第1部 第3章 ゲルニア国攻防戦 その5
スライは物心ついた時から、将軍を約束されていた子供だった。国を守るために将来は将軍になることを誓い、目指してきた。平和な国で戦争もないもないことなどは別の話で、自分が国を担う立場になる人間だと思うことに誇りを感じた。
セラミス王の素晴らしさを肌で感じ、民を思い、時には一緒に笑い、泣き、祝福してくれる。そんな王の傍で仕えたい。命を懸けたいと思っていた。
スライにとって、王は、国は、国民は、父は、絶対なのだ。ゲルニア国を、生まれ育った国を汚す者を倒すため、簡単にはやられることはできない。スライを今、支えているのは、国を想う揺るぎない精神力だけだった。
「もう止めろ、今、俺の用があるのはセラミス王だ」
ドゥージは言った。そんな忠告は全く耳を貸さずに、スライはセラミス王の前から動かない。
「王は・・俺が守る」
武器も何もなく、マトモに戦うことなど出来ない。それでも、スライは自分の主を守るために戦う気だった。その視線はドゥージですら寒気がするほどの冷ややかな瞳。もはや既に死人の瞳。
「お前は・・・・」
セラミスの本当の姿を知らないのか。・・と言いかけてドゥージは止めた。知っていても、知らなくても、スライはその場を離れないだろう。スライにとってゲルニア国は生きる証なのだ。国を守ることを止めたら、スライは生きている意味を失う。
「見事だ、スライよ。お主こそ、ゲルニアの英雄ぞ。さあ、目の前の敵を倒すのだ」
セラミスは軽口を言う。あんな状態でどうやって戦うことができるのか。ドゥージは一瞬だが、スライに同情した。
「スライ将軍」
ドゥージの後ろから声が聞こえた。エグリアースが絶望獣ハミルの攻撃を避けながら叫んでいた。
「今、援護に向かいます」
そのためには、この眼前に迫る怪物をなんとかしなければいけない。何も考えなく暴れている怪物の予想外の動きにエグリアース、ウィスケル、オキュラスの3人は避けるだけで精一杯だ。
だが、数撃てば当たるではないが、とうとう、怪物の振り回していた鋭い爪が、ウィスケルの身体を貫いた。
「がふっ」
ウィスケルの口から血が吐き出された。
「ウィスケルさん」
オキュラスの悲痛な声が、エグリアースの耳に入る。
「ウィ・・スケル」
「ぐぐっ」
ウィスケルは絶望獣の脚にしがみ付いたそして、目で訴える。(今だ、俺に気を取られている内に、この化け物を、討て)
死を覚悟した目。死を覚悟した行動。知能の低い絶望獣が目の前にいる敵の排除に戸惑っている隙に攻撃を仕掛ければ、もしかしたら倒すことができるかもしれない。ウィスケルが粘れば粘るほど、勝機が見えてくる。
そのウィスケルの行動の意味を悟ったエグリアースは、ほんの数秒下を向いた。今までの思い出を蘇らせている、すぐに意を決したのか前を見据え、剣を構えた。
「いくぞっ!オキュラス!」
「え・あ・・は・はい!」
2人は突進した。
ウィスケルは薄れていく意識の中、必死でしがみつき、堪えている。必要以上に攻撃を加えられて、身体に力が入らない。
エグリアースとオキュラスの渾身の魂を込めた剣が怪物に突き刺さろうとしたその時。
ウィスケルが息絶えた。
力が抜け、押さえていた手がその場に落ちる。
同時に絶望獣ハミルが飛び避けた。
「なっ」
エグリアース達の勢いも止まる。
動かないウィスケル。せめて一矢報うために踏ん張っていた最後の力も尽きた。
長年の仲間が次々に倒れていく。本当の実戦というものを初めて体験した時が、永遠の最期の時。二度と戻ることのない現実。8国の一つ、ゲルニア国は、完全に壊滅状態に陥っている。
「くっそおおお!」
オキュラスが怪物の後を追った。
絶望獣ハミルは、セラミスの元へ戻り始めた。ドゥージは迎え撃つように振り返るが、振り下ろした爪と、刃に変化した右腕とが交差する。一閃。ガキンと鈍い音を立てて、怪物はドゥージの横を擦り抜ける。
怪物は大きなドス黒い腕を再度振る。その先には、もう、何も見えていないのだろう、スライが無防備にも立っている。
ズシン。
スライのボロボロの身体に絶望獣の腕がめり込んだ。三度身体は飛んだ。まるで玩具のように。まるで赤子のように。まるで紙屑を投げ捨てるように。
スライの命の灯火はここで消え去る。
絶望獣ハミルは、セラミスの寝台ごと抱え上げた。
「逃げる気か、セラミス」
ドゥージは冷静に言う。
「馬鹿を言え、事情を知るお主を逃がすわけなかろう。それと・・向こうの2人もな」
「え・・?」その言葉を聞き、オキュラスの足が止まる。
エグリアースが放心状態で目を向ける。
「今この場所を離れるだけだ。追って来い、パール族の者よ。我がいる内は生きてここから出さんぞ」
そう言うと、絶望獣は、壁を壊し、外へと飛び出した。セラミスは絶望獣に抱えられたまま、一緒に島で一番大きく高い山、アル山の方向へ消えていった。
後に残ったのは、呆然とその場に残る、エグリアース、オキュラス。死の世界へと旅立った、スライ将軍、ウィスケル。冷静に、踵を返し、無言で立ち去ろうとするドゥージ。
沈黙の風が、ティファレン城を、城下町を、グロン村を、ギャロン村を、ザロン村を吹き抜ける。
静かになったゲルニア国を太陽は照らす。
これから始まる運命と反比例して、明るく力強く地面を照らす。
寒さも忘れる熱き思いだけが、生き残った人間の身体を駆け巡った。
第3章 ゲルニア国攻防戦 終 〜 第4章 つづく。 |