第1部 第3章 ゲルニア国攻防戦 その4
パール族はニゴラス国で生まれた。
男女の関係、寿命、どれをとっても、普通の人間と変わらない。
しかし、差別されている。その理由は、身体能力の異常な高さ、腕などの一部を刃に変化させることができる能力のおかげで、ニゴラス国でも浮いた存在だった。
一族は遠くの山奥での暮らしを余儀なくされた。華やかな街の景色を思い浮かべながら、それでも、静かに、平和に、幸せに生活をしていた。
そんな時、「ドリムオン作戦」が勃発する。ガルド暦838年、ニゴラス国に異教徒の国ロクシーヌの軍が攻め込んできたのだ。
パール族は、ニゴラス国の危機に、一族を挙げて戦争に参加した。
彼らの尋常ではない能力は大いに国の助けになった。主に戦う敵は、ロクシーヌ軍が召喚した絶望獣。怪物の力に圧倒されながらも、パール族は勇敢に戦った。
戦争が終わるにつれて、絶望獣の力に憧れを抱く輩が現われる。驚異的な力、体力、強度、魅力的なその力をなんとか自分達のモノにしたい。
一部のパール族は自分たちの特殊能力をさらに研究し、編み出したのが、専用の絶望獣を生み出す技であった。それは、ダヴァニータが使っていた技。
能力を持っているパール族ですら興味が湧くのである。普通の人間が興味を持たない訳がない。
ゲルニア国王セラミスもその1人であった。かつてニゴラス国の国民だった彼は先の戦争で、絶望獣に魅せられて、研究を始めた。
『絶望獣と人間の融合』セラミスが手を出したのは悪魔の所業。
実験の生贄になったのは、パール族だった。時には言葉巧みに、時には脅し、時には眠らせ、時には誘拐した。
主に人質をとられていた。家族の命と引き換えに我が肉体を捧げる。一族を誰よりも大事に思うパール族は家族を救うため、迷うことなく、成功するかどうかも見込めない実験に付き合った。当然だが、高確率で失敗する。失敗とは『死』である。
ニゴラス国が、セラミスの行いを発見したのが、ガルド歴853年。
生き残ったパール族は、実験の副作用で、長くはもたなかった。事実、最終的に生き残ったパール族は僅か5人。
ニゴラス国はセラミスを追放し、パール族への仕打ちは歴史の闇へ葬った。
後に、セラミスがゲルニア国として立ち上げる際、真っ先に反対したかったニゴラス国だが、闇に葬った所業の公表、弱みを各国に握られるかもしれない。その理由から認めるしかなかった。
それとゲルニア国の場所があまりにも遠くに位置していたのも、脅威とならないだろうという判断でもあった。
セラミス王の『表向きの』英雄ぶりに国民は他の国から集り、昔から慕っていた者は続いてゲルニアへ渡った。
我慢できないのは、パール族。一族を、家族を実験台にされて、殺された恨み。許すわけにはいかない。
何年かの力をつけて、子孫も少しずつだが増えていき、準備を整えた。選ばれた戦士をゲルニア国へ送る。セラミス王を、国を、討つまでは、帰ってこないその覚悟で。
「貴様…セラミス!」
ドゥージは叫んだ。
一族の悔しさが蘇る。己の都合のいい目的だけのために玩ばれた数々の命。
絶望獣と人間の融合。
一度たりとも成功していなかった。成功させたことはなかった。それが今、目の前に、成功者として、立ちはだかっている。
絶望獣ジャムと宰相ハミルの融合。絶望獣ハミルの完成。
「国は…自分の力で守る」
セラミス王は、真横で変貌を遂げたハミル横目に若々しく力強い口調で言った。
キシャアアアアアアアア。
雄叫びが響く。
セラミス王を殺そうにも、もはや遅い。堂々と前に立つハミル。
「全く…」
ドゥージは深呼吸を1回。焦りを打ち消し、いつもの冷静さを取り戻した。
「お前を討つには、この化け物を先に討たねばならないのか」
「そういうことだ、パールの者よ」
ドゥージは構える。
「我が一族の恨み、今こそ晴らす」
対してセラミス王は考え込んだ。
「ふむ…。では…私は…。お前に殺された、何も知らない、何の罪もない国民の無念を晴らそう」
トゲのある言い方をセラミスはした。確かに、何も知らないゲルニア国民を殺害したという気持ちはある。逆に、全員知っていたのかもしれない。国の王に仕えるのであれば、国民も敵だという考えに至った。後悔はない。ドゥージは絶望獣ハミルを見た。
人の形をしないその怪物は、ダヴァニータが召喚させる絶望獣ジャムとは明らかに違う。
ジャムは動物が凶暴に変化したような物だが、ハミルは人の姿に牙と2倍にも膨れ上がった肉体、強化された身体。ダヴァニータのジャムが小さく見える。
「王!」
後ろから声が聞こえた。
エグリアース、ウィスケル、オキュラスが現われた。
「くそっ!まさか」
「スライ将軍がやられたのか」
「なんだ、あの怪物は…っ」
口々に言葉を発し、3人とも剣を抜いた。遠くから見れば、ドゥージが絶望獣を召喚してセラミス王を襲うように見えていることだろう。
絶望獣ハミルは、ドゥージを飛び越えて、3人に襲い掛かった。
「…む。人間の意識はないようだな」
他人事のようにセラミスは言った。
絶望獣ハミルにとって、ご主人となる者はセラミス。命令を聞くのもセラミス。それ以外は敵である。人間だった時の記憶はない。セラミス以外の目に映る者は敵との判断をした。
セラミスが一言発せれば、3人への攻撃は止められるのだが、止めなかった。3人は生き残ってはいけない。エグリアース達はセラミス王に見放されたのだ。
キシャアアアアアアア。
絶望獣ハミルは、太く硬い腕で勢いよく3人に殴りかかった。
「うわっ」
3人は寸前のところでかわすことができた。空振りしたハミルの腕は床に突っ込んで、まるで床が腐った木のように簡単に穴があいた。力の大きさを感じさせる。
ドゥージは、絶望獣が、3人に気をとられている内に、セラミスの命を断てると思い、セラミスの方へ振り返った。
「…まだ立つのか、ゲルニアの戦士よ」
そこには。
ボロボロの身体に、血だらけの身体に、フラフラの身体で、盾の如くセラミス王の前に立つ、スライ将軍がいた。
つづく。 |