた。
崩れ落ちたティファレン城内。
パール族ドゥージと、エグリアース、オキュラスが向かい合っていた。冷静なドゥージに対して、真っ赤な顔で剣を貫き構えているオキュラス。かろうじて、エグリアースが静かに構えている。
「…セラミスを追わねばならん。そこをどいてもらおう」
ドゥージが言った。今、この男の興味はセラミス王の命しかなかった。
「断る。スライ将軍、同僚達、町の人々、そして村の仇!」
オキュラスが緊張した面持ちで言った。少し前までビクビクしていたとは思えない程の覚悟を決めた顔だった。
ドゥージは溜息をついた。
「お前達も見ただろう。聞いただろう。あんな王に何の忠誠を誓うのだ」
スライが死んだ時のことをドゥージは言っている。絶望獣にやられたスライ。それを召喚したのは、ドゥージではなく、セラミス王。更には、「生かしてはおかない」という、エグリアース、オキュラスに投げかけられた王の言葉。
それは疑いようのない事実。
「それでも決着をつけたいのであれば」
ドゥージはセラミスが飛び出した方向を指差した。アル山の方向。
「そこで決着をつけよう」
ドゥージはそれ以上何も言わず、2人の横を通り過ぎた。セラミスを追って、アル山へと向かっていった。
残されたエグリアースとオキュラスは、しばしの沈黙の後、歩き出した。言葉を交わさずとも、行くべき道は一つしかない。アル山で、王の真意と、王の前で、全ての決着をつけるために。
ダヴァニータは自然とアル山の方へ歩いていた。
ハッシュとの戦いの場から逃げ切った彼女は、突然の聞き覚えのある声に驚愕した。それから、何度も大きな音が響き、城が破壊されたかと思うと、セラミス王とジャムよりも数倍大きな絶望獣が飛び出してきた。
兄のドゥージがセラミスを逃したのだ。ドゥージとステューのことも心配だったが、第一優先はセラミスの命を断つこと。そのセラミスが逃げたのであれば、追わねばならない。
ダヴァニータは一族の恨みを抱え、アル山への足を速めた。
ティファレン城下町内。
ステューが目を覚ました時には、斬られた箇所の出血は止まっていた。それでも起き上がると激痛が走る。固まり始めていた血が起き上がることによりパリパリと鳴った。
ぼやけた目が段々と元に戻りかけてきた。急に怒りで頭に血が上る。目の前にまだ倒れたままのファミリストンがいたからだ。
「こ…殺す」
ゆっくりと立ち上がり、ファミリストンに近づいていく。左腕を刃に変化させて、息の根を止めるために一歩一歩進んでいく。
だが。それは叶わぬこととなった。
「ファミリストン」
入り口から、白き髪の男が走ってきた。ハッシュである。
ステューの動きが止まる。
「あ…あいつ…まさか、そんな…ダヴァニータ姉さんを…」
ダヴァニータがやられたのではないかと、ステューが驚いた。そして、更なる怒りを沸かせたが、完全に不利な状況のため、痛む腕を抱えながら、ステューはその場を離れる判断をした。
ハッシュがファミリストンの元へ来た時は、既にステューは消えていた。ハッシュはファミリストンを抱えて、頬を何度か平手で叩いた。
「おい、大丈夫か」
しばらくして、ファミリストンが「うむ…」と目を開けた。キョロキョロと辺りを見回す。ステューを探しているようだった。
「奴は逃げた」
ハッシュの言葉に、ふうと、息をついた。
「まずは傷の手当てだ」
「そっちは…?」
「ああ、あの女は逃げたよ」
「…そうか」
ファミリストンは城の方へ目をやった。
「王は無事だろうか…」
気まずそうにハッシュは下を向いた。その仕草をファミリストンは見逃さない。
「な・なんだ?なにがあった?」
ハッシュに掴みかかって問い詰める。
「遠くから見えていた。恐らく、王は…城から脱出したよ」
「そうか…良かった」
ほっとしたファミリストンを裏切るようにハッシュは続ける。
「あの絶望獣と一緒にな」
「なんだとっ!さらわれたというのかっ!」
ファミリストンは叫んだ。
「あの状況ではなんとも言えんが…俺には、さらわれているようには見えなかったよ」
「何を言うんだ。そんな馬鹿なことがあるわけないだろう!」
本気で怒りの瞳をハッシュに向ける。
ハッシュは遠い目で何かを見つけた。
「ならば彼らに聞くしかないな」
ファミリストンが振り返ると、意気消沈しているエグリアースとオキュラスが歩いていた。その足取りを見て、嫌な予感がファミリストンの身体を流れた。
森の中で、ボズはアリシェの手をしっかりと握りながら、歩いていた。
アリシェは何も喋らない。いや、喋れないのだ。沈黙に我慢の限界がきたのか、ボズは口を開いた。
「大丈夫かいアリシェ。疲れてない?」
ボズの言葉にアリシェは少しだけ微笑んだ。話すことは出来ないが、代わりに握っている手をもっと強く握り返してきた。
照れながらも、アリシェを絶対に守ってるとボズは誓う。2人の足は着実に前に進む。その先はアル山に続いていることをボズとアリシェは知らない。
それぞれの思いと行動を受けながら、時は進む。
誰かにとっては最高で、誰かにとっては最悪の結末が待っていることを、どの神は祝福するのだろうか。
つづく。 |